【エピソード2】二人を同時に愛するときimage_maidoya3
僕が初めて彼女と言葉を交わしたのは、オーディション会場の控室だった。大勢の着飾った女性たちの間に挟まれるようにして、彼女は静かに椅子に座っていた。順番が来たことを知らせるために声を掛けたときは、うつむいて何かの文庫本を読んでいるようだった。どちらかというと地味なワンピースから、白く細い手足が伸びていた。
  宮脇さんと僕が呼び掛けると、彼女は初めて顔を上げた。まるで道端で見知らぬ人に呼び止められたみたいに少し首をかしげ、それから口元にほんのかすかに微笑が浮かんだ。小さな声ではいと返事をして彼女が立ちあがったとき、僕は言葉を失った。
  ぎこちなくならないように注意をしながら彼女の前を歩き、オーディション室に入ったときには、僕はもうすべての結末を知っていた。ただ頭の中が熱を持ったようにぼうっとし、彼女を直視することができなかった。それから何を質問し、彼女がどう答えたのかさえ覚えていない。オーディションの後、オフィスに戻って写真をチェックすると、どうやら他の候補者たちと同じように、こちらが用意した撮影用のオフィスウェアに着替え、そのあとは水着姿にまでなってくれたようなのだが。
  宮脇さんが現れるまで、今回の特集の主役が高橋さんになるだろうことは、このプロジェクトにかかわったほぼ全員が共有する既定の事実だった。オーディションの前の写真選考の段階で、彼女の美しさは際立っていたからだ。背中まで伸びた艶やかな長い髪には、軽くウエーブがかかっていた。優しそうな二つの目がまっすぐにこちらを見つめ、目元の表情だけで笑顔を作っていた。それは作り物ではない、本物の笑顔に思えた。写真を見るだけで、まるで昔からの友達のような、不思議な親しみがわいた。高橋さんこそ、我々の一番大切なものを託すのにふさわしいひとだとプロジェクトメンバーの誰もが思った。もちろん僕もその一人だった。他の候補者たちには悪いが、オーディションは高橋さんと面通しをするための、いわば出来レースのようなもののはずだった。そして会場で高橋さんをいの一番に面接した時、僕たちは僕たちの期待が全く間違っていなかったことを知ったのだ。彼女が部屋から出たときには、もうその日のオーディションは終了したも同然だった。
  だが、オーディションを終えてオフィスに戻った僕の頭の中には、高橋さんではなく、宮脇さんのイメージばかりが繰り返し浮かんでいた。しゃべった内容すらロクに思い出せない彼女の顔が、鮮明に僕の脳裏に張り付いていた。控えめで、清楚で、集団の中にいたら見落としてしまいそうなほど存在感が希薄だったが、一度目を合わせると、その表情は全く違った印象に変わってしまう。大人しそうな彼女が何かの拍子に時折見せた、僕を挑発するような冷ややかな眼差しは、僕の体を内側から激しくあぶり、同時に凍りつかせた。まるで目が合った者を石に変えてしまうギリシャ神話のメドゥーサみたいに。
  それから何日もの間、僕の心は高橋さんと宮脇さんの間で揺れ動いた。二人が似たタイプであれば何とか優劣をつけられたのだろうが、そうではなかった。僕は高橋さんを好きだと思った。早く彼女に連絡をするべきだと何度も思った。だが、どうしようもないほど、宮脇さんに魅かれてもいた。宮脇さんのことを考えるとき、僕の心はなぜかいつも少しだけ、背徳感に包まれた。それは決して嫌な感覚ではなかった。高橋さんにごめんねと謝り、宮脇さんと一緒にやっていく自分を何度も想像したりした。素敵な想像だったが、やはりそうすることはできそうになかった。宮脇さんを想うたび、だめだ、と僕は独り言を呟いた。本当はルール違反だが、オーディションの時、高橋さんにはほぼ内定であることを仄めかしていたからだ。
  時間だけがいたずらに過ぎて行った。無意味に引き延ばされた日々が僕の目の前を通り過ぎ、空しく消えていった。結局、僕はどちらとも決めかね、最後はオーディションを手配したコーディネーターの白石さんから催促を受けることになった。早くしてくれませんか、と彼は言った。言葉は丁寧だが、こちらの優柔不断ぶりにイライラしていることは明白だった。反射的に、僕はどちらもお願いしますと答えていた。高橋さんと宮脇さんと。どちらも僕には必要なんです。まいど屋から預かっていた予算があったが、そんなことはもうどうでもよくなった。どちらかを失うことなど、そのときの僕には到底受け入れられないことだったのだ。仕方がないんだ、と僕は思った。二人同時に、まいど屋のパートナーになってもらう。最後はなるようになる。今度の特集はダブルキャストだ。
 

