まいど通信
まいど! 編集長の奥野です。今回は防寒特集をお届けしました。11月も暖かさが続いていましたが、さすがに冷える日も増えてきました。防寒アイテム探しは本格的に寒くなってからでは遅い。冬が深まってからのお仕事に、年末年始のお出かけに、身も心もホットになるウェアのお買い求めは、ぜひ「まいど屋」で!
●東京からの「流れ旅」
前回に引き続いて旅の話題です。
夕食にとことん美味いものを食うために朝昼は我慢しろ! ボトルに詰めた柿ピーでしのげ! といった前回の「夜に全振り」は、一部で大ウケしており、高市内閣の支持率をはるかに上回っているという説もあります。そこで、今回は「流れ旅のすすめ」というタイトルで、さらに一味違う旅の楽しみ方を語ってみましょう。
「流れ旅」とは私が勝手につけた呼び方で、要は大まかな方向だけ決めて、どこか適当に訪問したり宿泊したりしていく旅のことです。「伊勢神宮に行こう」とか「加賀温泉へ行こう」ではなく、「紀伊半島に行ってみよう」「北国に行きたいな」と、ほぼ白紙のプランで漠然と旅に出て、その場のノリで観光し、名物を食べたり泊まったりする。行き当たりばったりというほどでもないけれど、交通条件や気候、また気分によってエリアや活動をコロコロ変えるのを、積極的によしとする。そして、当初の青写真とまるで違う旅になってしまうのを楽しむ。そんな融通無碍なスタイルのことです。
ただ、本当に気の向くまま放浪してしまうと、田舎で宿無しになったり、月曜日に出社できなかったりしてしまうので、完全にノープランというわけにはいきません。私も旅の醍醐味は「自由」だと思っていますが、路上で夜を明かすのはさすがにイヤ。そこで、だいたい「△日間で家を目指す」といった方針で、流れ旅をすることにしています。
10月の始めには、東京で用事を済ませた後、思いつきで流れ旅をやってみました。新幹線で大阪を発ち、人に会ったり懇親会に参加したりして、自由になったのは20時過ぎ。今から宿を取って翌日の新幹線で帰るか、それとも西へ向かう流れ旅を始めるか--。すべてはタイミング次第だと思っていたけれど、幸運にも21時前に終わったので、旅を決意! すぐに東京駅から東海道線に乗り込む。目的は「とりあえず箱根越え」です。
三島まで行けば、大都市の喧騒から離れられて、コスパのいいビジネスホテルがあるかもしれない。いや、もう夜遅いから熱海で二段ベッドのドミトリーか何かで寝て、翌日は温泉三昧、というのもいいな……。そんなことを考えながら、車中スマホの「じゃらん」で宿を探します。
あれ? 三島って意外と宿がないんだな。でも、やっぱり熱海はゲストハウスがいっぱいある。じゃあ予約……、いやチェックインが22時までって書いてあるからダメだ。ぜんぜん間に合わない。ああ、もう小田原を通過しちゃった。いい加減に決めなきゃ宿無しになるぞ。うわー、どうしよう?
