まいど通信


        

まいど! 編集長の奥野です。いよいよ6月、と時候のあいさつでもしたいところですが、今回は季節まったく関係なく「新型コロナに立ち向かう!」という趣旨のメッセージ発信となりました。月刊まいど屋を担当するようになって2年以上たちますが、取材ゼロで書くのは初めてのこと。長いライター生活でもこれほどのネタ不足に陥ったことはありません。読者の皆さま、新商品の情報がなくて申し訳ありませんでした。でも、世の中には休刊する雑誌も多いなか、スケジュール通りアップできた点だけは褒めてください……。ホントに人間って追い詰められればなんでもできるものですね。

●編集長、『鬼滅の刃』を語る!

 この原稿を書いているのは2020年5月20日。4月7日に発令された「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言」が、約1カ月の延長期間に入って2週間です。地方では緊急事態宣言が解除されたケースもある一方、ここ大阪では相変わらずの外出自粛が続いています。季節としてはお出かけに最高なのですが、「ステイ・ホーム」で我慢するしかない。スーパーも混雑しないように入場制限がかかっていたりして、まだまだ非常事態のムードたっぷりです。

 さあ、編集後記はどうするか。特集もほぼエッセイだったし、何も書くことがねぇ! と言いたいところですが、この巣ごもり期間ひときわ熱心に取り組んだことがあるのを、いま思い出しました。マンガです。以前からちょくちょく話題作はチェックしていたのですが、この自粛期間、子供が家にいるせいでだらだらテレビを見るわけにもいかず、マンガを読む時間がすごく長くなりました。

 いま人気作といえば、当然『鬼滅の刃』でしょう。累計発行部数は6000万部超。新刊が発売された今年2月にはトーハンのコミックベストセラーランキングの1位から10位までを独占するという空前の事態となりました。

 もちろんトレンドに敏感な編集長は、ブレイクして社会現象になる前から読んでいました。たしか「少年マンガなのに人体破壊描写がスゴイ!」という評判をどこかで聞いたのがきっかけです。ブームになる前はホラー系の作品として注目されていたんですね。で、読んでみたらおもしろかったです(小学生並みの感想)。特に終盤の連続バトルの盛り上がりは素晴らしく、小学生のころジャンプで読んでいた『ドラゴンボール』のフリーザ戦を彷彿とさせました。「鬼退治」「敵討ち」というカビの生えたような題材で、ここまでテンションの高いストーリーを紡げるとは……、作者の力量に恐れ入るばかりです。

 そして5月半ば、『鬼滅の刃』は最終回を迎えました。過去のジャンプ作品のような引き伸ばしはせずあっさり連載終了、ということで大きなニュースになり、ネット上には作者への感謝の言葉があふれました。出版社としては人気作を終わらせるのは痛手でしょうけれど、作品と作家にとっては終わらせて正解でしょう。おかげで「人気絶頂のまま連載終了」という伝説を残すことができたからです。

 ところで、気になるのは人気の秘密です。おもしろい少年マンガはほかにもあるのに、なぜ『鬼滅』はここまでのブームになったのか。一体どんな要素が『鬼滅の刃』をここまでのメガヒット作に押し上げたのでしょう?

●「ヒットの法則」を発見!?

 注目すべきは「制服」です。序盤で、主人公は「鬼殺隊(きさつたい)」という組織に入るのですが、入隊試験をクリアすると詰襟のユニフォーム「隊服」が支給されます。そして主人公は同期や先輩とチームを組んで鬼と闘う。また、その後に登場する「柱」と呼ばれる最強格の隊士は、隊服の上に個性的な羽織を着て隊服をアレンジしている。と、このような制服姿の隊士が出そろったタイミングで本作はジャンプの注目作となっていったのを記憶しています。つまり、キャラデザインに注目すると『鬼滅』は典型的な「ユニフォームもの」なのです。

 ここで「ユニフォームものはヒットする!」と書くと、いいかげんなこと言うんじゃねぇ、と怒られるかもしれません。

では、ここで1980年代以降の少年マンガにおけるメガヒット作を振り返ってみましょう。なお、学園ものやスポーツものは、ユニフォーム姿が当然なので除くことにします(この処理によってマガジン・サンデー系はほとんど消えてしまいました。学園・スポーツものがホントに多いのです……)。

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†大ヒットマンガにおけるユニフォーム採用
 キン肉マン(1979年)……なし
☆CAT'S EYE(1981年)……三姉妹のレオタード
 北斗の拳(1983年)……なし
☆ドラゴンボール(1984年)……道着や戦闘服
 シティーハンター(1985年)……なし
☆聖闘士星矢(1986年)……各種「聖衣(クロス)」
 幽遊白書(1990年)……なし
 るろうに剣心(1994年)……なし
 ONE PIECE(1997年)……なし
 HUNTER×HUNTER(1998年)……なし
☆NARUTO(1999年)……額当て、上忍制服など
☆BLEACH(2001年)……死神の服「死覇装」など
 トリコ(2008年)……なし
☆進撃の巨人(2009年)……調査兵団の制服など
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 なんと、約半分が「ユニフォームもの」という結果が出ました。少年マンガにはほかにも『タッチ』や『SLAM DUNK』などのスポーツものに『うる星やつら』などの学園もの、『ろくでなしブルース』などのツッパリものもたくさんあるわけで、じつは少年誌はユニフォームだらけなのです。

