【アシックス】遷ろうコレクション編image_maidoya3
何かが行われようとしている。それは昼の陽光が降り注いでいるような公の場所ではなく、人目につかない、秘密めいた密室の中のようである。しんと静まり返った部屋の灯りは用心深く消されており、カーテンのない窓からは、月の光がわずかに差し込んでくる。その黄みがかった微かな光は、部屋の中で話し合われている企みの、おぼろげな輪郭だけを浮かび上がらせるだけで、細部は闇夜に溶け込んでしまっているようだ。これから何が始まるのか、今こうしてこの物語を語り始めたまいど屋にも全く分からない。彼らは何をしようとしているのか。そしてその結果として必然的に引き起こされるに違いない、ある明確な意思をたっぷりと含ませた波紋が一体どこまで広がっていくのか。ただ一つ確かなことは、その波紋が幼児の水遊びのように罪のないものではなく、間違いなく暴力的で荒々しいものになるだろうということだ。罪の意識をどこかに置き忘れてきたみたいに、現在曲がりなりにも存在している秩序を無邪気に飲みこんでいってしまうだろうということだ。計画が最早抜き差しならない地点まで進められていることが露わになったとき、誰が忍び笑いを漏らし、誰が涙を流すのだろう?
  押し寄せる波はもうすでにまいど屋のひざ下まで迫ろうとしている。残された時間はあまりない。薄暗い廊下の突き当たりにある固く閉ざされたドアの向こう側で、今まさに進行している密やかな話し合いが、まいど屋の運命を決めようとしている。そしてもちろん、このレポートを読んでいる読者の皆さんもまた、それが及ぼす作用と無関係ではいられない。私たちの知らないところで、何かが大きく変えられようとしている。事の真相は薄暗い闇の中にある。
 

アシックス
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ワークプロダクト事業部の西尾さん
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接地面を拡大した新ソール(左)と従来ソール(右)
通された会議室のテーブルの上には、私がまだ目にしたことのない新商品がいくつか並んでいた。それらは周囲から祝福の言葉を掛けられるべきニューアイテムに違いなかったが、新商品の華やかさとはどこか違う、不吉で謎めいた雰囲気を漂わせていた。私とテーブルの間にある空気は妙によそよそしく冷ややかだった。そしてテーブル上のシューズは、上に純白のハンカチをかぶせられてはいなかったものの、直視されることを拒むような、年老いて死期の迫った女の顔に似た悲しみを湛えているように見えた。どのモデルにも、ボディーの中央にあの見慣れたアシックスラインが引かれていた。そしてそれは近い将来に待つ惨劇を暗示するように、ところどころが無残に剥げ落ちていた。まるで何かを諦めきった女が、化粧の途中でルージュを引くことをやめてしまったみたいに。
  私はそんな新商品を目の端にとどめながら、向かい合った担当者に全く別の質問をした。担当者はしばらくの沈黙の後、その質問には正面から答えずに、少しだけ論点をずらした回答を返してきた。百戦錬磨の政治家が、記者会見で答えづらい質問をかわすときのような、巧みで落ち着いた模範的コメントだった。「現在アシックスが販売している商品は、ソールの性能によって大きく2種類に分けられます。1つは2015年からのCPシリーズ(FCP101、102、103)。もう1つは、それ例外の商品。CPシリーズのソールは特に耐滑性に優れ、その他の商品の2.5倍以上も滑りにくくなっています。労災で最も多いのがスリップやつまずきによる転倒事故です。これを防ぐために、旧来の商品は一部を除いて、順次新ソールに切り替えていく予定です」。
  話の内容を書きとめるために手にしていたペン先がかすかに震えるのが自分でもわかった。今日この日の取材のために、私が思い詰めた心境で東京・江東区にあるアシックスジャパン本社に持ち込んできた質問は、「アシックスの既存商品が年内にほとんど廃番になるという噂」についてだった。そして担当者であるワークプロダクト事業部 マーケティング部の西尾功(にしお・いさお)氏の回答は、一般の読者がわかる言葉に翻訳すれば、正にその通り、これから歴史に残る合法的ホロコーストが行われる予定だという明確な宣言に他ならなかったのだ。虐殺の対象が、CPシリーズ以前のモデルに限るという留保はついたにせよ。それでもそれはまいど屋が抱える大量の在庫と、既存モデルを使い慣れた数えきれないほど多くのユーザーの愛着を、女子高生が携帯を乗り換えるように無邪気に切り捨てることを意味していた。
 
