【山田辰】脱力系テロリストの本気のテロimage_maidoya3
久しぶりに会った営業担当氏は、雰囲気が前とずいぶん変わっていた。顔立ちやら、髪型やら、また見慣れたさえないスーツ姿は前と同じなのだが、体から発散させている何か思いつめたような必死さが、彼を別人のように見せていた。目の前に立っている男は、いつものゆるい営業担当氏ではなかった。
  今日はお願いに上がりました、と彼は言った。そして探るような目つきでこちらを見た。両手は膝の上で固く閉じられたままだった。防寒着が必要な寒さだというのに、額にはうっすらと汗が浮いていた。
  営業担当氏は古ぼけたカバンから一枚の紙を取り出し、それをこちらに手渡した。手が込んでいるところを見ると、たぶん、ロクなお願いではないだろう。そのペーパーには、まいど屋が受け入れられないような、ロクでもない要求が書かれているに決まっているのだ。ペーパーを作ったのは、おそらく営業担当氏の上司であるはずだ。営業担当氏がそんなペーパーを作れるはずがない。担当になってから何年もの間、商品の紹介さえまともにしない彼が、どうしてそんな、(おそらく)込み入った案件を、一枚の紙にまとめることができるだろう。まいど屋が知っているかの営業担当氏は、どんな重要な事案でさえ、おそらく会社の存亡がかかっている重大案件でさえ、ポカンと口をあけたまま、笑って見過ごしてしまうようなタイプの人物なのだから。
  まかりならんと僕は言った。ペーパーを見る前にはっきりとそう言い、クリアファイルに挟まれたその紙を、クリアファイルごと彼の方に押し戻した。「ダメなものはダメ。君の嫁さんが、君の下着を彼女の服と一緒に洗濯できないのと同じくらい、間違いなくダメだ。まいど屋は忙しい。そんなお願いに付き合っているヒマはない。さ、わかったら早く帰ってくれ」。
  「どうして読みもしないでダメだっていうんですかあ」。そう言って、営業担当氏はやっといつものゆるい笑顔をこちらに向けた。相変わらずこの人は、罵倒されると条件反射的に気分がハイになってくるようだ。「それに、ウチのヨメが洗濯しないって、それは何なんですか」。
  「いや、なんでもない。嫁さんのことは悪かった。よろしく言っておいてくれ。じゃ、これで用件は済んだね。さよなら」
  「まだ話は終わっていないんです」。思いがけず彼は語気を強めてそう言うと、椅子から立ち上がった。僕は初めて彼の真剣な目を見た。普段ゆるく開かれている口元は、今やキックをする前の五郎丸選手の指先みたいに固くとんがっていた。そしてやっぱり五郎丸選手みたいに腰をかがめた姿勢のまま、眉間にシワを寄せていた。やれやれ。僕は諦めて首を振り、クリアファイルからペーパーを取り出してそれを読んだ。思った通り、そこに書かれていたのはロクな話ではなかった。まかりならんと僕は言った。まかりならん。それはまいど屋のポリシーの、根幹にかかわることだ。それを受け入れるくらいなら、まいど屋は閉店することを選ぶ。そう伝えると、彼は肩を落とし、小さな声で社に持ち帰りますと言った。
  「ダメなものはダメなんだ。君の下着みたいなものなんだ。会社に帰って、上司の人にそう伝えてくれ」。僕は出口に向かっていた彼の背中を軽くたたいた。「何なら、そっちに行って、上役さんに直接話してあげるよ。筋が通らないことはやらないのがまいど屋だ。じゃ、来月また会おう」。
  こうして僕は山田辰の東京支店に出向くことになった。まったくもう。この忙しいのに。
 

