【皇蘭】肉の旨味を閉じ込めろ!image_maidoya3
オーソドックスなパン、イタリアンなピザ、ときたからには、もうひとつくらい変わったパンを作ってみたい――。そう考えを巡らす編集長の前で、テレビから関西ではおなじみのCMが流れてきた。「ある時~♪ ない時~♪」。ターミナル駅では必ず売っている大阪名物「中華まん」である。関西では、肉まんではなく「豚まん」と呼んだりして日本のご当地グルメみたいになっているのはごぞんじの通りだが、考えてみればあれも一種のパンではないだろうか? インドのナンやロシアのピロシキのように「中国のパン」と言えなくもないのでは……。と、百科事典をめくってみたところ、いわゆる「中華まん」というのは、中華料理の饅頭(マントウ)を日本風にアレンジしたものだとわかった。小麦粉を練って作った生地をイーストで発酵させ、ふっくらさせてから蒸篭で火を通すのだから完全にパンである。パン修行のラストを飾るのは中華のパンがふさわしい。そう決まれば話は早い、中華まん修行に出かけよう! ……あれ? でもよく考えたら中華まんの職人ってどこにいるんだろう? 中華料理のレストランでは作っているだろうけど、それってあくまでサイドメニューだよね? 朝から晩まで作っているような中華まん職人はいったいどこにいるのか。まさか中国に行くしかないのでは……、と頭を抱えそうになったとき、編集長の脳内にひらめきが走った。いや、日本国内にも中国はあるぞ!

皇蘭
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中華街の味がウリの「皇蘭」
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肉汁がこぼれないようにしっかり包み込む
●名店の味を手作りで
 
  というわけで編集部がやってきたのは神戸市の北野町。1868年の開港後、外国人の居留地となったエリアで、現在でも貿易商や領事の邸宅など、たくさんの洋館が立ち並ぶ「異人館街」として知られている。そんな人気の観光地で、ひときわ目を引くのが今回の訪問地「北野工房のまち」だ。六甲山から続く坂を登り、建物が近づいてくると、ん? どこかで見覚えがあるような……。
 
  「うわーすごい! 懐かしい!」
 
  アシスタントのMくんが歓声を上げた。そう、ここは1998年に廃校になった北野小学校の校舎なのだ。内装もあえて当時のままに残しているから、カシカシと音がする階段なんかを登っているとちょっと熱いものがこみあげてくる。トイレで用を足していると例のチャイムが鳴って、なぜかちょっとそわそわしてしまった。ああ、こういうシチュエーション、ウン十年前にもあったなぁ……。
 
  今回、中華まんのレクチャーをしてくれるのは、神戸南京町が本店の「皇蘭」さん。中華街で40年以上も愛されている味が自分の手で作れるとあって、ここ北野工房店にもたくさんの親子連れやカップルがつめかけている。手を洗ってエプロンを着け、市民ギャラリーを兼ねたフロアに入ると、早くも豚まん教室が始まった。
 
  やることは非常にシンプルだ。目の前にある生地を伸ばして餡を包むだけ。そのあとの発酵や蒸しといった行程はお店の厨房でやってくれる。大事なことは、蒸しているときに肉汁が漏れ出さないように餡を密封すること。これだけだ。
 
  ちなみに今回使った生地は、薄力粉と強力粉をブレンドした上に砂糖と卵(兵庫県産)、イーストを加えたもの。ベーキングパウダーなどの食品添加物に頼らず、酵母菌の働きだけでもっちり&ふっくらとした皮を作るのが皇蘭流なのだ。
 
  冷蔵庫から取り出したばかりの生地を受け取ると、さっそく少しずつ手のひらと指で伸ばしていく。
 
  ●中華まんのオモシロ伝説
 
  「皮を広げる目安は、経木(※中華まんが蒸篭に張り付かないようにするための木のシート)より少し大きめに。生地の厚みは均一ではなく、帽子のように真ん中を少し高めにしてください」
 
  なるほど、中華まんの底にあたる部分から肉汁が漏れ出す悲劇を防ぐためというわけか……。と即座に察した編集長は、入念に厚みのギャップを作る。延ばす大きさも「お手本」よりやや大きめ。なにがなんでも美味しい肉汁を守りたい、という意識の表れである。なんせ皮で包むのは、国産ブランド豚肉と北海道産(春から秋は淡路島産)のたまねぎで作った特製の餡。コンビニで売ってる肉まんの具とは比較にならない逸品なのだ。
 
  「真ん中に餡を載せたら、次は皮を上下に引っ張ってください。ゆっくり引っ張るとびょーんと伸びると思います」
 
  言われた通りやってみると……うわ、生地が破れそう! アシスタントのM君が笑いを堪えながら言う。「やり過ぎだろ、と思ってました。ヘンなことせず、素直に言われた通りやりゃいいんですよ」。
 
  要求されている以上のことをやろうとして逆に窮地を招く。勝手にレシピをアレンジしてわざわざ不味くしてしまう新米主婦みたいでかなり恥ずかしい。だが、しっかり練られた生地のおかげでなんとか破れずに済んだ。延ばした皮をつまんだまま、続いて「包み」の工程に入る。
 
  ところで読者は「中華まんの顔」というと、どういうものをイメージするだろうか。きっと大福のようにつるんとしたものではないと思う。なんというかこう、キュッとヘソみたいに結ばれているのがポピュラーな"中華まん像"であるはずだ。
 
