【フランス人編】胸騒ぎなニースの出来事image_maidoya3
懐かしい二人に会ってきた。生粋のフランス人であるマチューとジュリアン。熱心な月刊まいど屋の読者の皆さんならきっと覚えておられるだろう。二年前のまいどズラ特集でインタビューに答えてくれた、イケメンタレントのあの二人組である。
  なぜまいどブラの特集でもまたこの二人なのか。それは彼らがフランス人であり、二義的にはズラの真髄を本当の意味で理解した数少ない人物であるからだ。ズラのわびさびがわかるなら、ブラのあわれも心に届くはずだ。編集部ではそう判断して、再び彼らを起用した。読者の皆さんは、まいど屋もよほど企画力がないのかなどと、ゆめ疑ってはならない。例によってフランス大使館へのインタビューを断られたからだろうなどと余計な勘繰りをしてはならない。
  そうだ。大使館には確かにあっさり断られた。いや、実のところを言うと、それはあっさりなどというものではなく、電話越しにかなりきつい調子で怒られた。このレポートにそのまま載せるのははばかられるような強い言い方だったから、ここでは敢えて再現しないが、とにかくあっという間に編集部の最初のもくろみは崩れてしまった。でもそれがどうしたというのだ。特に問題はない。ブラが内包する無限のフィロソフィー、そしてそこに付随する形而上学的意味について語り合おうとしない大使館などには初めから用はない。マチューとジュリアンを呼んで旧交を温めた方がはるかに意義深く生産的だ。それに、よく考えてみると、まいどブラについて彼らに話を聞くのは、別の意味でも筋の通った必然性がある。実は、まいどブラを開発しようと思ったのは、ジュリアンの故郷、ニースを視察に行ったことがきっかけだったのだ。まいど屋をまいどブラへと導いてくれたジュリアンにはもう一度直接会ってお礼を言わねばならないと思っていた。このインタビューはちょうどいい機会になる。
  あれはまいどズラが発売された直後の夏休みのことだった。できたばかりのズラを持って、はるばるニースに飛んだのだ。その街のビーチでは、女性たちがトップレスで日光浴をしていた。老いも若きも、スイカのように大きなものから、ナスビみたいにしなびているものまで、とにかくいろんな形のバストがそこかしこに並んでいた。恥じらいと呼べるようなものは、そこにはひとかけらも見当たらなかった。文明国であるはずのフランスで、このような光景を目にしたとき、驚くと同時に、言いようのない悲しみがこみ上げてきたのを今でもはっきりと覚えている。まいど屋がまいどズラで渾身のオマージュを捧げたフランスでは、人類共通の理性と道徳観が衰退しかけていた。女性は白昼堂々と、他人に乳を見せてはならない。乳は何かによって隠されていなければならない。持参したズラは、その場所では何の役にも立たないことが明白だった。フランスを敬愛するまいど屋は、ズラではなくブラによって彼らに恩返しをするべきだったのだ。
  マチューとジュリアンはまいど屋がフランスに対して抱いている限りない愛情を、そしてまいどブラに込めた深い祈りを理解してくれるだろうか。インタビューは前回同様に、彼らが所属する事務所のオフィスで行われた。初夏特有の暖かい空気に夏草の匂いが入り混じった、ある晴れた日の午後だった。さあ、二人の話を聞こう。
 

