まいど通信


        

まいど!まいど通信編集長の田中です。いいニュースと悪いニュースがある。そう書き出すつもりだった原稿が、初めから行き詰まってます。既に十分検討したはずの考えを何度もなぞり返し、同じところをぐるぐる回るばかりで、今朝から一行も進まずに困っています。何故、先に進まないのか。ええ、わかってますよ。実のところ、そんなことは、本当は最初からわかっているんです。結局は、いいニュースがないからです。悪いニュースばかりなのに、あたかもいいニュースがあるように、皆さんにお話ししようとしているのが間違いの元なんです。好きなクラスメートのちょっとした仕草の意味について、ああでもない、こうでもないとくよくよ考え続けても結局は答えが出ないのと同じように、そうした努力はどんな場合でも決して実を結ぶことがなく、かえって自分の行動を突拍子もない方向に押し出す危険があることだって、頭では理解してるんです。それでもどうしてもそうせずにはいられないから、苦しいんじゃないですか!
それにしても、まあ、このままじゃ一向にラチが明かないので、ムリにでもいいニュースを捻り出そうとするならば、えー、今月号で月刊まいど屋がちょうど10年の節目に到達したということを、控えめにここに申し上げてみようと思います。はい、10周年!よくやった!パチパチ!どうですか、ちっともいいニュースじゃないでしょう?だから言いたくなかったんです!こっちだって、それがどうしたって失笑を買うことくらい、初めから知っていたんです!お前なんかに興味があるはずがないだろうって言われて傷つくのが怖かったから、今朝からずっと悩んでたんじゃないですか!でも、そうあからさまに言われてしまってはこっちも開き直りますが、私にとっては、これはとても大切なことだったんですよ!10年前、皆さんと出会って初めの一歩を踏み出した時から、大事に胸にしまってきた目標だったんですよ!当時、北極星みたいに遠くに見えたその記念日に、今、私はたどり着いたんだ。一緒に祝ってくれたっていいじゃないですか!
でも、もういいです。吹っ切れましたよ。悪いニュースを言います。ショックのあまり、突然破れかぶれの行動に出るわけではないですよ。昔から考えていたことです。いつかはこんな日が来るのではないかと心のどこかで恐れていたその日を、たまたま今日迎えたということです。長い間待ち焦がれていた、祝うべきその日に。10周年を機に、私は月刊まいど屋編集長の職を辞そうと思います。皆さんと一緒に過ごした10年間、私は本当に楽しかった。皆さんは私の一方的な思い込みだと言うのでしょうが、皆さんが何かの拍子に漏らした何気ない言葉に特別な意味を探し当て、親密になれたような気がしてひとり有頂天になったこともあったんです。ええ、もちろん勘違いですよね。そして、私が月刊まいど屋を去っても、皆さんにとっては、何の問題もないんですよね。来月になって、仮に皆さんが誰かと月刊まいど屋の話をしたとしても、そんなヤツいたっけで終わってしまうんですよね。ハハハ。バカみたいじゃないですか。悪いニュースすらなかったんだ。そうですか。ああ、そうですか。では、特に晴れやかなセレモニーも用意せず、最後の月刊まいど屋を始めます。いいニュースも悪いニュースもない、ごくありきたりの12月号を。

今月のテーマは防寒服
有終の美を飾るのは、12月お約束の防寒服特集です。皆さんお待ちかねでしたよね。いくらザ・ファイナルだといっても、そうした決まりごとはきっちりと守りますから、安心してください。こう見えて(おっと、ネットだから見えないか)、私は責任感だけは強い方ですから、自分の義務を放っぽり投げて好き勝手をするようなマネはしないつもりです。皆さんが大好きなメーカー3社にちゃんと取材してきました。いつものように。
ただ、自分ばかり一方的に皆さんの要求に従うのもシャクですから、最後にひとつだけわがままを聞いてもらえればと思います。メーカー取材はしますが、今回はいつもと違ったインタビュー記事にしたいんです。取材相手に気を使わず、場合によってはコテンパンにやっつけちゃう。多少、事実関係を誇張しても、自分の好き勝手に思っていることをそのまま書く。ところどころに空想が入っていたって、構いやしません。あまりにフィクションのパートが多すぎる場合は、三人称の小説仕立てにしてやればいいじゃないですか。やってみたかったんですよ、そういうの。
けしからんでしょう?そう非難されると思ったから、先回りして今月の号タイトルで開き直っておいたんです。けしからん防寒服特集。けしからんのは防寒服ではありません。特集の方です。

