【アロマフレスカ】料理道は「霧中の登山」image_maidoya3
店名の「アロマフレスカ」は「フレッシュな香り」という意味。銀座のビル最上階でありながら、入ってみると店の雰囲気は意外なほど軽やか。ラグジュアリーなのに友達の家のようにリラックスできる。そんなホールに原田慎次シェフが現れた瞬間、すべてを理解した。ああ、こういう人がお店を仕切っているからか、と。飲食業界のトップランナーかつ超一流の料理人でありながら、ごく自然体。食べ歩きや市販品の味といった“研究”の話になると、「あの会社の冷凍ラーメンはすごいよね!」と、少年のように話す。そこには、こだわりや自己表現といったものを乗り越えてきたベテランだけが持つ余裕がある。ただ、この円熟味に至る道は、単純なものではなかったようだ。軽妙に語り続けるなか、ときおりのぞく「求道者」としての顔が、そのことを物語っている。

アロマフレスカ
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お店は銀座のビル最上階
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アロマフレスカの原田慎次シェフ
●作りたいのは“原田料理”
 
  ――まず、このお店の料理について教えて下さい。
 
  アロマフレスカの特色は僕が好き勝手やってることで(笑)、特に「イタリア料理」としてのこだわりはないんです。僕は「イタリアで修行してないもっとも有名なシェフ」と言われたりするくらいです。かといってイタリアを知らないわけじゃなくて、文化なんかもいろいろ勉強しましたし、旅行を含めたらイタリアには2カ月くらいは滞在してますよ。余談ですけど、イタリアで暮らしている息子とLINEしてるからナマの情報にもけっこう通じています。
 
  この店をオープンしてからは、料理のコンセプトとして「日本の旬の食材を僕なりの表現でやりたい」と思うようになりました。表現的にはイタリア料理になるんだけど、考え方としてはそちらに固執しないというか。やっぱり日本の食材には日本のやり方が合ってたりして、必ずしもイタリア料理の方法がベストだとは思わない。いうなれば「食材に適した料理法を採る」ということが最終的にイタリア料理のかたちになっている。
 
  昔はよくお客様から「こんなのイタリア料理じゃない」と言われたりもしました。しかしその後、ある雑誌で「日本のイタリアンを斬る」みたいな特集があって、本場のジャーナリストが最大の評価をしてくれた。そのときに吹っ切れましたね。あちらの専門家が「彼はちゃんとイタリア料理をやってるよ」と言ってくれたわけですから。僕のやってきたことは間違いじゃなかった、と。それ以来「イタリアで修行していない」という呪縛みたいなものがなくなって、より自由に素材優先の料理に変わっていくことができました。
 
  だから今でも「イタリア料理」と言われなくてもいいんですよ、べつに気にしない。でも“原田料理”じゃないというのは嫌かな……。お客様から「原田さんらしくない」「アロマフレスカの料理じゃないね」と言われたら堪えますね。
 
  ――『アロマフレスカのイタリア料理』(柴田書店)でも、冒頭から穴子や鮎といった和の食材が出てきます。
 
  栃木で育ったのが大きいですね。自宅は普通の街だったんですけど、母親の実家が日光の近くにあって、自然がいっぱいだったもので、遊びに行ったときに魚を捕って食べたりしていました。当時から食べることに貪欲というか、野草や木の実でもなんでも食べられると聞いたらとりあえず口に入れてみる、という性格でした。
 
  そんなふうに自然の中で過ごしたのが自分のベースになっています。やはり歳をとってくるとだんだん、より技術じゃない部分が大事になってくるというか。以前は、技術的にいろんなことを折り込みたくなったりしたんですけれど、特に50歳を超えると、よりシャープに削ぎ落とされ、原点に回帰していくのを感じます。
 
  ●料理には「人」が出る
 
  ――誰でも年齢が上がれば嗜好が変わったりしますけれど、料理人も変わるものですか。
 
  料理人も歳とともに変わりますよ。特に味覚が変わってくるので、自分の声に耳を傾けていれば料理も自然と変化します、当たり前ですけど。やっぱり自分がおいしいと思うものしか出したくないじゃないですか。昔だったらもっとオイルを使ったりしてたのを少なくしたり、「もうひと塩」をやめたりするから、よりやさしい味になっていく。自分が年をとればもちろん、常連のお客様も年配になっていくので、やはり変わっていくのが自然だと思います。今の自分に正直にやっていこう、と。
 
