まいど通信
まいど!まいど通信編集長の田中です。今、真剣に悩んでます。青春はとうに過ぎ去ってしまっても、生きている限り悩みの一つや二つは出てきちゃうみたいです。そして一度深い悩みにとらわれてしまうと、その他のことなどアメリカ合衆国の失業率統計程度の意味しかもたなくなって何もかもがどうでもよくなり、こうして書いている月刊まいど屋の原稿も、中学生の時の日記の宿題以来のおざなり感あふれる文章になってきます。普段と変わらないじゃないって言われると、返す言葉もないんだけれど。
今年の日本シリーズのスポンサー権の話です。まいど屋はいつものように、ラジオ中継のスポンサーになるべきか否か。巨人がシリーズを戦うことを必須条件としてきたまいど屋のポリシーを都合よく忘れたことにして、スポンサーとしての虚栄心を満たすのか。それともジャイアンツと一蓮托生の運命に身をゆだね、勝者に対して心にもない拍手を送らざるを得ない屈辱を耐え忍ぶのか。
巨人ファンの中には、まだ希望が消えたわけじゃない、クライマックスシリーズがあるじゃないかと言うひとがいるかもしれない。でも、優勝したのは間違いなくカープで、仮にジャイアンツがクライマックスシリーズを勝ち上がり、何かの間違いでシリーズの出場権を獲得したとしても、それは真の日本一を決める戦いではなく、ただ単なる興行上のあらま!的アクシデントであることは隠しようのない事実なんです。そのようなご都合主義的試合に大枚をはたいてスポンサーになったとしても、そしてアナウンサーが試合途中にまいど屋の提供でお送りしていますと絶叫し、リスナーに興奮を押し付けようとしたとしても、まいど屋としてはテレビショッピングのサクラ役が発する驚きの声に似たその白々しい言葉に何の共感も見いだせないのです。
ラジオ局の営業さんからは、どうするんですかとしつこく返事の催促が来ています。まるで青春時代に彼女から一体どうするのって迫られたときのように。そしてあの時と同じように、あいまいな態度を続けながら逃げ回っています。彼も最後は愛想を尽かして離れていってしまうのかな。ホント、どうすりゃいいんだろ。
今月のテーマは鳶服
見ての通り、今月は鳶服特集です。そして読者の皆さんがうすうす感づいてしまった通り、内容はあまり感心できる出来ではありません。できれば今月号はなかったことにして、早く次の11月号に差し替えてしまいたいくらいです。大体、取材先の数がいつもの3社ではなく、2社しかないことからも、今度の企画が目も当てられないほどの完全な失敗に終わっていることが明白です。いったい、どうしてこうなっちゃったのか。
全てはメーカーさんが悪いんです。鳳皇のレポートでも触れましたが、多くのブランドから新商品が全く出てきていないんです。関東鳶とか三段鳶は何やってんだろ。全国にファンを抱えるトップブランドの一つとしての自覚が足りないんじゃないだろか。ひとり気を吐いているのは寅壱くらいで、その他は死んだふりをしてただ様子をうかがっているだけなんです(*鳳皇の村上社長には取材を受けてもらった義理があるので、とりあえずは死んだふり仲間から除外しますが)。
ただ、メーカーさんをそんな風に弱気にさせているそもそもの原因は、鳶服のマーケットを盛り上げようとしない読者の皆さん自身であることを忘れてはいけません。実際、街の作業服店では鳶服コーナーを縮小し始めていると聞きます。で、それまで近所の作業服屋さんで買っていた職人さんたちが仕方なくネットで検索し、まいど屋に集まってくるようになる。そして今月はちょうど鳶服特集をやってるぞなどとそんな事情も知らずに無邪気に月刊まいど屋を開き、失望を重ねた末に最後はこのページにたどり着くことになる。だから今月の特集のクオリティーが低く、レポートが面白くないと文句を言うのは天に唾するのと同じことで、まいど屋からはお言葉ですがと冷ややかな口調で反論されるのが関の山なのです。
