【カンテサンス】三ツ星シェフは止まらないimage_maidoya3
アスリートである。佇まいも、その哲学も――。2000年に渡仏し、パリ「アストランス」でパスカル・バルボ氏に師事。帰国後の06年に「カンテサンス」を立ち上げると、翌年の『ミシュランガイド東京』で最高評価の三ツ星に。以来、14年連続で三ツ星を守り、世界にその名を轟かせている。そんな岸田周三シェフがテーマに掲げるのは「本質の追究」。限界を設けず、ただただ「もっとおいしい料理」を求めて、料理人としての腕を磨き続ける。「一日の仕事で10個も20個も成長するようでなければ、大勢から抜け出せない」と言い切るその姿からは、チャンピオンとしての威風すら感じる。しかし、はじめから英雄になれる人はいない。いったい彼は何をどのように見て腕を磨いてきたのか。そして今も、職人としての歩みを止めない姿勢はどこから来るのか。カンテサンスの岸田シェフに聞いた。

カンテサンス
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お店は品川の閑静なエリア
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カンテサンスの岸田周三シェフ
●基本を守り、本質を求める
 
  ――カンテサンスの料理の特徴とはなんでしょう?
 
  素材、火入れ、味付け――。僕の料理はこの三つをテーマにしています、っていつも言うんですが、これって料理の基本中の基本なんですよね。この三つにこだわっていない料理人なんて一人もいない。じゃあ、なんでそんな当たり前のことを唱えているのかというと「実際どこまでやっているのか」という話です。こだわっているっていっても、人それぞれですけど、「ほかの料理人より、はるかに、徹底的に、追究することですごい世界が生まれるんじゃないか」ということを僕は言っているわけです。
 
  ――「基本」をとことん大切にしたい、と。
 
  そうです。料理界の流行としては「どんどん新しいことをやろう」「オリジナリティを持とう」と言われている時代で、次はどんな新しいことをしてくれるんだ? というのが今のフランス料理やコンテンポラリーな料理の主流です。みんな新しいことを打ち出そうとしのぎを削っている。
 
  僕はそういう流れに対して否定的な考えを持っている。ちょっと待ってくれ、「0」を「1」にするのはたしかに素晴らしいことだけど、それに成功した人って料理界に何人いるの? 百年の歴史の中でも片手で数えられるくらいでしょう。つまり、ゼロイチの仕事はものすごく難しい上に、生み出したあとに研磨する時間も必要になる。「1」を磨いて磨いて「10」にしたり「100」や「1000」にしたりできて、はじめて、歴史上に名を残す料理人となることができる。
 
  しかし、インターネットが象徴するように、とんでもなく流れの速い現代においてそんなことが可能なのか。研磨する時間がないから、現状はみんな「1」を生み出して満足している。ただ僕に言わせれば、それはまだ種みたいなもんだろう、と。 その種を育てて大樹にしなきゃいけないはずなのに、料理人にそんな時間はないし、だれもそれを待てない。だから「1」の段階で「わあ、なんか新しいことやってる料理人がいる。すごいすごい」となる。でも、それって本当においしいんですか? まだジャストアイデアで、おいしくしていくのはこれからでしょ?
 
  はっきり言って、料理のクオリティーとしては非常に低い。こういうのが現在のコンテンポラリーな料理界の主流。僕はそれに反対の立場で「1」じゃダメなんだ、と。お客さんが求めているのは「10」や「100」であって、それを実現するには最初に言った「素材・火入れ・味付け」を徹底的に追究するしかないんじゃないか。こういう意図があって、あえて三つの基本ということを唱えているわけです。
 
  ――「新しいこと」といえば、生産や物流、厨房機器などのテクノロジーもあります。
 
  料理をとりまくものが進化しているなら、それにともなって料理のクオリティーも上がっていくはずなんですよ。でも、現状はおかしなことになっている。
 
  僕にとって料理の本質は「おいしさ」なんですが、いま世界中の料理人はそこに限界を感じはじめているというか、「これ以上おいしくならないんじゃないか」という空気がある。だから「おいしさ」以外の付加価値をアップさせることによって自己プロデュースしたり、料理の商品価値を上げる方に向かっています。プレゼンテーションの工夫、驚きのある盛り付け、SNS映えするナントカ……、いろいろありますけど、それはやはり料理の本質からズレている。そうではなく「本質を追究しましょう」というメッセージを込めて店名を「カンテサンス(※)」としたんです。
 
