【ミズノ】顕れる新ブランド編image_maidoya3
ミズノが安全靴を出すらしい---そのニュースは業界関係者と一部の事情通の作業員たちの間で静かに、だが確実な興奮を伴って広まっていた。去年の2月の頃だ。それはロックスターのコンサート会場に見られるような瞬間的な熱狂とは対極にある、じわりとした、言ってみれば土鍋のような熱の伝わりようだった。あるいは体に感じない揺れを何千回と繰り返しながら、地下にため込んだ圧倒的な力の放出機会を探っている、低周波地震のように執拗なさざめきだった。もちろんまいど屋も業界の端くれとして、こちらが敢えて望まずとも押し寄せてくるその囁きの波に身を浸していた。
  当時、スポーツシューズの技術を生かした安全スニーカーのブランドでは、アシックスが圧倒的な存在感を持っていた。アシックスのあの伝説的な成功を見て、それに対抗意識を燃やしているんだろう、と事情通を気取る業界人たちは噂し合った。だけどさ、ミズノは後発だし、今から存在感を広げていくのはかなり苦しいんじゃないかな。販売店の棚には、スペースの制限ってものがあるからさ。確実に売れるアシックスの陳列場所を、いくら有名メーカーだといっても安全靴の分野じゃ技術的に未知数なミズノに代える店がどれだけあるか。それに取引条件も厳しいっていうぜ。販売店は取り扱うっていうより、取り扱わせてもらうっていう雰囲気みたいだから反発も相当あるらしい。市場の洗礼を受ける前の営業活動としてはちょっとね。ここでは敢えて名前は出さないが、まいど屋の編集部には、そんなヒソヒソ話を装った、実際のところはおおっぴらな批判を持ち込んでくる人間が何人もいた。そしてそうした声の大きさ自体が、ミズノの挑戦が業界でかなりの注目を集め始めていることを物語っていた。
  まいど屋がミズノの営業マンに会ったのは、そんな噂がひっきりなしに聞こえてきた時期だ。その日、まいど屋の正面玄関にあのお馴染みのミズノのロゴが付いた白い営業車が横付けされ、中からスーツ姿の二人組が降りてきた。「ミズノといいますが、今日は安全靴のご紹介に参りました」と背の高い上司らしい方が言った。「是非、お時間をいただきたいのですが」。言葉は丁寧で礼儀を守っていたが、それは飛び込み営業のお願いというよりは、税務調査官が身につけているような、相手に有無を言わせないことに慣れ親しんでいる物腰に思えた。そしてもちろん、読者の皆さんが想像する通り、業界の最新トレンドであるならばなにはともあれ漏れなく画面に反映されていなければならないまいど屋としては、彼らの面会を断るという選択肢は全くなかったのだ。
  ああ、お噂はいろいろと聞いていましたよ。ようこそお越しいただきました。そう言ってまいど屋は二人をオフィスに迎え入れた。噂には尾ひれがつきものだから、こちらも分別をわきまえた紳士として、先入観を持たずに客観的な態度で彼らの取り組みを評価するよう、意識的に心がけて話を聞くことにした。実際に具体的な商品の説明をしたのは、先日まいど屋の担当になったのだという林という営業マンだった。今後は私がまいど屋さんをサポートします、と彼は言った。先方ではまいど屋が彼らの持ち込んできたものについて考えを巡らせる前から、すでに今後の担当者が決まっているらしかった。
  彼は今度発売される商品がいかにユーザー受けしそうであるのかを、フィギュアスケーターが氷の上を滑っていくみたいに滑らかに話した。よく訓練された観光ガイドが東京タワーについて説明するときのように淀みない説明だった。ただ、いかんせん、まだ実物は出来上がっておらず、それは提案書ベースの商品紹介だった。成田空港を出た直後のバスの中で見たことのない東京タワーについて聞かされるみたいに、語られる話はこちらの期待感を高めはしたものの、確信的な手応えを伴った感想は全く浮かんでこなかった。やはり、東京タワーは都心に入ってから、少なくとも荒川を越えて彼方のスカイラインにあのオレンジ色の先端が見えるようになってから語られるべきものなのだ。
  そうした事情もあって、その突然のプレゼンテーションはまいど屋にはほとんど実際的な印象を残さなかったのだが、そしてあの噂で聞かされていた通り、彼らの提案を受け入れるにはまいど屋がこれまで要求されたことのない高いハードルを越えて見せねばならなかったのだが、とにかくまいど屋はその話に乗ることにした。たまにまいど屋のポストに投げ込まれている怪しげな金融商品のチラシみたいに、紹介されたコレクションは恐らく画期的で、我々を一瞬で虜にするほどチャーミングなものなのだろう。いいじゃないか、やってみれば。どうせまいど屋には最初からノーと言う権利などありはしなかったのだ。まず、その夢のコレクションを取り扱ってから、二人組の話が本当なのかを確かめればいい。そして後日、この月刊まいど屋で徹底的に検証してやればいい。
 

