まいど通信


        

まいど! 編集長の奥野です。前回の秋冬作業着に続いて、今月は「防寒ウェア」特集をお届けしました。体を動かしてりゃ寒くない! と豪語するハードワーカーの熱い魂にもヒンヤリとした隙間風が入ってくるこの季節。日中の作業を快適にするだけでなく、アフター5や朝の冷え込みからも貴方を守る。そんな防寒アイテムのお求めは、ぜひ、まいど屋で!

●登山はイヤです!

さて、前回に続いて「小豆島八十八ヶ所」の旅行記です。前回は、1日目のラストまで。山寺で巡礼の大先輩に出会ったあと、大満足で帰路についたところまででした。

2日目は、まずホテルからバスで街の中心部に向かって「小豆島霊場総本院」を訪れました。ここでは、お遍路さんの白衣や杖なども販売していますが、私の目的は地図。地元のゲストハウスの人が調べ上げた歩き遍路のためのマップを購入し、すぐにバスで1日目の最終地点に戻ります。これでプランの見通しが立つし、道に迷うこともなくなる! てな感じで意気揚々とスタートです。

ここで、ルートについて簡単に説明しておきましょう。八十八ヶ所の霊場は、だいたい海沿いにあるので、ざっくり言えば「お遍路」は「小豆島一周」と同じ意味です。しかし、島を自転車やクルマで一周すると約100kmで済むのに対して、徒歩ルートは150km以上。その理由は、海岸線をなぞりつつも札所を訪れるために何度も内陸に入っていかねばならないからです。つまり、基本的には島の輪郭をなぞるようにジグザグの線を描きながら進んでいき、たまにガッツリ島の内側に入り込んで行く、と。

じつは、これこそ小豆島の八十八ヶ所がキツイ原因なのです。というのも、瀬戸内の島はどこも大昔の火山活動によって隆起してできたものなので、土地が島の中央部にかけて「△」に盛り上がっている。つまり、海岸線から少しでも内陸に行こうとすると、すぐさま上りになるのです。小豆島は横幅があるので、フェリーから見ても近隣の島のような「おむすび型」には見えなかったけれど、2日目になるとハッキリ理解できました。これは……島というより山だ!

「アップダウンが激しい」とは事前に聞いていたものの、ここまでとは想像もしていませんでした。たとえば海岸線を歩きながら地図を見て、「ふーん、次の札所は、ちょっと中に入ったところか。近いな……」と思う。で、その2、3分後には「ええぇーっ! ここ登っていくの!?」となる。アップダウンというより「登山と下山を繰り返す」と表現するのが正しいでしょう。なお、巡礼者用の「遍路道」は、歩けるようになっているけれど、舗装されていません。つまり、一般的な登山道と同じです。

しかも、どこも急坂。汗だくになって喘ぎながら、「おれは……登山をしに来たんじゃない!」「山には興味ないんで勘弁して〜」と何度も繰り返しましたが(無人なので独り言OK)、平坦な道はほとんど出てきませんでした。たまに海岸線の自動車道に出ると、あまりにも快適で、自然と涙が込み上げてくる。アスファルト道なんておもしろくもなんともねぇ、と思っていましたが、小豆島の巡礼をするうちに、本当にありがたいものだとわかりました。道路建設の業者さんに感謝です!

●絶望の雨

さて、小豆島が山であることを思い知らされた2日目が終わって、翌3日目は大雨でした。梅雨時ということもあって覚悟していたので、雨具の用意は完璧。トレッキング用のサンダルで雨をものともせず進んでいきます。ちなみにこの靴選びは大正解でした。大雨になると、遍路道は小川と化し、くるぶしの上までまでどっぷり浸かる。防水の登山靴では太刀打ちできなかったでしょう。

ただし、雨はペースが落ちる。平坦な道なら、雨が降っても平常時の80%くらいは進めるけれど、登山道に大雨となると半分以下になってしまうのです。踏ん張りの効かないぬかるみや、足がズブリと沈み込むドロドロの山道(イノシシが掘り起こした跡か?)くらいならまだいいとして、古い石畳がツルツルに滑るのはかなり危険です。バックパックから取り出した着替えの靴下を軍手代わりに、木の枝や手すりをしっかり掴みながら、歩みを進めていきます。「雨だからといって休んでいては行程は終わらない」「ペースは落ちても止まらないことが大事だ!」とは言うものの、スマホのGPSで確認すると1時間で1.5kmくらいしか進んでいない。……愕然とします。

初日からこの3日目の終盤まで、歩いた距離は合計70km程度。この時点で悟りました。
「5日で完歩は不可能だ!」
1日30kmで5日間は、多少のアップダウンだったら可能だったかもしれない。しかし、小豆島八十八ヶ所は、ウォーキングではなく完全に登山です。雨が降ったら30kmどころか、15kmも厳しい。

結論としては「距離の問題ではなかった」ということです。「総距離△km」といった数値は、ウォーキングやサイクリングならともかく、登山では意味がない。小豆島の激しいアップダウンが考慮されていないからです。つまり「150kmのコース」というイメージ自体がまったくの幻想。とはいうものの、「道の険しさ」なんて、実際に行ってみないとわからないんですけど。