山田辰
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若いんだけどオッサンのような営業担当氏
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嫁のことを嬉しそうに話す営業担当氏
「来社いただいても当社の立場は変わりません。それに、本日は上司も不在です」。受付のデスクまで出てきた営業担当氏は、その先に通すまいと体を張るような形で通路をふさぎ、きっぱりと言い切った。先日と同じように、目はこわばったように見開かれ、あごの筋肉には力が入っていた。「まいど屋さんとは7年越しのお付き合いですよね。これまで、私から何かお願い事をしたことってありますか?未だに名前で呼んでいただけないことも、毎回罵倒されながら営業活動を続けていることも、別に気にしていないし、直してもらおうとも思っていないんです。ただ、これだけはご承諾いただかないと」。
  「それは君の意見なの?上役さんの意見なの?」
  「上司、というか会社です。まいど屋さんは頑固で話し合ってもムダだから、とりあえずこの前の紙を渡して最終決着しろって」
  「だから上司のいない日をわざわざ選んで呼び出したってわけだ」
  「別に呼び出したわけじゃなく、そっちが押しかけてきたんじゃないですか」。彼は今にも泣き出しそうな顔になって横を向き、今度は声を潜めてこう言った。「実はさっき、上司にまいど屋さんが来るって報告したんです。そしたら何か急用ができたとか言って慌てて事務所を出て行っちゃたんです」。
  どうやら話し合いの余地はないようだった。社内的にそこまで頑なな考え方であるならば、ここで上役さんが帰ってくるのを粘って待ったとしても結果は同じだろう。台本は既に書き上げられ、製本されてスタッフ全員に配られてしまったのだ。アドリブを一切許さなかった黒澤明の映画のように、それぞれの役者はそれぞれ決められたセリフを一言一句違わずに申し述べるしかないということだ。どうしてもそれに反対したいなら、もうその役を降りるしか道はない。そしてまいど屋には、山田辰取扱店という役柄を降りるというのはあり得ない選択肢だった。
  「ファイテンって、いったい何者なんだ?」と僕は投げやりな調子で彼に言った。「ウチと山辰さんの長年の付き合いをチャラにすることさえできる、そのアクアチタンって」。
  「それが私にもよくわからないんです。ただ、とてつもないパワーを持っているらしいです」。彼はそう言って、こちらに向かって意味ありげにニヤリと笑って見せたが、目は悲しげな色を帯びたままだった。「世の中には科学的に証明できないことがたくさんあるんです。マトモな頭で考えたらおかしいって思っても、何かオカルト的な力が働いて人々に作用を及ぼすことがあるんです。今回、まいど屋さんには本当にすまないと思いますよ。でも、私の力じゃどうしようもないんだ。あの力を止めることは誰にもできない」。
  彼はそこで大きく息を吸い込み、それからようやく横に広げていた手を下ろした。そして身体をずらしてふさいでいた通路を開けた。「こんなところで立ち話もなんですから、奥へどうぞ」。
  「ここで立ち話を始めたのは君じゃないのか」。先を歩いていく彼の背中にそう言ったが、彼は聞こえないフリをした。やはりこのストーリーにはアドリブは歓迎されていないらしい。営業担当氏はしっかりと台本を読み、その役柄を完璧にこなしているようだった。見事な脚本。見事な舞台装置。そして見事に統制のとれた役者たち。おそらくエンディングも見事なものになるだろう。人々は感動し、惜しみない拍手を送ることになるだろう。永遠の名作はいつもこんな風にして作られる。たったひとつの偉大な意思の下で窒息し、地下深く埋められてしまった無数の創意工夫を犠牲にして。
 
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  コトの発端は2015年7月のことだった。営業担当氏が持ってきたのは、ある商品の商品説明文を変えてほしいというお願いである。商品は、イメージ戦略をかなり真剣にやっているという某社と山田辰とのコラボウェア『1-1510続服』と『1-1511半袖続服』。まいど屋の商品説明文がその某社担当者には気に入らなかったらしい。
  文句をつけられたまいど屋のオリジナル文章はこうだった。
  “アクアチタンのパワーで身体本来のチカラを取り戻せ!ウソかマコトか、世界のアスリートたちが信頼しているっていうファイテン効果。アクアチタンを繊維にしみこませ、リラックス効果を高めるっていうスグレモノ。コイツは首と手首部分にそのアクアチタンテープを搭載したツナギ服。仕事はスポーツだって考えるアクティブな行動派に。シャレたイケメンフェイスにも好感が持てる注目アイテム。”
  これのどこがいけないんだろう。まあ、どんなことにでも文句を言わなければ気が済まないひとは、世の中にはある一定の割合でいるものだ。景気が悪いのが気に入らない。自分の給料の額が気に入らない。街で見かけた交通標語だって気に入らない。もちろん女房の顔が気に入らないし、子供のことも気に入らなくなりかけている。だから家に帰ると酒を飲んで全てを忘れようとする。そして翌朝、二日酔いのひどい気分のまま、自分自身のことが一番気に入らなくなる。そんな時にたまたま、そのひとがまいど屋の画面を見ると、あとはお決まりの手順に従って問題が持ち上がることになる。「まいど屋っていう通販の画面を見たんだが。あれはそう、あれだね。商品紹介の表現がよろしくない。文章を変える必要がある。正しくないものをそのまま放置しておくことは、世の中のためにならないはずだ。だから今すぐ変更すべきだ。まいど屋にそう伝えてくれ」。
  まいど屋はその要求をまともに取り合わなかった。そうした話に一々付き合っていたら時間がいくらあっても足りないし、第一、どこを変更するべきかもはっきりしない。営業担当氏からは何度か電話がかかってきたが、のらりくらりとかわしていれば向こうだってそのうちに忘れてしまうだろうと思って、そのままうっちゃっていたのだ。まいど屋にはそうした出所のあいまいな、言いがかりめいた話が年に数回は持ち込まれる。そして経験上、彼らの根気はそれほど長く続かないことを知っている。そのうち考えますとでも言っておけば、翌月にはもう話題に上ることもない。誰も傷つかず、誰も損をせず、まいど屋は余計な手間暇をかけて意味のない作業をさせられることもない。タフぶって正面から対抗しようとするのは、世間知らずの青二才だけだ。沈黙はいつでも、誰にとっても有益な唯一の対処法なのだ。
  ところが、今度の相手はそんなまいど屋の処世訓など洟も引っ掛けない、ある意味で規格外のモンスターだった。まいど屋が何度そのうちにと答えても、しばらくすると律儀なミニパトのように戻ってくる。まだここに駐車したままですね。早くどかしなさい。さもなくば問答無用で切符を切りますよ。はいわかりました。すぐに移動します。あともう少し待ってください。もう少し。そうですね、あなたからそのロクでもない執着心が消え、まいど屋のことなど忘れてしまうころまでには。
  そんな堂々巡りがしばらく続いた。そしてとうとう相手は本気で牙をむき出してきた。「薬事法に引っかかるので効果効能を謳うのはNG。スグレモノとか、シャレたとか、イケメンフェイスといった表現も商品のイメージにそぐわないからNG」なのだそうだった。薬事法はともかく、イメージと言うのはあまりに主観的で納得がいかなかったが、こちらもいい加減にうんざりしてきたので、節を曲げて指示に従うことにした。商品のイメージは、神秘的で重々しく、どことなくいわくありげな雰囲気を漂わせていなければならない。そうでなければ、ありがたみがどこかに消えてしまうのだろう。古ぼけた聖遺物が華美な装飾を施した黄金の箱に入れられて人々の前に提示されるように、奇跡を暗示するには、よく吟味された特別な語彙が絶対的に必要なのだろう。
  営業担当氏の要望をほとんど丸呑みし、まいど屋は新しい説明文を掲載した。
  “アクアチタンでリラックス状態をサポート!世界のスポーツ界でアスリートたちが身に着けているファイテン製品。アクアチタンを使った独自技術でリラックス状態をサポートしちゃう。コイツは手首部分にそのアクアチタンテープを搭載したツナギ服。仕事はスポーツだって考えるアクティブな行動派に。理想に一歩近づいたオートバイとファイテンのコラボレーションユニフォーム。”
  翌日、さっそく営業担当氏から電話があった。申し訳ないんですが、と彼は申し訳なさそうな声で申し訳なさそうに切り出した。「新しい文もダメみたいです。カタログを一字一句丸写ししなきゃいけないそうです」。
  「ダメ?何がダメなんだ?元の文章がダメだというから、こっちは言われた通りに変えたんだ」。頭に血が上って、とうとう彼を怒鳴りつけた。「君だってよく知ってるだろう。まいど屋の商品説明文は全てオリジナルで、カタログの文言をそのまま使うことは絶対にないんだ。商品について、自分の言葉で語るのは、開店以来のまいど屋のポリシーなんだ。そこのところを曲げて、今回は君の要望通りに修正したはずだ。この前君がこうしてくれと僕に頼んだ内容を、もう忘れたのか?」
  「先方の気が変わったんです」と彼は元気のない声で言った。そしてそちらに伺いますと言って電話を切った。
 