  ――やはり料理人といっても人間なんですね。
 
  料理ってなんだかんだ言って人柄が出るんですよ。たとえば神経質な人の料理とか、若手を見ていてもそれぞれの性格が料理に出てきます。ただ、お店で働いてもらう場合は指示通りにやってもらわないと困るし、いろいろ注意もしますけれど。それでもなるべく適材適所というか、ここ10年、15年ほどはその人に合った教え方を心がけています。
 
  ――料理も人間性や性格によって左右されるのでしょうか。
 
  そりゃもう! 僕は昔、厳しい店で働いていましたし、もう30年もこの仕事してますから、一緒に働いた人――つまり一日でも厨房で同じ料理を作った人数って、もうたぶん500人くらいになると思う。でも、たまにいるんですけど「すごく器用なヤツ」って、ダメなんですよ。
 
  ――器用なのにダメ?
 
  僕の記憶にある「器用なヤツ」ベスト5くらいは、ひとりとして大成していませんから。やっぱり、少し不器用なヤツのほうがいいんですよ。不器用さを自覚するからコツコツ努力して、自分の中にバックボーンを築き上げることができます。そういう料理人はちょっとやそっとじゃブレない。一方、器用なヤツは何をやらせても初めから上手くこなしちゃうから確固としたものができないんです。
 
  ――スポーツでも、なかなか結果が出せず伸び悩んでいた人が最後は強くなったりします。
 
  似たようなことがありますよ。「コイツなかなかパスタ上手くなんねぇな~」と思って見ていた若手が、急に花開いたかような成長を見せてくれたり。そういう頑張りっていうのはムダにならない。
 
  僕は師匠からマンツーマンで教えてもらって24歳の若さでシェフになってしまったので、超えるべき先輩やライバルとなる兄弟弟子がいないんです。だから、発奮材料は若手ですね。うち出身でオーナーシェフとして頑張っている人がもう30人近くいるのかな。独立してミシュランで高評価をもらってたりするんですが、彼らの活躍を見ていると「負けてられないな」と思ったりする。自分を奮いたたせる原動力になっています。
 
  ●「先を見すぎていないか」
 
  ――最近では「お店で修行しなくても料理人になれる」という人もいます。
 
  言ってしまえば、今は教えてもらわなくてもYou Tubeとか見て勉強すれば、自己流でできるんですよね。そして自己流であろうと評価される時代になってきている。ただ、人に教わった経験は大きいというか、若い料理人を見ていても、うわっぺらだけ学んだ技術のようなものと、きちんと数をこなして身につけた技術との違いはやっぱりわかりますよ。どんな分野の職人でも同じだと思いますけど、やっぱり身についたものは応用が効くんです。
 
  極端な話をすると、手ぶらで誰かの家に行って料理が作れるか。「冷蔵庫にあるもの好きなように使っていいから、おいしいもの作ってよ」と。これをやると料理人の実力がハッキリ出ますよ、間違いなく。「包丁一本、サラシに巻いて♪」じゃないけど、それすらない状況です。だいたい「あの道具がないとできない」「この食材がないと」という話になってしまうけれど、本物の実力があれば、どんな状況でも応用が効く。建築なんかでも、昔の職人は道具がなくても木を嵌めたり組み合わせたりして作っちゃうでしょう。料理も一緒だと思います。
 
  ――著書でも「一歩一歩積み上げたものが本当の実力になる」ということをおっしゃっていました。
 
  ついでに言っちゃうと、今の若い人って先を見すぎるんですよね。いつも店のスタッフに言うんですけど、「おれだって先のことなんか見えてないよ」と。料理に限らず、人生って「霧の中の登山」だと僕は思う。何も見えないなかまず一歩を踏み出して、足元を確認したら、また一歩踏み出す。そんなふうにひとつ仕事をこなすと、ほんの少し前が見える。この繰り返しなんですけど、今の人はみんな先を見ようとしすぎるし、先のことを考えすぎている。
 
  そうじゃなくて、霧の中でおぼろげな自分の目標を見つけたら、そこに向けて踏み出していけばいいんです。一歩踏み出せば、イチ進む。「きょう一日を頑張る」というのを日々繰り返すうちに、一年後、366日目の自分が見える。それをさらに繰り返していくとやがて十年後の自分というものが出来上がってくる。
 
  それなのに「自分は5年後こうなりたいから」とかいって、先ばかり見ている人は、実力の伴わない5年後を迎えてしまう。だから、「常に足元を見て、ひとつひとつ頑張れ」というしかないんですよ。
 