 一方の少女マンガはどうか。メガヒットが少ないので分析しにくいのですが「学園恋愛もの」が多いのは言うまでもないですね。ティーン向けのマンガはほとんど学校が舞台です。さらに付け加えるなら、海外でも絶大な人気を誇る少女マンガの金字塔『美少女戦士セーラームーン』は、究極のユニフォームもの作品と言えるでしょう。「制服を着た少女たちが変形セーラー服姿の戦士に変身して闘う」という、どんだけユニフォーム好きやねん、と言いたくなるような作品です。

●「ユニフォームもの」の源流を探る

 さて、このようにマンガをはじめ現在のエンタメ界を席巻する「ユニフォームもの」は、一体どこから出てきたのか? これは研究テーマとしてなかなかおもしろそうです。

 まず、大きな影響を与えていると考えられるのは軍事です。日本では日露戦争のころから、兵隊の活躍をカッコよく描いた写真やルポ、読み物などが少年少女の人気を集めていました。戦後生まれの現代人にはピンときませんが、当時の子供はエンターテイメントとして戦争の話を読み、ビシッと軍服を着こなした将校なんかに憧れていたのです。というわけで、カッコいい制服姿の原風景には明治時代の軍隊があるでしょう。

 さらに時代をさかのぼると、江戸時代の「忠臣蔵」が、ひとつの源流と言えるかもしれません。忠臣蔵はごぞんじの通り、1703年、大石内蔵助をはじめとする47人の浪士が吉良上野介の屋敷に討ち入った「赤穂事件」を元にした作品です。浄瑠璃や歌舞伎といった舞台のほか、落語・読本(よみほん)・錦絵など、いわばメディアミックスで大衆からの絶大な人気を得ました。

 赤穂浪士の服装に注目するとおもしろい現象があります。歴史的事実はさておき、後世の作品中の四十七士は「討ち入り装束」というユニフォーム姿で吉良邸に押し入ったことになっているのです。その羽織は「黒地に白のダンダラ模様」。どんな錦絵をみても赤穂浪士と言えばコレ。もちろん現代で上演している歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」でも同じです。

 このエンターテイメント作品としての忠臣蔵において「特定のユニフォームに身を包んだ少数精鋭の戦士」といった"カッコよさの典型"が出来上がったのではないでしょうか。

 その証拠と言っていいのか、じつはこの赤穂浪士のユニフォームは、後世のカリスマ的グループにも影響を与えています。それは、幕末の京都で活躍した「新選組」。一説によれば、あの新選組のユニフォーム「浅葱色に袖口ダンダラ模様の羽織」は、忠臣蔵のオマージュだったというのです。

 浅葱色は、武士が切腹するときに着る裃(かみしも)の色。「死を覚悟して尊王攘夷に身をささげる」という意味が込められています。そして、例の袖口のダンダラ模様は、初期の新選組リーダー・芹沢鴨が忠臣蔵の芝居が好きで赤穂浪士のマネをして採用した、という冗談のような説があるのです。

 私たちから見れば赤穂浪士も新選組も同じ江戸時代の人ですが、新選組にとっての赤穂浪士は、160年も前の歴史上の人物です。新選組は、討幕を企てる革命家を狩っていくという、いわば「特殊部隊」みたいなものですから「子供のころから憧れているヒーローの格好をしたい」と思っても不思議はないでしょう。実際のところ、あの浅葱色の羽織は目立つので、ほとんど使われなかったそうですが……。

 現代でも、新選組は映画にドラマ・小説・マンガに欠かせない素材であり、新選組の羽織姿は幕末コスプレの大定番です。そして、言うまでもなく『鬼滅の刃』の鬼殺隊も新選組のオマージュであり、隊服の上に着る羽織も例のダンダラ模様にヒントを得ているのは間違いないでしょう。つまり、私たちは160年も前のユニフォームに今も心を奪われているわけですね。

 忠臣蔵から新選組へ、新選組から鬼滅の刃へ――。統一の装束で闘う精鋭部隊という「ユニフォームもの」の美学は、時を超えて脈々と受け継がれているのです。

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 というわけで、今月は非常事態の「月刊まいど屋」にお付き合いいただき、ありがとうございました。次号は平常運転で公開できるよう、神仏に祈りながらお別れすることにしましょう。では、また来月!