まいど通信


        

まいど!まいど通信編集長の田中です。夏休みも終わったというのに、先月号の興奮というか、熱気というか、そんなものの残り火みたいなものがまだ確かにこの編集部に居座っていて、熱に浮かされたような気分でこの原稿を書いています。ゆり子さんの大胆な振る舞いやら、フランス人たちの乱痴気騒ぎ気味のはしゃぎっぷりやら、あんなお祭りでなければ決して目にすることがなかったはずの忘れがたいシーンの数々がしつこく胸によみがえってきて、なかなか平常心を取り戻すことができません。浮ついちゃって、地に足がつかない。何か円形のものを目にするたびに、例えば定食屋の味噌汁についてきたお椀のフタとか、電車で隣に座ったおじさんの頭のてっぺんとか、そんなものでさえ例のアレを連想してしまって、まともな精神状態を保っていることができません。もうだいぶ時間も経ったことだし、いくらなんでも今月からはしっかりふんどしを締め直して、まじめにやらなきゃと思っているんだけど。でも、ホントに楽しかったんだよなぁ。毎月あんな特集だったら、今より何倍も身を入れて仕事ができるのになぁ。うわべでは汚らわしいなんて眉をひそめるフリをしていた読者の皆さんだって、本音ではかなりグッときたはずだし。ほとぼりが冷めたころ、また新しい企画でも考えてみようかな。現在台風並みに強まっているまいど屋への風当たりが徐々に収まり、あの特集にあきれてしまった皆さんの記憶も薄れたころに。

今月の特集は現場工具
ここからいつものようにまじめにやります。えーっと、あ、そう、今月の特集。編集部が苦手とする工具をやります。一流の工具がもつほんの些細な、だけど決定的に重要な違いについて。休み明けいきなりでしんどいのですが、休みボケを撃退し、同時にまいど屋が備えているべき社会常識を麻痺させてしまった先月号の呪縛からも逃れるには、それくらいハードルの高い、トム・クルーズ並みのミッションインポッシブルな課題に取り組むしかないんです。ターゲットはペンチやニッパのフジ矢さんと安全帯のサンコーさん。でも、なぜいつものように3社ではなく、2社なのか。開き直るつもりはないんですが(いや、実際は開き直っているんですが)、皆さんご想像の通り、それしかできなかったから。すみません。お盆で時間がなかったし、繰り返しますが、そもそも今現在、まだ編集部は一杯いっぱいの状態なんです。で、読者の皆さんには悪いなと思いながらも、今回は2社だけにした。それでも実際取り組んでみると、いかに困難なチャレンジだったことか。映画のようにドンピシャのタイミングでうまい具合にヒーローが現れるわけもなく、意外な人物が意外に派手な活躍をすることもなく、交通調査員のように退屈で平凡を絵にかいたような編集部が、極めて地味にこつこつと作業を続けて何とか完成させました。苦心のレポートはお楽しみいただけましたか?クルーズの映画を観終わったときのように、読者の皆さんがハッピーエンドの結末だったと感じてくれればいいのですが。

値上げ
性懲りもなく値上げです。まだ値上していませんが、そう遠くない将来、いろんな商品の価格が一斉に上がります。別に皆さんを煽るワケではないのですが、なるべくならお早めに、遅くとも今月中に必要なものは一通り買ってしまうことをお勧めします。理由は聞かないでください。以前は値上げをするときには一応、急激な円安やら海外生産地の人件費の上昇云々などと枕詞をつけてご案内をしていたのですが、何度も使いすぎてあまりに空々しいのでやめときます。そうしたお決まりの文句を並べたところで、皆さんの誰一人としてああそうか、そんな事情があるのなら仕方ないななどと笑顔で納得するはずもなく、なんだよ、またかよって舌打ちされるのがせいぜいですから、ここはただ一言、潔く謝っておくだけにしておきます。業界全体がグルになってるんじゃないかと疑いたくなるくらい、まるで宝塚のロケットダンスのように一糸乱れず、同じタイミングで各メーカーが値上げに動いたなんて言い訳がましいことは話しません。まいど屋も相当がんばっているのですが、これ以上頑張りすぎると間違いなく皆さんにはもっと悪いお知らせをしなけりゃならなくなんてこともユニフォーム販売のプロとして皆さんにほのめかそうとは思いません。仕入れ価格が急激に上昇しているにもかかわらず、低価格販売を続けたまいど屋が遂に行き詰まるなんて新聞記事が出て、皆さんにそういえばまいど屋って通販があったな、いいお店だったんだけどな、残念だななんて哀悼の意を表明してもらっても、路頭に迷うまいど屋のスタッフには何の足しにもなりませんので、とにかく近々、心ならずも値上げをいたします。どうか、みなさん、まいど屋を恨まないでください。ほんのちょっとだけ、そのうちに。でも、本当にごめんなさい。