  ※カンテサンス(仏語:Quintessence)とは、普遍的なエネルギーのこと。「物事の本質」「神髄」といったニュアンスがある
 
  ●芸術家よりも後継者でありたい
 
  ――「伝統と革新」もテーマだとお聞きしました。
 
  よく「岸田は新しい料理を作っている」「革新的なことをやっている」と思われがちなんですけれど、じつは僕は伝統的なフランス料理を踏襲している料理人なんです。新しいものを加えたり、逆に削ぎ落としたりと、チャレンジは常にしているけれど、味の根本は「古典フランス料理」がベースになっています。
 
  さっき言ったゼロイチの仕事に対する、「1」を「100」にする仕事がこれです。つまり「伝統的な料理の見直し」。フランス料理の歴史の中で先人が培ってきたもの、淘汰されず生き残ってきたもの――それはすでに「100」に到達しているわけですが、そこをさらに見直す作業も必要だと思う。ここを改善すれば「120」になるんじゃないか、「130」に持っていけるんじゃないか。ゼロイチの仕事だけに注力するんじゃなくて同時に、こういう「見直しの仕事」も大切なんじゃないかと思うんです。
 
  ――二つの仕事を両立させるのは並大抵のことではなさそうですが。
 
  ゼロイチの仕事はインパクトが強いんですよ。「岸田はとんでもないことやってる」と業界で言ってもらえる。でも一方で、お客様から「行ってみたらすごくおいしかった」「岸田さんの料理は伝統的なフランス料理だね」と言ってもらうことも、ものすごく大事。うちのお店は多皿構成のコースだから、どちらもバランス良く構成した上で提供しています。
 
  だから、僕は自分のことをアーティストじゃなくて、伝統的なフランス料理の後継者だと思っています。新しいものも必要だけれど、すでにあるいいものが失われていくのは悲しい。誰かが守っていかなくちゃいけないんです。
 
  ●職人は危機感を持て
 
  ――そのためにも職人は腕を磨く必要があります。
 
  とくに若い料理人はハングリーさが必要ですよね。今の人は受動的というか自分から求めていかない面があります。昔は「技術は盗むもんだ」なんて言ったものですけど、現代ではそれじゃあ効率も悪いから「どんどん教えていきましょう」という流れになっていて、怖い先輩もいない。こうなると「黙っていても教えてもらえるもんなんだ」という風潮になっちゃって、まるで雛鳥が口を開けて親が食べ物を運んでくれるのを待っているような……。極端に言えばそんなイメージです。
 
  ハングリーさというのは、たとえば「一日の中で自分はどれだけ成長しているのか」とか。こういうことを常に危機感を持って考える必要があります。毎日、仕事が終わったとき「今日はおれ成長したかな」とチェックしなくちゃいけない。「今日は一度も怒られなかったからよかった」とか、そういう話じゃないんです。それは「昨日できたことを今日やっただけじゃないか」「そこに昨日と比べて成長した部分があるのか」と危機感を持って自問する必要がある。
 
  会社はそれで満足なのかもしれない。言われたことをきちんとやって組織に貢献するのもすばらしいことでしょう。しかし、これは自分自身にとって修行でもあるわけです。自分の時間を投資することで会社にいる。それなのに、成長が今日一日なかったとしたら、強い危機感を持たなくちゃいけない。もし会社が求めていないとしても、自分自身のために成長する必要があるんです。もちろん与えられた仕事をこなした上での話ですけれど、たとえば先輩に「それってどうやるんですか?」「僕にも手伝わせてください!」と言ってみたり。そういうプラスアルファの部分が人との差を生み出していくんじゃないか、と。
 
  ――本当にハードな世界ですね、体育会系というか。
 
  飲食業界ってみんな死ぬほど頑張ってるんですよ。労働時間も長いし、体もきつい。そういう中で、頭ひとつ抜け出すためにはどうすればいいか、必死で考え続けなきゃいけない。
 
  ●試行錯誤で成長加速
 
  ――修行時代を振り返って「言われたことをやっているだけじゃ雑用係で終わる」ともおっしゃってました。
 
  そう、そういうスタッフもお店にいてくれたら助かるし、会社にとって役に立つ人ではあるんですよ。でも「あなたのキャリアはどうなるの?」と。一日一日の仕事が自分自身のためになっているのか、真剣に考えてほしい。
 
  「おまえ成長してないな」「上達が遅いよ」と誰かに言われて、教えてもらいながら学んでいくようじゃダメなんです。ひとつの失敗や注意から、ひとつのことを学んでいたんじゃ効率が悪すぎる。そのスピードじゃ何十年経っても一人前にはなれないよ、と。そうじゃなくて一日に10個、いや20個成長した、と思えるように。わずかな差に感じるかもしれないけれど。
 
