まいど通信


        

まいど! 編集長の奥野です。今月号はけっこう久しぶり(いや毎年恒例?)の安全スニーカー特集をお届けしました。最近の安全靴はこんなにカッコいいのか、と毎回言ってますけど、もはや機能性はもちろん見た目の面でも普通のスニーカーを超えましたね、完全に。ABCマートでスニーカーを買おうかな♪ と千円札を握りしめているティーンエージャーがいたら、ぜひ作業着の店に連行してください。これでも普通の靴がいいわけ? 先芯あってこのデザインだよ? このソールなら3年は履けるぞ! と畳み掛ければ、間違いなく安全靴ユーザーになるでしょう。そして初めて自分のお金で買ったスニーカーが安全靴な彼(あるいは彼女)は、大人になれば安全意識と向上心を兼ね備えたすばらしい職人となる。そして社会を支えるようになり、その技術と精神を次世代につなげていく。そう、日本の将来は安全靴にかかっているのです!

●「夜ドラ」が面白い!

で、いまの話とも少し関連するのですが、じつは編集長はあるドラマにハマっています。NHKの「夜ドラ」枠で放送中の『あなたのブツが、ここに』です。もともとTVドラマはあまり見ないんですけど、出張中のホテルで何気なくテレビをつけているうちに、すっかり引き込まれてしまいました。

そのとき見たのは、マスク姿の女性主人公が宅配ドライバーとして働くシーン。

「へぇ、コロナを題材にしたドラマかー。うーん面白いアイデアだけど、もう現実でおなかいっぱいだっつーの!」

と、チャンネルを変えようとして、ふと手が止まってしまった。

「あれ、この作業所……。めっちゃリアルだ。本当にドラマのセットなのか?」

数日後、大阪に戻ってから動画配信サービスで、これまでに放送された16話をチェックしました。「朝ドラ」とおなじく1話15分なので、数時間で追いつけます。

ストーリーは単純です。コロナで失業したシングルマザーのキャバクラ嬢が一念発起、宅配ドライバーとして奮闘--。ほんと、これだけの話で、一見すると時事ネタを盛り込んだだけの一発ネタ的な作品にも思えるんですけど、非常によくできている。コロナに振り回された3年間を追体験し、終わりの見えないパンデミックに疲れ切った日本人の機微に触れる作品となっています。

まず主人公がいい。キャバ嬢としてはトウが立っていて、小学生の一人娘とのコミュニケーションにも苦心している。そんなネガティブな雰囲気がよくでています。よく言えば現実にいそうな生活に疲れた女性。悪く言えばキラキラ感がない。私は、これこそ「夜ドラ」のコンセプトだと思いました。

●朝ドラから消えたもの

夢と希望にあふれたポジティブな主人公が周囲に支えられて成長する。これが「朝ドラ」でおなじみの光景ですが、正直、近年の作品は私のようなオッサンにはつらいものがありました。女性アニメーターの物語『なつぞら』が典型です。たとえば主人公がアニメ制作会社の会議で自分の考えた作品を提案するシーンがあるんですけど、プレゼン終了後に何が起きるか。なんと、先輩や上司、社長まで「いいね!」「やりなよ!」「がんばりなさい!」と励ましてくれるのです。そして、主人公は夢の実現へとぐんぐん突き進んでいく。

「どんだけラクやねん……」とテレビに向かってつぶやきました。まずアニメーターとしてペーペーの主人公が、仕事で何の障害にもぶち当たらないのが物語としておかしい。ムカつく上司も意地悪な先輩もいないどころか、家族も会社の人も、みんな本気で主人公を応援してくれるって、そんな職場、どこにあるんですかね?

また昭和の話なのに女性差別が欠片もないのもおかしい。また一例を挙げれば、やや偏屈なタイプの兄に対し、なつがガーッと自分の主張をしゃべり続けるシーンがありました。うわーダメだよ、これさすがに温厚な兄ちゃんもキレるわぁ……。と思って見ていたら、沈黙を破ったお兄ちゃんが「そうだね、なつの言うとおりだ」。……ズッコケました。そこは「うるせぇ、女は黙ってろ!」だろう。この作品は一事が万事こんな感じで「おれの知っている昭和じゃない」という気持ちでいっぱいになったものです。

まあ、理解はできるんですよ。これはつまり「現実世界がハードになってくるとドラマ世界がイージーになる」という現象です。朝っぱらから、ヒロイン(広瀬すず)がガッツリ虐められたり、嘘や裏切りに苦しむ姿をだれが見たいのか。そんなものを見せてから「さあ、今日もしんどい一日をスタートしろ」というのは、あまりにも酷です。たぶんネットで叩かれるし、視聴率も下がる。その結果、朝ドラは過去作品と比べて、どんどんイージーモードになり、かわいい女子のプロモーションビデオに近づいていく。逆に、現実にゆとりや希望があると『おしん』のような超ハードモードの物語も可能になるんでしょう。そんなわけで、現代の朝ドラでは、めちゃくちゃ心が苦しくなる展開や本気でムカつく悪役は消えてしまいました。「現実でおなかいっぱい」だからです。

現実味のない可愛くて前向きなヒロインが、現実とは大違いのやさしい社会でのびのびと成長する--。これが今の朝ドラです。現代の社会病理を反映しているようで少し怖いですね。

●現実的過ぎる!

