まいど通信


        

まいど! 編集長の奥野です。今月は久々の安全靴特集をお届けしました。今やまったくカジュアルスニーカーと区別がつかなくなった安全スニーカー。これまではよく「先芯が入っているように見えない」「作業用とは思えないオシャレ感」なんてことを書いていましたが、ここまでくるともう普通のスニーカーを上回るカッコよさです。空調服を街歩きに使う人が出てきたように、そろそろ安全靴も「滑りにくくていい」とか「疲れにくい」とかいって日常使いする人が増えてくるのではないか、と編集長は見込んでいます。そんな流行の最先端に切り込んでいきたい人は、ぜひ「まいど屋」で最新の安全スニーカーを!

●東京出張の極意

今回の取材は東京と埼玉で行いました。ワークウェアの取材は岡山と広島が定番ですが、保護具や手足ものになってくると東京や大阪が多くなる。さらに今回の安全スニーカーのようにワーキング分野に大企業が参入してくるケースが増えくると、どうしても都心での取材となってしまいます。今回は前々回の「ミャンマー特集」前回の「事務服特集」に続いて3カ月連続の東京出張でした。東京には月刊まいど屋の担当になる前から何かと足を運んでいるので、通算宿泊数はかなりのものです。

そんな経験を踏まえて言いたいことは「東京出張は難しい!」です。

まず、交通網が複雑すぎて地方民はどの街に泊まればいいのかわからない。JRだけでも把握できないのに地下鉄はメトロに都営があって(いまだに見分けがつかない)、四方八方のエリアにアクセスルートがある。じゃあどこに泊まっても同じかといえばそうでもなくて、地下鉄のエスカレーターがめちゃくちゃ長かったり(大江戸線とか)、乗り換えでアホみたいに歩かされたり(東京駅の地下通路とか)と失敗も多い。それに、夜を過ごすなら新宿や渋谷とかじゃなくてもっと落ち着いたところがいいし……。こういうのは広島や岡山だったらありえない悩みです。都民に聞いてもだいたい「就職して来たからわからん」と言われる。

仮に街を決めたとしても、今度はホテル選びが大変です。東京の場合、ちょっと駅前のビジネスホテルを検索するだけでも20も30も出てくる。広島の福山駅前ならせいぜい4、5件だから何度か試しているうちに「お気に入り」が決まってくるわけですが、東京ではホテルの数が多すぎて「良さそうなホテルを順番に試していく」というアプローチは不可能。ネットの口コミを頼りに「決め打ち」するしかありません。

エリア選びが困難で、ホテル選びがギャンブルで--。そんなわけで、編集長は社会人デビューしてから東京出張に満足したことがほとんどありませんでした。
「ああ、この街は意外と不便なんだなぁ」
「これほどアクセスの悪い駅だったとは……」
「あのホテルには二度と泊まらん!」
こんな気持ちになるばかりだったわけです。

ところが、最近になってついに理想の宿泊地を見つけました。それはなんと浅草。このビジネスには似つかわしくない観光地こそ、約20年、失敗と後悔を繰り返してついにたどり着いた理想郷だったのです。

●コロナ禍のホテル選び

数年前までは、上野に泊まっていました。ご存じの通り駅前に上野公園があって、動物園をはじめ美術館や博物館などのミュージアムが山ほどあるから、時間が空いたときに楽しめる。アクセスも東京駅からJR一本でひじょうに便利。まいど屋のある川口にも乗り換え無しで行くことができます。仕事がハケたら、国立博物館に行って上野公園の芝生で寝転んだり、アメ横や不忍池の露店でビールを呑んだり、という具合に東京出張を満喫していました。

ただ上野には、あまりいい宿がないのです。大浴場がウリの格安ホテルチェーンや、無料の夜食がつくことでビジネスマンに人気の某ホテルがあるものの、なにか違う。そんな余計なサービスより部屋とメシに全力を注いでほしい、というのが出張ビジネス客の本音ではないでしょうか。少なくとも私はそうです。