前回は「ヤブがしんどい」という話をしましたが、振り返ってみると、最大の障害は「山」でした。その次が雨。登山道では、ものすごく警戒しているから大丈夫だったものの、コンクリートの通路や寺の石階段では、油断していたのかマンガみたいにツルッと転けてしまいました。それでもしっかりと受け身を取ってケガを回避。単独行はハイリスクなぶん、身体能力が上がる気がします。

●歩き旅の醍醐味

あと、地味に辛かったのが、札所がわからないことです。これは山より街のケースが多くて、集落の中ある「◯◯庵」といった小さな札所を探す、といったケースです。地図を見て、近いのは確かだけれど……。で、スマホのGoogleマップで検索すると、四国ばかりヒットする! どちらも「お遍路」だからでしょう。中四国には、同じようなネーミングの施設がいっぱいあるわけです。

そこで、人に会ったら必ず道を尋ねます。すると「いっしょに行ってあげるよ」と言ってくれる人も多い。お寺によっては、巡礼案内のプロのようなお坊さんがいて「バス路線がここで切れてるから、明日はこう進んでいくといい」「この区間はお店がないから注意して」といった具合にアドバイスしてくれます。こういったお寺のスタッフさんは、遍路道の草刈りなどもされているそうで、「ヤブどうだった?」とよく聞かれました。「ものすごいです!」と答えると、「まあ、今の時期はだれも歩かないからね〜」。ちなみに、遍路道はエリアを区切って巡回メンテナンスしていて、総合的な状態が一番いいのは11月くらいとのこと。瀬戸内は暖かいので、夏より冬がいいでしょう。というか、夏は絶対やめといたほうがいいです。ヤブ以前に、暑いから!

それにしても小豆島の人は親切でした。暑さにへばりながら辿り着いた札所でジュースやコーヒーをごちそうになったたり、山寺でバナナをいただいたり、といった具合です。おかげで補給の心配はなく、自販機やコンビニがなくても快適でした。ほかにもいろんな助けをいただいたのですが、「△△がもらえる」といった情報が独り歩きすると迷惑がかかるので、やめておきましょう。スーパーやドラッグストアがあるけっこうな街なのに、昔話のような人の温かさが残っているのは驚きでした。

結局、八十八ヶ所巡りには7日かかりました。これは、山の中で大雨に降られたり、札所が見つからずにさまよったり、山門の時間制限に引っかかったり(16時閉山というエリアがある)といったミスを繰り返したせいです。あと、バスも本数が少ないので、事前に調べて上手に乗らないと、簡単に2、3時間は失ってしまいます。まあしかし、結局のところは行ってみないとわかりません。とりあえず島に渡って地図を買い、地元の人のアドバイスを受けるのがいちばんでしょう。道迷いや時間制限さえ避けられれば、ガシガシ回って5日、天気が崩れても6日あれば確実に回れると思います。

海を見ながら歩くのは気持ちいいし、山岳霊場の幽玄な空間もなかなかのものです。ただし、お遍路コースでは、有名な景勝地(寒霞渓など)は通りません。だから、すごい絶景とか感動の眺め、といったものを期待すると裏切られます。あくまで「見る」より「歩く」のがメインです。数日間、ひたすら汗と雨と泥にまみれて山を登ったり下りたりするだけ。しかし、それでもしみじみ「おもしろい旅だった」と感じます。

何時間も歩いて、人に道を聞いて、札所を訪ねて、鐘を鳴らして、合掌して、また歩いて……という普段とかけ離れた1日を繰り返す--。このシンプルなサイクルそのものに、不思議と込み上げてくる歓喜があるのです。

ところで、徒歩旅行の話をしたときに、よく投げかけられる質問があります。一番多いのが「歩いているあいだ、何を考えてるんですか?」です。「ぼーっとしてるわけじゃないでしょう?」「ただ歩いているだけで退屈しませんか?」というわけですね。

この疑問に対して、残念ながら、心を惹くような回答はありません。確かに、いつもなら気にも留めないようなことについて考えたり、ふだん忘れているようなことを思い出したりするのですが、そんな瞬間はごく一部。日中、歩いているあいだ頭に浮かんでいる言葉は、次の4つが90%を占めています。

「道きつい!」「足いてぇ〜」「暑い(寒い)」「ハラ減った……」

で、残りの10%くらいで地図や地形をチェックしながら、迷わないように気をつけている。つまり、よく世間で言われるような「新しい自分に出会える」「悩みを乗り越えられる」といったことは、ほとんどないと個人的には思っています。自己探求や思索といったスピリチュアルな動機で徒歩旅行をしても肩透かしを食うでしょう。

それでも、何日も歩き続けていると、だんだん普段の生活で頭を悩ますアレコレをすっかり忘れて、頭の中がクリアになる瞬間が出てきます。そして目的のコースを歩き通したころには、仕事や趣味とは一味違った達成感が得られる。自分の足だけでこんなことができるんだな……、といったふうになんとなく「一皮むけた」実感が得られるのです。

小豆島八十八ヶ所、またいつかやってみたいと思っています。

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というわけで、今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。少し早いですが、来年も『元・月刊まいど屋』をよろしくお願いします!