せっかく久しぶりに企画した鳶服特集ですから、まいど屋だって本当はもっと充実したコンテンツにしたかった。今月号が期待外れだったのは、読者の皆さんの責任です。いいですか、皆さんが悪いんですよ、他の誰でもなく。
【レポートが目も当てられないほどの状態なので、以下、オマケの話を掲載します】
陸王
僕はその本をひなびた温泉宿の一室で読んだ。お盆休みの旅行用にアマゾンで買い揃えたうちの一冊だった。本は発売されて間もないハードカバーで、「勝利を信じろ」などと今どきの少年ジャンプでも躊躇するようなキャッチが臆面もなく印刷された帯が付いていた。
僕はそういう類の本を本屋の店頭で買い求めることはまずしない。それどころか、手に取ってみることもしないだろう。レジ前の目立つ場所に平積みされ、アルバイトの書店員さんが書いた丸文字のPOPが「感動します」と感動することを強要し、「ページをめくる手が止まらなくなる」と僕の読書のペースに注文をつけ、最後に「絶対オススメ」などと絶対の定義をもう一度調べ直したくなるような断定的な言い方を投げつけてくるような場合、ほぼ100%の確率で感動はどこを探しても見当たらず、読み始めて数十分でページをめくるのも面倒くさくなるに決まっているからだ。いや、僕がそうした個人的な嗜好に基づいた判断をここで下したところで、おそらくその書店員さんは、狐につままれたような顔で感動はちゃんとそこにあるじゃないかと言うのだろう。そのときになって初めて、僕は少年ジャンプの三原則を思い出す。友情、努力、勝利をどこからかかき集め、ミキサーにかけてシェイクすれば、この国ではそれは漏れなく感動物語と呼ばれることになっているのだ。そして、そうしたレシピの合成に最も長けているのが、この本の作者である池井戸某というベストセラー作家だった。そういえば、少し前は半沢シリーズの「10倍返し」が流行語にもなっている。
それでも僕がその本を買ったのには理由がある。たまたま目にしたその本の新聞広告に、「足袋作り100年の老舗がランニングシューズ作りに挑む」という文字が躍っていたからだ。僕はその話に聞き覚えがあった。月刊まいど屋の特集で、以前、自分自身が似たような話をレポートしたことがあったのだ。地下足袋屋が主人公の話なら、まいど屋の編集部を預かる身として読んでおいても損はない。テキストが好みに合わなくても、業界人としてとりあえずは目を通しておく必要がある。そう考えてアマゾンのサイトで他の書籍を買うついでに、目をつぶってバスケットに放り込んだのだ。
僕はその本を二日で読んだ。おかげでせっかくの温泉旅行が、単なる読書の時間で終わってしまった。あれこれ効能が書かれた温泉にまるで義務のように浸かり、次々と運ばれてくる料理には適当に手を付けただけで片付けてもらった。少年ジャンプの三原則を侮ってはいけない。それはどんな人間に対しても、それなりに有効に働くようだった。僕は深夜番組で流されるお約束のお色気シーンを見て勃起してしまったような気恥しさを一人覚えながら、あっけなくその世界に誘い込まれた。そして不覚にも、最後のページを開くまでページをめくる手が止まらなくなった。ようやく本を閉じてから、僕はその余韻に急き立てられるようにiPadを取り出し、「陸王」と入力して検索した。小説の話に夢中になりながらも心に何か引っかかるものがあったのだ。探していた情報はすぐに見つかった。そしてそこには驚くべきことが書かれていた。
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まず、その物語には実在のモデルがあるとあった。モデルは埼玉の行田にあるきねやさんで、何年か前からまいど屋でも取り扱いを検討し、カタログやサンプルを取り寄せるなどのやり取りをしている会社だった。大手の新聞社を含めた様々なメディアが小説さながらのきねやさんの開発物語を紹介し、その結果生まれたランニングシューズをほめそやしていた。小説の作者である池井戸氏も、執筆前にきねやさんを取材していたようだった。だが、僕が驚いたのは、そんなことではなかった。僕が思わずあっと声を上げたのは、「MUTEKI」と名付けられたそのシューズが生まれた時期についてだ。
