【ディアドラ】コンセプト明確化で「攻め」の姿勢へimage_maidoya3
いま安全スニーカーが熱い――。という話を聞いたのは、一体いつのことだっただろう。たしか畏友の木津川君が、早朝に突然、わが家を訪れたあのときではなかったか?
  「え、安全靴だろ、あんなもんに流行り廃りがあるの?」
  そう思わず言った筆者に対して、彼はその切れ長の目で一瞥をくれた。そして少し表情を曇らせつつも、こう説明してくれた。
  「安全靴じゃなくて『安全スニーカー』だよ。正確には『プロテクティブ・スニーカー』というんだが、安全靴とは規格が違っていろんなデザインが可能だから、スタイリッシュなモデルがどんどん出てきている。スポーツ系の大手メーカーまで参入して、今やかなり競争が過熱しているってわけさ」
  頭の中にいくつも「?」が浮かんでくる――安全スニーカーとは一体? 規格が違うってどういうこと? スポーツ系のメーカーってどこだ? そもそもそんなに需要があるの?
  完全にポカンとなって"停止"してしまった筆者の前で、木津川君はフワリと窓枠に腰かけると、わざとらしくつぶやいた。
  「おやおや、月刊まいど屋の編集長ともあろうものが、こんな程度とは……」
  さすがにこんなことを言われては黙っていられない。
  「ま、待てよ! 急に言われたから答えられなかっただけだ!」
  彼はこちらの虚勢を見透かすかのように、何も言わずこちらに顔を向けている。彼の艶めいた目を見ていると、息が詰まり、焦りのあまり身をよじりたくなってくる。
  「ハァハァ……認めるよ、安全スニーカーのこと、あまり知らなかった。それは認める。だけどチャンスをくれ。ちゃんと次までに調べてくるから……」
  「フン、みんなそういうのさ。『スイマセン知りませんでした。これから勉強します』とね。そう口にするのは簡単なこと。誰だって言えるのさ」
  「ぐ……、でも月刊まいど屋は違う! 必ず安全スニーカーの世界を調べてレポートをあげてやる!」
  気が付くとずいぶん太陽が昇っていた。背後から差し込む朝日のせいで彼の表情はわからないものの、前髪の隙間から赤い唇が見える。ほんの少し笑みを浮かベているような気もした。
  「君にはガッカリした。失礼するよ」
  窓から身をひるがえしたと思うと、もう彼の姿はなかった。
  呆然としながらも、木津川君が窓枠に残したコーヒーを片付けようとする――と、そのとき、カップの下に1枚のメモが残されているのに気が付いた。
  「ディアドラ・ミズノ・アシックス」
  彼がくれたヒントをたよりに、筆者は関東に向かった。
 

ディアドラ
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岡田哲夫さんと松本修さん
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KIWIから大幅に軽量化となったMOA
●ターゲットは「安全靴を履かない業種」
 