  一説によれば、そもそも肉まん(のルーツであるマントウ)を開発したのは、三国時代の軍師・諸葛亮(孔明)だという。当時、風雨で川が氾濫して渡れないときは、水神に人の頭を捧げてしずめるという信仰があったのだが、孔明は「人命を犠牲にしたくない」とこれを拒否。その代わりとして、小麦粉を水で練って作った皮に羊や豚の肉を包んで神への供物とし、みごと川をしずめてみせた。この孔明が開発した料理は「ニセモノの頭」という意味で「瞞頭」と呼ばれ、いつしか「饅頭(マントウ)」になったとのことだ。
 
  すごいぞ孔明! と、こういうオモシロ伝説もあるわけだから、やはり中華まんはツルツルではなく何か” 表情”がある方がいいと思うのだ。
 
  ●発酵から蒸しあげへ
 
  皇蘭流では、細かいヒダを作りながら肉まんを閉じていく。最後には結び目を押さえている親指をねじりながら引っこ抜くので、中心には窪みができ、ヒダは台風の目のようならせん状となる。これこそ中華まんだ! と言いたくなる幾何学的で美しい造形だ。少人数の場合は、スタッフが横についてこの包み方をレクチャーしてくれるそうだが、今回は参加者が多かったのでレシピの写真を頼りにひとりでチャレンジしてみることにした。
 
  餡の真ん中まで引っ張った皮を親指でキープしつつ、生地を回転させながら人差し指で横の皮を寄せてくっつけ……えっ? くっつかないぞ。どうやら皮を引き寄せるとき、餡に触れてしまったのが原因のようだ。肉の脂が付いた生地はもう接着できないので、さらに横から新たな皮を引き寄せ、無理矢理に餡を封じ込めていく。だが、出来ていくヒダはイビツかつ不ぞろいで、写真にあるような繊細なルックスにはほど遠い。「マンツーマン指導じゃないと難しいですよ」というスタッフの忠告を思い出したが、時すでに遅しである。
 
  「何やってんすか、簡単じゃないですかー」。となりのM君はすでに3つの豚まんを包み終えていた。お子様向けの簡単な包み方で、さっさと餡をくるみ、おまけのカラー生地で何やらキャラクターの顔を作っている。あ、やっぱりこっちの包み方の方が楽しそう、ということで編集部も「まいど君」を作ってみた(似ても似つかないものになってしまったが)。
 
  こうして「包み」の作業は完了。スタッフが出来栄えをチェックしてくれた。
 
  「あ、お店の包み方やってみたんですか。ちゃんと餡を閉じ込められてるし、初めてにしてはなかなか上手ですよ」
 
  満足する出来ではなかったものの、プロに褒められたので良しとしよう。
 
  包み終わった豚まんは、40℃で30分間発酵させてから15分間蒸しあげ、完成となる。目の前にある和菓子の「ねりきり」にも似たものは、イーストと蒸気の働きによってしっとりふわふわな中華まんへと変身するのだ。
 
  ●豚まんは肉料理だ!
 
  とうとう待ちわびた実食である。テレビの食レポなら、まず中華まんをふたつに割り、ほわーんと立ち上る湯気としたたる肉汁を撮るのだろうが、ランチをぬいてきた編集長にそんな悠長なことしている余裕はない。本能を解放してガブリと食らいついた。
 
  想像してたより皮は薄い。だが、ぷりっとした弾力があり、唇と舌で感じるしっとりとした感触もなんだか官能的――と、思っていたら豚肉の強烈なうまみが口の中に流れ込んできた。間髪入れず、タマネギとショウガが混ざった香気が、蒸気とともに鼻から抜けていく。
 
  中華まん=コンビニのレジにある安っぽい食べ物、という知らずのうちに出来上がっていたイメージがガラガラと崩れていく。ひょっとしたら豚ひき肉の一番おいしい食べ方は、ギョーザでもシュウマイでもなく中華まんなのかもしれない。寿司やハンバーガーのようにタンパク質と炭水化物が一緒になったものはどれも強烈な多幸感があるけれど、豚まんの場合はそこに蒸すことによる「しっとりホクホク感」がプラスされるから、もう犯罪的だ。
 
  「これ、肉料理ですね……。豚まんって中国風の総菜パンみたいなもので、生地を食べるために中身があると思っていたんですけど、本当は逆で、肉を美味しく食べるために生地があるというか」
 
  アシスタントのM君が言った。そう、皮はただボリュームをアップさせるだけではなく肉汁の防波堤としての機能も負っている。それでいて生地は蒸しパン状だから、肉汁と脂でだんだんほとびることにより味や食感の変化も楽しめる、というわけだ。
 
  気が付けば3個をぺろりと平らげていた。肉の充実感とパンの満足感が全身を包んでいる。
 
  さすが諸葛孔明の業(わざ)、いや中華文明の叡智か――。そう何度も繰り返しつつ、編集部は神戸の街を後にした。
 
  【店舗情報】
  店舗名:神戸南京町 皇蘭 北野工房店
  住所:〒650-0004 神戸市中央区中山手通3-17-1「北野工房のまち」内
  電話:078-221-1569
  営業時間:10:00~18:00
  定休日:不定休・年末年始
  アクセス:各線三宮・元町駅より徒歩約12分
 
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右はまいど君(のつもり)
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肉の旨味をとことん満喫できる