フランス人編
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まるで腹筋の一部のようなまいどブラ
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マジ顔のジュリアンとまいどブラ
最初にやってきたのはジュリアンだった。浅黒い肌、彫りの深い顔に茶色い瞳。相変わらずのイケメンぶり。少し遅れてマチューがやってきた。駅から走ってきたのだろうか、汗で湿ったTシャツをパタパタさせながら、しきりに汗をぬぐっている。彼はいかにも白人らしい白い肌と吸い込まれそうな青い瞳を持っている。
  この2年のうちにジュリアンは26歳(在日5年)に、マチューは27歳(在日8年)になっていた。もう、彼らとの会話に不安はない。彼らは日本語で独り言をいうまでに言葉が上達していたし、必要に迫られて漢字混じりのメールも打てるようになっていたからだ。
  「女性がノーブラで出歩いているような社会は、決して健全とは言えない。文明国たるべき日本は、自ら率先して世界に範を示さねばならない。そしてまいどブラを、世界的なムーブメントに育てていかねばならない」。二人を前にまいど屋の主張を読み上げ、まずは彼らの出方をうかがってみる。差し出されたまいどブラを手に、彼らは無表情でこちらを見ている。ズラは理解できても、ブラはまだ早かったのか。もしかしたら編集部は彼らを買い被っていたのかもしれない。その場に重苦しい沈黙が流れた。そしてそれが永遠に続くように感じられた。いや、違う。彼らはただ黙ったまま、こちらが動き出すのを待っているのだ。
  ね、こういうの、フランスにあるかい?まずは気分をほぐすため、そう尋ねてみた。「よくわからないけど、あるかもしれない」とジュリアンが気のない返事をした。それからサバンナに生息する昆虫について語る程度の熱意を込めて、「でも、前の彼女(日本人)が着けているのを見たことがあるよ」と付け足してあくびをかみ殺した。
  そうか、質問が悪かった。彼らに一般フランス人の感覚を求めるのは、ちょっと無理があるのかもしれない。というのも、彼らは異性に対して一番楽しい時期をずっと日本で過ごしているのだから。そして、ここ何年も母国に帰るのはクリスマス休暇ぐらいなのだから。
  次第に焦りにも似た気持ちが強まってきた。「じゃ、時間もないことだし、実際に着けてみようか」。自分でも唐突過ぎるなと思いながら、二人を強引に席から立たせてみた。だが、案の定、彼らはその場に固まったまま1センチも動かない。
  「なるほど」。しばらく我慢をしていたが、僕は諦めて首を振った。「君たちはまいどブラにはあまり興味がないようだ。今日は貴重な時間をありがとう」。オ・フヴォワーフと言って僕はむなしくテーブルの上に載せられたままのまいどブラを拾い上げ、ブラのパッケージにしまい込もうとした。マチューが僕の手からその箱をひったくるように奪い取ったのはそのときだった。
  「これはエルメスだね」とマチューは言った。「確かにエルメスを想起させる。だけど、細部は見事にオリジナルな世界に再構築されているみたいだ。フランス人はオリジナリティーのある人間を尊敬するんだ。というか、それがない人間を基本的に信用しない」。どうやらまいど屋はオリジナルな会社みたいだなと言って、彼は右手を差し出した。「それなら今度も一緒に仕事ができそうだ」。
  「そうだ、いいものがある」。僕はほっと一安心し、先日撮影したばかりのゆり子さんの写真を見せてやった。こんなこともあろうかと、とっておきの画像をスマホに保存しておいたのだ。
  「このコ、カワイイね」とジュリアンがつぶやいた。
  「うん、カワイイ。付き合いたい」。横から覗き込んだマチューもそう言った。
  「よかったら紹介するよ。今度、君たちとゆり子さんの対談企画でもやればいい」。ようやく場が和んできたところで、前から疑問に思っていたことを訊いてみた。「ところで、まいど屋としてはフランス人のブラ観について知りたいんだ。この前ズラのインタビューをしたすぐ後、僕はニースに行ってみた。君たちとフランスに敬意を表してね。そうしたらたくさんの女性たちがビーチでボロンと出していた。フランス女性は裸になることに抵抗がないのだろうか?ビーチでああいう姿でいることは常識なのだろうか?」。
  「ビーチでは出すよ。ヌーディストビーチもあるし」とマチューが笑いながら答えた。「でも、若いコはやらないかもしれない。トップレスになるのは30歳、いや35歳以上かな」。
  「ビーチでトップレスを謳歌しているのは、結婚して家庭を持って子供もいる女性たちだ」とジュリアンも言った。これから売り出す若い女性たちはちゃんと隠すのだそうだ。「ウチの実家はニースの港の真ん前なんだ。そこからビーチにも近い。だからあの辺の雰囲気はよく知っている」。
  「それがそうでもなかったんだよ」と僕は2年前を思い出しながら言った。「若いのだって、けっこう大胆に丸出ししてた。僕はそれが悲しくてこのまいどブラを作ったんだけどね」。
 
