まいど通信


        

まいど!まいど通信編集長の田中です。今月号のタイトルに魅かれて本日ここにお集まりいただいた鳶の皆さんに重要なお知らせがあります。今月のテーマは鳶服ですが、厳密な意味では鳶服特集とは言えないかもしれません。あらかじめ断っておきます。編集部はこう見えても自分の身を守ることにかけては一流の用心深さを備えていますから、ちゃんとタイトルに「残念な」を加えてあります。こうしておけば、商品やサービスの内容を偽って表示することを禁じた景品表示法に引っ掛かることはありません。また、たとえあなたがわざわざ貴重な時間を割いて今月号を熟読した挙句、新作の超超ロングを見つけられずにまいど屋を逆恨みしたとしても、お言葉ですが私どもといたしましてはと開き直る根拠を明白に示すことができるというわけです。台風による電車の遅れに苛立って駅員に詰め寄るような振る舞いは、あなたの品性を貶めるだけの結果に終わります。お気持ちはわかりますが、どうかお引き取り下さい。
さて、理性的なあなたは、諸般の事情を理解した上で各レポートを粛々と読み進め、今やひとつの真実を悟ったことだと思います。鳶は死にました。いや、正確に表現するとすれば、古い鳶たちは死にました。あの美しい超超ロングは、既にワシントン条約が定める絶滅危惧種に認定されることが確実にも思われるほどの勢いで、その生息範囲を急速に狭め始めています。今回のレポートに登場する3社においても、皆さんが期待していたような既存種は残念ながら発見されていません。
在来生物たちが衰退に向かい、そのあとどんな新種が勃興しつつあるのか。もしあなたがその点に興味を持てるようであるならば、タイトルにある「残念な」を、「新時代の」にでも置き換えて今月号をお読みいただければと思います。きっと何か新しい発見がありますよ。

10年ぶりの復活
今から一年ちょっと前、まいど屋が運営する飲食店向け通販サイト「食べコレ!」がオープンしたのを覚えていますか?え?知らない?興味ない?何ですか、その態度は!オープンに合わせてこの月刊まいど屋で特集まで組んだじゃないですか!でも、待てよ。ああ、そうか!きっとあなたは鳶さんだから、レストランの制服なんか見ても仕方ないんだ!だったらこの文章をすっ飛ばして、次のトピックの所まで移動してください。まいど屋もあなたに用はないですから。お互い、ぐずぐずとウェットな関係を続けていたっていいことありません。すっきりと別れてしまった方がいい。
しかし、鳶特集をやっている今月号のこのまいど通信に、レストラン関係者が目を通すもんですかね。まあ、いいや。昼は鳶さんとして働きながら、夜は飲食店を営んでいる多角経営者もいるかもしれない。また、レストラン関係者でなくても、仕事柄、またはやむに已まれぬ必要上、エプロンを探しているひとはいるかもしれない。昼は鳶さん、夜は介護スタッフみたいな。あるいはフラワーショップの店員さんを口説こうとプレゼント作戦に出ようとしている鳶さんみたいな。
ええ、そうなんですよ。エプロンの話です。食べコレ!をオープンさせてから、ずっと気にしていたのが、エプロンだったんです。エプロンって、お店の雰囲気を思った以上に左右するものだから、けっこうこだわって吟味するひとが多いんです。で、そうして選んだエプロンには、当然、店名やらロゴやらを刺繍したくなる。ところが、食べコレ!の商品画面では刺繍加工のボタンがなかったものだから、お客さんは仕方がないやと諦めるか、サポートセンターに直接連絡するかの二択を迫られる。そうした状態はまいど屋本店でも同じでした。
実は、10年前、まいど屋オープン直後のわずかな期間、まいど屋の画面では、エプロンにも「ネーム入れ」ボタンが付いていたんです。そのときスタッフが不慣れで、商品登録の時に間違えて「ネーム入れ対応」にしてしまったのが原因でした。で、もちろん、ネーム加工を伴うエプロンの注文が増えていく。ありがたいことなんですが、一つ問題があって、画面上でのエプロンネーム加工サービスはすぐに中止しました。加工の入力画面で加工場所指定に使っているイラストが、作業着の上着だったからです。
エプロンに刺繍を入れようと入力していくと、作業ジャンパーの絵が出てきて左胸とか袖とか背中とかの中から場所を選べと要求してくる。エプロンに袖や背中はありません。「その他」があるから、とりあえずそこを選べばいいのだろうけど、あまりに不細工すぎる。直感的な操作性でスムースな買い物をしてもらいたかったまいど屋は、画面から泣く泣く加工ボタンを削除しました。需要があるとわかっていても、理想とかけ離れた恰好悪さにどうしても耐えられなかったんです。
その加工ボタンがつい先日、10年ぶりにエプロン画面に復活しました。食べコレ!のお客さんはエプロンを使うひとが圧倒的に多く、なおかつ店名のネーム入れを望んでいるからです。もちろん、今回はちゃんとエプロンのイラストを用意しました。入力の要領は、これまでサービスを提供してきた上着類と同様です。
それにしても、いざ、改修作業をしてみると、意外と手間はかかりませんでした。忙しさにかまけてずるずる先延ばししてきたけど、もっと早くやっておけばよかったかな。