で、上野駅を起点に徒歩エリアのホテルを探しているうちに、浅草にたどり着いてしまったのです。エリアとしては上野駅から東に2kmほど離れた浅草六区。国際通りと浅草寺のあるあたりです。上野から徒歩20分はちょっと遠いけどまあいいか、と。そこにいつも福山で使っているホテルチェーンがあったので、泊まってみることにしました。このホテルはファミレス系列なので朝食がおいしいのです。

ホテル選びに関して私はもともとこだわりはない方です。どうせ寝るだけだし、強いて言えば朝食が豪華だといいなあ、というくらい。ところが、2020年にコロナ禍が始まると事態は一変しました。ほとんどのホテルで、ビュッフェスタイルの朝食をやめて定食形式になった。この結果「メシがマズいホテル」が顕著になってしまったのです。ビュッフェなら「このソーセージはダメ、このオムレツはイケる」というふうに選り好みすればよかったけれど、定食ではそうもいかない。さすがに不味い食事で一日のスタートを切るのは嫌なので、ホテル選びは慎重にならざるを得ません。

こんなわけで、上野から浅草までてくてく歩いて泊まるというスタイルが生まれたのでした。

●浅草の心地よさ

浅草に泊まって、まず気づいたのはお金がかからないことです。

牛丼チェーンやファストフードはほぼ網羅されているし、目抜き通りには、スーパーの西友もある。ホテルの前は「ホッピー通り」と呼ばれるざっかけない呑み屋がひしめき合っています。さらにユニクロやドン・キホーテ、100均もあるから服や文房具を忘れても安心。おいしいものが食べたければ、老舗の蕎麦屋さんもあります。蕎麦は高くても1000円台くらいなので、東京のグルメとしては破格です。いつも行列ができているので、なかなか食べるチャンスはありませんけど……。

また、時間があればすぐ浅草寺に足を伸ばすこともできます。参道の仲見世通りや伝法院通りは、お店の看板なんかにも江戸風の趣向が凝らしてあって歩いているだけで楽しい。たとえば屋根に「ねずみ小僧」がいたり、シャッターに往年の歌舞伎役者のペンキ絵があったりして飽きさせません。観光客が来ていない朝の浅草寺は散歩コースとして最高で、出張中は浅草寺とホテルの周りをぐるぐる回ってきっちり6km歩いています。

先日は浅草寺に隣接する浅草神社で猿回しをやっていました。東京の観光地というと客引きとかが多くてやかましいイメージがありますが、浅草寺の境内はなかなか静謐。浅草に観光に来たことはあっても滞在したことはなかったので、こんなに居心地のいいところだとは知りませんでした。もう少し足を伸ばせば、「奥浅草」という下町の風情あふれるエリアがあるので、今後はそっちを開拓してみようと思っています。

このように滞在には最適ないっぽう、浅草の交通アクセスはちょっと面倒です。

ホテルのある浅草六区の目の前にあるのは、つくばエクスプレスの「浅草駅」で、都心に出るにはまず秋葉原に出なくてはならない。これはかなり面倒くさい。かといって10分ほどの「浅草駅」で都営浅草線やメトロ銀座線に乗るかというと、これも階段を上がったり下がったりしなきゃいけないし、路線図とにらめっこするのも煩わしい。そんなわけで結局、上野までてくてく歩いて行って山手線や京浜東北線に乗るのがいちばん確実だったりする。雨の日はちょっと困りますが……。

と、そんなことをボヤいてたら、浅草在住の友達からいいことを教えてもらいました。都営バスを使えばいい、と。
「都バスってあのお年寄りが使ってるやつ?」
「そう、あれに乗ればだいたい上野までいく」

「だいたい」ってなんだよ? と思いつつホテルから最寄りのバス停に行ってみると、すぐバスがきました。「上野いきますか」「あいよ」。というわけで、10分ほどで上野駅へ。系統と路線図は複雑すぎて理解できないけれど、どうやら大まかな方面さえ合っていれば、上野-浅草間はたいていのバスが通るらしい。もし間違えて乗ったら浅草寺に近そうな停留所で降りて、あとは歩けばいいのです。地上を走るバスならではの乗り方と言えます。料金はどこまで乗っても200円くらいだから気楽なもんです。

上野で待ち合わせした編集者に「都バスで来た」と言うと、「えっ、あれ使いこなせるんですか? スゲー」と驚かれました。都バスは都民の中でもなかなかマニアックな交通手段のようです。

●OFFは演芸場で!

