まいど屋コミック239号/防災訓練

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239話防災訓練

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お話に出てくるアイテム

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Sサイズヘルメット（

最近では、あの当時の記憶が薄れてきている気がします。未曾有の出来事が自らの肉体に直接結びついた生々しさが消え、どちらかと言えば歴史的事実として覚えた知識のような感覚に陥ってしまう。関東大震災やポンペイの火山噴火などの災害について思いを馳せるときと同じように、それは映像や書物の中の他人事のような、興味をそそられることはあるが切迫感のない、ひとつの物語に思えてくるのです。きっと私以外のひと達の中にも、同じように感じている方は多いのではないかと思います。そしてそのうち、もっと月日が経てば、そんなのはフェイクニュースだと言いだす人すら出てくるかもしれない。私たちは意識して、あの日のことを思い起こす必要があるのかもしれません。あれが本当のことで、自分自身がそのときどう感じたのかということを。あの日、2011年3月11日、私はまいど屋のオフィスにいました。お店が開店して3年目で、何もかもが順調でした。お昼過ぎ、突然オフィスが大きく揺れました。すぐに収まるだろうと思って仕事を続けていると、揺れはますます激しくなり、遂にはパソコンのモニターがデスクから転がり落ちるほどになったのです。それは生まれてこのかた、体験したことのない大きな地震でした。恐怖感からかスタッフは全員、なすすべもなく自席で固まっている。逃げろ、と私は大声を上げました。パソコンなんかどうでもいいから、すぐに逃げろ。私たちが団子状態になって階段を駆け下りるとき、鉄筋コンクリート製のその階段が、まるで蛇の腹みたいに波打っていました。やっとの思いで屋外に出ると、道路に止まっていた大型車が、まるでバスケットボールが跳ねるように上下運動を繰り返していました。側にあった電柱は、メトロノームみたいに大きく左右に揺れている。そしてまいど屋の建屋は、今にも倒壊するほどの勢いで、不思議な運動を続けている。全てが冗談みたいな光景でした。でも、冗談ではなかった。この地震がどれほどシリアスかということは、その後、徐々に明らかになることになります。

AC-01
非常用持出袋（シルバ

その日はそれから何度か大きな揺れに見舞われましたが、まいど屋の直接的な損害自体は、結局、それほどではありませんでした。外壁の一部が損傷したことと、窓ガラス7、8枚割れたことくらいです。事態が落ち着いた後、とりあえずほとんどのスタッフを帰し、残ったスタッフ数名で今後の運営についてミーティングをしました。話し合いと言ったって、これからどうしようかとグダグダ言い合うだけで、ちっとも実りあるものではありません。でも、残ったスタッフは誰も帰らなかった。自分も含めて、きっと、ひとりになるのが怖かったのだと思います。夕方頃だったか、パソコンで情報収集していたスタッフが、どこかの町で、家がたくさん流されているみたいですよ、と言いました。さらに調べると、やはりどこかの空港に水が入ってきて、飛行機が流されそうになっているらしい。ウソでしょ？それでようやく家に帰ることにしたのですが、今度は道路が大渋滞で動かない。車内のテレビをつけると、特撮みたいな映像が流れてきました。東北ではたくさんの民家が船のように水に浮かんでぶつかり合い、船が堤防を乗り越えている。東京湾岸のコンビナートが巨大な炎に包まれている。どうしてこんなことが起こり得るのか、全く理解できませんでした。そしてその後の1ヶ月ほどは、何から何までが、今度こそ本物の冗談のようなことの連続でした。まいど屋のある町では、計画停電で何日かおきに電気が止まりました。街灯が消え、信号さえも点いていない暗闇が、見渡す限り続いていました。まいど屋ではパソコンも電気も使えなくなったオフィスで、懐中電灯をともして皆で将棋をしたりしました。家に帰っても仕方がないので、そうするより他はなかったのです。ガソリンスタンドはどこも閉まっていて、給油するためには特別な紹介が必要でした。スタンドの店員は、昔からの知り合いだけを夜に呼び出し、近くの空き地で待機するように指示をします。宵闇の中で待っていると、ガソリンの入ったポリタンクを抱えた店員がやって来て、その場所で給油してくれるのです。何だか麻薬の密売みたいな雰囲気でした。ひとに見られないように、油に飢えた車がガソリンの臭いを嗅ぎつけて殺到してこないように、息を殺して売り買いをするのです。ああ、そうそう、密売もどきと言えば、まいど屋だって大ぴらにはできない商売をしました。ヘルメットです。どこで聞きつけたのか知りませんが、近所の人がまいど屋の倉庫にヘルメットがあることを知って買いに来るようになったのです。まいど屋はネット通販ですから、普通は現金商売をしないのですが、そのときは仕方なく販売しました。それで在庫があっと言う間に底をついてしまった。当時、ヘルメットは少し前のマスクくらいの貴重品で、工事現場に関係のない一般のひとまで欲しがっていたんです。今思い起こすと、全てがウソみたいです。死ぬかと思った脱出までの何十秒間も、戦中の灯火管制下のような真っ暗な街並みも、業務が止まってひと気のなくなったまいど屋も。でも実際に起こったんですよね。私の記憶が確かならば。

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