  最初に向かったのは「ディアドラ」で知られるドンケル株式会社。約70年の歴史を持つ安全靴メーカーだ。
  南越谷駅(埼玉県)からタクシーで本社のある流通団地に向かい、15分ほどでドンケルの本社に到着。外の光が差し込んだアットホームな雰囲気のオフィスに入り取材の旨を告げると、営業部長の岡田哲夫さんと松本修さんの2人が出迎えてくれた。
  さあ「ディアドラ」の魅力とは、と言いたいところだが、その前に用語を整理しておこう。岡田さんが安全規格について丁寧に説明してくれたので、ここできちんと解説しておく。
  まず、もっとも大事なポイントは「安全靴」という呼び方は「JIS規格(日本工業規格)」をクリアした靴にしか認められていない、ということだ。そしてこの規格はとても厳しい。何トンにもおよぶ衝撃や圧迫をかける強度が先芯(つま先を覆うカバー)に求められる上に、耐久・耐熱性のために素材は牛革を使わなければならないといった素材のルールもある。要は土木や鉄鋼、造船など、いわゆる「重厚長大」の現場で事故を防ぐため、「すごく丈夫で硬い靴」にしなければいけないのだ。
  一方の「安全スニーカー」は、JIS規格に適合していない。ただ先芯が入っていたり、耐久性のあるつくりをしている点では同じである。というのも「重厚長大」ほどのタフさが求められない仕事(運送業や骨組みが出来上がってからの建設現場)などに使うために作られたのが始まりだからだ。JIS規格より製造工程や素材などに自由が利くため、メッシュや合皮を採り入れたり、派手なカラーリングをしたり、とカジュアルなスニーカーのようなデザインが可能になった。
  ただし「安全規格はありません」では、ケガするような粗悪品が出回りかねない。そこで、日本保安用品協会(JSAA)により、JIS規格と同じような強度などの基準が定められ、クリアした商品には「JSAA規格」の認定マークが付くようになった、というわけだ。
  長年、JIS規格の安全靴を製造してきたドンケルは、25年前から安全スニーカーに参入。当初は「adidas」ブランドとしての販売だったが、20年前からイタリアのスポーツシューズブランド「ディアドラ」の産業用シューズとして安全スニーカーを開発・販売している。
  「安全靴の需要も依然としてありますが、今後の伸びが期待できるのは安全スニーカーの方。特にネット通販の拡大という事情もあって、宅配や物流などの分野で需要が高まっています。配送やドライバーというのは、今まで安全靴を履いていなかった業種ですけれど、荷物が増えて台車を扱ったりするようになると、労災の危険も出てくる。それに労働者も高齢化していますから、軽くて滑りにくく、しかも疲れにくいといった安全スニーカーが求められている。そんな時代の要請もあって、私たちはこの分野に非常に力を入れているのです」(岡田さん)
  第一・二次産業から第三次産業がメインになり、さらには書籍から生鮮食品まで「なんでもネットで買う時代」へ――。安全スニーカーとは、そんな日本の産業構造の変化から生まれ、進化してきた「新ジャンル」のワークシューズなのである。
 
  ●新たな3モデルの登場は「大きな節目」に
 
  さて、いよいよドンケルの誇る「ディアドラ」新製品を見ていこう。
  さっそく2017年末に登場したばかりの「MOA(モア)」「GREBE(グレーブ)」「STARING(スターリング)」の3モデルを並べてもらった。
  モアとグレーブは「これぞスニーカー」という見た目のローカットのモデル。二つの違いはモアがマジックテープで、グレーブが靴ひもスタイルになっていることだ。
  続いて、3つ目のスターリングはくるぶしまでカバーするミドルカット。靴ひもではなくモアと同じマジックテープを採用している。そのせいかブーツのような出で立ちのわりに「いかつさ」「ゴツさ」は感じられない。
  機能面も旧モデルから大幅にアップした。同じ価格帯の旧モデルにおいて、プロテクション性はJSAA規格の「B種」だったのに対し、今回の3モデルは最高レベルの「A種」。カジュアルな雰囲気は損なわず、より安全性の高い作業靴となっている。
  さらに、従来はゴムだったミッドソールの素材をEVA樹脂に変更したことにより、左右合計で旧モデルから150(ローカット)~250g(ミドルカット)以上も軽くなった。さらにEVA樹脂になったことで、滑りにくさはそのままでクッション性をアップしているという。
  この中でも、目玉はなんといっても「モア」である。これは現在の主力製品「KIWI(キーウィー)」の10年ぶりの後継モデル。価格はそのままにスペックアップと軽量化を実現した。
  この「モア」でぜひ注目したいのは、マジックテープを採用している点である。旧モデルの「キーウィー」は靴ひもだったのに対し、新モデルの「モア」はマジックテープ。ここにはどんな思惑があるのだろうか?
  「従来からマジックテープのモデルはあったけれど、主力ではありませんでした。というのも、(ディアドラ発祥の地の)イタリア人に言わせると、マジックテープは『子供の靴』というイメージがあるそうで……。つまり欧米の人は体格も大きいから靴も編み上げでゴツイのを履くわけですが、一方で日本はどうかと考えてみると、体格もそんなにだし、あと欧米と違って靴を脱ぐ場面がすごく多いんです。家づくりにしても、内装工事になると土足で上がるわけにもいかないから、脱ぎ履きの利便性を考えておかなきゃならない。そんなふうに考えていくと、マジックテープは理にかなっているんじゃないか、と。」
  こんないきさつで「モア」はマジックテープのモデルとなった。「いや、自分は靴ひもが好きなんだ」という人は「モア」の靴ひもバージョンという位置づけの商品「グレーブ」を選ぶといいだろう。
  マジックテープはミドルカットモデルの「スターリング」にも採用されている。スターリングもまた、従来からあるモデル「EMU(エミュー)」の後継版である。エミュー、キーウィーなどの旧モデルは、そのうち市場からなくなるという。
  定番化し今も売れ続けている商品を、新しいモデルに切り替える。これはかなりの冒険にも思えるが、どう思っているのだろう?
  「この新製品の発表が、うちにとって大きな節目になるのは間違いないでしょう」
  岡田さんが少し真剣な表情になった。
  「やはり危機感はあります。ミズノさんをはじめ、この安全スニーカーへの参入は相次いでいますから。もともとうちはひとつの商品を長く手掛けるメーカーなのですが、同じ商品では『飽きられる』という面は否めない。そういう背景もあって、大手に負けないよう、今後の商品展開ペースは早めていくつもりです。とにかく今は新商品のモア・グレーブ・スターリングが主力になるよう期待しています」
  スポーツ系のメーカーはクッション素材などに独自の技術を持っている。安全性だけでなく、歩きやすさや疲れにくさといった点も評価の分かれ目になる安全スニーカーの世界では、強力なライバルなのだ。
 
