【バートル】業界の雄、遂に宣戦布告すimage_maidoya3
そのニュースは気まぐれな豆腐売りのように突然やってきた。ゆっくりと自転車をこぎながら控えめにラッパを響かせ、まいど屋の前を通りかかったのだ。それは決して人びとを勇ましく鼓舞するような仰々しいファンファーレではなかった。その気配は周囲の空気と完全に同化し、耳に届く音色はむしろ眠気を誘うように優しげだった。
  「そういえば、ウチも電動ファン付きウェアをやるんですよ」。いくつかの実務的打ち合わせの後の他愛もない雑談中に、大崎社長はまるで社員からせっつかれ、遅ればせながらSNSでも始めてみたことを報告するような調子でそう付け加えた。そろそろ正式にアナウンスしようと思っているのでよろしくね。電話越しに聞こえてくる声は淡々として、むしろ退屈そうな響きさえ帯びていた。時代のエポックとなるニュースが常にそうであるように、それは実にさり気ない会話の中で唐突に示されたのだ。正月明けの慌ただしさが一段落し、日常にいつもの落ち着きが戻りつつあった1月の終わり頃だった。
  バートルが電動ファン付きウェアを始める---一般の読者の皆さんがそのことについてどう思うかは想像の外のことである。だが、業界関係者にとっては、少なくともまいど屋にとっては、それは驚き以外の何物でもなかった。他人の動きなどにはまったく興味を示さず、自分の信じる道を突き進むことで逆に業界全体のトレンドを方向づけてきたバートルが、他人の後塵を拝するかのように既存の勢力を後追いする。しかもそのターゲットが今業界で一番ホットな話題となっている空調服なのだ。これまでのバートルであれば、他社がいくらヒット商品を飛ばしても、そんなものは歯牙にもかけずに薄笑いを浮かべて傍観していただろう。そしてそうした態度こそがバートルの魅力そのものであり、また彼らの世界観の独自性を担保する強力な鍵でもあったのだ。それが手のひらを返したように反故にされる。
  今にして冷静になってみれば、そのことを一番よくわかっている大崎社長だからこそ、あの日この重大なニュースをまいど屋に告げる際にあえて間延びした声色を使い、努めて何気ない雰囲気を演出しようとしたのではなかったか。恐らく社長の心境は複雑だったのだろう。業界のトレンドリーダーであることの自負心と、他人の土俵に上がることの気恥しさと、そして近い将来に必ず始まる壮絶な戦いを前にした高揚感が混じりあい、気まぐれを装うしかなかったのだろう。まいど屋にはそう思えてならない。
  一体、バートルの意思決定にどんな化学変化が起きたのか。何が作用して、大崎社長の背中を押したのか。ともあれ、過去10年、サンエスの独壇場で無風状態が続いていたこの巨大市場は、突然の暴風雨に見舞われることになるはずだ。驚きではあるが、確かに面白くなってきた。大崎社長に話を聞こう。
 

