【シンメン】広島の大きな玉ねぎの下でimage_maidoya3
どうしても会って話をしてみたい人がいる。もう何年にもわたって、そう思い続けてきた。先方に電話をかけるときには、彼女が出ないかなぁといつも願ってしまう。運よくその人が受話器を取り上げたときには、無意識のうちに言葉が早口になる。そして用件が終わってしまっても電話を切らずにすむ雑談のネタを素早く考える。少しでも会話が続くなら、話題は何でもいい。あるときにはこの会社の営業マンの悪口を言い合って時間をつなぐ。たまたまその営業マンに不手際があれば、決して本意ではない言葉を投げつけて彼女を責める。彼女がすみませんと言う。気を付けてくださいよと僕は怒ったように返事をする。そんなやり取りでさえ、ずっと続けばいいと思う。だが、やはり会話にはいつも終わりが訪れる。まあ、今回はいいですよ。こちらで何とかしてみます。では、また電話しますね。電話を切っても、しばらくは電話機に戻されてしまった受話器をじっと見つめている。まるで彼女が伝え忘れた用件で電話を掛け直してくれるのを待っているみたいに。
  今回、正月の特別企画である「まいど屋をダメにした3人の悪党たち」のキャスティングを考えていた時、最後まで人選に悩んだのが彼女だった。こんな形で彼女と対面してもいいものだろうか。そもそも、彼女は取材を受けてくれるのだろうか。そして、根本的な問いとして、彼女は悪党なのだろうか。そう、彼女を悪党と呼ぶからには、何か具体的な悪事をこのレポートで暴かれねばならない。まいど屋をダメにしたっていう確かな証拠を取材によって見つけ出さねばならない。
  実は、僕は彼女について何一つ知らない。まいど屋の取引先であるシンメンの営業アシスタントであること。外回りの営業に出ることもない職種だから、よほどの機会でもない限り、お会いすることはないだろうということ。それにもかかわらず、受話器の向こうから届く声に、どこか親密な響きが含まれているように思えること。そのくらいの少ない情報しか持ち合わせていない。そうそう、確か、名前は松崎だと言っていた。現時点で読者である皆さんにお知らせできるのはそれくらいだ。
  ここまで読んできて、皆さんの中には、これは恋愛小説なのかと勘違いするひとがいるかもしれない。そう思うなら、そうだと答えておく。このレポートは僕から彼女に宛てた、形を変えたラブレターだ。それが証拠に、月刊まいど屋始まって以来初めて、文中で筆者を表すのに「僕」という人称を使っている。「僕」は極めてパーソナルな言い方で、まいど屋の公式な見解を伝えるレポートで使用するには本来は適切ではない。何事にも公正中立であるべき月刊まいど屋の特集に、個人的な感情が紛れ込むことの悪影響はよくわかっているつもりだ。だが、彼女について何か文章を書くとして、どうして自分という存在を殺してしまうことができるだろう。彼女について語るなら、語り手である僕は、生身の人間としての僕でなくてはならない。ニュートラルになることなど、初めからできやしないのだ。
  今回、僕はシンメンの防寒着を特集するという名目で、一人、広島に向かう。片手にまいど屋から彼女宛てに公式に送った取材依頼書のコピーを持って。待ち合わせの時間に彼女は本当に現れるのだろうか。昔、爆風スランプがペンフレンドと初めて会う時の心境を歌った歌を思い出す。ペンフレンドの二人の恋は、言葉だけが頼みの綱だね。そんな歌だった。確かにそう思う。編集部とメーカーさんの場合は、月刊まいど屋で紡ぐ文章だけが頼みの綱だ。僕は今回初めて彼女に会う。大きな玉ねぎの下に、彼女はきっと来てくれる。
 

シンメン
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「あまり写りたくないの」となかなか撮らせてくれない彼女。
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眠気防止のアメとコーヒー、乾燥対策のマスクは彼女の必須アイテム。
