【山田辰】会えば3日は疲れが残る脱力系テロリストimage_maidoya3
なぜ私はこの人と一緒にいるのだろう。釈然としない思いを抱いて首をひねりながら、誰かと共に暮らしているようなケースは意外と多い。前世でよっぽど悪いことをしたんだろうか。それとも全能の神の深遠なる意思が、私に試練あれと命じているのだろうか。苦難を乗り越えれば、きっと明るい未来がある。そうでなければ、この人が私をこれほどまでに苦しめていることの説明がつかない。ある日突如として、理由もわからないまま私の人生に現れた、何の義理もないはずのこの人が。
  なぜこの男がまいど屋の担当者なのだろうとときどき思う。まいど屋が何をしたっていうのだ。日本全国のお客さまに誠心誠意の対応で身を捧げる一方、まいど屋に商品をラインナップする各メーカーとも、心の通じ合う関係を築いてきたと自負していたのに。善行を重ね、徳を積んでもなお、神は人を試し続ける。男がもたらす試練の数々が、まいど屋をより一層強くしてくれるのか。そうでなければ、彼がまいど屋の営業担当であることの説明がつかない。
  何がまいど屋をそれほどまでに苦しめているのか。それを明らかにするのが本レポートの目的である。学校で教わった論文の形式にのっとって結論から先に言えば、それは彼のゆるさである。AはBである。なぜならCだから。まいど屋は疲れ果てている。なぜなら、この男がゆるいから。彼はゆるい。それもかなりゆるい。リラックマが10頭束になったような史上最強のゆるキャラであるといっても言い過ぎではない。それがまいど屋を苦しめる。とても深く。とても確実に。話をしていると、いつの間にか何もかもがどうでもよく思えてきて、思わず地ベタにへたりこみたくなるのだ。近所の高校生たちが、うつろな目をしてコンビニの駐車場に座り込んでいるみたいに。
  男の名は営業担当という。多分苗字があるはずなのだが、一々覚えるのが面倒くさく、また縁起も悪い気がするので、何年間もずっと営業担当と呼ぶことで通している。用事があって電話をかけるときも、営業担当さんはいますかと聞く。電話に出る人も心得たもので、数秒すればちゃんとこの男が電話口に出てくる。そしてそれから気に染まない会話をしばらく続ける。できれば話をせずにメールで済ませたいが、まいど屋としても人気のオートバイ印のツナギ服については肉声を通したきめ細かな情報収集が必要なので歯を食いしばって話す。終わるとぐったりする。電話だけでこんな気分にさせてくれるのは、まいど屋の数ある取引相手の中で彼だけだ。ましてや直接会って話をするときなどは、ユンケルが確実に必要になる。彼の恐ろしくゆるいペースが、ついさっきまで健康だったはずの精神と身体を蝕んでゆく。
  かなりきつい書き出しになった。だが、この男はそれくらいきつく締めておいた方がちょうどいいのだ。普通の神経をしていれば間違いなく怒り出すようなこの文章にしても、彼にぶつけてみて効果が上がるかははなはだ疑問だ。インタビュー前に行う趣旨説明では、印刷されたこのイントロダクションを彼に渡して読んでもらうことになる。そのときだって、彼はきっといつものようにポカンと口をあけたまま、ゆるんだ笑顔を送ってくるだけだろう。そして彼の笑顔を見てしまうと、いつものように何もかもがどうでもよく思えてくるのだろう。手間をかけ、入念に準備をしたこのインタビュー自体でさえも。読者の皆さんは、間もなくこの後のレポート本文でまいど屋が言っていることの意味を理解することになる。今日はユンケルを2本買ってきた。私はきっと大丈夫だ。皆さんも気を確かにもって読み進んでほしい。
 

