まいど通信
まいど! 編集長の奥野です。今月の『月刊まいど屋』は、料理人インタビューをお送りしました。いずれも予約の取れない人気店であり、そこらのグルメ雑誌に登場することはない超一流の料理人。自分で言うのもなんですけど、非常に貴重なインタビューとなっております。さあさあ出来たてのうちに、1秒でも早く召し上がりください!
●「食」について考える
正直いうと、私は今回の取材をするまで「食」というものをナメてました。
まず、さほど「グルメ」ではない。もちろんおいしいものは大好きで「いい店があれば」とはいつも思っているけれど、探しまわるほどの欲はなかった。ランチに入ったお店がファミレスやチェーン店の味を上回っていれば「これでよし」。もっと上を求めるのは面倒くさそうだし、いわゆる「うるさ型」みたいになっちゃうとイヤだな、と。食べ物のことをゴチャゴチャ言うべきではない、という古臭い感覚もあるのでしょう。
「予約して人気店に行ってみよう」なんて考えたこともありませんでした。もちろん街に出かけたときなど、普通に「店選び」はするけれど、グルメガイドはまず見ない。グーグルマップを見てレビューがたくさん付いている店があったら「行ってみようかな」というレベル。それも行列ができていたらすぐ踵を返してしまう。
そんなわけで、今回のインタビュー企画が立ち上がったときは、ちょっと尻込みしそうになりました。自分のような食にこだわりのない人間が、世界クラスの料理人に話を聞いていいものだろうか、と。
しかし、いくら人気店であろうと料理は料理であり、聞いてくるのは食べ物の話です。ポスト構造主義や量子物理学の専門家じゃないのだから「何を言っているのかサッパリわからない」なんてことはないはず。それに誰でも最初は初心者です。生半可に知識がある人より何も知らない素人の方がいいかもしれない、それに職人にはすごく興味があるし……と思い直して準備をはじめました。
●近所のイタリアンへ
とはいえ、知識ゼロでインタビューはできません。取材までに少しでも自分の食体験を充実させておきたい。
とりあえず近くの人気店を探してみることにしました。誰でもそうじゃないかと思うんですけど、ふだん家の近所の飲食店で食事することはほとんどありません。家で食べた方が安くてラクですから。
ネット検索して驚きました。わが家の近所はイタリアンの人気エリアだったのです。家から5分くらいのところに街のランキング上位店が2、3軒集中している。どうやら女子会をしたり、家族で少しいいものを食べたいときに訪れる場所になっているらしい。もう15年以上も住んでいるのに、まったく気がつかなかった……。
さっそくランチタイムに評判の店に行ってみると、小さな店内はほぼ満員でした。カミさんとカウンターに座ってランチメニューを見ると、コースは1000円からと安い。前菜とデザート、ドリンク付きのコースを頼んで、黒板にある本日のパスタから一品選びます。
前菜はひとことで言うと「家では作れない味」。食べているのにどんどんおなかが減ってワインが欲しくなってきます。で、フロア係のおばさんが盛ってくれたパンを口に運ぶと「うわ」と声が漏れる。脇役のパンがこんなにおいしいとは、ひょっとしてここって穴場なんじゃ……。思わず二人で顔を見合わせます。
メインのパスタ「サルシッチャと菜の花のクリームソース」が到着。サルシッチャが何か知らないまま選んでしまったのですが、肉の入ったコッテリしたやつでした。たっぷりソースを絡めて口に放り込むと、え、なにこれ? 街のイタリアンってこんなすごい料理出すの? といきなり困惑。パスタのぷりぷりした食感にソースの滋味が相まって頭がホワーンとする……。またしても顔を見合わせました。カミさんが選んだトマトソースのパスタも絶品だったとのこと。
店を出た帰り道、話題の中心は「価格」になりました。
「このレベルの料理を東京で食べたら三倍はするって」
「立派なデザートまで付けてあの値段は安すぎる!」
「客としてはありがたいけど値上げしたほうがいいんじゃ……」
安くて旨いお店に巡り会えてよかった――。そんな喜びと同時に料理人という存在に畏怖すら感じるようになった、ある日のランチタイムでした。
●品川で「穴場」発見!
今回の取材はすべて東京で行いました。品川で最後の取材を終えて、何かおもしろいところはないかと地図を見ていると、気になる施設を発見。「食とくらしの小さな博物館」です。江戸時代の古民家を保存したようなミュージアムかな? と思ったら運営はあの「味の素」じゃないっすか。さっそく進路を変更して向かいます。
フロアは大きく分けて二つ。ひとつ目は和食の歴史を説明する展示です。中世に作られた日本初のレシピ本があるかと思えば、うなぎの蒲焼きやにぎり寿司など、開発当初の姿が食品サンプルの技術で再現されています。江戸時代の寿司は大きかった、とよく歴史知識の本なんかに書かれているけれど、実物はデカいなんてもんじゃない。コンビニおにぎりレベルです。なるほど、コレだったら2、3個食べれば満腹でしょう。「ファーストフードとしての寿司」というのが、知識でなく感覚としてよくわかる。
「小さな博物館」なんて謙遜しちゃって、意外とすごいじゃないか……。と、次のフロアに行くとまた驚かされました。戦前から現代までの食卓の風景が原寸大で再現されているのです。展示の趣旨は、創業からの現代までの味の素の歩みを知ること。そのために、4つの時代に分けて庶民の食卓風景を作って、テーブルやキッチンに同社の商品(もちろん当時のパッケージで!)が置かれている。
驚嘆したのはそのクオリティーです。内装や家具から調理器具、食器、家電など、一つひとつの再現度が異常に高い。うわっ、よくこんな古い電気鍋を見つけてきたな、いや作ったのか? しかも、白黒テレビには当時のCMが流れているし……。ああ、こういうポットうちにもあった! と興奮しっぱなしです。
残念ながらこのスペースは撮影禁止。でも納得です。こんなの撮影OKにしちゃったら「SNS映え」だの何だのという連中が押しかけて、勝手に動かしたり部屋に上がりこんだりするのは目に見えている。普段から、いろんなミュージアムに足を運んでいる編集長ですが、これほど「撮りたい」と思う展示はありませんでした。
さすが、天下の味の素! と拍手を送る意味で、同社食の文化センターの雑誌『vesta』の定期購読を申し込み、東京を後にしたのでした。
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というわけで、今月も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。次号は、コロナ禍のいま医療従事者を支える「白衣」の特集をお送りします。お楽しみに!