エピソード2
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空調オフィスウェアを試す高橋さんと宮脇さん
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スカートをテグスで引っ張り上げている様子
都内のとあるスタジオ。撮影は予定より1時間押しの午前11時から始まった。というのも、思った以上に仕込みに時間がかかってしまったからだ。
  空調スカートのファンをどれだけ回しても、裾がフワッと上がってくれないことは事前にわかっていた。だが、僕もカメラマン氏も諦めてはいなかった。高橋さんと宮脇さんにモンローポーズを決めてもらうことは、この日の撮影のハイライトであるのだから。ファンでダメなら、下から風を送ればいい。それでもダメなら、テグスで人為的に吊り上げればいい。最終的にはそう腹をくくって、スカートの裾に糸を結びつけて引っ張り上げることにしたのだが、なかなか思うようなふんわり感を作れないでいた。いい写真を撮るには、入念な準備が必要だ。僕はその場にいる皆を幸せにするために、あらゆることを試すのだ。初めてのドライブデートの前にせっせとmy best selectionのCDを作るときみたいに、僕は車を走らせるルートを考え、情景にあった曲を選択する。楽しげで勢いのあるメロディーなら、ドライブの前半がいい。途中でメローな曲をはさみながら、徐々に夕暮れのクライマックスに向けてセンチメントを高めていく。一番の聞かせどころは、夕日が沈む海岸沿いで流れていなければならない。僕は曲の進行に合わせて車の速度を調節しながら、僕の作ったCDが最大限の効果を発揮するように気を配る。ハンカチを取り出して額の汗をぬぐい、僕はスカートに釣り針を取り付けようとした。休日のルアーフィッシングで鍛えたリールさばきでスカートをたくし上げようと試みた。モンローのスカートが地下鉄のマンホールの上で大きく広がったときのように、それはあくまで自然で、そのくせ後世に語り継がれるほど強いインパクトがなくてはならない。僕は何度も釣り針の位置を変え、リールを巻き取る速度を調節した。大勢のスタッフに指示を与え、僕が頭に描いたクライマックスが最も美しく見えるように準備を整えた。
  周りでスタッフが黙々と作業を進める中、高橋さんと宮脇さんは暇を持て余すようにして撮影位置に立っていた。二人の仕上がりは素晴らしかった。高橋さんは、彼女の一番の特徴である優しげな目元が際立つように、やや濃いめのアイラインを引いていた。ダーク系のジャケットとスカートが知的なキャリアウーマンを思わせたが、甘めのフリルブラウスを組み合わせることで、彼女に生来備わっている感じのよさがうまく引き出されていた。一方、切れ長の目を強調してクールビューティーに仕上げた宮脇さんは、プラチナグレイのベストとプリーツスカートに白ブラウスを合わせ、有能な事務職のお嬢さんといった雰囲気だった。高橋さんと比べると、ごくベーシックな定番的装いなのだが、着こなしにセンスが感じられ、彼女の存在感をかえって際立たせていた。頼んだことは何でもテキパキと処理して片付けてしまいそうなほどクールな外見と、身体の内側に隠された熱源から漏れ出る、何か尋常でないパッションが作るアンバランスな印象が、彼女の魅力を特別なものにさせていた。
  僕は僕のやるべきことをすっかり終えると、二人に近づいてもうすぐ撮影が始まることを告げた。宮脇さんが小さな声で、はいと言った。高橋さんはがんばりますと言って大きく頷いた。二人とも、表情にほんの少し硬さがあり、多少緊張しているように見えた。僕は二人をリラックスさせようと、空調オフィスウェアについて改めてレクチャーすることにした。オーディションの時には実物の空調オフィスウェアはなく、彼女らが本物を目にしたのはこの時が初めてだったからだ。僕は二人のウェアにバッテリーをつなぎ、スイッチをオンにした。ファンが勢い良く回り出した。
  「あ、涼しい。いいね、これ」と宮脇さんが弾んだ声で言った。高橋さんも嬉しそうに歓声を上げた。「ホント、涼しい!私、街で着てみたい。バッテリーが切れたらカフェでお茶しながら充電すればいいし」。
  街で着てみたい。君たちのようなひとがこれを着て街を歩いていたら、かなり目立ってしまうよ。とても素敵だけれど、カフェの店員が目のやり場に困るんじゃないかな。僕はそんなことを考えながら、レクチャーを続けた。時間が経つにつれ、二人の笑顔はどんどん輝きを増していった。もういつでも本番に入れるだろうと判断し、僕はスタッフに合図を送った。撮影が始まった。
 