山田辰
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人見知りで初対面の相手は苦手という営業担当さん
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2時間に及ぶインタビューを経て打ち解けてきた営業担当さん
恥ずかしがり屋なんです。表に出るのは得意じゃないんです。特に初対面は苦手でして。ふつうなら取材を受けませんよ。でも、まいど屋さんだから。。。営業担当と呼ばれる男はそうもごもご言いながら、名刺を差し出してきた。顔にはウワサに聞いた無防備な笑顔が浮かんでいる。おっと、言い忘れていたが、彼が名刺を差し出したのは、今回このインタビューを担当した編集部員が男とは初対面だったからである。例のごとくグダグダになってしまわないようにと、急遽、彼と面識のない者が担当することになったのだ。「どんな人物か、まっさらな目で見てこい」との指令を受けて張り切って臨んだのだが、挨拶の段階で既に虚脱感に襲われ、その場には早くも聞かされていた通りのグダグダした雰囲気が漂い始めた。こんなインタビューをして何になるのかという根本的な疑問が湧いてくる。だが、仕事であるから気を取り直して質問する。恥ずかしがり屋というが、そんな人間がなぜ営業をやっているのか?そんなんで大丈夫なのか?会社はよほど人材不足なのか?耐えきれないほどの沈黙。それでも待つ。待つ。待つ。そして彼は口を開いた。「昔から服が好きで、就職はアパレル関係でと決めていました。販売職にも惹かれましたが、長い目で見ればメーカーの営業マンの方がいいかな、と」。ん?服が好きなのか。それでは自社商品の商品説明をほとんどしないという評判はどうしたことか?人気の山田辰の商品であれば、説明なんかしなくても売り上げは立つということか?そうか、長い目で見れば、山田辰の営業マンであることは、確かに安定した身分であることに間違いないということなのだろう。
  渡された名刺を見ると名前は松原なにがし。32才。これでも営業一筋でキャリア9年。現在、関東を中心に約200社を受け持っているという。余談だが、彼の趣味はサッカー。中高とサッカー部に在籍し、今なお平日の夜はフットサル、週末はサッカーに興じる。日焼けして血色よく見えるのは、決して営業回りのせいではない。おかげでフットワークだけは軽いんですと言いながら、彼は言う。「まいど屋さんの担当になって3年。ずっと年4回ぐらいのペースで訪問していましたが、ここ数ヶ月は値上げのお願いもあって月1ペース。ツナギ服の原価が、生地から、付属品から、加工賃からすべて上がりまして・・・」。
  その割にはまいど屋社内の廊下でも見かけたことがないが、いったいいつ来社しているのか?「まいど屋さんは自宅と方向が同じなので、夕方に立ち寄ります。1時間ぐらい話をして、そのまま直帰。いつも忙しそうなので、できるだけササッと済ませるようにしています」。なるほど、なるほど、どうりでお見かけしないはず。早く直帰できれば、さぞかしフットサルにも力が入るに違いない。
  「まいど屋さんには、いつもぼろカス言われてイジられます」。これまでの話とは何の脈絡もなく、突然彼が訴え始めた。そういえば、取材に出向く前に聞かされた情報の中に、彼は罵倒されると喜ぶ性格だというのがあった。確かにぼろカス言われて云々という口調の中に、とても嬉しそうな響きが混じっている。「この前も一部商品の値上げの話をしたら、オマエ、もう出禁だぞ!って言われました」。
  そのやりとりはこんな感じだったらしい。
  「値上げのお願いなんて100年早い。オマエの商品はいらない。来るな!」
  「受けていただけるまでは帰りません!」
  「オマエなんか死んでしまえ!」
  「なんで、そんなことを言うんですかぁ?」
  「生きていることが罪だからだ。ハイデガーを知らんのか?」
  「何です、そのハイデガーって?」
  「死の実存論的分析だよ。読んだらまた来ていい」
  ここで読者の皆さんにはあらかじめ断っておくが、まいど屋は取引関係のあるメーカーさんに対し、常に上記のようなヤクザな対応をしているわけではない。そうしたこちらの言動に対し、この物語の主人公である営業担当氏が異常な関心を示し、また狂喜することを踏まえての苦渋の接遇なのである。また、勘の鋭い読者の皆さんならもう既にお気づきかと思うが、このようなやり取りはまいど屋とこの営業担当との間のある種の儀式として機能している。つまり、まいど屋が値上げという不条理を消化するために、ひととおり踏んでおかなければならない手順のようなものなのだ。営業担当は、値上げに対するまいど屋の憤りを、スポンジが水を吸い込むかのごとく吸収していく。ゆるいと言われようが、何と言われようが意に介さず、いいも悪いもすべてひっくるめて。そしてまいど屋は罵倒されても笑顔のままでいる彼の姿を見て、ようやく彼が所属している山田辰というメーカーの真意を推し量ることになる。値上げの話は本気なのか。それとも上司に言われたことを伝えに来ただけで、実は営業担当の裁量でまだどうにかなることなのか。嘘をつけない彼の笑顔は、全てを雄弁に物語っている。
  「ご存知かと思いますが、私、未だに名前で呼ばれたことがありません」。営業担当は嬉しそうに、そんな不満も訴える。「電話でも私が受けると“営業のヤツ”。他の社員が出ると“営業の人”。まいど屋さんもその辺はちゃんと分かっていて、使い分けていらっしゃる」。そりゃ、そうだ。ヤツと人じゃ、天と地も違う。彼以外の第三者に暴言を吐いたら、まいど屋の人格が疑われる。彼が電話に出たなと思ったら、わざと営業の奴いますかと聞いてまず彼を喜ばせてやる。そうした気遣いも、この頼りにならない男からできる限りの情報を引き出すための儀式のうちなのだ。
  最後に、せっかくの機会だからと、自社商品のPRをお願いしてみた。営業担当氏は少し緊張したようだが、満面の笑みでこういった。「ツナギ服は着る人も少ないのでニッチな世界です。その中でも当社は創業104年。オートバイ印は、よく知られていて定着しています。生地もファスナーもちゃんとしたものを使っていますし、1回着ていただくと良さがわかります!」。
  ちゃんと言えた。どの商品がどういいのかはわからないが、とにもかくにもオートバイ印のツナギ服はすばらしいのだということだけは伝わってきた。初対面の遠慮があって罵倒しきれなかったため、今回の情報収集はこれが限界だろう。仕方なく、本日取材予定だった商品の詳細については、まいど屋が独自に調査した情報を基に以下に説明を加えることにする。
 