  ――わずかな差がキャリアに関わってくるんですね。
 
  勘違いしないでほしいと思っているのは、「成長はなんとなくできるものじゃない」ということ。「まだ入社一年目だから」とか「そのうち時間が解決してくれる」とか言う人がいるんですけど、そういうものじゃない。毎日、一歩一歩、階段を登っていく必要があるんです。一段はほんの1、2cmかもしれないけれど、それでも登り続ける。そういう積み重ねの結果、一年後に「成長できたな」と思えるわけで、働き始めて二年目になったからひとつレベルアップ、なんてことはありえない。
 
  ――成長を実感するって、なかなか難しいと思うんですが……。
 
  僕は「自分自身で課題を立てる」ことが大事だと言っています。「きのう注意されたことを今日は言われないようにする」でもいいんです。そして、今週中にこのレベルに行こう、来月はこうなっていたい、半年後にはこうなってみせる、一年後には……、という具合に、短い目標をたくさん作って書き出す。それから達成できたかどうか、一日や週の終わりに○か×でチェックする。「頑張ったかどうか」なんてのは抽象的で見えにくい。そうじゃなくて、成功したのか、失敗したのか、ハッキリさせることが大事。そうやって小さな成功体験を重ねていけば、自分の成長を実感できるはずです。
 
  課題は人が与えてくれるものじゃありません。だから自分自身で自分の課題を山ほど作る。そして達成できなかった課題は、なぜできなかったかを考える。仮説を立て、改善案を出し、行動に移す。それでもうまく行かなかったなら、仮説が間違っていたことになる。課題はクリアできなかったけれど、これはこれでひとつの成長なんです。いま進んでいる道が行き止まりだとわかったら、すぐに別の道を選ぶことができるわけで。それをしないまま一年後に行き止まりに気づくようじゃあ、遅すぎる! こういうのは誰でもできることであって、才能がどうこうといったレベルの話でもないわけで。
 
  ――とくに料理人の世界では?
 
  いや……、どの世界でも一緒だと思いますよ。少なくとも一番になっている人は。
 
  ●「鍛えない理由がない」
 
  ――アグレッシブに働き日々成長していくためには、体力も要ります。
 
  立ち仕事だし一日中動いてますから、当然、体を鍛える必要はあります。疲れてきて動きが鈍くなったとしても、トップであるシェフには誰も注意できません。そのうち人に任せる場面が増えてラクをするようになっちゃう。だから、そもそも疲れないように体をつくっておくのは大事です。
 
  いい仕事をするためには、健全な肉体と健全な精神が必要です。体というのは鍛えれば必ず強くなるわけだから、筋トレをやらない理由はない。精神の方も、ある程度は体を作る過程でついてきます。すぐ疲れるようではダメなのは言うまでもないけれど、プライベートで奥さんと喧嘩していて精力的な仕事ができるかというと、これもまた難しい。
 
  だから、ジムにも行くし自宅でも鍛えてますよ。料理人が引退するのは、たいてい体力的な理由です。健康寿命を長くするのは料理人としての寿命を伸ばすことでもあります。
 
  食生活もめちゃくちゃ気を使ってます。普段は節制して、体にいいものを決まった量だけ。ただし休日だけは「チートデイ」で、人気のお店でおいしいものを食べてます。イタリアンも行くし、和食やお寿司、中華も。もともと食べ歩きは好きですから。
 
  ――そういった意志力やモチベーションっていうのは、一体どこからくるんでしょう?
 
  自分を追い込むとか、「努力しなきゃ」「頑張らなきゃ」とかいった意識はまったくないですよ。ただ、少しでもおいしい料理を作りたいだけであって。
 
  僕はいつもキッチンにいてホールには出ないんですけど、お客様が帰るときだけはご挨拶します。そのときに料理の感想を言ってもらったりするわけですが、いつも表情を見てるんです。本当に満足してもらえたのか、ひょっとしたらお世辞なのかも……、と。「ああ、こんなに喜んでもらえてうれしい」というときもあれば、「何がいけなかったんだろう?」「もう一度チャンスがもらえるなら、次こそ!」というケースもある。
 
  料理人のモチベーションは、やっぱりお客様なんです。
 
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  【店舗情報】レストラン カンテサンス
  住所:〒141-0001 品川区北品川6-7-29
  ガーデンシティ品川御殿山1F
  電話:03-6277-0090(※予約専用)
  URL:https://www.quintessence.jp/
  営業時間:17:00~23:30(L.O.20:30)
  定休日:日曜日中心に月6日、年末年始、夏期休暇
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