【鳳皇】鳶に捧げるレクイエムimage_maidoya3
じゃけぇ、鳶は死んだんじゃ、と村上社長は言った。その口調は村上社長にしてはニベもなく、明らかな拒絶のトーンを帯びていた。これは簡単にはコトが進みそうにないな、と私は覚悟した。今度の企画に合わせ、まいど屋が反寅壱連合を結成しようと呼びかけたときのことである。
  社長に話を聞いてみると、そのアイデア自体の前提が既に破綻していることがわかった。「ウチも寅壱さんと同じ考えじゃ。ワシには寅壱さんの方針が変わってきている理由がようわかる。まいど屋さんもそろそろ気付かなあかん。うかうかしてたら取り残されよる。時代はどんどん変化しているけぇ」。
  「それなら社長は今後、鳳皇をどうするつもりなんです?心血注いでつくったブランドを、あっさり終わりにしてしまうんですか?」
  「そりゃ、ワシにも秘策があるけぇ」
  じゃ、それを聞かせてください、と言って渋る村上社長を無理やり説き伏せて行ったのが今回のインタビューだ。話してしまったら秘策が秘策でなくなってしまうけぇ、と初めはボヤいていた社長だったが、一旦しゃべり出すといつものように村上節が全開になった。こちらがそこまで話してしまっていいのかと心配になるほど、話の内容は具体的で明快だった。長年の経験に裏打ちされた市場予測が披露され、それに基づいた鳳皇の未来予想図まで明らかにされた。当初の目的とは大分ズレた展開になってしまったのだが、結果的には思いもかけず収穫の多いインタビューになった。以下の本文では村上社長が語った構想と、手始めにリリースされた新商品の詳細を、読者の皆さんにできる限り丁寧にお伝えしよう。
  だが、それについて記す前に、当初まいど屋が秘密裏に反寅壱を旗印とする企画を持ちかけたワケを説明しておかねばならない。その経緯について読者の皆さんが知っておくことは、村上社長の話を理解するうえでの補助線的な役割を果たしてくれるからだ。
  今から二カ月前、まいど屋はいつものように寅壱から最新のカタログを受け取って激しく落胆した。そのカタログには寅壱の原点であるはずの鳶服がひとつも載っていなかったのだ。出てきた新商品はどれも一般のワーキングウェアばかりだった。そろそろ鳶特集をやろうと思っていたまいど屋は、アテが外れてヤケになり、反寅壱の企画を鳳皇をはじめとする各鳶服ブランドに持ち込んだ。寅壱が仕事をサボるなら、他がある。寝ているヤツは寝かしておけばいい。全国の鳶さんの期待に応えようとするのなら、やる気のないブランドに構っているヒマはない。そんな単純な正義感がまいど屋を駆り立てていた。
  しかしフタを開けてみると、寅壱以外のブランドも、皆寅壱と同じ動きを始めていた。知らずに惰眠をむさぼっていたのはまいど屋だったのだ。鳶は死んだ。超超ロングは今後どんどん先細りになっていく。そして現場の風景はこれから少しずつ村上社長の予想に近づいていく。取り残されつつあるのはまいど屋と、そのまいど屋に律儀に付き合ってきてくれた読者の皆さんである。それでも今ならまだ間に合う--このレポートをきっかけに、まいど屋も読者の皆さんにそう言い切れるようになればいいのだが。
 