伝説の大場事件
そうだ、最後に思い出話を一つ。10年間を振り返っても、一番強烈なインパクトがあるあの出来事について話しておかなければ、安らかにこの場を去っていくことはできませんから。伝説の大場事件--その詳細についてです。きっといつか笑って話せる日が来るね。あの事件の後、私と彼はよくそう言って笑いあったものでした。時効になったら、月刊まいど屋のネタにしようよ。しばらくの間はそう話すことで、私たちはお互いの気まずさを紛らわしていました。本当は二人にとって笑うどころの騒ぎではなかったのですが、笑ってしまわなければ、自分たちのやらかした事件から、到底立ち直ることができなかったんです。今、その彼ももうまいど屋にはいません。それから数年後のある日、どこか遠い北の国へと旅立ってしまった。つまり、私が今、それをここで語らなければ、あの事件の真相は永遠に闇に葬られてしまうのです。
それはまいど屋がオープンして間もないころでした。今となっては想像もできないことなのですが、当時、まいど屋には私と、パソコンに詳しい大場君という若いスタッフの二人だけしかいませんでした。開店の準備に2年を費やし、ようやく店をWEBに公開してやれやれと一息ついていたころです。できたてのお店ですから、グーグルで検索しても出てくるはずがなく、当然、注文だって一向に来やしません。誰にも気づかれずにインターネット空間のどこかでただふわふわと漂っているだけのまいど屋には、半年以上の間、ただ一件の注文すら入らなかったんです。
しかし、どういうわけかは知りませんが、その日の夕方、まいど屋サポートセンターに1本の電話がかかってきました。まいど屋は開店初日からフリーダイヤルのサポートセンターだけは開設していましたから、電話があってもおかしくはないのですが、半年以上、一度も鳴らなかった電話が突然鳴ったことは、あの大場君にとっては、ほとんど想定外の大事件であったのだと思います。
私はそのとき、たまたま席を外していました。建物の1階にある倉庫にいて、荷物を整理していたんです。大汗をかきながら在庫として仕入れた大量の商品の数を数えていると、上の階のオフィスのドアから、下に向かって私を大声で呼ぶ大場君の声が聞こえてきました。
「へ、へ、へ、編集長、ま、松田さんからお、お電話でええす」みたいな、いつものどもり声だったと記憶しています。そうです。彼はどもりなんです。真面目なんですが、急に何かをしゃべろうとすると、ほとんど日本語には聞こえないような話し声になってしまう。松田?ああ、WEB広告が何ちゃらとか、最近しきりに電話をかけてくるあの松田か。うるさいな。ちょうど数量の集計に集中していた私はオフィスに戻るのも面倒で、今忙しいから、会社じゃなくて、いつもの携帯に電話するように言ってくれと大声で怒鳴り返しました。すると5分くらいして、私の尻のポケットに入れていた携帯が鳴りました。私は舌打ちして、電話に出るなり、「なんだよ、今忙しいんだよ」と言いました。そしたら電話の相手はびっくりした様子で、「ですが、この番号に電話するようにと言われたのですが」と答えたんです。で、用件は何?あの、作業着を注文しようと思っているのですが、会社のロゴマークを刺繍できないかと。え、もしかしたら、お客さまですか?私の頭は真っ白になりました。それから何をしゃべったのかは覚えていません。ただ、猛烈に恥ずかしく、情けなく、携帯を投げ捨ててどこかに逃げ出したいようなあの気持だけは、今でもはっきりと記憶に残っています。
オフィスに戻ってようやく電話を切ると、大場君が、ちゅ、注文と、取れましたかと目を輝かせて聞いてきました。私はばかやろうとまた怒鳴りました。
「お客さんじゃないか。何でお客さんが俺の携帯にかけてこなきゃいけないんだよ!」
「へ、へ、編集長が携帯にで、で、電話しろとい、い、言ったじゃないですか」
「お前が松田から電話だなんて言うからじゃないか!普通は、お客さんから電話ですって言うだろうが!違うか?」私は絶望して首を振りながら訊きました。「で、お客さんには何て言ったんだ?」
「い、い、今、忙しいからってい、い、言ったんですよ。そ、そ、それで、携帯のば、番号を教えたんですよ」
「常識で考えろ!」。私はまた怒鳴りました。それから急に泣きたくなるほど深く落ち込んでしまい、大場君には何も言わずにまた下の階の倉庫に戻って作業を続けました。どもりで何を言っているのかよくわからないサポートスタッフから携帯番号を告げられ、その指示に従ってまた電話をしてくれた松田さんのことを、私は商品の数を数えながらずっと考えていました。松田さんは、最終的には注文までくれたんです。
今、電話が鳴りやむことのないまいど屋のオフィスにいると、あの日の出来事がまるでこのまいど通信用に捏造された作り話のように思えてきます。ちなみに、大場君は今、北海道で農業をやっています。それからしばらくサポートセンターのスタッフとして勤務していたのですが、どうもお客さまからの評判が今一つで、結局はまいど屋を去ってしまったのです。今ではそれでよかったのだと思います。彼はもともとエンジニア系で、人としゃべることには向いていなかった。まいど屋立ち上げ前の2年間、画面の設計を二人で一緒に夢中になってやっていたときが、彼が本当にやりがいを感じていたときだったんです。それが終わって新しいスタッフが次から次へと入って来たとき、彼の居場所はなくなってしまった。それで、ずっと前から憧れていた農業をやると決めて、旅立って行った。先日、久しぶりに彼から連絡がありました。相変わらずのどもりでしたが、元気でやっているようです。
人のいいあの松田さんは、その最初の注文の後、まいど屋にリピートすることはありませんでした。ネーム入れをすると、ほとんどのひとがリピーターになってくれるまいど屋にとっては珍しいことなのですが、出会いが出会いだけに、それも仕方がないのかなと思います。きっと、とんでもない店で作業着を買ったよなんて、周りの人に愚痴をこぼしたんだろうね。ネット通販なんか、もう二度と利用しないって。
まいど屋の歴史は、そんな風にして始まりました。今いる大勢のスタッフも、お客さまも、きっと信じてくれないだろうけどね。