バートル
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インタビューに応じる大崎社長
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デザインにこだわったエアークラフトシリーズ
「ほとんどインスピレーションですよ」と言って大崎社長は愉快そうに笑った。「理由なんて特にありません。ある日の朝、会社に向かう車の中で、そこに何かがありそうだと突然思った。会社に着いてもそのことが頭から離れなかった。それで、夕方にはもう、ファン付きウェアをやることを決めていたんです」。
  バートルがなぜ電動ファン付きウェアを始めたのかというまいど屋の単刀直入な問いかけ--それはもちろんこのレポートの最大のテーマである--は、こうして初めからはぐらかされてしまった。にこやかな表情の裏に、ほんのわずかな、しかしほとんど本能的な警戒心が隠されているのであろうことがそれで察せられた。大崎社長は、なかなかの役者なのだ。会社の戦略の機微に触れるような質問は、いつも闘牛士がいきり立つ雄牛を軽くいなすようにしてかわされてしまう。
  それでもまいど屋はしつこく食い下がることにした。この肝心の部分を脇に置いたまま、今回の特集を先に進めていくことはできない。いや、たとえできたところで、それは恐らくカタログ情報を要約しただけのような、底の浅いレポートになり果ててしまうだろう。
  「そりゃ、いいですね。僕も夢占いが好きなんです。バートルさん、いや、あの当時は社名変更前でクロカメさんでしたね。まあとにかく、まいど屋が開店するよりはるか前の15年前、取引をお願いしようとクロカメさんを訪ねたのは、夢のお告げがきっかけだったんですよ。朝目覚めた僕はとどうしてもクロカメさんが必要だと思った。広島に行けば、社長、いや失礼、あの頃は専務だったあなたにお会いできるはずだと確信したんです。それで夕方には新幹線に飛び乗った。翌日、あなたと僕がクロカメ本社で運命の出会いを果たし、お付き合いが始まったんです。覚えてますか」
  「覚えています」と大崎社長は言った。それからバツが悪そうな照れ笑いを浮かべた。「相変わらずまいど屋さんにはかなわないな、全く」。
  「あの頃と違って、今ではお互い、忙しい身です。おとぎ話を語り合っている時間はないじゃありませんか。本当のところを教えてください」
  大崎社長はどうしようか思案するように、天井を見上げた。そして手にしていたボールペンを意味もなくくるくると指先で回した。「隠すつもりはないんですが、まいど屋さんに言うと、業界中に全部知れ渡ってしまいますからね。あれやってるじゃないですか、月刊まいど屋とかいう暴露企画。今話していることも、どうせ記事にしちゃうんでしょう?それでついつい構えてしまうんですよ。社長という立場になると、うかつなことは言えないものだから。わかるでしょう?」
  私はわかると答えた。それから先を促すように、大崎社長に頷いてみせた。社長はやれやれといった表情で、ようやく本音らしきものを語り始めた。「バートルとして、いわゆる空調服のジャンルはかねて注目していたんですよ。まいど屋さんでも毎年特集してたでしょう?うちの営業からもどんどん情報が入って来るし、面白そうだなと思っていたんです。ただ、誤解を恐れずに言うとすれば、大ブームを巻き起こしているその空調服が、どうも、ウチの感覚からすると、もっとデザイン的に洗練される余地があるように思えたんです。もちろん、先行するメーカーさんのご活躍ぶりにはずっと注目してきましたし、敬意も払っています。それでもバートルにしかできないことがあるんじゃないかと思ったのは、あくまでバートルの流儀とスタイルに照らしてのことなんです」。
  「具体的には?」
  「例えばシルエットですね。ファンを回すとパンパンに膨らんで、雪ダルマみたいでしょ。あれはいけない」
  大崎社長の指摘に、私も本当にそうだと言って笑った。<もしも>バートルが空調服を作るとするならば、空気の流れまで考慮に入れた上で、着用者のボディーラインがより美しくなるよう、シルエットに工夫を凝らすだろう。そして他の追随を許さないあの圧倒的なデザイン力を駆使して、バートルの美意識に満ちた作品に仕立て上げるのだろう。そうしたマジックを、大崎社長は毎回手練れの奇術師のように繰り出してくる。全国にいるバートルファンと業界関係者は、いつもその術中にはまりこんでしまうことになるのだ。
  「電動ファン付きウェアはまいど屋さんも知っての通り、今や夏場のメジャーな商品ジャンルです。そのカテゴリーにバートルという選択肢がないわけにはいかない。そうでしょ?」
  私はそうだと頷いた。そうして頃合いを測ってから、どうして教えてくれなかったんだと口をとがらせた。「発表直前にいきなり言うなんて、水臭いじゃないですか。ずっと前から動いていることがわかっていたら、こっちもそれなりの準備ができたのに」。
  「相手がまいど屋さんだからですよ。そんな話、できるわけがない。まあ、もっとも、この件については他の誰にも言いませんでしたがね。ご存じの通り、ファン付きウェアの開発はパテントなどの微妙な問題が絡むんです。そこでウチはリョービさんと組みました。それでも万一話が途中で漏れたら、その時点でつぶされかねない。普通のウェアとは情報管理のデリケートさが全く違うんです」
  もちろん、私はそんなことは百も承知だった。ただ、そう言って社長の反応を見てみたかっただけだった。社長が普段通りに十分心を開いて話をしてくれるのであれば、このレポートはきっと核心を突いた、実り多きものになる。そうでなければ、選ばれたトピックの割には表面をすくっただけの凡庸なお知らせ記事に成り下がる。各種スペックの数字が羅列された電話帳のようなレポートに、一体誰が興味を示すというのだろう。そんなものを読みたい人間など、恐らくどこにもいやしない。私はそれを知っているからこそ、大崎社長にあえてぶしつけな質問をし、古くからの信頼関係がこの微妙な話題においても有効であることを確認しておく必要があった。大崎社長と同じように、時として私も有能な役者になることがある。それくらいのことなら、必要に応じて軽々とこなさなければ、月刊まいど屋の編集長は務まらないのだ。
 
