【関東鳶】情熱と冷静のあいだimage_maidoya3
ずいぶん待たされた。待ちくたびれて、もう待っていたことすら忘れていたくらいだ。最後に取材したのはかれこれ3年近く前のこと。今後に期待してくれなんて甘い言葉を信じ、しばらくはその動向を注視していたのだが、待てど暮らせど吉報はやってこない。新商品が出るどころか、長年のベストセラーだった商品が次々に生産終了となり、ラインナップは見る影もなく貧弱になった。今では往時の勢いなど想像することもできない。昔は賑やかだったんだけどって嘆く商店街の店主みたいに、ぼんやりと過去を懐かしむばかりで、未来について夢を見ることもなくなっていた。
  それが一転、どんな思惑があるのか知らないが、新商品を出すという。実は先日、関東鳶の担当者から久しぶりに電話があったのだ。ずいぶん前に付き合っていた元カノから突然連絡が来たときのように、今更なんだよっていう反発心と、多少の期待感が複雑に絡み合ったような気持ちでその電話を取った。今度新しいシリーズが出るのでよろしく、と彼は言った。ついてはサンプルを持っていくので、都合のいい日を教えてほしい。
  何がまいど屋の都合だ。ひとを宙ぶらりんの状態にしたまま散々引っ張っておいて。おかげでこっちは誰とも付き合わずに寂しい思いをしていたんだ。失望して傷ついて、それでようやくあの輝いていた日々を振り返らずに生きていけるようになったんだ。カントビ(ずいぶん懐かしい響きだ)がないから、月刊まいど屋じゃ2年半も鳶特集をやっていない。この期に及んで、一体どうしようっていうんだ。そしてこれが一番大事なことなのだが、かつてのファンの皆さんだって、きっとまいど屋とおんなじ気もちのはずなのだ。関東鳶と月刊まいど屋はこのたびめでたくヨリを戻しましたので、ファンの皆さん、これからひとつよろしくお願いします。そんな通り一遍のアナウンスだけで、読者の方々が納得してくれるとはとても思えない。
  強がりもあって、電話ではサンプルは持ってこなくていいと断った。その代り、そちらに行くから詳しく話を聞かせてくれ。彼らがホンキなのかどうか、この目で耳で、しっかりと確かめてこようと思って急遽決まった今回のインタビュー。未練がましいまいど屋がバカで、今回の話もまた元カノの気まぐれのように信用できないのか。それともやっぱり伝説のカントビスピリッツは健在で、たまたま音信不通になっていただけなのか。このレポートを書いている現在でも、当事者である編集部は冷静な判断ができそうにない。だから、本レポートでは取材記事の基本ルールに反することだが、結論めいた断定的な書き方は避けようと思う。カントビの未来を信じられるのか。それは以下の本文を読んでから読者の皆さん自身で考えてみてほしい。
 