結局は終電の終着駅、沼津で下車。酒のせいもあって決断にまごつき、熱海も三島もスルーして「できるだけ西へ」という子供のような選択をしてしまいました。しかし、24時間営業のネットカフェがあるのはグーグルマップで見ていたので、まあ安心です。大丈夫、イスさえあれば寝れる! と自分に言い聞かせて、ネットカフェの受付へ。幸運にも横になれる「フラット席」のブースを確保できました。
これで落ち着く、と思いきや、問題は雰囲気です。「当店は盗難には責任を持ちません」「お客様同士のトラブルが急増しております」「ルールに従っていただけない場合は警察を……」などなど、書き殴った紙があちこちに貼ってあり、入口からそこはかとなく感じた殺伐としたオーラの“答え合わせ”が完了。ネットカフェはヒルトンホテルではないので、いつも覚悟して入るんですけど、ここまで危機感を抱く空間は初めてです。すでに寝ているらしき「隣人」を刺激しないよう、音を立てずに服を脱いで就寝。シャワーは3時間待ち(!)で、支度でガサゴソしてしまうので見送りです。
翌朝、そのまま西へ向かおうかと思ったものの、とくに心惹かれるエリアもなくて、「やっぱ熱海だよな」。7時台に熱海方面への列車に乗車しました。
とりあえず熱海を目指します。4人がけの座席に座っていると広告関係と思しき出張客がいて、熱海のことを話していました。その会話内容というか、マーケティングとかPRとかいったワードを耳にするうちに熱海の「手垢のついた感じ」にちょっと違和感を覚えてきました。ひょっとしたら一人旅に熱海は向いていないかも、と思いつつ車内の経路図に目をやると、「伊東」の文字が飛び込んできました。いまニュースでやってる「市長の学歴問題」の伊東市って、熱海の隣だったのか。温泉街らしいから、まあ何か見るものはあるんだろう……。
と、そのまま熱海をスルーし、気の迷いから伊東駅下車。まだ9時前なので、観光案内所やお店もオープン前です。熱海の隣のわりにけっこう寂れた雰囲気に驚きつつ、とりあえず浜辺のベンチへ。缶コーヒーと柿ピーボトルで朝ごはんにし、沼津でできなかった洗顔や歯磨きも済ませる。朝の海はほとんど人も通りません。空を舞うトンビを見ながらタバコを吸っていると、「来てよかった」と口をついて出ました。昨夜から、東京のパーティーに出たり、治安の悪いネットカフェに泊まったり、とずっとごちゃついた空気の中にいたぶん、静かな海は格別です。
せっかくなので観光施設に行ってみることにしました。まず木造建築の「東海館」へ。昭和3年に開業した大きな旅館で、現在はカフェと交流施設になっています。外観はちょうど道後温泉の本館みたいな感じですが、中に入ると増改築による複雑な間取りの「ザ・戦前の旅館」。営業時のままの客間や広間はグッとくるものがあるし、伊東を愛した文人や偉人、伊東温泉の歴史などの展示も見応えがありました。
そしてランチへ。朝を柿ピーで済ませた恨みを晴らすため、漁師の店で数量限定の海鮮定食をオーダーしました。メインは鯵の刺し身。うわー、アジってこんなうまかったのか! くーっ、キスのフライもふだん食ってるお惣菜とはぜんぜん違う! 漬物もうまいし刺身のツマの海藻までたまんねぇ……。ネットカフェで惨めな朝を迎えた甲斐があったってもんです。メシはもちろん、自分の即興観光プランもパーフェクト! と最高の気分で店を出ます。
さて、次は風呂です。14時オープンに合わせて駅前の共同浴場の前に行くと、ママチャリで受付の婆さんがやってきました。物陰に姿を隠して、仕事前の一服が終わるのを待ちます。共同浴場は地元のためのもので、旅人は慎み深く「入らせていただく」のが鉄則。間違っても「早く開けてよ」といった空気を出してはいけません。やがて受付が始まり、コンビニで崩しておいた小銭を渡して、やっと念願の伊東温泉に入浴! 昨夜に東京を発って、電車を乗り継ぎ、砂浜で時間を潰し、ついにこの湯にありつけた。文字通りの“馳走”です。
地下の浴場から上がると、旅行者らしきカップルが「こんな所に温泉がある!」と、興奮気味で写真を撮っていました。夫婦のようですが、タオルも石鹸もないソリッドな温泉に、女性連れで立ち寄るのは難しいのでしょう。その点、一人旅は自由でいいものです。「いい湯だったな」と、濡れた髪のままボソリとつぶやき、伊東駅から熱海経由で西へ向かいます。
●未知との遭遇
次の目的地は浜松。名古屋に泊まるくらいならそのまま大阪に帰ったほうがいいし、浜松市なら宿に困ることはないだろう、との判断です。しかし、「浜松に泊まったとして、翌日は何をするんだ?」といった疑問も頭をよぎります。浜松の手前あたりで何かないか……、と路線図を眺めていると、ピンと来る地名を発見。2021年にやった東海道五十三次の思い出の地、島田です!
