まいど通信
まいど! と、すっかり年4回の「元・月刊」のペースに慣れてしまった編集長の奥野です。今回は春夏作業服の特集ということで、大手メーカーを中心に、「これを買っておけば間違いない」という定番アイテムをはじめ、機能性だけでなくオシャレも楽しめるカジュアル作業服、そして「コスパ最強!」なアイテムをご紹介しました。物価高にお米まで高騰しているいま、お財布に優しく、また心も豊かにしてくれるウェアのお買い求めは、ぜひ「まいど屋」で!
●旅に出たい!
じつは、昨年末からやっかいな案件を抱えていまして、今年も春までずっと仕事詰めでした。正月や花見、ゴールデンウィークもなく、毎日、シェアオフィスで原稿を書いて、スポーツクラブで水泳30分と風呂を済ませ、スーパーで惣菜を買って帰宅、といった判で押したような日々。「仕事ばかり」というと儲かっているふうに聞こえるかもしれませんが、そうではなく、ただ死ぬほど面倒で労力のかかるものを書く羽目になっただけです。一時は「おカネはもういいんで、抜けていいっすか?」と言いそうになるほど追い詰められたものの、なんとかフィニッシュしたのが4月中頃。しばらくの虚脱状態を経て、むくむく湧き上がってきた気持ちは、「旅をしたい」でした。
ここではないどこかへ! というわけですが、先立つものがありません。いや、大きな仕事を終わらせたわけだから、出せなくはない。けれど、カミさんが自転車で安いお米を探し回っている中、もしひとりで温泉旅館で美味いものを食ったりしていたら、恐ろしい結果を招くのは間違いないでしょう。そこで、あまりお金を使わず、しかも「いいなー、羨ましい」と言われないような旅先を探す必要がありました。交通費もかからず、宿泊費も安くて、しかもあまりリゾートって感じがしないところは……。
定番の京都や有馬温泉は、外国人だらけで宿が取れない。北陸も似たようなもので宿代がかかるし、何よりケチって海の幸を食わないというのは悲しすぎる。和歌山はアリだけど、特急に乗っても意外と遠いんだよな……。そんなことを思いながら、地図を見ているうちにひらめきました。そうだ、瀬戸内方面にしよう。尾道や広島とかなら安い宿があるし行き帰りもラクだろう、と。旅先としてあまり新鮮味がなくて残念だけど。
Googleマップで宿を探してみると、あることに気が付きました。瀬戸内海の島にあるゲストハウスは、かなり安いのです。マイナーでインバウンド外国人が来ないからかもしれません。そうか、島なら5000円くらいで泊まれる。でも、船賃もかかるからなぁ……と考えながら、さらに探し続けるうちに、なんと5000円を下回る宿を見つけました。岡山県の笠岡諸島です。調べてみると船の乗船料は片道1000円程度。なかなか風光明媚でいいかもしれない、と、さらに笠岡諸島の宿リストを見ていると、なんと4000円以下の宿を発見! 笠岡港から出る船の終点、真鍋島という小さな島です。
笠岡市観光協会のウェブサイトには、「真鍋島は懐かしい漁村の風景が見どころ」とあります。あっ、これ観光名所がない土地の典型的なヤツだ、とは思ったものの、だんだん考えるのが面倒になってきました。暇だったらひたすら島を散歩すればいいか、とノリで予約。安いから連泊です。瀬戸内の島に気軽に行けるなんて、関西人でよかった!
