まいど通信


        

まいど……いや、だいぶお久しぶりの「元・月刊まいど屋」編集長の奥野です。今回は、深まる季節にぴったりの秋冬ワークウェア特集をお届けしました。猛暑に残暑と、今年もたいへんな夏だったけれど、終わってしまうとちょっと寂しいような……。そんな心の隙間を埋めるカッチョいい作業着のお買い求めは、ぜひ「まいど屋」で!

●小豆島八十八ヶ所

今年の夏は、久々に大きな徒歩旅行をしました。小豆島一周の「お遍路」です。

「小説『二十四の瞳』で有名な」と言っても通じないでしょうから(私も未読)、簡単に紹介しておきましょう。小豆島は、香川県の一部、播磨灘の西部・瀬戸大橋の東側に位置する島です。瀬戸内海では淡路島に次ぐ大きさで、しまなみ海道の周辺にあるような島をイメージすると裏切られます。

要するに「デカい」。推定人口は人口25000人で、大きなスーパーやドラッグストア、コンビニも複数あって、あまり離島という感じはしません。景勝地の寒霞渓、名産の醤油やオリーブも有名ですけど、近年は、干潮時に砂浜に現れる道「エンジェルロード」が外国人や国内のカップルたちで賑わっています。

そんな便利な島で「お遍路」ができると知ったのは、アウトドア雑誌をパラパラ見ていたときのことでした。四国八十八ヶ所の体験レポートの中で、ライターが「秩父三十四ヶ所や小豆島八十八ヶ所もやったことがあるが、四国は初めて」といったことをチラッと書いていたのでした。え、小豆島で「お遍路」ができるの? とネット検索してみたら、公式ウェブサイトに「全長150kmの巡礼路」との文言が--。その瞬間、次の数式が頭に浮かびました。

30km×5日間=150km

こ、これだ! 四国八十八ヶ所は1200kmで何日かかるか想像もつかないけれど、150kmなら見通しが立つ。しかも、フェリーで神戸に渡れば大阪にすぐ帰ってこられるから、急な仕事の連絡があっても対応できる!

問題は「いつ行くか」です。この時点で6月初旬。30度超えの暑さが続き、梅雨入りが目前に迫っていました。

うーん、さすがに夏はヤバイよねー、熱中症の危険もあるし……。じゃあやっぱ秋かなぁ、いや東海道を歩いたときみたいに12月くらいのほうがいいかも……。と考えを巡らせていたある日のこと、東京に住む大学時代の後輩から連絡が入りました。

「来週、実家に帰るので、神戸あたりで呑みませんか?」

ハッとしました。神戸で呑み会をしたあと、そのまま神戸港発のフェリー(夜行便)で小豆島に渡ってしまえばいいのでは?

すでに梅雨の真最中で、空はどんより曇っていました。しかし、逆に考えれば「これから始まる真夏より涼しい」とも言える。……これしかない、ていうか正直、めちゃくちゃ行きたい。ここまで来たら、もう我慢できない!

ネットで小豆島の宿を探してみると、「大浴場が工事でご利用いただけないため」と、激安の宿泊プランがありました。即座に2連泊で予約。これで、お膳立ては整いました。

●地図のない旅

三宮で酒を飲んだあと、0時過ぎに神戸港を出るフェリーで眠りについた翌朝、想像より険しい地形の小豆島が近づいてきました。そして7時過ぎに船は小豆島・南東部の坂手港に入港。タラップを降りて、いよいよ小豆島の八十八ヶ所巡りがスタートです。

今回立てた作戦は「5日は頑張る」というもの。5日間、必死で歩いたら150kmになるから、幸運に恵まれれば八十八ヶ所巡りをフィニッシュできるだろう、と。反対に、もし「5日じゃ無理だ」といった見通しが立ったら、「延長戦」で歩き続けるか、どこかキリのいい場所で中断して大阪に帰るか、そんな決断しようと考えていました。

まず坂手港から、最寄りの札所を目指して西向きに歩いて行きます。こうすると最後は島の北東側から南下して坂手港に戻ってくるかたちになるので、「神戸行きのフェリーでサヨナラできる」との算段です。歩き始めると、さっそく道路沿いにお遍路さん向けの休憩施設のようなものがあってテンションが上ります。