話を戻しましょう。前述した通り、夜ドラ『あなたのブツが、ここに』は、少しくたびれたバツイチ・シングルマザーの主人公が、コロナ禍の現代で生き延びようとあがく話です。

緊急事態宣言で主人公・亜子が働くキャバクラはいきなり休業。常連客がコロナ給付金の申請をしてくれるというのでお願いすると持ち逃げされ、家賃も払えなくなった彼女は母が暮らす尼崎の実家に転がり込む。実家は商店街にある店舗兼自宅のお好み焼き屋。母は亜子が小さい頃に八百屋の旦那を亡くして以来、ひとりで店を切り盛りし一人娘を育てたシングルマザーの大先輩--。と、こうやって説明しているだけで、NHKさん、すこし現実的過ぎやしませんかね、もう少し手心というか幻想があっても……、と言いたくなってくる。

主人公はキャバクラの客に宅配会社の社長がいたのを思い出し、藁にもすがる思いで会社を訪ねる。「子供のためにもお金が必要なんです。お店が再開するまでお世話になりたいな、と♪」。遊び人の社長は即採用してくれたものの、現場も宅配先も癖のある人間だらけ。なかでも教育係のベテランドライバーは中途半端な姿勢で仕事に取り組む主人公にキレまくる。「おいキャバクラ! へらへらすんな」「手ぇ動かせ。座ってたらカネもらえる店ちゃうぞ!」「この仕事が恥ずかしいんか、じゃあ辞めろ!」。

……こ、これだよ、朝ドラから消えたハードな展開は!

このめちゃくちゃ厳しい先輩、ただ意地悪しているんじゃなくて主人公を一人前の職業人に育てようとしているのがいい。昔の朝ドラの典型である「女の一代記」には存在しなかったタイプです。奉公先の先輩女中やおかみ、姑とか、延々と嫌味を言ってきたり、高価な壺を割った犯人に仕立て上げてきたりとか、常に足を引っ張る害虫みたいなヤツらでしたからね。朝っぱらから「もう殺っちゃえ!」みたいな気分になったものです。

●本格ワーキングドラマ

とはいえ、やはり『あなブツ』は暗い話です。物語の中盤で、キャバクラで主人公の同僚だった若い子が亡くなったとのニュースが飛び込んでくる。序盤に1、2回ちらっと登場しただけなので、視聴者として特に思い入れはありません。しかし、自殺だったと判明すれば話は別です。このコロナ禍の数年間、このシーンの主人公と同じようなショックを私たちは何度か受けましたから。直接の知人でなくても、あの俳優にあの女優、あの芸人……。

いま、ドラマの中では2021年の夏を迎えています。東京五輪が始まり、主人公が働く運送会社でも金メダルの話題になったりする。このシーンで、亜子はダンボールを車に積み込みながらこんなことを言います。「なぁ、このオリンピックって、ほんまにこの日本でやってんのかなぁ?」。……これもリアルだなぁ、というかみんな思っていたことでした。私も東京出張でタクシー運転手にまったく同じことを言ったものです。「オリンピックって、本当にこの東京でやってるんですか?」。

現実をトレースしているかのようなこのドラマ、最終回にはどこまで行くのでしょう。コロナ明けの社会? それともコロナ第8波? 主人公や身近な人のコロナ感染もありそうな……。

そうそう、冒頭に「作業場がリアル」と書きました。荷物の仕分けにしろ宅配シーンにしろ、なんでこんな本物みたいなんだと思っていたら、エンドロールを見て納得。このドラマにはなんと「物流考証」「宅配指導」が付いているのです。大河ドラマにはよく時代考証の人がクレジットされていますが、物流考証なんて初めてみました。そりゃリアルなはずだ!

あと、月刊まいど屋的には、会社の制服、つまり作業服が気になるところです。衣装協力はクレジットされてないけれど、どうもオリジナルではなく既製品のウェアのような気がする。明るいグレーの長袖に、春夏はポロシャツにアームカバー。これってB社かな? もうちょっと大きく映してくれたらロゴがみえるんだけど……。とヤキモキしながら、毎日『あなブツ』を見ているのでした。

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というわけで、今月も最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回も『月刊まいど屋』をお楽しみに!