馬、あるいはライディングパンツ
もうずっと昔、自分が小学生の頃の話です。その日、どういう経緯だったのかは覚えていないのだけれど、家族でファミレスに行きました。生まれて初めてのファミリーレストランに、僕はとても興奮していました。そしてそれは家族の誰にとっても初体験だったはずで、恐らく両親だって内心では多少緊張していたのだと思います。僕たちは初めて目にするピカピカの店内と揃いの制服を着た若いサービス係のスタッフたちに目を奪われながら、ラウンド状のソファーのような座席があるテーブルに案内されました。
配られたメニューもピカピカに輝いていました。そこには、小学生の僕がさらに心を躍らせるような食べ物が、写真付きでリストアップされていました。僕は「当店一番人気」のハンバーグと、フレンチフライを注文しました。流行の最先端にいる、とても洗練された家族のメンバーになったような気持ちでした。
だけど、僕のそんな華やかな気分は、そう長くは続かなかったんです。というより、それからわずか30秒後には、僕(そして恐らく家族全員)は、ほとんど興醒めと言っていい表情でお互いの顔を見合わせ、困惑しながら苦笑いを浮かべたのでした。僕はなんとかその場を取り繕うとする両親の、居心地の悪そうな様子をはっきりと覚えています。
それは注文をとったウエイターのお兄さんが、僕たちのオーダーを復唱したときでした。お兄さんは僕の注文を、「クラッシックハンバーグひとつ、芋ひとつ」と言いました。イモひとつ。その声がテーブルの周囲に響き渡ると、僕は顔が真っ赤になってしまうほど恥ずかしくなり、「イモだって!イモだって!」となぜかはしゃぎ声を上げながら、助けを求めるように両親の顔を盗み見たのです。けれど、この不意打ち的な状況下では、いつもは立派な両親だって頼れる存在ではありませんでした。二人の表情は、陳腐な表現を使えば、文字通り「固まって」いました。そんな顔を見るのは初めてでした。僕は子供心にその場の雰囲気を悟り、それ以上声を張り上げることをやめて黙り込みました。
僕がこんな昔のことを突然思い出したのは、先日、電話であるお客さまの対応をしていたときのことです。そのお客さまは植木屋さんで、乗馬ズボンを探していました。僕はそのひととの会話の中で、あやうく「馬」と言いかけたんです。いや、気付かぬうちに言ってしまったのかもしれない。ウマひとつ。紺の79センチで。ありがとうございます。では本日、発送いたします。
まいど屋では、スタッフ間で乗馬ズボンのことを馬と呼ぶことがあるんです。普段使い慣れているから、とっさのときに言葉が出てしまう。こうした事態を想定してライディングパンツとでも言い習わしておけばよかったんだろうけど、後の祭りです。僕は受話器を握りながら、脂汗を流していました。顔も火照っているのが自分でもわかりました。僕は最後にはしどろもどろになりながら、何とか受話器を置きました。
電話の後、あの植木屋さんはどうしただろう?興醒めして、苦笑いを浮かべてしまったのかな。もう二度とまいど屋には来なくなってしまうのかな。ちなみに、僕たち家族はあの芋事件の後、何年もファミレスには行きませんでした。今にして思えば、あの若い店員さんだって、悪気はなかったと理解できるんだけど。きっと、スタッフ間では日常的に使ってるんだろうね。オーダー入りました。3番テーブル、芋ひとつ、なんて具合に。