関東鳶
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新作『6110』『3100』の資料。スタイルとカラーバリエが一目瞭然。
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ショート丈の立ち衿ブルゾン『3001』
ご無沙汰しています、と柴田氏は言った。今日は来てくれてありがとうございます。ずいぶん他人行儀な挨拶から、疎遠になっていた時間の長さを改めて思い知る。だから、というわけでもないが、このレポートでは彼の名を柴田氏と呼ぶことにする。以前は柴ちゃんなんて気安く呼びかけていたものだが、こちらも照れくささが先に立って、うまく距離感をつかめないのだ。お互いに何を話していいのかわからずにしばらく沈黙が続く。それから、気まずさから逃れるように柴田氏が口を開く。まいど屋さん、相変わらず調子がよさそうですね。あちこちで評判を聞きますよ。それはどうも。カントビさんが新商品を出してくれないんで、鳶のお客さんからはあれこれ文句を言われているのですが。
  再び沈黙。その場の空気が重く沈む。こういう時には単刀直入に本題に入った方がよさそうだ。で、とうとう新商品が出たんだって?本当に久しぶりだね。これだけ長く研究したんだから、さぞ、すごいのができたんだろうね。少しでもリラックスした雰囲気で話が聞けるよう、冗談めかしてそう言ってみた。だが、柴田氏は硬い表情のまま、申し訳なさそうにこう答えた。「あの・・・。新作のお話ということでしたけど、新商品2点のうち、ちょうど今、1点のサンプルが手元にないんです」。
  ああ、やっぱり。こんなことじゃないかと思ってた。まあ、どうせ最初から期待はしていなかったのだ。長い時間をかけて、まいど屋はカントビがなくても生きていける術を身につけた。収穫がなくたって、もともとなのだ。やり直せる時期はもうはるか昔に過ぎてしまった。「そうですか。残念ですね。じゃあ、今日はいったい何のための会合なんです?」。
  「その代わりにといっては何ですが」と言いながら、柴田氏は少し苦しそうに顔をゆがめる。それからぎこちない笑顔をこちらに向け、テーブルの上に用意してあった印刷物を広げてみせる。それが写真1の資料である。着用写真も添付されていて思いのほかイメージがつかみやすかったのだが、わざと不満げな態度を押し通してじっくりと資料を見る。カラーや柄は関東鳶らしく凝った仕上がりのようだ。ふいに、カントビが全盛期だったころ、新商品に触れるたびに味わった胸のざわめきが心に蘇ってくる。ただ、やはり、印刷されたものだから質感まではわからない。昔のように無条件で信頼し、無邪気にいいねとはやっぱり言えない。資料ではなく、本物を見なけりゃ、どう答えていいのかわからない。
  こちらが口をつぐんでいると、柴田氏はまっすぐこっちに向けていた視線を足元に落とし、それからうつむいたまま商品の説明を始めた。まるでテーブルの上の資料に話しかけているみたいに。「3年ぶりの新作『6100』です。カントビで一番人気の『7440』の後継版として出しました。素材は『7440』と同じポリエステル65%、レーヨン35%のサージ。職人さんに人気の素材で、昔から乗馬ズボンや鳶服に使われてきた生地です。ただ、新作は生地に市松模様の織り柄が入っていて、光の当たり具合によって柄が見えたり、隠れたりするところが大きく違う点です」。
  「サージは無難だから、とりあえず幅広いユーザー層にアプローチしやすいだろうね」とこちらもようやく意見を言う。いきなり褒めるのもなんだかシャクなので、あえて批判的なコメントも付け加えておく。「でも逆に、市松模様はかなりリスキーに思える。下手をしたら下品になるし、うまくまとめても着こなせる人は限られてくるかもしれない。万人受けを狙うのか、ディープなファンの期待に応えようとしているのか、どっちなんだろう?それにシリーズアイテムが比翼シャツと江戸前超ロングしかないのもちょっと寂しいね。率直に言って、コンセプトがよくわからない。それから関東鳶の本気度もわからない。ねえ、このシリーズでカントビが何をしようとしているのか、もう少し教えてくれないかな」。
  「今回の新商品では、個性的な服を纏うときの高揚感を皆さんに味わってほしかったんです」。柴田氏が再び顔を上げて話し始める。真摯で、懸命な態度が、彼の目を通して伝わってくる。昔、彼が作業着について熱く語ってときと同じ眼差しがそこにある。なんだか懐かしいなと思う。昔はいつもこうして彼の話を聞いていたものなのだ。柴田氏の声があの頃と同じように情熱的に続く。「と同時に、作業服としての信頼感や安心感も大切にしたかった。だから長年揉まれてきて実績のあるサージ生地にこだわりました。ご存じのように、サージでは『7440』がスタンダードスタイルとして定着しています。作業着として申し分なく、皆さんから高い評価を受けていますが、これを着て気分が高まってくるようなことはあまりない。それに比べて、どうです?この『6100』は?一目見ただけで強く印象に残るでしょう?気に入る、気に入らないは別にして。不遜な言い方を許してもらえるのなら、関東鳶はこのウェアでユーザーの美意識を試しているんです」。柴田氏はここで一呼吸おいてこちらを見つめる。それから「でもね」と言って、この日初めて笑顔を見せた。「市松模様は確かに個性がありますが、カラーのトーンを工夫してある程度落ち着いた雰囲気が出るようにしています。インパクトは強いですが、実はそれほど着こなし的なハードルが高いわけでもないんです。意外とすんなりコーディネートできると思いますよ」。
  じゃあ、アイテムを絞った理由は?「素材が『7440』と同じサージだから、どうせなら『7440』にはないスタイルを提案したかったんです。『7440』は上がオープンシャツ。いわゆる開襟ですよね。これに対し、『6100』は立ち衿で、ボタンが表に出ないヒヨクタイプ。引っかかりがないので、作業の邪魔になりません。下は江戸前の裾口3つボタン。『7440』に比べてワタリで3.5cm、周囲で7cm細くなっています。現在、巷では細身が流行っていますが、細身といってもウチのは太いほう。ですから、ご年配の方やこれまで太めを愛用されてきた方でも穿きやすいのではないでしょうか」。
 