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  以上、バートルが電動ファン付きウェアのジャンルに参入した経緯を物語風に記してきたが、ここからはいつものようにレポート形式の記述に切り替えよう。具体的な仕様を解説していくには、そちらの方が余分な描写を挟むより、全体像をよりクリアに読者の皆さんにお伝えできると思うからだ。
  まず、バートルの電動ファン付きウェアは正式名称をエアークラフトという。アルファベットで表記するとair craft。パテントの関係で空調服を名乗れないためそうなっているが、実質的な機能は、空調服と同じだと思って差し支えない。例えば空気を取り込むためのファンは背中に左右二つ。それをリチウムイオンバッテリーを使って駆動させる。では、空調服との明確な違いは何なのか。もっと突っ込んだ言い方をすれば、他社の空調服ではなく、エアークラフトを選ぶべき理由は何なのか。そんな問いに対する大崎社長は明快だ。「先ほど言った通り、ウチのリチウムイオンバッテリーはリョービ社製です。これが大きなアドバンテージなんです。リョービといえば、世界トップクラスのダイカストメーカーであり、電動工具、園芸用機器などのパワーツールに強みを持っています。こうしたことを言うと何やら自慢しているようで面はゆいのですが、公平に見て、リョービさんが担当したエアークラフトのシステム系は、信頼性と性能がずば抜けて高い。例えば、他社が7Vぐらいなのに対し、これは最大で9V出せます。もちろんファンもリョービさんとの共同開発で、9Vで回せるようにしっかり強度を持たせてある」。
  ということは、他社より空気の流れがパワフルだってこと?「その通り。風量は9V、7V、5Vの3段切り替え。最強の9Vで49L/秒の風量があり、約7時間連続使用できる」。
  ちなみに7Vでは約10時間、5Vでは約22時間連続使用できるというから、作業中に電池が切れてしまう心配もなさそうだ。じゃ、一日思いっきり使用して、家に帰って充電するとしたら、どの程度時間がかかるんだろう?「充電時間はフルで6時間ぐらいかな。寝る前にセットしておけば、朝にはしっかり満タンになってます」。
  もちろん、ついうっかり夜の充電を忘れても、ACアダプターはUSB対応なので、スマホのようにクルマのシガーソケットからでも、またパソコンからでも充電できることも付け加えておこう。
 