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  その後のなりゆきは、すでにこの特集の冒頭に記した。そして読者の皆さんがご想像の通り、まいど屋の商品説明文は、先方の偉大なご意向に沿ってカタログの文言が丸写しされた。読者の皆さんはいつでもそのページに飛んで、まいど屋が味わった深い敗北感を追体験することができる。そこには美しい言葉が並んでいる。肉声につきものの不安定さを排除した、計算しつくされたカタログのような美しさが。その文章はある意味ではあなたの心を捉えるかもしれない。人は時として、フィギュアのような人工物に愛情を抱くこともあるという意味において。だが同時に、あなたはATMの音声案内を聞くときのようなある種の違和感を覚えるかもしれない。どんな種類の感情も一切入っていない声を受け入れるには、人の心は繊細すぎるという意味において。いずれにせよ、興味深い文章であることだけは確かだから、この後の商品紹介でじっくりご覧になってみるのもいいだろう。あくまで皆さんの気が向けばということだが。
 
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商品説明をする営業担当氏
 

    

もうどうにでもなりやがれ!何度商品説明を書きかえてもダメ出しをくらったファイテンツナギ服シリーズ

世界で活躍するトップアスリートが自ら身につけているファイテン製品。そのファイテンの独自技術「アクアチタン」を含浸したテープを首と手首部分に採用した、今までにはない全く新しいタイプのユニフォームです。目をひく胸から腕にかけての斬新なカラーラインはスポーティなファイテンのイメージを表現。もちろんデザインだけでなくユニフォームとしての機能も十分に兼ね備えています。カラーはスポーティな3色をラインナップ。理想に一歩近づいたオートバイとファイテンのコラボレーションユニフォームです。


軽い!伸びる!だからメチャメチャ動きやすい!まるでバネ仕掛けのように伸縮して手足の動きを妨げないツナギ服

ツッパリ感を軽減する横ストレッチ性と、伸びたら戻るストレッチバック性で身体の動きにしなやかにフィット。衿、胸ポケット、袖口にカラーラインを効かせた見た目もナイスな新作ツナギ。厚手なのに軽い着心地の生地は、ポリエステル65%、綿35%の日本製。帯電防止機能付き。

  • image_maidoyaつなぎ服
    ■型番:8400
    ■定価:\14,900
    ■販売価格:\8,050