あと、浅草には他のエリアにはない極め付きの楽しみがあります。それは演芸場です。

新宿や池袋など、都内には寄席がいくつかありますが、浅草には落語だけでなく漫才や演劇など、あらゆる大衆芸能がそろっている。こんなところは全国でも浅草だけです。かつては歌舞伎や映画を含めてエンターテイメントのすべてがあったことから、今でも「六区ブロードウェイ」の愛称で呼ばれています。

先日は、ホテルの目の前にある「東洋館」に行ってきました。ここは「都内で唯一のいろもの(漫才、漫談、コント、マジック、曲芸、ものまね、紙切りなど)寄席」(公式ウェブサイトより)。落語の寄席では、噺家が連続して出てくる合間の「箸休め」として、何グループかの漫才やダンス、替え歌、太神楽(傘回しや土瓶回し、染之助染太郎が有名)といった芸人が登場するのですが、こういうジャンルを「いろもの」というそうです。

落語を聞くのは、けっこう気合が要ります。基本的に「芝居」なのでストーリーを把握しないといけないし、「手水(ちょうず)」や「灸(やいと)」など、江戸時代の習俗もよく出てくるので、ある程度は知識がいる(だいたい「昔の商売人の家庭にはこういう習慣があったんですねぇ」とか説明してくれるんですけど)。そんなわけで、ちょっと疲れていた編集長は漫才の東洋館を選んだわけです。

公演タイトルは「漫才大行進」。漫才コンビや漫談家が20組ほど登場する予定ですが、もちろんひとりも知りません。基本的に隣の寄席(落語公演)のほうが人気なのとコロナのせいもあって客は20人ほど。客より漫才師のほうが多い。

肝心の芸はどうなのか。身も蓋もない話をすると、見ていると猛烈な眠気に襲われるような芸人がほとんどです(キッパリ)。しかし「なんでカネ払ってこんなものを」「もういいよ、帰りたい……」というタイミングで、力のあるコンビが出てきて意識を回復させてくれる。そしてなんとか終盤にたどり着くと、いよいよ師匠クラスが登場します。ご想像どおり、みんな後期高齢者です。フツーに相方とカネとか持病とかの世間話をして「あ、そろそろ時間だね」といって舞台を去っていく。

漫才は基本的に「ネタ」という芝居を見せるものであり、ボケであれツッコミであれ、ある種のキャラクターを演じているわけです。しかし、師匠連中はもはやネタをやらない。いや、本人はやってるつもりなのかもしれないけれど、客には日常会話との区別がつかないのです。そのままダラダラと立ち話が続き(だいたい不仲なので皮肉の言い合い)、最後に往年の定番ギャグらしきものを披露して終了。客は仕方なく笑う。これだけ読むと「何がおもしろいんだ?」と思うかもしれませんが、これが意外と楽しい。

なぜネタをしなくてもおもしろいのか。要するにコンビ結成から半世紀ほどの師匠クラスになると、もう完全に奇人なんですね。だからもはや「おかしいヤツ」「変わった人」といったキャラクターを演じる必要がない。普通に出てきてしゃべってるだけで非日常なおかしさがあるし「珍しいものを見た」という満足感も味わえる。芸術であれスポーツであれ、客は「普通じゃないもの」を味わいたいわけで、師匠クラスはこういったニーズを完全に満たしてくれるのです。それが「お笑い」なのかと言われるとなんとも言えませんが、芸は芸。そしてこのような「存在自体がおもしろい」という状態こそ芸人の究極形--「芸達者」なのかもしれません。

こんなふうに、芸だけでなく人生についても考えさせられる浅草の演芸場。皆さんもぜひ、足を運んでみてください。

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今月も最後までお付き合いいただきありがとうございました。来月はもう11月。季節は秋から冬へと向かいます。というわけで、次回も『月刊まいど屋』をお楽しみに!