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  『6100』シリーズの説明が一通り終わるころには、柴田氏の態度もだんだんと固さが取れてきた。長く話しているうちにまいど屋との昔の関係を思い出したのかもしれないし、少しは自信のようなものを取り戻したのかもしれない。あるいは関東鳶を許そうとするこちらの潜在的な意識を敏感に感じ取っていたのかもしれない。いずれにせよ、もうひとつの新作『3100』の説明に移るときには、氏の話ぶりも最初とちがってだいぶ明るくなっていた。まいど屋としてもまだ完全に心の鎧を取り払ったわけではないのだけれど、それでももう少し素直に話を聞いてみようと思い始める。
  「こちらは、カジュアル系のテイストで、『6100』よりももう少し間口を広げています。現場を選ばず、様々なワークシーンで着られるように」。柴田氏がそう言って用意してきたサンプルを広げる。「アイテムはブルゾンとカーゴだけです。ブルゾンは立ち衿で前ファスナータイプ。安全帯を付けることを考えてショート丈にしているので、腰まわりの道具の出し入れもしやすいです。また、カーゴパンツは、あえて太めに。鳶のユーザーさんからカーゴはスリムすぎるという声があり、これまで超超ロングを愛用されていた方でも抵抗なく穿いていただけるように配慮しました」。
  生地は、耐摩耗性に優れ、引き裂きにも強い東レの高機能素材『ザ・パワーツイル』。ポリエステル85%、綿15%の交織ツイルで、見た目にもしっかりとした感じだが、触ってみると綿100%のようにソフトな風合いで心地いい。「着用感に徹底してこだわりました。現場用のタフな作業着なんですが、すごく着心地がいいんです。しなやかだから、ほら、肌に触れてもストレスを感じない素材でしょ」。そう言いながら、柴田氏はブルゾンをテーブル越しにこちらに渡す。「でも、『3100』の最大の特徴は、『アクション3D』という立体縫製で動きやすく作られていることなんです。ブルゾンは袖口→脇下→身頃の裾と、ひとつなぎの生地を入れているので、腕を上げても突っ張りにくく動作がラク。また、パンツの内股にも裾→股→裾と一本通して生地を入れていますから、非常に動きやすくて丈夫です」。
  こうした作りから、平置きすると、ブルゾンは袖が上がって不恰好に見えるし、カーゴはガニ股に広がってしまうが、着ると違和感なく身体にフィットしてカッコよく見える。実際に試着をさせてもらうとそれがよくわかる。腕を真上に上げても負荷なくスッと上がって、脇が突っ張ったり、袖につられて裾が上がったりすることがないのだ。「立ち衿のシルエットもすごくシャープですっきりします。いわゆるスタイリッシュ系です。美意識を持った鳶さんが平ズボンの現場服を探しているのなら、ドンピシャでハマる商品だと思ってるんです。実用性で考えても、または美しさで選んでもね」。
 
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  「今日は『6100』の実物をご用意できなくてすみませんでした」。久しぶりの打ち合わせが終わると、柴田氏はそう言って頭を下げた。「近々必ずまいど屋さんにサンプルを送りますから。待っていてくれますか」。
  即座にサンプルはいらないと断った。そんなのはいいよ。特に見たくもない。代わりに、生産が終わったら、大至急、物流センターに商品を入れてくれないかな。今日紹介してもらった『6100』と『3100』の両方ね。もうすぐ今日の打ち合わせのことが月刊まいど屋に載るんだ。特集したらお客さまから問い合わせがたくさん来る。そのときにまいど屋に商品がなかったらこっちがすごく困るから。いいね。
  今、この原稿を書いているのは3月の終わり。4月号の鳶特集がまいど屋にアップされる直前である。柴田氏は前回の取材の時と同じように、今後の関東鳶に期待してくれと言って今回の取材を終えた。彼の話は信用できるのだろうか。編集部はいまだに確信が持てないでいる。だが、それとは別の次元で、やはりどうしてもカントビの魅力にあらがえないまいど屋がいることにも気づいている。打ち合わせ時の約束通り、商品はぎりぎりで物流センターに入荷してきた。どうやらカントビとの関係は、今後もまた長く続きそうである。そしてカントビを愛する読者の皆さんとの付き合いも。
 
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腕を上げても突っ張らない3D仕様(モデルは柴田氏)
 

    

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ファンに支えられて10年以上。カントビ一番人気の『7440』シリーズ。シャツ、ベスト、ボトムは、強くて丈夫で、ざっくりとした肌触りも魅力のポリエステル65%、レーヨン35%のサージ。Tシャツやポロは、凹凸があってサラッとした肌触りの綿55%、ポリエステル45%のハニカムニット。小物も揃ってトータルコーデもカンペキ!


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