ミズノ
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2016年モデルを手にする営業・林さん
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耐滑性、耐油性に優れ、屈曲溝により曲がりやすいソール
どんな関係についてもいえることなのだが、二つの主体の間で行われる主導権争いは、結局、相手に対する要求量の大きさによって暗黙の内に決着する。そう、モノを言うのは要求量の大きさなのだ。体の大きさとか、経済的な優位性などは問題ではない。でなければ、旦那よりはるかに小柄で彼の給料に依存する専業主婦が、常に女王のように家庭を支配できるはずがない。あるいは日頃からこの月刊まいど屋の編集長に対して不満をぶつけてくるスタッフが、いつの間にか編集部内で隠然たる影響力を持っていることに対して説明がつかない。
  まいど屋とミズノの関係ももちろんそうだった。取引が始まってしばらくすると、双方の立ち位置は徐々に落ち着くところに落ち着いていった。WEB掲載に必要な画像の提供や様々な質問に対する回答など、まいど屋がミズノに求める事項は多岐にわたった。それに対して、最初の納品を終えたミズノには、まいど屋へ突きつけるべき要求は何も残っていなかった。うまく混ざっていたかに見えたカシスソーダが時間と共に二層に分離してしまうみたいに、ミズノは物理法則に従って一方的にグラスの底に沈んでいくしかないのだった。
  主導権が完全にまいど屋に移った頃あいを見て、編集部はミズノに対して例の要求を行った。月刊まいど屋の記事にするための取材依頼だ。最初、ミズノはのらりくらりとまいど屋の要請をはぐらかしていた。広報が出てきて取材趣意書を提出するように言い、出来上がった原稿は掲載前に彼らの検閲を通す必要があるのだと編集部にプレッシャーをかけた。それは失ってしまった自らの優越的地位をもう一度まいど屋に思い起こさせようとする本能的な行動だったが、そうした抵抗が功を奏す段階はもうとうの昔に過ぎていた。
  「本社の取材がそんなに面倒くさいのなら、林さん、あなたが質問に答えればいい」とまいど屋は言った。それに対して林さんは最初はもごもごと口ごもっていたのだが、まいど屋を完全にサポートすると言った手前、彼にそれを拒絶する正当な理由はどこを探してもあるはずがなかった。広報を差し置いて営業畑の人間が情報発信することについての関係部署間の調整の難しさなどはまいど屋のあずかり知らぬところであって、そのような社内的落とし前は彼が後で個人的に汗をかいてつければいい。彼は観念したようにまいど屋の求めを受け入れた。そしてミズノ営業本部関越支社において、本日こうして正式取材の運びとなったのだ。
  それでは今回の取材相手をここで読者の皆さんに改めて紹介しよう。営業開発課の林 稔(はやし・みのる)さんだ。具体的な解説に入る前に、ミズノを代表してまずは皆さんにご挨拶を。「こんにちは。セーフティーシューズメーカーのミズノです。私たちは2016年3月20日に初代2モデルを発売しました。爆発的なヒットとは言えないまでも、当初の予定生産数を上回る注文をいただき、生産が追い付かずに一時欠品してしまいました」。
  中々興味深い口上だ。短いステートメントの中に、謙遜とプライドが絡まり合った彼の複雑な心中が意図せずして滲み出ている。誰もが知るあのスポーツシューズ大手としてではなく、あくまで新規参入者としての「安全靴のミズノ」と自己規定しながら、生産が追い付かなかったことをさり気なく示して、まいど屋と読者の皆さんに何かをわからせようとしているのだ。だが、それはあくまで「興味深いコメント」というだけで、月刊まいど屋の編集部を納得させるだけの説得力は持っていないということを、彼はまだ理解していないようだ。編集部の取材は執拗で、具体的、客観的証拠をもっと大量に必要としているということを。
  緊張した面持ちで向かいの席に座る彼にまいど屋は質問を始める。何だか訊問みたいな固い雰囲気だが仕方がない。インタビューは彼の義務であり、まいど屋の仕事なのだから。発売開始から1年。まずまずの滑り出しのようだが、そもそも、なぜ、ワーキングシューズを?「少子高齢化でジュニア~大学生のスポーツ人口が減り、健康増進を目指すシニア層が増えています。そんな中、当社はウォーキングシューズを皮切りに、登山用として昔からやっていた高機能インナーなど、スポーツの枠を越えて商品の幅を広げてきました。そして、次なる分野としてワークに着目し、専用のシューズを開発することになったのです」。