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  今月号は空調服、つまり涼しさを追求したウェアについての特集であるから、本来ならば以上の記述で十分読者の皆さんの判断材料になるのであろう。しかし、対象がバートルだとなると話は違う。いくら空調性能の卓越ぶりを強調しても、レポートには何か肝心なものを置き忘れてきてしまったような居心地の悪さが付きまとうことになる。エンジンについてのみ論評してもフェラーリの魅力を伝えきれないように、誰にもマネのできないあのデザイン性について語らなければ、バートルの話は終われないのだ。
  どこかの車雑誌みたいなそんなお約束の手順に従い、まいど屋もウェア本体の魅力に考察を加えてこのレポートを締めくくることにしよう。今回リリースされたモデルは3つ。先程記した通り、どれもファン付きにしては細身で、街で着てもいいようなスタイリングに仕上がっている。そして大崎社長をしてバートルが電動ファン付きウェア市場に存在する意義だと言わしめたそのシルエットは、並外れた執念を持つ者に特有の緻密な設計によって、作業性を損なうことなく美しさを際立たせている。
  『AC1001』は、やや光沢のあるヘリンボーンを使ったブルゾン。生地は目詰め加工した日本製の綿混素材で、光の当たり加減でストライプのようにも見える。そしてそんなカジュアル色の強い素材を彩るのは、シルバー、キャメル、インディゴ、ネイサンの4色。ネイサンはやや明るめのネイビー系で、バートルコレクションに久々に登場した新色なのだが、一見ありきたりに思える色調が却って新鮮な印象を醸し出している。このあたりの素材と色使いのうまさは相変わらずで、バートルならではのセンスといえるだろう。
  もちろんそれだけでなく、作業着としての使い勝手を高める様々な工夫も満載されている。「ふくらみを抑えたシルエットですが、背にノーフォークを入れて動きやすくしています。右胸ポケットは野帳が入るサイズ。右脇ポケットはバッテリー収納の付いた二重仕様で、作業中でも簡単にスイッチ操作ができます」。なお、バッテリーは右脇ポケットのほか、内ポケットに収納しても専用ケースに入れてベルトに付けてもいいそうだ。
  そして2つめ。『AC1011P』は、ホワイトのカモフラプリントに黒配色を効かせたスポーティーなジャケット。「デザイン的なインパクトという点では一番でしょうね。作業着にしては遊び過ぎじゃないかという人もいるくらい。でも、このカモフラ柄、思ったより涼しげでしょ?視覚的にもファン付きウェアにはぴったりだということで、残念ながら一番初めに売り切れてしまいました。もっと作っておけばよかったですね。まあ、まいど屋さんは抜け目なく、大量に仕入れたみたいだけど」。
  生地はタフレックスという目の詰まったポリエステル素材。撥水性に優れ、透湿性も備えている。おまけに軽くてソフトなので、「内装業や倉庫業のほか、釣りなどのレジャーにもオススメだ」、と大崎社長は言う。襟には収納フード付き。ヘルメットの上からフードをかぶっても、頭のてっぺんまで涼しくなるという。
  最後に3つめの『AC1001』は、前述のホワイトカモフラ『AC1001P』 の無地バージョン。ライトキャメル、デューク、ブラックの3色で、従来のバートルのテイストに馴染んでいる人には、こちらの方がよりしっくりくるかもしれない。
  ひとの身を包むウェアには、作り手の美意識が表現されていなければならない--大崎社長のその強い信念は、電動ファン付きウェアの分野においても変わらずに貫かれているようだ。ユーザーはバートルが提示したその世界観を共有することで、ファッションを纏う喜びを、具体的な手触りを伴ったデザイナーとの関わりの中に見出すようになる。そしてそのプロセスこそが正に、ブランドに魅了されるということなのだ。
  もちろん、デザインに力を入れていると訴えるメーカーはたくさんあるだろう。しかし、その言葉がバートルほど真剣な響きを帯びていることはないように思える。それはまるで年季を積んだ画家が、完璧を求めてキャンバスに何度も筆を入れるような執拗さで実行に移されている。例えば、大崎社長の並々ならぬ決意は、パッケージを見ても明らかだ。ウェアの袋には黄色と黒の帯デザイン。ファンセットはひときわ目を引くイエローボックス。商品は包装された状態で既に激しく自己主張を開始している。我々はそんなバートルの覚悟をこのエアークラフトシリーズにも感じ取り、期待を高めていくのだ。
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自己主張する商品パッケージ
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ファンもバックスタイルもカッコいい『AC1001』

    

これからの暑さ対策は、涼しく、凛々しく、スタイルよく!とろけるような美ボディーとヘリンボーンのストライプのフェロモンに胸キュンしちゃうAC1001

ふくらみを抑えたスリムなシルエット。背アームノーフォーク、袖アームタック入りで動きもスムース。やや光沢のある生地は、綿75%、ポリエステル25%、目詰め加工、制電ケア設計の日本製ヘリンボーン。衿の内側に通気性を高めるエアホース(空気ダクト)採用。右胸には野帳が収納できる深さのポケット、右脇ポケットはバッテリー収納付きの二重仕様。さらに左側には内ポケットも。SSとSサイズはユニセックス対応シルエット。


ファンを回しても細身のシルエットでスタイルよし!軽くてソフトでゴキゲンに涼しいAC1011

高密度で撥水性、透湿性にも優れたポリエステル100%、タフレックス素材のエアークラフトジャケット。やや細身のシルエットは、脇の配色切り替えでよりスマートな印象。衿にヘルメット対応フードを内蔵し、メットの上から被れば頭皮まで涼しく爽やか。左脇ファスナーポケット、内バッテリーポケット付き。SSとSサイズはユニセックス対応シルエット。