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  フランスで若い女が乳を出して歩いているのかどうか、ここで二人を相手に神学的論争を繰り広げるつもりはない。出しているか、引っ込めてあるか、結局は水掛け論に終わってしまうし、冷静になって考えれば、それはまいどブラが完成した今となってはどうでもいいことなのだ。若くても年寄りでも、年齢に関係なく乳はもれなく隠されているべきなのだ。年齢による差別は、ポリティカリーにインコレクトなだけでなく、まいど屋の理念にも反することだ。だからこそまいど屋は時間と手間と、そして少なくない予算を使ってこのインタビューを行っている。そろそろ本題に入らなければいけない。
  「じゃ、今度こそ、実際に着けてみようか」
  「なぜ僕らがブラをしなきゃいけないんです?」とジュリアンが再び口をとがらせた。
  「まいど屋はあらゆる差別を嫌う会社だからだ。それは年齢だけじゃなくて、国籍や性別も含めた話なんだ。僕たちは先日、女性であるゆり子さんの乳を隠してきた。さっきスマホで見せたとおりに。今度は君たちの番だ。フランス人で男性の君たちは、偏見や伝統的価値観によって色分けされた恣意的なカテゴリーの壁を乗り越え、平等が普遍的価値を持ちうることを証明する義務があるんだ。大体、世界で最初に人々の平等を宣言したのはフランスだろう?」。
  「義務?」。マチューが顔をしかめた。
  「そう。君たちフランス人がよく言うノブレス・オブリージュだ。わかるよね。あんなにか弱く見える女性だって立派に責任を果たしたんだ。マッチョな君たちにできないわけはない。さあ、早く服を脱いで全裸になってくれ」。
  何か釈然としない表情を見せながらも、二人は一枚一枚着ている服を脱いでいった。そして最後はトランクス一枚になった。
  「全裸だ」と再び彼らに命じたのだが、それ以上はもういやだと二人とも首を振った。そして神妙な面持ちで、まいどブラを装着しようとし始めた。だが男性で胸幅が広く、鍛え上げた筋肉質のボディには、まいどブラがなかなかきれいに収まらない。鏡を見て「これ、難しいな」とつぶやきながら試行錯誤を続けるジュリアン。一方で見栄えなどは気にもせず、ただひたすら貼ったり、剥がしたりを繰り返すマチュー。どうやら寄せて集めてを実践しているらしい。
  そんなすったもんだがしばらく続き、ようやく撮影が始まった。上はまいどブラ、下はパンツ一枚で恥ずかしいのか、二人は互いを見ながら妙なテンションではしゃぎ始める。それでも日々タレント&モデル活動をしている二人のポージングはやはり板についていると言うしかない。何をやってもカッコいいし、ブラを付けていてもサマになる。
  「こんなのどう?」、「じゃ、これは?」などと声を掛けあいながら、モデルらしくさまざまなポーズをとる。派手に動いてもまいどブラは彼らの胸筋と一体となって吸い付いている。二人とも毎日ジムに通ってトレーニングしているというだけあって、胸のまいどブラが割れた腹筋のひとつのようにも見える。特に色白のマチューの場合は、まいどブラと肉体がまったく同化していて違和感がない。
  付け心地はどうだろう?フランス語でよろしく。
  「Superbe!」(スペーブ:素晴らしい)とマチュー。
  「Magnifique!」(マニフィク:美しい)とジュリアン。
  確か、まいどズラのときも同じようなコメントだったような気がするが、この場の雰囲気を壊さぬよう、二人に向かってにっこりと頷いておく。まあ、いい。どうせ、最大級の褒め言葉なんて、世界中探してもこの部屋にこぼれている笑顔の数には及ばないのだ。トレビアン、と自分も心の中で呟いてみる。トレビアン。そう、これは本当にトレビアンだ。
 
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  気のいいフランス青年たちのビューティフルなお戯れはまだ続いている。だが、もうそろそろ、予定の時刻になりそうだ。彼らのギャラは時間で決まっている。ズラのインタビューの時と同じマネージャー氏が、ズラのインタビューの時と同じように時計を気にし始めている。
  「そうだ、プルーストは確かフランスの作家だったよね」。彼らに向かって最後に僕は叫ぶように言った。突然の質問に、彼らは目を白黒(いや、白青というべきか)させている。
  「そうだと思うけど、それがどうかしたの?」とジュリアンが首をかしげてこちらを見た。
  「まいどブラはまいど屋が失われた時を求めて旅をする物語から生まれてきたんだ。君たちにはそのことを知っておいてほしかった」。
  「なんだか難しそうな話だな」。マチューがブラを彼の白い胸から外し、こちらに近づいてきた。「それで探し物は見つかったのかな」。
  「わからない。それは今君が手にしているブラの中にあるのかもしれないし、ないのかもしれない。いずれにしても、まいど屋はこれからもそれを探し続けていくしかないんだ。なぜなら、それがまいど屋の本来あるべき姿であるからだ。僕は今日ここに、君たち二人の中に残っているはずのまいど屋の過去を見つけに来た。欠片のような、残照のような、そんなわずかな手がかりが君たちの中に閉じ込められ、僕に見つけ出されるのを待っているんじゃないかと思ってね。そしてそれは確かにあったんだ。手にとることはできないけれど、僕にははっきりわかる。君たちにまた会えてうれしかったよ」。
  僕は上半身裸でトランクス一枚のマチューと、それからブラをつけたままのジュリアンと順番に握手を交わし、スタジオ代わりに使わせてもらったオフィスを出た。二人とはまたいつか、どこかで一緒に仕事をすることになるかもしれないな。そんな思いが一瞬頭をよぎり、すぐに初夏の乾いた空気の中に消えていった。
 
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スイッチが入り、本気でポーズを取り始めた二人
 

    

人種を超え、年齢を超え、そして性別さえも超え、あらゆる人々からスタンディングオベーションで迎えられた世界遺産!

なぜ乳を隠すのか。そこに乳があるからだ。アルピニストが山登りの動機を明確に語ることがないように、まいどブラはそうしたある種根源的な問いかけに、自ら答えようとすることはない。人はなぜ生きるのか。なぜ考え続けるのか。そうした設問は、それ自体があまりにも自明すぎて、改まって言葉で説明するのが難しいのと同じことなのだ。なぜ、まいどブラがそこにあるのか。それは皆さんが、皆さん自身で、それぞれ自分なりの答えを見つけ出してほしい。