探し物は何ですか?
見つけにくいものですか?机の中も、カバンの中も、ゴミ回収車が持っていきかけたゴミ袋の中まで探したけれど見つからないのに、まだまだ探す気ですかって、そりゃ、探すに決まってるでしょうが!入っていたのは免許証に保険証、クレジットカードなんだから。あ、それと現金も少々。皆さんから見たら微々たる額でしょうけど、こっちにしてみたら一週間分の夕食代が丸ごとなんだから。
失くしちゃったのは財布です。冷静になって考えれば、場所だってちゃんと思い当たる。毎晩通っている牛丼屋のカウンターの下の棚。そこ以外にはありえない。夕食を食べるときに、なんとなく尻のポケットにある財布がうっとうしくて、とりあえず棚の上に置いてしまうことがよくあるから。で、気づいてから慌ててその店に駆け付けた。仕事中だったけどとるものもとりあえず、その店に走って行った。あの、昨夜財布の落とし物なかったですか。黒っぽい二つ折りのヤツ。冷静を装ってそう店員さんに聞いてみると、そんなものは見かけなかったというツレない答え。大変ですねえなんていいながら、ちっとも大変ではなさそうな顔でめんどくさそうに落し物帳みたいなノートをパラパラめくり、あとは昼時のお客の相手に忙しそうにしてる。ああ、そうかと落胆し、とぼとぼオフィスに帰りました。
帰って同僚に相談すると、盗まれた保険証なんかで闇金でカネを引き出されちゃうこともあるらしい。後で知らないって言っても向こうはそんなことにお構いしてくれるはずもなく、コワいお兄さんが出てきて今後の返済計画についていろいろと世話を焼いてくれるらしい。それにクレジットカードもプロの手にかかると、暗証番号なんか簡単にわかってしまって、なけなしの貯金を全部引き出されてしまうんだとか。そんな目に合うのはあまり心楽しいこととは思えず、とりあえずカード会社に連絡して即刻カードを停止しました。
あとは警察に届け出て、ちゃんと公的な書類を作っておかなきゃなりません。書類はお守りみたいなもんです。後日コワいお兄さんが出てきても、ほら、こっちはちゃんと紛失届を出しているんですよって言い逃れするための護身符。お兄さんを相手にどこまで効き目があるのかわからないけど、とりあえずそういうものが必要なんだって同僚に言われ、彼に付き添われて警察に向かったんです。
で、警察署に向かう途中、例の牛丼屋に立ち寄った。もう7時を回っていたから、働いている店員さんは昼にいた人じゃなく、夜番のひとたち。そのうちの一人をつかまえて、ダメもとで訊いてみた。あの、財布の落とし物なかったですか?ああ、田中さんですねって、その若い女性店員さんは言いました。すごく自然に、自分の名前が彼女の口から出てきました。この店にはもう10年以上毎晩通っていますが、名前を名乗ったことはなく、ましてや名前で呼ばれたことだってなかったのに。あの、財布がなくなったんですけどって、もう一度言うと、ああ、財布ありましたって。まるでツユだく一丁って言うみたいに事務的に、割とあっさりと。
探すのをやめたとき、見つかることもよくある話で。もちろん出てきたことには感謝しなきゃいけないんだろうけど、それなら昼間、しっかり調べてくれればよかったのに。あああ、カード止めなきゃよかった。 

アタマのつゆだく
しつこいようですが、牛丼屋の話の続き。店員さんに名前まで憶えられてしまい、なんとなくその店に行きづらくなって、その後、ちょっと他の店に浮気をしてみたんです。浮気ったって、別にそのお店に特別義理はないんですが、10年以上も毎晩通っているもんですから、心情としてはやっぱり浮気をしているなって気がするんですよね、不思議とコレが。
まあ、とにかく、なんだか妙に新鮮な気持ちになって新しい店に入り、しばらくメニューをにらんでナメられちゃいけないなんてヘンに気負いながら、奥にいる店員さんに向かって威勢よく手を挙げた。よく覚えていないんですが、多分、すこしカッコつけようとしたんだと思います。でも、やっぱり知らない場所でツウぶったりすると、ロクなことにはならないです。アタマのつゆだく。大声でそう言いました。店員さんが一瞬固まり、あ、アタマの大盛りのつゆだくですねとわざわざ言い直してくれました。親切な店員さんでありがたいです。おかげで隣の客がぷっと吹き出したりして、店内の注目を一身に集めることができました。しんとしたオーケストラの演奏会場で、ひとり拍手をするところを間違えたみたいに。
深夜のファストフードのお店では、顔も見られず、一言もしゃべらずに食事だけ運ばれてくるのが理想です。そもそも牛丼屋は匿名であるべきなんです。自分のゆるぎないポリシーによると、牛丼屋の客はただ単に牛丼を食べる統計的来店者数の一単位として存在するのであって、それ以上であっても、またはそれ以下であってもいけない。単なる記号としての客が名前で呼ばれたり、アタマのつゆだくが来たなんてバイト同士でヒソヒソ言われるのはあまり居心地のいい状況とは言えず、目下のところ、どっちの店にも行きづらくなって困っています。でも、夜中にやってる店って、他にないんだよなぁ。これを書き終わった後も、どっちかに行かなきゃいけない。誰か助けてよ、ホントに。