  ●コンセプトのはっきりした商品で勝負
 
  そんな激しい競争の中で、同社は「コンセプトのはっきりした商品展開」という方向に活路を見出そうとしている。
  「倉庫を歩き回る女性スタッフ」「ひとりでなんでもやる配送業者」といったように、具体的な仕事環境とシューズの使用者を想定した安全スニーカーを作っていこう、というわけだ。
  たとえば、前者の場合は、女性の足に合った形とサイズ展開はもちろん、転倒事故を減らすことができて疲れにくいもの。後者なら、台車に挟まれてもケガしない安全性に加えてクルマの運転もしやすいもの。こういった用途を意識しながら開発する。
  「想定している業種ごとにモールド(底)を変える。この点に関しては、スポーツ系のメーカーに負けないと自負しています。用途に合うように靴底のパターンから考えて開発しているわけです。こういったところに価値を感じてくれれば、必ずリピート購入につながると思っています」(岡田さん)
  さらには「労災」だけでなく、より広い「災害」にも目を向ける。ドンケルは大雪や災害時など、悪路の中で帰宅や避難したりするための防災用品として、大手企業に安全スニーカーを納めた。地震が起きて、日が暮れたなか、瓦礫を乗り越えたり、釘の突き出た木材を乗り越えて家に帰らなければならないとき、ぜひ安全スニーカーを、というわけだ。
  一方、デザイン面では、スポーツシューズのニュアンスを採り入れつつも、「変わらなさ」を求めるユーザーの要望にも応え続けたい考えだ。
  「今回の新製品のデザインは、基本的にバスケットボールなどの『コート競技』のイメージですね。カラーもスポーツシューズを参考にしています。ディアドラはもともと白が好まれることもあり、派手派手しいカラーは避けました。目立つカラーはカタログや店頭では映えるでしょうけれど、実際に身につけるとなると気おくれする人も多い。あと、ウチの持ち味を挙げるなら安全靴で培った『ボコッとしない先芯』です。このつま先の形もデザインの"売り"ですね」(同)
  大手スニーカーメーカーの台頭により、安全靴メーカーの商品展開も変化を迫られている。運動性では競技用シューズを作ってきたスポーツ系メーカーに分がある一方、先芯の形状や耐滑性といった分野では、安全靴メーカーが強みを発揮できる。
  今回のディアドラ新商品では「攻め」の姿勢をはっきり示したドンケル。売り場でも老舗メーカーの強さを示せるか、勝負のときだ。
 
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GREBEは旧モデルの雰囲気を踏襲
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ミッドカットモデルのSTARING