  ここで、CPシリーズのソールについて少し触れておく。それ以前のソールと何が違うのかというと・・・
  ●耐滑性2.5倍。接地面を拡大し、素材を柔らかくすることでグリップ力を向上。
  ●柔らかい素材を使っているにも拘わらず耐磨耗性16%アップ。
  ●耐油性369%アップ。ヘタリや劣化が抑えられ、耐久性も高まる。
  ●つま先を少し上げたフォルムにより、前進方向の動きを行いやすくしている。
 
  実際、CPシリーズのソールはまいど屋を利用するアシックスファンにも非常に好評だった。だが、そうした性能を重視してユーザーの利便性を高めることだけが目的であるならば、アッパーのデザインを変えずにソールだけを切り替えてマイナーチェンジする手もあるはずだ。これだけ評判のいいコレクションを、なぜあっさりと見殺しにしなければならないのか。
  「それは決定なのですか」。私は西尾氏の顔をまっすぐ見つめ、努めて冷静な声でそう訊いた。
  「アシックスは1999年から安全スニーカーを販売しています。ですから、この辺りで一度、コレクションの整理をしようと。ソールの性能云々の問題だけじゃないんです。デザイン面でも他メーカーの追随があるので、変えていかなきゃならない。それに近年は作業服のデザインも大きく変わってきていますから、そうした服とコーディネートしやすいようなアシックスを考えていかなければならない」。
  「既存品を順次廃番にする前に、それらを値上げするという噂も聞いています」。私は自分の声が挑戦的な響きを帯びないように気を付けながら、思い切ってこう続けた。「本当だとしたら、それは誰のためなのですか。性能が上がるのなら、またはそのような目的に沿った完全なモデルチェンジであるのなら、それは仕方のないことかもしれない。だけど今ある商品が、今ある姿のまま大幅に値上げされるのは理解できない。廃番にしていく商品を今後追加生産するわけはないから、生産原価の上昇を反映するという理由ではないはずだ。これから死にゆくコレクションに、とどめを刺すかのようにそうした処置がなされるという噂は正気の沙汰とは思えない」。
  「噂じゃなく、事実です」。西尾氏は出来の悪い生徒を諭すような口調で穏やかに言った。「こちらにもいろいろな思惑があるんですよ」。
  思惑?私は自分の質問が全くの無力であることを悟って大きくため息をついた。その言葉にはあらゆる種類の楽観論を容赦なく拒絶する力があり、どんな希望も含まれていないように思えた。全ての行いが見咎められることなく、無条件で肯定されかねないその言葉の響きには。「いいでしょう。ビジネスなんだから、戦略的にいろんな思惑もあるんでしょう。まいど屋だってプロの端くれだから、アシックスさんの思惑で倉庫にある大量の在庫が年内に全くのゴミになることについて泣き言をいうつもりはありません。そして今後の追加注文分については、そちらが値上げしようが、まいど屋はユーザーへの信義を守り、まいど屋の思惑に従って、赤字になっても今までの価格で最後まで販売を続けることになるでしょう」
  私がそう言い切ると、西尾氏は困った顔をして首を振った。「まいど屋さんのような販売店のそうした行動が、私たちの思惑をより一層強固にすることになるんです。私たちのブランドは、ときおり、というか頻繁に安売りされ過ぎています---ブランドの価値というのは、私たちが少年時代に見ていた夢に似ています。それは時間が経って分別が付く年齢になると、現実に流されて顧みられなくなってしまう。一握りの特別な人間を除いて、そんなことを考えていたことすら忘れてしまうからです。アシックスは特別なメーカーです。そして今でもそれを大切に守りたいだけなんです」。最後の部分は西尾氏が私に話しているというより、自分自身に向かって囁いているように聞こえた。まるで妻に正論でやり込められた夫が、自室に引きこもって独り言を呟くみたいに。
  西尾氏は確かに何かを信じていた。そして私はそれ以上言うべき言葉を失った。世界には存在する組織の数だけ正義がある。所属する組織が違えば、正しさの定義は全く正反対の意味を持つこともある。まいど屋にはまいど屋の思惑があるように、アシックスには彼らが絶対的に信奉する揺るぎない価値観があるようだった。
  「まいど屋はアシックスさんの思惑を尊重しますよ」。しばらくの沈黙の後、私は西尾氏を慰めるようにそう言って、彼の話の続きを待った。
 