  ●「食べ歩き」が転換点に
 
  ――ご自身も修行の中でのブレークスルーというか、一皮むけたと感じたことはありますか。
 
  今から15年くらい前かな……。オープンから5年目くらいのアロマフレスカが、ピークを迎えていた時期のことです。当時、予約は3カ月先まで埋まってるし電話は鳴りっぱなしだし、まあ、よかったといえばよかったんでしょう。一緒にやってた相方も「シェフはそのままでいいんですよ」って言ってくれてたんだけど、僕の中では危機感が芽生えてきていた。「いや、このままじゃいけない」と。まだ、自分はいろいろなことを知らなさすぎるな、という感覚があった。
 
  たとえば、「自分は食べ物や素材のことを一から十まで知っているのか」といったことです。ピンからキリまでじゃないけれど、カップ麺から最高級の料理まで、安売りされている養殖の鯛から最高級の鯛まで、すべて知っておかなくちゃいけない。それを把握した上で、自分が使えるクオリティの素材をどうやって最高レベルに近づけていけるか。そして、どういう表現方法をとれば最高の状態に仕上げられるか。
 
  もし、鯛の料理を作って「100点だ」と思ったとしても、素材が「100点の鯛」だと知らないで作っていたら、それはマグレでしかない。僕はホームランバッターではなく、イチロー選手のようなアベレージヒッターでありたい。そのためにも「100点の鯛」を知っておかなくちゃならないわけです。でないと100点の料理はできないし、たまたまできたとしてもそのときだけ。たまにあるんですよ、「わっ、こんなにおいしくできちゃった」ていうのが。でも、それを狙って出せるようにならないとダメなんです。素材を知って、素材に対応できる力がないと。そういうのを含めたものが「料理人としての経験」ですよね。
 
  だから僕は今でも、駄菓子やインスタント食品からB級・C級グルメ、そして最高級のものまで、なんでも食べます。とくによく食べ歩きをするようになったここ15年くらいは、毎年何百万円も使ってます。食べ歩きは趣味でもあり、自分の料理に反映させるための行為でもある。たとえば、新発売のカップ麺でも「すごい味の持って行き方だなぁ」とか、感心したりしますよ。
 
  ●無事是名馬
 
  ――私生活でも研究するなんて、すごい職人気質ですね。
 
  父親は金型職人で兄は自動車整備士。やっぱり影響を受けたんでしょう。僕も小さい頃は機械系の仕事をしたいと思っていたんですけど、たまたま高校生のときラーメン屋でアルバイトして、料理を作る喜び、さらに「おいしい」と言ってもらえる喜びを覚えてしまった。17歳のときには中華鍋を振って包丁も使えていたわけで、その後たまたま入った修行先では21歳でオーブン前を任され、24歳でシェフでしょう。今年で52歳ですが、いろいろ早かったぶん先が長くて長くて……、大変なんですよ(笑)
 
  ――厨房に立ち続けるには、体力も人一倍要るのでは?
 
  なぜかわからないけれど、体が強いんですね。きっと生まれつきのものでしょう。この仕事を始めて30年以上になりますけど、病気で休んだことは一日もない。そういう意味では「無事是名馬」です。
 
  時間に正確なのもいいのかもしれません。寝る時間、起きる時間は毎日同じで、もう目覚まし時計がなくても大丈夫なくらい。時間ごとに自分の中の行動パターンが決まっている。昔は朝まで飲んだりしてましたけど、40歳を超えてからはできなくなったので今はきっちりと自分のルーティンに沿って行動しています。70歳までは現場にいたいと思っていますから。
 
  仕事を始めるときも同じです。交通状況によって、クルマが5分や10分早く着いちゃうときもあるんですけど、そういうときはそのへんで時間調整して、いつも同じ時刻にビルの駐車場に入る。そこからエレベーターで店に上って、着替えて……、と自分の中の一日のリズムを崩さないようにする。オフの日は、昼間にお茶とお菓子、夜はレストランでちゃんとしたものを食べる。楽しみながら、味の分析したりしてね。
 
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  【店舗情報】アロマフレスカ銀座
  住所:〒104-0061 東京都中央区銀座2-6-5
  GINZA TRECIOUS 12F
  電話:03-3535-6667
  URL:http://www.aromafresca-afsa.com/
  営業時間:11:30-15:00(L.O.13:00)※ランチ営業は水・木・金・土のみ
  17:30-23:00(L.O.20:30)
  定休日:日曜日・第1週の月曜日
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ディナー営業の準備が進む厨房で