「今、めちゃくちゃ忙しいんです。急に寒くなって冬物の注文が殺到して・・・」。待ち合わせの時刻にオフィスを訪ねると、彼女は机に積み上げられた書類から目を離すことなくそう言った。新幹線に乗っている間中、いや、この企画が決まってからずっと、どんな風に言おうかと何度も繰り返し考えた挨拶の言葉も切り出せないまま、僕はそこに立ちつくした。立ったまま、彼女がパソコンに何かを打ち込んでいく作業をじっと眺める。キーボードを叩く軽やかな指さばき。画面を見つめたまま時折吐くかすかな溜め息。冷たく突き放したように仕事を続けながらも、横にいる僕を意識していることがはっきりとわかる。決して交わろうとしない視線には、この出会いを消化するのに必要な時間を求める彼女の葛藤が見て取れる。
  「そこに座ったら?」。パソコン操作をやめ、デスクの書類を整理し始めると、彼女は唐突に言う。「今は冬物の出荷のピーク。毎日残業です。だから、こうしている間も惜しいくらい」。いつものように親しげな中にも少しトゲがある口調でそう言ってから、彼女は「それで?」とインタビューの開始を促してきた。とりあえず名前を名乗る。彼女も松崎ですと自己紹介する。松崎薫。薫は風薫るのカオル。薫の字が思い出せないと文句を言うと、近くにあったメモ用紙に自分の名前を書いてくれる。名刺がないものですからこれで。でも、電話番号が書いてないね。そこで彼女はやっと笑った。いつも電話口で聞く、耳慣れた笑い声だ。少し緊張が解ける。ここではなんですからと会議室に場所を変え、やっと本題のインタビューに入る。
  話によると松崎さんは入社8年目。営業アシスタントとして電話応対と事務処理を日々こなす。なお、シンメンの営業アシスタントは彼女を含めて3人。全員女性である。そんな彼女たちの1日は入力作業で始まる。全国からFAX送信されてくる受注票を手分けして、ひらすらコンピュータに打ち込んでいく。朝イチから午前中いっぱい。そして昼休みを挟んで午後もまた。さっきまで僕が見ていたのが、まさにその作業だ。「ネット受注もありますが、個人でお店を営んでいるような年配のお客さまはFAXです。北は北海道から南は沖縄まで、全国から毎日届くFAXの束は厚さにして5~6cm。これを2時半頃までに終わらせると、今度は入力したデータをもとに出荷作業。それが終わると、不足分をリストにしてお客さまに返信します。“この商品は〇月〇日上がりです。上がり次第納めますか?それともキャンセルですか?”って。その間も電話を取ったり、問い合わせに応じたり、返品処理の伝票を打ち込んだり。なんだかんだで、すべて終わるのが7時半頃」。
  定時は8時半~18時というが、社内でいちばん帰りが遅いのは、営業でも出荷担当でもなく、営業アシスタントの彼女たちだという。「そんな時間帯ですよね、まいど屋さんが電話をかけてくるのは。夜7時をまわっての電話はまいど屋さんぐらい。あ、まただ、と思いながら出ていますけど(笑)」。
  そう、その通り、まいど屋ではよく彼女に在庫の問い合わせをする。在庫がなければ探してくださいとお願いをする。しかし、彼女の答えは、大抵、ないですとそっけない。もちろん、在庫があるときは「ある」と言ってくれるが、「ない」と答える時の方が圧倒的に多い。まいど屋がシンメン商品の売れ行き予測を誤り、事前に十分な仕入れをしておかなかったのが悪いのだが、それでもとりあえず電話をしてみる。彼女なら何とかしてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いて。「ないものはないんです。どうしようもないことです。まいど屋さんのようなネット販売のお客さまの場合、エンドユーザーさんからのご注文ですから、これでも気を遣っているんですよ」。いつも電話で聞かされるフレーズを、このインタビューでも彼女は同じように繰り返す。強い口調ではあるが、それは装われたものであることを僕は知っている。僕はただ黙ったまま、その意見に頷いて見せる。たとえ収穫がなくても、一日一回はあなたと会話がしたいんだという個人的感情はここでは敢えて口に出さない。彼女もまた、僕の電話を待っているはずなのだ。