「ちょっと島に行く。遊びじゃないよ、パソコン持って行って仕事もするから」と家族に言い残して、家を出ました。
●真鍋島にひとり
JR笠岡駅を下車。笠岡港の近くのスーパーで食料品を買います。というのも、宿のウェブサイトには「食べ物は持参してください」という注意事項があったから。島には民宿を兼ねた料理屋や食品を扱う商店もあるけれど、不定期営業で、「開いてないものと思っておいてください」とのこと。宿は冷蔵庫が使えるようなので、缶ビールと弁当、そしてインスタントラーメンとバナナ、柿ピーを買って船に乗り込みます。船内は笠岡諸島の人だけで、観光客はゼロです。
1時間ほどで真鍋島に到着しました。下船した瞬間、宿の主人に呼び止められ、港からすぐのゲストハウスに案内されます。2日分の宿代を支払うと、「お客さんは他にいませんので、ごゆっくり」と言って、主人は急ぐように去っていきました。古民家を改装した清潔感のあるゲストハウスに1人。1階の居間を独り占めできてうれしいものの、なんか肩透かしを食った気分です。
宿にキッチンはありません。持ち込んだ弁当を食べながらビールを呑むと、あとは柿ピーをつまむしかない。となりは宿の主人がやってるカフェがあるけれど、こちらも不定期営業でずっと閉まっています。テレビもないのでスマホでYouTubeを見るものの、広い部屋にひとりで落ち着かない。シャワーを浴びて(風呂はない)、就寝スペースのある2階に上がると、マットの上にペラペラの寝袋がありました。「おい、真夏じゃないんだぞ」と思ったものの、この値段なので文句は言えません。バックパックからカッパを取り出すと、寝袋の上からかぶって寝ることにしました。山歩きに備えて持ってきた雨具が、まさか寝室で役立つなんて!
食料も布団もない。この宿、普通の観光客だったら詰むぞ、いや、そんな人はそもそも来ないか……。と考えているうちに眠りに落ちました。
●島を散策する
翌朝、冷蔵庫に入れておいた弁当の残り(ごはん部分)をレンジで温めて、朝食にします。電気ケトルがあるので、熱湯に持参した塩昆布を入れて、即席の吸い物。食べ終わると、すぐ散歩に出ました。天気予報が雨になっていたので、降り出さないうちに島の散策をしておく必要があるのです。
島にはちゃんと住民がいるものの、空き家が多いようです。そのせいか、集落を歩いていても、ほとんど人に会わない。とにかく、島の東端の岬に行ってみようと歩き出すと、15分もしないうちに到着してしまいました。ほんとうに小さな島です。歩き足りないので、海岸に沿って行けるだけ行ってみることにしました。真鍋島に周回道路はないものの、山道のトレッキングならぐるりと巻いて集落に戻ってこられるかもしれません。
山に入ってみて驚きました。いたるところに石仏や祠のようなものがあるのです。どうやら瀬戸内でおなじみの「島遍路」、つまり四国八十八箇所のミニチュア版が、この島にもあるらしい。道もよく人の手が入っています。しかし、進むうちにどんどんヤブは深くなり、イノシシが出てこないことを祈りながら草をかき分けていく、という去年の小豆島遍路と同じパターンに突入……。それでも島は狭いので、すぐ集落に戻れました。
宿の前の船着き場で服に付いた草を払っていると、野良猫に囲まれました。ここはいわゆる「猫島」だとウェブサイトで知っていたけれど、まさかここまで求められるとは……。住民と観光客からのエサで、ある程度は満足していると思っていたのですが、よく考えれば観光客は自分だけ。島の人もほとんど家から出てきません。道を歩いているうちについてくる猫が増えて、だんだんドラクエのパーティーみたいになってきます。「ごめん、エサ持ってないんだ、本当にごめん……」と言いながら宿に戻りました。
雨が降ってきたので、居間で仕事をします。昼ご飯にバナナ2本を食べて、コーヒーを飲み、海を眺める。そして、また仕事。夜は、袋の「サッポロ一番」に少量の熱湯を注いで柔らかくし、カップ焼きそばの要領で味付けして食べます。カップ麺にしなかったのは、荷物がかさばるのを避けるため。あと、離島なのであまりゴミを出したくなかったからです。