  既存コレクションの廃番が最早覆ることのない決定事項だとわかると、私はそれ以上その件について不毛な押し問答を続けることはしなかった。どこまで相手を追及したところで、それは結局グチめいた非難に終わってしまうし、両者の今後の関係を心温まるものにしてくれる見込みはないからだ。私は先ほどからテーブルの上に置き去りにされていた新商品に目を転じ、西尾氏にそれらについて説明するように促した。
  西尾氏は一瞬虚を突かれたように口ごもったが、気を取り直して「わかりました」とテーブルにあった内の一足を取り上げた。あの特徴的なアシックスラインが古くなって禿げかかっているような、不思議なデザインのシューズだった。
  「見た目にインパクトがあるでしょう?今回の新商品はみんなこの『ミニマルカモフラージュライン』を採用しています。デニムに敢えてダメージ加工をするような感覚で、倒錯的な美しさを表現しているんです」
  西尾氏はそう言って私に新作のシューズを差し出した。私は黙ってそれを受け取った。アシックスの既存品が全て死にゆく運命であるならば、今日、ここに来るまで胸の内に抱いていた彼らに対する否定的感情は早く捨て去り、今ここにあるニューモデルを愛することを覚えていかなければならない。そうしなければまいど屋とアシックスの関係は、早晩、西尾氏が言う「少年時代の夢」のように、儚く消えてしまうだろう。まいど屋は美しい思い出に満ちた過去と決別し、再生した彼らとの間で新たな物語を立ち上げるべきだった。そしてそのカギは、こうして私の手の中にある、CPソールを搭載した生まれたばかりの新コレクションなのだった。
  私はシューズをテーブルの上に戻し、離れた視線でもう一度それらをじっくりと眺めた。先程感じた、新奇なカモフラージュラインが醸す破滅的なイメージは大分薄らいでいた。確かに挑発的で一瞬ぎくりとさせられるが、全体としては不思議とパンクな雰囲気はなく、蠱惑的な表情がその裏に潜む品のよさを却って際立たせているようにも見えた。
  私がもう少し具体的な説明を求めると、西尾氏は頷いてさらに続けた。「御覧の通り、『FCP104』と『FCP105』はどちらもバスケットシューズのようなフォルムのハイカット(ミドルカット)タイプです。『FCP104』 はアッパーがメッシュ、『FCP105』は合成皮革と使用環境によって選べるようにしておきました。汎用性が高いのは105ですが、夏場や足ムレの気になる方は、軽くて通気性のよい104がいいでしょう。メッシュの一部にプリントを入れたのは、デザインのためでもありますが、アッパーの耐久性を上げるためでもあるんです」。
  カラーは、メッシュの『FCP104』 がトゥルーレッド×ゴールド、ブラック×ゴールドの2色。合皮の『FCP105』は、ブライトイエロー×シルバー、ブラック×ゴールドの2色だった。カカト補強はエッジの効いたシャープなデザイン、後ろのロゴマークは立体感ある仕様でひときわ存在感を放っている。そしてどちらのモデルもシューレース(紐)タイプにしたことについて、西尾氏はアシックスの意図をこう解説した。「ベルトタイプがよく出る中、あえて紐にこだわったのは、デザイン的な洗練を重視したからです。紐特有の品のいい都会的なシルエットなら、カモフラのインパクトをうまく中和して、私たちが前衛的に表現したかった美しさを一層際立たせてくれる気がしたんです」。
 
  西尾氏が手に取った3つめの新商品は、2017春夏のメインモデル『FCP106』だった。コンマ1秒を争うスーパーフォーミュラのレースにあって、スピーディーな作業が求められるピットクルーの足元をサポートしているシューズだという。「『インギングモータースポーツ』のピットクルーの皆さんに履いていただいています。レースを見に行ったのですけど、ほかにもアシックスの安全スニーカーで揃えているチーム、個人でアシックスを履いているクルーの方がかなりいらっしゃいました」。
  こちらもミニマルカモフラージュを採用したシューレースタイプ。カラーは3色あるが、1番人気はインギングのクルーも履いているブラック×オレンジポップ。2番人気はインディゴブルー×ゴールドで、特に20代の若者層に好評らしかった。
  女性を意識した21.5cmからのサイズ展開も106の特長なのだと西尾氏は言った。「今、運送業界や建設業界で女性の就業を増やそうと国土交通省が後押ししていますよね。2014年時点で『トラガール』14万人、『けんせつ小町』10万人のところ、2019年には合わせて30万人を目指しています。ところが、女性のシューズサイズ構成比を見ると、22.5cm未満の方が12%もいて、多くの女性がサイズでお困りです。30万人の12%となると3万6千人ですよ。小サイズは出荷数が少ないですが、それでも揃えておくべきなんです。私どもの事業部が目指している社会貢献という意味でも」。
  そもそも男性と女性ではシューズの幅の基準が違う。今回『FCP106』 で21.5cmを出し、しばらく様子を見て、必要があれば女性専用モデルも検討していくのだと西尾氏は付け加えた。
 