  編集後記
  このレポートはインタビューを担当した編集部員の原稿を、編集長が大幅に加筆訂正したものです。本レポートの主人公である営業担当こと松原氏に対するリスペクトのかけらもない記述は、初対面の編集部員が書いたものではなく、お互いに気心の知れた仲であると勝手に思っている編集長の独走によるものであるということをここにお断りしておきます。
  また、冒頭のイントロダクションにある「なぜ私はこの人と一緒にいるのだろう」という一文は、松原氏がつい先月に結婚したとの報に接して着想したこともご報告します。9年のお付き合いを経てのゴールインで、氏のキャラに似合わず恋愛結婚だそうです。取材を行ったのは、結婚式を間近に控えた頃。ボーッとして見えたのも、すっきりしないコメントが返ってきたのも、たぶん、すべてが上の空だったからなのかな。このレポートの通り、お嫁さんに「なんでこの人と一緒になったんだろう」なんて思われていませんように。安定した山田辰の営業なら、まず大丈夫だとは思うけど。
 
 
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ゆる~い営業担当さんをサポートする東京支店の皆さん
 

    

こんなにスタイリッシュなのに気付かなかった!営業さんの説明では全然よさがわからなかったKM-203

夏に半袖がデビューして好評を博したKANSAI新シリーズの秋冬バージョン。「配色、デザインがいい!」とシンプルすぎるコメントで営業担当さんも絶賛。正面の見映えもさることながら、ウエストから脚部サイドに入ったカラーラインがカッコいい。素材はポリエステル65%、綿35%の日本製生地。帯電防止。YKKファスナー使用。

  • image_maidoyaつなぎ服
    ■型番:203
    ■定価:\14,900
    ■販売価格:\8,050

これだけ機能満載のツナギ服なら、営業さんには説明不可能!独自取材でやっとその真価をつかんだ1290

ヒザ、ヒジにプリーツが入って曲げ伸ばしラクラク。速乾の部屋干し対応でイヤなニオイの原因菌を抑える抗菌効果もマル。縮みが少なく、シワになりにくい綿70%、ポリエステル30%の日本製生地を使用。帯電防止。YKKファスナー使用。ウエストと袖口はマジックテープで調節自在。