このスタート時点で、大きな問題がありました。地図を持っていないのです。神戸港の待合所とか、フェリーの中とかに観光パンフレットがあって、お遍路マップもあるに違いない、と思っていたけれど、そんなもの一切ない。坂手港でも手に入らず、いきなりスマホの地図だけで歩き出す羽目になりました。周辺の道を調べるだけならいいけれど、巡礼ルートの全体図を明日以降のプランを考える手がかりにしたかったので、かなり不安です。

しかし、そんなことにかまっているヒマはありません。「1日に30km以上歩かないと、5日で終わらないぞ!」と、ガシガシ歩を進める。道はほとんど車道です。途中、家の前でタバコを吸っている人に道を訪ねたのを除けば、人との接触はゼロ。お遍路さんどころか、旅行者にすら会わない。四国と違って「札所」は、ほとんど無人なのです。

やがて遍路道は島の内側に進んでいきます。スマホを頼りに確信できないルートを進んでいくと、山に入りました。登山道というか獣道というか、深いヤブに覆われている。「へんろ道↑」という案内板はありがたいものの、何カ月か使われてない道であることはすぐわかる。草をかき分けるのは(イヤだけど)まだいいとして、足元が見えないのはかなり怖い。じっくり観察しながらヤブがやや薄いところ、つまり「草刈りが行われた形跡」を探して、おそるおそる足を運んでいく。すると、さらにヤブは深くなって、もはや自分の靴すら見えなくなり……。

ぐわぁ、ヤバい、小豆島ヤバい、へんろ道ヤバい……、と呟きながらクロールのようにかき分けていく--と、前方5,6m先を大きなケモノが横切っていきました。おそらくイノシシでしょう。猿・鹿・猪はよく出るとの情報がネット上にありました。それでも「小豆島にクマはいない」とのことで、そこだけは安心です。

6月末は曇りでも暑い。もちろん上は空調服です。山中の渓流沿いの道ではアブがたかってくるので、さらに防虫ネットを被って、フル装備で山を登っていく。そして午後3時頃、初めて小さなお堂や庵ではない、立派な山寺の札所にたどり着きました。どうせだれもいないだろう、と空調服オンのまま本堂に入り、朱色の螺旋階段を上がると……うわ、人がいた! お寺を管理する地元の方です。あわてて空調服をオフ。防虫ネットから顔を出してあいさつします。

「あっ! 八十八ヶ所巡りの者です。すいません、だれかいるとは……」
「おおー、この季節にやるとはすごいねー。何日目?」
「今朝、坂手港でフェリーを降りてスタートしたんで、初日です」
「あっ、じゃあまだちゃんとアレしてないでしょ。よし、やりましょう!」

と、立派な仏壇の前に一緒に座ってガッツリお経を上げてくれました。これまでの札所では一応手だけは合わせていたけれど、正しい参拝ができていないという負い目がありました。旅行者へのサービスが心に染みます。

「最近は歩きでやる人少ないよー。アップダウンが大変だから。僕は昔やったけど」
「まあ、意地でもやり切ろうとは思ってないです。とにかく5日は頑張ってみようって」
「でも歩きにもいいところがあって……。やっぱさ、クルマとかより楽しいんだよねぇ」
「わかります! たくさん歩きたくて、この島に来たんです!」

お寺にいたご夫妻は、過去に四国の遍路もやったベテランの旅人でした。そんな巡礼の体験から、信仰やご利益といったことより先に「楽しい」という言葉が出てくるのは、とてもうれしく、また心強く感じました。たまたま出会った大先輩から、旅の初日を祝福されたのです。

ああ、来てよかったー、小豆島は道も人もいいわー、最高の初日になったなー。

と、高揚感でふわふわの足取りでさらに夕方まで札所を巡り、バスで宿へ。順風満帆の1日目はこうして終わっていったのでした。

   ☆

というわけで、「小豆島八十八ヶ所」の旅行記は次号に続きます。今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回「防寒特集」もお楽しみに!