  ふうん。教科書通りの模範的な解答だが、たぶんそれは真実の半分しか言い表していない。プライドのあるミズノの社員である彼はその名を決して口にはしなかったが、本レポートの冒頭で仄めかした通り、背景にはアシックスの成功事例があったのだろう。恐らく打倒アシックスに燃える社内会議を重ねた末に本格的な開発に乗り出し、ミズノが持つありったけの能力をつぎ込んで、デザイン、スペック、履き心地の全てでライバルを凌駕するものを目指したのだ。そしてその長い試行錯誤の末、ようやく昨年春に紐タイプ(C1GA1600)、ベルトタイプ(C1GA1601)の2モデルを発表したのだ。それが『オールマイティシリーズ』だ。ではそれらデビュー作は具体的にどんな特徴を備えているのか?「ウォーキングシューズで実績のあるラスト(足型)を使用した、樹脂製先芯、JSAA A種認定合格品です。つま先のラバー補強や、履き口の内側に人工皮革を使うなど、丈夫で耐久性に優れた仕様にしています。また、我々が“マシュマロ感覚の履きごこち”と言っているように、足にあたるベロ(甲部分)、中敷き、履き口まわりがソフトで履きやすい。滑りにくく、水はけのいいソールは、油による劣化がしにくく、屈曲性に優れているのもポイントです」。
  アッパーは人工皮革とメッシュ。スポーティーなデザインながらも、つま先部分が広く丸いのは、日本人の足を知り尽くしたミズノならではのノウハウが生きているようだ。さすがにライバル社を研究し尽くしただけのことはある。彼らが持つそのあたりの優位性をこちらから指摘してやると、林さんは少し表情を崩し、嬉しそうな声でこう続けた。「そうなんですよ。それにカカト部分、他社さんより厚いでしょ。これがミズノのこだわりです。足入れで最も重要なのはカカト。カカトを固定するためにクッション材を多く使ってホールド感を持たせています。薄いと中で足が浮いてしまって疲れやすくなるんです」。
  「なるほど、それならかなり足馴染みがよくなりそうですね」
  林さんの口調が滑らかになってきた。月刊まいど屋の編集部がメーカーに対してそれほど敵対的でないことを知り、どうやら徐々に自信を取り戻しつつあるようだ。そうだ、まいど屋はジャーナリズムを振りかざしてただ闇雲に批判のための批判をしているのではなく、あくまで客観的事実をテーブルの上に載せた上での公正な批評をしたいだけなのだ。林さん、まいど屋の真意がお分かりいただけたのなら、その調子で先を続けてください。「先芯の端の部分、触っても段差がほとんど感じられないでしょ。先芯とアッパーの境目のところにクッション材をかませてアタリを滑らかにしているんです。それと、先芯があるとムレやすいので、つま先の合皮部分に小さな孔を開けたり、サイドをメッシュ使いにしたり、ベロに窓を付けたりして通気性を高めています」。ベロの窓とは、ベロの先芯に近い部分に小さな窓を設け、網戸を付けたようなイメージ。シューズ内を覗くと、メッシュの穴から光が差し込んでいるのがわかる。
  そんな工夫を凝らし、満を持してデビューさせた『C1GA1600』紐タイプはカラー4色、『C1GA1601』ベルトタイプは3色。サイズはともに24.5~30.0cmでワイズEEEの展開。「発売から1年経った今でもベルトタイプの赤が人気No.1です。関越エリアでは、紐タイプ4色のうち、黒と赤がよく出ると予想していましたが、フタを開けてみると白とブルーがよく出て意外でした。特に白は汚れやすいので敬遠されるかと思ったけど、そうじゃなかった」。
  これら2モデルに続き、昨年秋にはミドルカット『C1GA1602』が登場。初代モデルの性能と履き心地を踏襲しつつ、フィット性のいい紐タイプで足首のみベルトで締めるスタイルに。カラーは、鮮やかなイエローソールのイエロー×シルバー×ブラックほか、白ベース、黒ベースの計3色。
  そして2017年春。つい先頃のことだがミズノワーキングシューズ4作目となる新商品がデビューした。「軽さを徹底追求したモデル(C1GA1700)です。初代のスタイリングに合わせたローカットの紐タイプで、重量は初代紐タイプの約370g(26.0cm片方)に対して11%軽量化し、約335gに抑えました」。
  軽さにこだわったのは、ミズノが実施した「ワーキングシューズ購入者へのアンケート」の結果を踏まえてのことだという。「ワーキングシューズ選びで最も重視する点を1つ答えてもらったところ、ダントツ1位が軽さで30%。2位がクッション性(20%)、3位がデザイン性(17%)、価格は4位(15%)でした。これを1つの資料として、軽さを追求したシューズを出すことになったんです」。
  たった35gの減量と思うかもしれないが、これがなかなか大変らしい。「手に持って軽いと感じるには、30g以上の差がないとダメなんです。だから今回は35g。そのために様々な工夫をしました。例えば、『1600』がつま先補強にゴムを使っているのに対し、『1700』では軽量性に優れた人工皮革を使っています。もちろん、強度を犠牲にしたら本末転倒ですから、素材にはミズノが一般的に使っている人工皮革よりも約3倍も強いものを採用したんです」。さらに、ゴム厚を0.6mm薄くする、ベロのロゴマークを縫製からプリントにするなど、機能をキープしながら各所で涙ぐましい切り詰めがなされているのだという。
  ユーザーアンケートでは4位だったが、販売店の積極性を引き出す意味でやはり価格にもこだわった、と林さんは言う。「初代1600のメーカー希望小売価格は9,000円。これを7,400円にするために、部分的に縫製をシンプルにするなど、こちらも強度を落とさずに生産の手間を減らす工夫をしています」。シューズ本体も、価格もいちだんと軽くなったNEWモデル。カラーは、赤、白、グレー、ネイビーの4色展開となっている。
 