鳳皇
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ジョッパーカーゴ『3204』を愛用する村上社長
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刺し子の膝当て、ファスナー付きビッグポケット付き
寅壱、寅壱と言ってまっても困る。ウチは鳳皇じゃけぇ。それに鳶が死んだと確かにワシは言ったが、鳶職人が死んだわけじゃない。あれは言葉のアヤっていうもんじゃ。村上社長は会議室でインタビューの趣旨を説明する私に向かい、やれやれといった表情でそう言った。「他メーカーさんが昔からの職人服をやめたとしても、ウチはこれからもこだわりのウェアづくりを日本製でやっていく。職人はいなくならないし、昔ながらの職人スタイルはなくならんと思うけぇのう。動きやすさ、着やすさから今のカタチに集約されていったわけで、機能的なのは歴史が証明しとる。ウチとしてもせっかく極めてきた鳳皇ブランドを、もっと突き詰めていかんといけんけぇのう」。
  じゃ、鳶が死んだというのは、一体どういう意味なんです?実際、今度のコレクションには、超超ロングがひとつもないんじゃないですか?
  「何も工夫もせんで同じことばかり能天気にやっとったらダメだっていうことや。肝心の職人さんらがそっぽ向きよる。その意味で、これまでの鳳皇、これまでの鳶は死んだとワシは言ったんじゃ。浮ついて中身がないものはすぐに見破られる。そうならんためにもここ数年、ワシは原点回帰をしてきた。古くからあるものの中には、何かしら存在し続けるだけの絶対的な理由があるからや。それは文化と言ってええと思う。ワシは職人文化を継承しとるつもりなんや。例えば乗馬ズボンや七分など、昔からのスタイルに注目して今はそれに力を入れておる」。
  つまりは過去20年、一世を風靡してきた超超を捨て、よりオールドファッション的なシルエットを持つ商品群にシフトしていくということか。
  必ずしもそうじゃない、と村上社長は言う。社長の言葉を正確に翻訳すれば、鳳皇が目指すべき道は、「鳶のスタイルを、これからの時代に合わせて変えていく」ことなのだそうだ。「単なる懐古趣味は、古さを逆手に取った新手のトレンド主義とほぼ同じ」で、社長の目指す原点回帰は、「次から次へと流行を生み出しては消費者を煽るファッション産業の、ほとんど詐欺的なやり口」とは正反対の、「物事の価値のコアを愚直に究めていく試み」なのだという。そうした文脈で、村上社長は鳳皇の立ち位置を我々がそれと気付かぬよう、注意深く動かしてきたらしい。ブランド戦略に関わるその辺りの機微を、村上社長は月刊まいど屋読者のためにこう語ってくれた。「和からモダンへ。いや、違うな。和一辺倒からモダンを含めた品揃えへ。時代の変化に合わせて・・・ということで、カタログの雰囲気を刷新し、ロゴも変えて洗練された感じにもってきた。情報発信もどんどんしていきたいと思っとる」。
  さて、そんな村上社長の構想を具現化した新商品が9月末発売のブルゾン『3203』とジョッパーカーゴ『3204』。とくにジョッパーカーゴはこれまでにないスタイルの鳶服を提案するもので、鳳皇ブランドの村上被服では、社長以下、男性スタッフが日常的な仕事着として着用しているほど思い入れが強い商品なのだそうだ。「太めの腿まわり。刺し子の膝当て。長財布も入る深めのポケットと機能的な作りにしとる。大雑把にいえば、乗馬ズボンをアレンジしたものやね。ワシらが着ても太腿や尻がゆったりしていて穿きやすいし、生地も綿60%混のよく伸びるストレッチ素材じゃけぇ」。
  今、ワーキング業界では細身ストレッチが空前のブームになっているが、「ゆったりサイズに慣れた職人の中には、細身ストレッチではどうしても違和感を拭いきれず、一度は試してみたものの、やっぱり従来タイプのほうがいいと戻ってくるひとも多い」そうだ。そんなベテランの仕事人に向けての商品なのだが、スタイリングに独自の冴えがあり、一般的なカーゴパンツにはない、職人風のテイストが色濃く漂っている。
  また、ジョッパーカーゴの上着となるブルゾン『3203』は、カジュアルなデザインを引き立てる太めのフロントファスナーが特長。「YKKのイージー・トラックというファスナーで、先端部分が横からでも上からでもスポッと入るので、手袋着用でも、寒さで手がかじかんでいてもラクに開け閉めできよる。プラスチック製なのに頑丈で、ユニクロが子供服で使っているけど、ワーキング業界ではウチが初やけぇ」。
  村上社長はこんな風に鳶のアウターを再定義する一方で、近年、ますます仕事服としての存在感を増しているインナーについても、新たな解釈を加えようとしているようだ。例えば、これからの季節に活躍する裏起毛ジップアップシャツ『280』。胴はゆったり、腕はそこそこピッタリの、いわゆる「ゆるピタ設計」のあったかインナーである。「スポーツする時はコンプレッションみたいにピチピチでもいいけど、仕事で着るのはしんどいし、好みの問題もある。ナイスバディなら似合うが、全員が全員そうじゃない。ワシが着たらボンレスハムのようになるけぇ、ゆったりしたタイプを出したんじゃ」。
  長めのフロントジップで脱ぎ着が容易。5色のうち3色が無地、2色がヘリンボーン柄で変化をつけている。
  以上、ここまでは鳳皇が提案する「新しいスタイル」を、最もわかりやすい形で示している商品について概観してきた。確かにこれらは村上社長が言ったように、「古くから愛されてきた鳶服のコアの設計思想を残しながら、時代に合わせてスタイリングを進化させた」ものに他ならない。では、古いスタイルを全て今風にアレンジしてしまえばいいのか。そんなことはない、と村上社長は否定する。「初めに言った通り、ワシは昔からのスタイルに注目し、敬意を払っとる。ええものはええ。残すべきものは残す。その見極めがワシらメーカーの商品企画の醍醐味なんじゃ」。
  そうした「職人文化の継承」的発想で出てきたのが、乗馬ズボン『2365』だ。素材はもちろん定番のサージ。古い形を忠実に守りながら、コスパのよい実用的な仕上がりなっている。「乗馬ズボンはこれまでも国産生地、国内縫製でやってきたけど、生産が追い付かんこともあって、欠品を無くすために海外生産のものを出すことにした。庭師が入るような庭園では、職人さんたちも身なりを正して毎回キレイな服で入るので回転が早いんよ」。
  超超ロングやニッカが減っていく中、乗馬ズボンは総量こそ少ないが安定した需要が見込める。特に植木屋さんや林業従事者など、熟練の職人さんほどニーズがあるそうだ。
  「東京オリンピックもすぐじゃけぇ」と、村上社長は今後数年のさらなる需要増を予測する。「建築業界に頑張ってもらわんと、世の中の経済がまわっていかん。ワシらはそれを支える手伝いをしとる。これからも今までの継承と提案、この2方向でやっていくんじゃ。どんなものでも出してみんとわからんけぇ、展示会で反応を見て、マイナーチェンジして地道にやっていくんよ」。
  村上社長、鳶服をはじめとする職人服の継承者として、また、新しい時代の職人文化の担い手として、鳳皇ブランドがさらに輝くよう期待しています!
 