雲の切れ目のタイミングで、通りに出ると、猫が待ち構えていました。目を輝かす彼らに謝りながら、午前中とは反対側に向かって進むと、また20分ほどで行き止まりに。雨の山に入るのはイヤなので、宿にUターンします。そして柿ピーでビールを飲んで、シャワーを浴びて就寝。雨で気温が下がったので、昨夜より着込んで寝ました。
●猫を世話する
翌朝のごはんは昨夜と同じラーメン。食べる以外にやることがありません。この日は土曜だったので、観光客が来るかもしれないと考えて、船が来たら退屈しのぎに見に行く。と、もちろん大勢の猫に囲まれます。宿で淹れたインスタントコーヒーを堤防に置くと、エサと勘違いして順番にコップを覗き込みにくる。「おい、なんか入るからやめろ!」と猫たちに喋っていると、今から島を出るらしい女性の旅行者がこっちに来ました。
「ネコが好きで来たんですか?」
「いや、ただ宿が安かったんで……」
「ここはいい島ですよー、もう3回目です」
「本当に何もなくて驚きました」
「ああ、じゃあ、もう帰るんでコレどうぞ!」
なんと、キャットフードを譲り受けてしまいました。しかし、こちらは特に猫に興味はありません。午後になったら、船で観光客がいっぱい来るだろうし、あいつらも腹が満たせるだろう、と宿に戻る。ところが、その後も船から降りてくる観光客は5人くらいで、エサは持っていない。港の周辺を歩いて何もない島だと気づくと、すぐ次の船で去っていくのでした。
さすがに猫たちが気の毒になってきたので、エサやりをすることにしました。キャットフードを託された旅行者から「食べ残しはちゃんと片付けてね」と言われたので、手にとって堤防の上に少しずつ盛る。と、さっそく4、5匹の猫が群がってくる。「ニャーン♡(もっとちょうだい)」の猫なで声が通りにこだまし、元気なヤツが大人しい子に平手打ちを繰り出すと「ニャッ!(痛ぇ!)」の叫び声が上がる……。と、こういった声を聞きつけたヤツらが、百メートル以上先から集まってきて、しまいには20匹以上の大集団になりました
「こら、ケンカやめろ!」
「おまえも欲しいか?」
「ちょっと食いすぎだろ……」
だんだん飼育係みたいになってきます。軽やかに堤防に飛び上がって食べる子もいれば、あまりアピールせず、ずっと足元で待っている猫もいます。毛並みやツヤから見るに、どうやらかなり老猫が混ざっているようです。「おれの食い物だ!」と他の猫をシバいている乱暴者も、それほど若いわけではなさそう。不妊手術(耳カットが目印)の成果なのでしょう。子猫は見当たりません。
あー、島の猫も高齢化か……。
集落では空き家が多く目につき、道路に面した商店や料理屋の家屋も、看板がついたまま朽ち果てている。趣のある木造校舎の中学も少し前に廃校になったようです。ウェブの情報によれば、1995年に500人近くあった島の人口は、2021年には170人になっているとのこと。ほとんどが高齢者なので、このままだと集落が消えてしまうかもしれません。
なんと言えばいいのか、素直に「ステキな島なのに、もったいない」と思う。しかし、買い物もできない僻地の島に住みたい人など、現代ではほぼいないでしょう。自分だって、旅行者だからいい島だと思うのであって、住むのは耐えられそうにない。それに人口減少は、この島だけの問題じゃなく、日本中にこのような限界集落はたくさんあるわけで。
それでも、島の集落がなくなる姿を想像すると、「なんとか残ってほしい」と祈るような気持ちになります。島遍路の道なんて、手を入れなければ、数年でなくなってしまうでしょう。そうなると、先人たちが紡いできたこの島の歴史は……。
ありふれた瀬戸内の漁村が、そのうち見られなくなるかもしれません。もし、この旅行記に心惹かれるものがあれば、ぜひ真鍋島に行ってみてください。できれば食料持ち込みの宿泊プランで。あ、それから、キャットフードも忘れずに。
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というわけで、今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回も『元・月刊まいど屋』にご期待ください!