  以上がこれまでにリリースされたミズノの4モデルだ。取材用に用意された実物を改めて子細に点検し、また、この取材の前に既にまいど屋に集まり始めていたユーザーからのフィードバックを総合的に勘案すると、彼らの提示したコレクションは、林さんと彼の上司が初めてまいど屋に来たときに大見得を切った言葉通り、一流のシューズメーカーらしい安定した完成度に達しているようだ。どうやら、まいど屋は本当に夢のコレクションを手に入れたらしい。
  なお、インタビューの最後に、林さんから秋の新商品情報を耳にした。既存の4モデルから推測するに、かなり期待できる新作と思われるが、公式発表はまだということで、残念ながらこの場で詳細は皆さんにお伝えできない。まだ形のないものに対して期待感を高める---販売店に対するその辺のプロモーションの進め方は、相変わらずミズノらしいやり口だ。東京タワーは都心に入ってから、少なくとも荒川を越えて彼方のスカイラインにあのオレンジ色の先端が見えるようになってから語られるべきものだとまいど屋は思うのだが。
 
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軽さを追求したNEWモデル『C1GA1700』
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ミズノ(株) 営業本部関越支社

    

この履き心地、マジでヤバい!トップアスリートを魅了してきたあのノウハウが惜しげもなく注ぎ込まれた紐タイプのデビュー作

人工皮革とメッシュを適材適所に配し、スポーティーに仕上げたローカットモデル。カカトをしっかりホールドし、マシュマロ感覚のソフトな履き心地を叶えてくれるほか、つま先ラバー補強や内側に人工皮革を使用した履き口などの丈夫な作りや、一部にメッシュを採用した通気性の良さも必見モノ。滑りにくく水はけのいいラバーソールは、耐油性、屈曲性もマル。カラー4色。サイズ24.5~30.0cm(EEE)。樹脂製先芯、JSAA A種認定合格品。


やっぱり赤がダントツ人気!ミズノのテクノロジーを注ぎ込んだ、滑りにくくて疲れにくいベルトタイプのデビュー作

ウォーキングシューズで培ったノウハウを脱ぎ履きがラクなベルトタイプに結集。耐滑性に優れたラバーソールは、水はけ、耐油性、屈曲性の良さも高ポイント。さらに、つま先ラバー補強や内側に人工皮革を使用した履き口など丈夫な作りに加え、一部にメッシュを採用した通気性の良さ、マシュマロのようなソフトな履き心地でワーカーのフットワークを快適サポート。カラー3色。サイズ24.5~30.0cm(EEE)。樹脂製先芯、JSAA A種認定合格品。