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横からも引手が差し込めるブルゾン『3203』
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ゆるピタ設計の裏起毛ジップアップシャツ『280』

    

次世代鳶職人の新スタイル!そこかしこにナルホドが詰まった3203シリーズ

動きやすい!と村上社長も愛用中。のびのびストレッチと太めの腿まわりでストレスのない穿き心地を実現したジョッパーカーゴは、刺し子の膝当てや長財布も入る深めの後ろポケット、太めのベルトループなど、作業者思いの機能満載!ブルゾンは横からでも上からでも差し込めるフロントファスナーで、手袋着用でも開閉ラクラク。生地は綿60%混のストレッチ素材で着心地もよし。カラー4色。


現場に出たなら、四の五の言わず、身体を動かせ!スタイルにこだわる職人がホンキの仕事っぷりを見せつけるにはもってこいの5403シリーズ

タテムラ糸を使用した独特の素材感が魅力の、のびのびストレッチのウェアシリーズ。 ブルゾン、シャツは、袖アームタック、大型野帳ポケット付き。裾三つ釦の細身江戸前超ロング、裾リブ編みのジョガーパンツは、股アーチカット採用で細身でも動きやすく、脚を開く、脚を上げるの動作もスムース。生地は綿70%混で肌当たりもよし。カラー3色。