ノリで島田下車。と、街の様子がヘンです。法被を着た人があちこちにいる。「今日はお祭りなんですか?」「いや、明日からね」。どうやら待ち切れない人々が「前夜祭」的に街をウロウロしているらしい。偶然に祭りに出くわすなんて、こりゃおもしろい、とそのまま数年前にお土産を買った酒屋に行ってみると、ちょうど居酒屋営業(角打ち)が始まったばかりでした。渡りに船とはこのことです。
島田の地酒「若竹」を注文。さっそくお店の人から「お客さん、どこから? なんで若竹を知っているの?」と聞かれます。「コロナ禍で東海道の旅をしていました折に、ここで酒蔵の方からご親切にしていただき……。そんなわけで、私は島田を通り過ぎることはせず、可能な限り立ち寄って、若竹を呑もうと決めているのでございます」と、落語に出てくる人みたいな自己紹介をすると、常連客も交えて島田トークが開始。なんと、明日から始まる「島田大祭」は、3年に1度だけの奇祭として全国的にも有名とのこと。こ、これは……、観るしかない!
じゃあ宿は? 焼津駅の近くに宿泊できるスーパー銭湯があるというネット情報があったので、とりあえず向かうことに。こういうのは臨時休業や営業時間の変更などがあれば、電話も無駄に終わることが多いので直接アタック。なんと、フリープランで朝の9時まで休憩室でゴロゴロできる最高の施設でした。サウナで汗を流し、リクライニングチェアで熟睡。翌朝、完全回復の体で再び島田に向かいます。
たしかに奇祭でした。昨夜、「明日はたくさん屋台が出る」と聞いて、「ラーメンやおでんを売るのかな?」と不思議に思っていたのですが、「屋台」とは山車のこと。かといって大阪の「だんじり」のような、ガーッと走るものではなく、ノロノロとかろうじて移動できる小さな車輪がついているだけです。その代わり「上物」は立派で、大人が10人以上立てるくらいの舞台になっている。ここで三味線や太鼓、歌や舞を披露しながら通りを行き来するわけです。プログラムは各屋台ごとに決まっていて、1時間に1回ほど「スペシャルステージ」的に子供が登場して、伝統の舞を披露することになっています。だから定時になったら、屋台の前は、屋台に上がる子供の親や祖父母、親戚、友達が集まって、「△△ちゃーん!」「○○がんばれー!」と大盛り上がり。心温まる光景です。
興味深かったのは、やはり屋台というか、その運動性能です。びっくりするくらい進まない。そして曲がらない。大勢で曳いているわけですが、歩く速度の半分も出ず、しょっちゅう車輪の転がりが悪くなってストップする。そうなると、数人がかりで固い木の棒を屋台の下に差し込み、テコの要領でグイッと前進させます。そして進み出したはいいけれど、進路がズレて電柱や街路樹に当たりそうだとなれば、また棒で軌道修正。そして曲がるときは、棒を何度も何度も差し入れて、繰り返し、繰り返し、グイグイ、グイグイとやって、なんとか屋台を回転させる。この「テコ棒」の当番はほとんど休む暇もなく、倒れちゃうんじゃじゃないかと心配になるくらい。しかし、そんなふうに悪戦苦闘してもスピードはまったく出ないわけで、正直なところ「なんてマゾ仕様なんだ!」と驚愕しました。
そんな屋台のせいでしょうか。曳行グループが和気あいあいとしているのも印象的でした。若い衆を率いる熟年リーダーもまったく威圧的でなく、「あーあ、いま屋台が木にかすったよ、壊れたらどうすんの。気をつけなきゃ~」といった具合に、ゆるーい声掛けをしている。大阪のだんじり祭りだったら、間違いなく「しばくぞコラァ!!」とか、怒号が飛び交う場面です。いやそれ以前に、進まない屋台に曳き手はもちろん、観客も5分でブチギレるでしょう。これほど大掛かりな祭りでも、荒っぽい空気にならないなんて、静岡ってすごい。こんな人たちだからこんな品のいい祭りになるのか、こんな祭だからおっとりした人々になるのか……。もし、大阪に島田の屋台を導入したら、せっかちで怒りっぽい性格が穏やかになるのかもしれない。そんなことを考えたりしました。
午後まで祭りを見物して、ようやく帰路へ。3日間の流れ旅がついに終わりました。熱海に行くはずがなぜか伊東になって、ノリで島田に立ち寄った結果、なぜか島田大祭を観ることになって……。東京をスタートした時点では毛の先ほども考えておらず、また想像しようにもできなかった唯一無二のプランとなりました。
予想外の連続によって生まれる豊かな体験。自由を満喫する中でひたひたと深まる感動--。これこそが「流れ旅」の魅力なのです。
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というわけで、今シーズンも「元・月刊まいど屋」をご覧いただき、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします!