月刊まいど屋2013年4月号で、まいど屋は力王という地下足袋のメーカーを取材している。そしてそのレポートで、僕は地下足袋の足裏感覚を生かしたランニングシューズの話を書いている。レポートの一部を抜粋してみよう--<開発の背景には健康志向があって、足の健康を気にされる方、陸上競技のトラックやジムトレーニングなどで足裏の感覚を大事にされる方、ウォーキングをされる方などのニーズを掘り起こそうと。そのため、スポーツ用品店などへの展開も視野に入れているんです>—商品名は「タビフット」で、発売は2012年11月。一方、陸王のモデルになったきねやさんの「MUTEKI」の発売は13年9月。池井戸氏がきねやさんを取材して小説の着想を得たのが2013年の4月、月刊まいど屋のレポートが発表されたのと同じ月だ。文章だとわかりづらいと思うので、時系列で箇条書きにしてみる。
2012年11月---タビフット発売
2013年4月---月刊まいど屋でタビフットについてレポート
2013年4月---池井戸氏がきねやさんを取材
2013年9月---MUTEKI発売
偶然にしてはあまりに出来過ぎている。僕はお盆が明けて会社に戻ると、早速、力王の担当者に電話をした。陸王っていう御社の名前によく似た小説が出ているんだけど、知ってる?ああ、読んだの?あれ、きねやさんがモデルみたいだよ。きねやさん独自のアイデアで、MUTEKIっていうシューズを開発して、それを小説にしたのが陸王だって。なあ、聞いてる?
「そうみたいだね」と月刊まいど屋のインタビューでタビフットについて話してくれた月岡さんは間延びした声で言った。「だけど、知っての通り、タビフットは最近生産中止になっちゃったんだ」。
そんなことは関係ないんだ、と僕は月岡さんの言葉を遮った。「問題はMUTEKIがランニング足袋の元祖であるって、日本中が言ってることだ。それが本当なら、あの時の月刊まいど屋がウソを書いたことになる。それとも、たまたま偶然に、二つの会社がほとんど同時に、ランニング足袋なんてけったいなアイデアを思い付いたっていうのか?まるでユングみたいじゃないか。きっと教科書に載るよ。シンクロニシティーの典型的な事例だって」。
「ユング?」月岡さんは興味なさそうに繰り返した。「それはさておき、ウチじゃタビフットの生産は終了し、商品ももうない。それについて何とかしようとは会社も思っていないんだ。きねやさんが陸王のモデルであるなら、それでいいじゃないか。それにあの小説は面白かったし、ウチの会社でも自分の他に何人かは読んだみたいだよ」。
僕は諦めて電話を切った。受話器を戻してから、何を期待して電話をしたのだろうと一人舌打ちをした。まるでクラスメートの告げ口をしてたしなめられた子供のような気分だった。僕は月岡さんが何を言うことを求めていたのだろう?
今もそれがわからないまま、僕はこの文章を書いている。月岡さんが言うとおり、誰が思いついたアイデアであろうと、それは月刊まいど屋の読者の皆さんを含めた誰の関心事でもなく、僕以外の人間にとってはどうでもいいことなのかもしれない。僕は、僕にとっては筋が通っているようにしか思えないある一つの見立てを抱え込んだまま、誰からも励まされることなく、どこに行くこともできず、ただ独り立ち尽くしている。見えない壁に行く手を遮られ、これ以上進むことを諦めかけている。関係者が---当の力王さん自身が---口をつぐんでいる以上、それを今ここで書き記すことが正しいことだとは思えなくなってきたのだ。この文章を書き終えたら、きねやさんに数年ぶりの電話をしてみようか。そして、取引の開始をお願いしようか。何年もの間、検討するばかりで行動に移さなかったまいど屋の優柔不断な態度を詫びてから。