まいど屋コミック207号/レーザー距離計

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まいど屋コミック207号／レーザー距離計

207話レーザー距離計

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お話に出てくるアイテム

LKT-PL15R
レーザー距離計タジマ

開店以来、販売したことのない商品がある。自分でもよく理由がわからないのだけれど、それを世の中に知らしめることに対し、どうしても積極的になれないのだ。それはまいど屋の物流センターの片隅に、ひっそりとしまわれている。スタッフですら、それが入荷していることを知っている者は一人もいない。画面にアップされることもなく、ただ時が過ぎるままに放置されているだけのその商品の価値について、僕はずっと考え続けてきた。もしもそれが発売されたら。もしもまいど屋のトップページにしかるべきコーナーができ、その商品についての詳しい解説が加えられたら。興味を持つ人はいるだろうか？僕が長い間わからなかった答えをとうとう見つけ出す人間が、果てしなく広がるこのインターネットのどこかに存在しているのだろうか？僕は毎年、大みそかの夜、全員が帰宅してひっそりと静まり返ったまいど屋の倉庫に立ち、例の段ボール箱に掛けられたホコリ除けのシートを外して中身を確かめてみる。それは一年前と同じようにそこにある。商品を取り出してスイッチを押すと、ディスプレーはいつものカウントダウンを開始する。小数点の左隣では、59から0までの数字が一秒ごとに次々と現れ、永遠にも思える循環を続けている。小数点以下二桁は、ほとんど数字を認識することもできない。ただ、メルトダウンの始まった原子炉みたいに、たけり狂ったような勢いで10種類のアラビア数字が暴れまわっているのが見えるだけだ。去年の暮もそうだった。ディスプレーの左端には、86の表示があった。そこはおととしの大みそかのときは87だった所で、一年経って数字が一つ減っていた。僕はそれを見て大いに安堵し、そして同時に深く絶望した。86年。それがまいど屋に与えられた道のりだ。あの男はあの晩、確かにそう言ったのだ。まいど屋がオープンした13年前、男は前触れもなくまいど屋にやって来た。そして断る僕を無視してカバンから商品を取り出し、勝手に商品説明をし始めた。正確に距離を測れる道具を発明しましてね、と男は云った。どんな距離でもたちどころにわかる精密機械です。世界中探したって、こんなものはありませんよ。まいど屋さん、これはお宅への開店祝いです。誰もが欲しがる商品の、独占販売契約を結ばせてあげようっていう提案です。オープンしたてのちっぽけな店には、こんな強力なウリが助けになるんですよ。わかりますか。それは開店に合わせて仕入れたタジマのレーザー距離計に似た形をしていた。そんなものなら既に取り扱っている、と僕は云った。ずいぶん強引なセールスじゃないですか。男はバカにしたような調子で鼻を鳴らした。お宅のラインナップにあるのは、ホームセンターでも売ってるような距離計でしょう？そんなものはクソの役にも立たない。客寄せにだってなりゃしない。いいですか、5メートル、10メートル、その違いに何の意味があるんです？1ミリと10億光年の差は何ですか？頭の悪い人間は知らないのだと思いますがね、実際には違いなんてありゃしません。遙か遠くにあると思える地点は、既にあなたがいる場所でもあるんです。わかりますか？そこで初めて、僕は男が狂人であることを悟った。大声を上げて追い出すか、子供をあやすように接しながら忍耐強く相手のエネルギーが切れるのを待つか。僕が後者を選択し、紳士的な笑顔を浮かべると、男は距離計らしき物体についている電源ボタンを押して話し始めた。どんな距離でも測れるんです。例えば、あなたの友人、同僚との本当の距離。一番信頼している人間が、実は離れていることがはっきりわかる。逆に疎遠だと思っていたヤツが、意外に近い場所にいたりする。一度家に持って帰って、ヨメさんを測ってみたらいいですよ。試さなければよかったなんてことになるかもしれませんがね。男はケラケラと笑い声を上げた。その顔には自分のジョークを自分で面白がっている人間にありがちな、粘着質の押しつけがましさがあった。僕はそろそろ堪忍袋の緒が切れかけていた。そんなものに興味はない、と僕は云った。私はまいど屋をオープンしたばかりだ。今私が考えていることは、これからまいど屋がどうなるかということだけなんだ。まいど屋にはタジマの距離計がある。現場で距離を測りたい職人にはそれで十分です。お引き取り願いましょうか。男は引き下がらなかった。それどころか、何かの確信を得たのか、ますます目を輝かせ、声には力がこもり始めた。じゃあ、それを測ってみましょうよ、と男は云った。何と言ってもこの距離計は、どんな距離でも測れるんです。あなたが心に描くまいど屋の未来、そこに到達するまでの距離を測りましょう。将来像を思い描きながら、このボタンを押してみなさい。僕は男に気圧されて、ボタンを押した。ディスプレーの左端に一瞬100と表示され、次の瞬間、それが99に変わった。右端の二桁は、目まぐるしい勢いで回転を始めていた。そこまで行くのに、ちょうど100年みたいですよ、と男は云った。いまから100年後、あなたの夢は叶えられるということです。100年なんてすぐですよ。あなたの夢は現実になる。男はケラケラと笑った。僕はとうとう怒鳴り声をあげ、男の腕を掴んで外へ引きずり出した。男は意味のよくわからない笑い声を上げながら帰っていった。部屋のテーブルの上では、男が持参した距離計が残されたまま、激しく数字を点滅させていた。僕は男を追いかけなかった。今考えればそのとき全力で走って彼に追いつき、そのインチキ臭い物体を上着のポケットにねじ込んでやればよかったのだろうけど、そうはしなかった。きっと何かの力が僕を押しとどめたのだ。それから僕は毎年一回、大みそかの夜、その機械を取り出して眺めるようになった。どうしてそんなことを続けているのだろう？ちなみに、段ボールの中にある未使用の50セットは、後日、あの男がまいど屋に勝手に送りつけてきたものだ。商品にはもちろん請求書が同梱されていた。そして独占販売契約書と印刷された紙切れも添付してあった。僕は請求書に書かれた銀行口座に金を振り込んだ。そしてスタッフに気付かれぬよう、段ボールを倉庫の一番奥に運び込んでシートを掛けたのだ。

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