  西尾氏の説明は、この後、既存モデルのなかで唯一継続することが決まっているFCP102、103のニューカラーや、インソールへと続き、予定していた時間を大幅に超えてようやく終わった。席を立ち、西尾氏と握手を交わし、外に出たときはもう空は暗かった。
  身体はぐったりと疲れており、頭の中は上空で霞に包まれた月の光のようにぼんやりしていた。駅へと向かう道を歩きながら、私は今日あのアシックス本社ビルの一室で交わされた会話を一つひとつ思い返そうとした。それは今後のまいど屋にとって、そしてまいど屋を応援してくれる皆さんにとって、とても重要なことのはずだった。でもどれだけ意識を集中させようとしても、思い出せるのは新商品のスペックなど、カタログを読み返せばわかることばかりで、一番肝心なアシックスの本音が垣間見えるやり取りのシーンは、霧がかった記憶の向こうに沈んだまま、いつまでたっても立ち現われてはこなかった。それはよく知っているはずのメロディーが、どれだけ頭を捻ってもなぜか思い出せないときのように、口元までほとんど出かかった状態のまま頑固に内にとどまり、こうしたレポートに記述するための材料になることを拒み続けていた。
  もしかしたら、西尾氏は何もしゃべらなかったのかもしれない、と私は思った。アシックスにはアシックスの思惑がある---西尾氏のその言葉を頼りに、私が無意識にアシックスの本音を私の内に作り上げてしまったのかもしれない。あの長いインタビューの間、彼は何を語り、何を語らなかったのだろう?そしてメインがわずか3モデルのインタビューに、なぜ、こんなに時間がかかったのだろう?
  このレポートは、私が、私自身のそんな疑問に答えるために、私自身のために書いた個人的物語なのかもしれない。そしてそれがもしそうであるならば、本文中の私と西尾氏のやり取りの描写は、事実に完全に忠実である必要はなく、双方の想いのエッセンスを表現したある種のメタファーであったとしても不思議ではないはずだ。物語は新しい一歩を踏み出したアシックスと、過去の想い出からなかなか抜け出せないでいるまいど屋との関係を再生するためにどうしても必要だったのだ。それは月刊まいど屋の記事として不誠実な態度だろうか?
  読者の皆さんがどう思うかは正直に言うとよくわからないが、少なくとも私自身は皆さんに対して誠実であることを心掛けた。アシックスとまいど屋はあの日、あの場所で、確かにあの物語の中にいた。そして物語は進展を見せ、私の胸の中でも何かが生まれ変わった。今後、皆さんはアシックスとまいど屋が共同で作り出すであろう、全く新しい世界を旅することができるようになるはずだ。このレポートについて皆さんがどう思うにせよ、それだけは100パーセント真実であると保障する。
 
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ミニマルカモフラージュの新商品『CP106』
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アシックスジャパン(株)本社エントランス

    

かなり魅惑的!やはり蠱惑的!コイツはまさに扇情的! カモフラで汚されたあの神聖なアシックスラインに賛否両論、議論百出必至の新モデル

ミニマルカモフラージュのアシックスラインが斬新なNEWモデルは、カッコよく見えてフィッティングしやすい紐タイプ。耐滑性、耐摩耗性、耐油性に優れたCPソール搭載、樹脂製先芯のJSAA A種認定品。『104』は軽くて涼しいメッシュ素材のハイカット、『105』は存在感ある合皮のハイカットで、どちらもサイズは22.5~30.0cm。合皮のローカット『106』はインギングモータースポーツのピットクルー愛用モデル。サイズは小足の女性にうれしい21.5cm~30.0cm。


近未来的フォルムで我々の度肝を抜いた人気モデルに新色が出た!斬新だが、理にかなった設計が心憎いばかりに美しいFCP101

耐滑性に優れた新ソールの初代モデルは、バリバリッとめくってサッと履けて、水や砂の浸入を防ぐフラップタイプ。つま先補強や、つま先を上げてつまずきにくくしたトゥアップ、再帰反射材など、安全・快適なはき心地を叶える仕様はCPシリーズならでは。サイズは24.0~30.0cm、ワイドウイズ(3E相当)。樹脂製先芯、JSAA A種認定品。