長い間ありがとうございました
冒頭では取り乱してしまいましたが、もう大丈夫です。ここ数年間、ずっと引退の時期について真剣に考えていたとはいえ、10年も続けてきたことをいざやめるとなると、やっぱりそれなりに胸に来るものがあったんです。お恥ずかしい姿をお見せして、すみませんでした。そして、これまで、私の癖のある話に付き合ってくれた読者の皆さん、本当にありがとうございました。
まいど屋開店以来、この店を利用してくれたすべてのお客さまに対しても、この場をお借りして感謝の言葉を伝えたいと思います。大勢のお客さまに少しは喜んでいただけたのではないかと密かに自負してはおりますが、恐らくはご不満だった方もまた、たくさんいらっしゃったかもしれません。まいど屋に対して失望してしまったひとには、心からお詫びいたします。そしてもしまた次にチャンスをもらえるのであれば、ご期待に応えられるように精一杯頑張ろうと思います。
まいど屋は本当の意味でお客さまのお役に立てるよう、スタッフ一人ひとりが本当に真剣に努力しています。100パーセントの完璧を求めて、全員がもがき苦しんでいる。私たちがひとつだけ胸を張って言えることがあるとすれば、他のネットショップではそこまでしないと思えるようなレベルで接客にあたっていることなんです。なぜそこまでやるんだと、まいど屋を知る業界関係者にはよく言われます。なぜか。お客さまのためを思うからと答えれば多分かっこいいのでしょうが、本音を言うと怖いからです。やっぱり通販は使えないとがっかりされるのが怖いんです。そうした恐怖心を胸に隠しながら、私たちは日々、皆さんをまいど屋にお迎えしています。
そろそろお別れの時間が近づいてきました。皆さん、お元気で。そして、来年から別の誰かが担当するこの月刊まいど屋を、引き続きよろしくお願いいたします。またいつか、こうしてお会いできるといいですね。フーテンの寅さんみたいにふらりとここに戻ってきて、相変わらずバカかなんて調子で始めたらきっと楽しいだろうなって想像しながら、これからデスクを片付けることにします。もしも皆さんが誰かに、編集長はどこ行ったんだろうなんて訊かれたら、失恋して旅に出たんだよとでも言っておいてください。きっとまた性懲りもなく戻ってくるはずだよ、どこかで野垂れ死んでいなければって。