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  結局、テグスはベストやジャケットにも仕込むことになり、マリオネットのように左右斜め上から服を引っ張り上げての撮影が始まった。僕が計算した通り、裾がフワッと自然に上がると、二人は恥ずかしそうに裾を押さえようとした。穢れのない美しさが現場に満ちた。撮影用のスポットライトを浴びた二人の姿は、ラファエロの天使を思わせた。ジャケット、ベストの上がり具合も動きが感じられて好感が持てた。カメラマン氏のカメラが連写の音を激しく立て始めた。
  「いいねぇ。視線、こっちにちょうだい!」
  パシャッ!パシャッ!
  「テグス、もう少し上げてみようか」
  パシャッ!パシャッ!
  「もうちょい上に」
  パシャッ!パシャッ!
  「もっと思いきり上げて!」
  カメラマン氏の指示に従って、テグスの吊り上げ具合はどんどんエスカレートしていき、いつしか二人のスカートは不自然極まりない位置まで上がっていた。だが、そのときにはもう、高橋さんも宮脇さんも恍惚の表情を浮かべており、下半身はあられもない状態になっていた。僕は息を飲んで二人が淡々とポーズを変え、カメラに視線を送り続けるのを見守った。
  「うーん、違うな。もう少しスカート上げてくれない?手で押さえればいいからさ」。吊りだけでは限界があると見ると、カメラマンは二人にさらにスカートをたくし上げ、手で押さえてキープするよう指示を出した。高橋さんの太ももから黒いガーターベルトが現れた。宮脇さんは白いパンティに白いガーターベルトだった。
  カメラマン氏の声がさらに大きくなった。
  「誘うような表情で!」
  パシャッ!パシャッ!
  「宮脇さん、しゃがんで膝を立てて!」
  パシャッ!パシャッ!
  ここまでくると、最早空調オフィスウェアは構図的におまけのような存在になっていた。官能的な二人の身体の上に、何かが乗っかっている。それがたまたま空調服なだけだった。
  続くブラウスの撮影では、要求はさらにテーマからかけ離れていった。ファンが写った空調服らしい写真をまるでお付き合いのように義務的に撮り終えると、ブラウスのボタンを外しにかかる。「もう1つ開けてみよう」から「1つだけ残して」になり、最後は当たり前のようにフルオープンになった。それでもカメラマン氏は満足しないようだった。宮脇さん、肩を出して。互いに見つめ合って。高橋さん、宮脇さんのバストに手を置いて。高橋さんの右手が宮脇さんのブラウスの下に滑り込み、その手のひらが乳房の膨らみの上にとまったとき、宮脇さんはカメラから顔をそむけるようにして僕の方を見た。僕と宮脇さんの目が合った。それから視線が激しく絡まりあい、分泌液にまみれたように粘り気を増していった。宮脇さんの頬を一筋の透明な滴が伝っていった。それでも僕は彼女の顔から目を離さなかった。宮脇さんは目を閉じ、かすれた声で、ああと言った。そして再びカメラの方に視線を向けた。カメラの先にいる二人は催眠術にかかったように次々と下される指示に従い続け、やがて絶頂に達して床にしゃがみ込んだ。二、三度大きく息を吐き、放心したようにカメラを見続けた。
  そのときの現場の雰囲気がなぜそうなっていたのか、僕にはうまく説明ができない。この原稿を書いている今にして思えば、誰かが何かおかしいと気付くべきだったのだろう。だが、高橋さんと宮脇さんの二人を含め、その場にいた僕たち全員は、スタジオ内を支配していた圧倒的な魔力に飲みこまれていた。僕らは皆、何かに取りつかれたように夢中で僕たちの前に舞い降りてきた美を貪り食った。たったひと振りのつるはしで大地から原油が噴き出してくることを見つけた19世紀のアラブ人のように、僕らはただ、それを神からの贈り物だと考えて不思議にも思わなかったのだ。このスタジオには確かに魔物が棲んでいた。
  僕らの目の前では、真っ黒な原油が音を立てて上空に吹き上がっていた。それは永遠に続くオーガズムのようにも思われた。僕らは皆、これが本当のクライマックスなのだと信じていた。だが、全神経を二人に集中させ、撮影にのめり込んでいた僕らは、このときまったく気づいていなかったのだ。背後からヒタヒタと不穏な足音が近づいていたことを。そして間もなく、僕らが想像もしなかったような世界に足を踏み入れることになるということを。
 
  (エピソード3に続く)
 
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パンチラ、ガーター見せの二人
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スタジオ内にはスタッフもいっぱい

    

うだるような暑さの中でも涼風美人! ベーシックなのに着映えする、プラチナグレイの空調ベスト&空調プリーツスカート

明るいトーンのプラチナグレイに、パール調パイピングで華やぎ感を添えた空調ベスト。ストレッチ素材だから動きやすく、背中の2つのファンから風が脇下、うなじ、裾へとすぅ~っと抜けて、ムレ知らず。スカートは前プリーツで脚さばきバツグン。ファンの送風でスカート内はいつもそよ風が吹いて、熱がこもりがちなウエストまわりや太ももをクールダウン。ウエストはカーブベルト仕様でフィット感もよし。両脇斜めポケット、らくらくカン、ウエスト滑り止め付き。


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前身のファンから背中へ、袖へと風が抜けてメチャ涼しい空調ジャケット。深みのあるブラックの表地はポリエステル100%のストレッチ素材。背裏はストレッチ性に優れたトリコット。さらに後ろ裾にセンターベンツが入って動きやすく、着心地バツグン。ウエスト位置を高く見せるサテンテープでバックスタイルもビューティフル。左右内ポケット付き。