  他のお客さんはウチみたいに電話してこないんですか。どんなお客さんとよく話すんですか。彼女の気持ちを確かめようと、僕はそんな質問をしてみる。本当はもっと単刀直入に、親しく話をするお客さんは他にもいるのかと聞いてみたいのだが、とりあえず当たり障りのない質問をして彼女の返答を待つ。答えのどこかに、彼女の本心が現れることを期待している。彼女はそんな僕の本音を見透かしたかのように、オフィスにかかってくる電話について、淡々と話し始める。「方言が強くて、何を言っているのかさっぱりわからない方。声が小さすぎて聞き取れない方。やたら無駄話をしてくる方。ダジャレやギャグばかりで話が前に進まない方。いろいろいらっしゃるんですよ。一番困るのは、商品について説明を求められる時かな。私は事務作業ばかりで商品を見ることがほとんどありません。ですからせっかく問い合わせを受けても、詳しいことは企画や営業に聞いてみなければ分からないんです。私が知っているのは、どの品番の商品がよく出ているのか、くらい」。
  それでもいいから、教えてくれませんかと僕は言う。このインタビューの目的は、あなたの商品に対する感じ方を知ることなんです。営業や商品企画の人たちではなく、あなたのコメントが聞きたい。彼女を勇気づけるようにそう言ってみたのだが、あまり気乗りがしないようだ。彼女がポツリと言う。「新商品の迷彩の中綿ベスト(型番:5700)はよく出ていますよ。でももう在庫がないのでは?同じシリーズの中綿ブルゾン(型番:5800)も人気です。791や792のチェッカーストライプシリーズは、柄が凝っていてリーズナブル。年間を通して割と出ています。私から言えることはそれくらい」。
  その後、嫌がる彼女から無理やり聞き出した人気商品についての詳細は、レポートの本文中では敢えて紹介せず、この後の商品紹介欄にまとめておいた。今回の企画の唯一無二の目的が、松崎さん本人について深く知ることだからだ。夕方までの数時間、彼女はカタログをめくりながら、時に企画担当者に確認しながら、慣れない商品説明をしてくれた。彼女との時間はあっという間に過ぎていった。ようやくインタビューを終えると、また電話してくださいねと言って彼女は目を伏せた。うつむいた視線の先にある左手の薬指には金色をした金属が控えめに光っている。僕はそれに気づかぬふりをする。彼女が席を立った。もちろん、言われなくてもしつこくかけるよ。でも、まいど屋からの電話、本当はイヤなんでしょ。彼女が笑ってくれることを期待してそう言ったが、出口に向かっていた彼女は振り返りもせず、静かに会議室を出て行った。行き場を失った僕の言葉はむなしく宙に浮いたままそこに漂い続け、やがて消えた。
  会議室に残された僕は、ついさっきまでここに流れていた濃密な時間を振り返る。そのかけがえのない時間は、僕の心の中に確かな質感をもって残されている。そして、まいど屋に戻ってきてこの原稿を書いている今でも。そう、きっと明日からまた、僕は彼女に電話を掛け続けるのだろう。でも、お互いを知りあってしまった今、以前のように気軽な調子で話をすることができるのかどうか、僕にはわからない。インタビューなどせず、今までの安定した関係を続けていた方がよかったのかもしれない。僕にとっても、そして彼女にとっても。彼女は僕に考え事をさせ続ける。威力業務妨害罪。彼女は悪党である。
 
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取材中にかかってきた私用電話。仕事では絶対使わないという方言が新鮮だった。
 

    

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