【寅壱】「モノ中心」の原点回帰image_maidoya3
「岡山はけっこうヤバいんですよ。お客さんもこっち来ないで広島にいたらよかったのにねぇ……」。児島駅で乗り込んだタクシーの運転手は、アクリル板越しにこうつぶやいた。大阪や兵庫に比べれば岡山の新型コロナの感染者数は段違いに少ないけれど、人口比を考えればかなり危険な状況らしい。とはいうものの、ショッピングセンターは通常営業しているし店でビールも飲める。そんなことを口にすると「児島はまだ大丈夫だけど、岡山市内は自治体の要請が始まってるんじゃないかな?」。運転手の言葉に一抹の不安を抱えつつ、編集部は寅壱本社に到着した。マリーナを臨む絶好のロケーションが気晴らしになってくれる……と期待していたが、天気はあいにく雨。瀬戸内海はどんよりとした鉛色である。しかし、本誌・月刊まいど屋の癒しは海ではない、服だ。寅壱の新作ウェアの話を聞けば、自粛に疲れ切った心も元気を取り戻すに違いない!

寅壱
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倉敷市の寅壱本社
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新作について語る内藤さん
●「人」が消えた!
 
  「ああ、そういえばまだカタログ持ってないんでしたっけ?」と言うのは、企画開発部の内藤さん。寅壱のカタログは大人気ですぐなくなってしまうから、編集部もまだ入手できていない。そんなわけで、2021年春夏物の発表から数カ月経た今、寅壱本社で初めてカタログを手に取ることができたわけだ。で、さっそく念願のカタログをパラパラと開いたとき、ある違和感に気づいた。
 
  何かおかしい。2020秋冬カタログはこんなんじゃなかったような……。そうだ、ユージさんだよ! 寅壱公式モデルのユージさんはどこに!?
 
  「お気づきですか、じつは今回のカタログから商品の見せ方が変わりました。従来のカタログでは、モデルの全身が写っていて、ヘアスタイルや表情も含めた商品の見せ方をしていたのですが、今回は表紙も中身もモデルの顔はまったく映っていません。おなじみのユージさんも出てこない。こうなった理由をひとことで言えば『モノ中心』にしたかったから。作業服というモノを作っているメーカーとして、商品自体をもっと見てもらいたい、と。ワークウェアがひとつのファッションとして見られることはもちろんうれしいのですが、一方で、機能や品質といった寅壱の基本が伝わりづらくなっているのでは、という危惧もあった。そこで、今回のカタログからこういう表現方法をとることにしました。言ってしまえばメーカーとしての原点回帰ですね」
 
  前回の2020年秋冬カタログでは、冒頭から「ユージが訪ねる日本の職人」の特集記事。続く新作紹介ではワイルドな金髪モデルが激しい色落ちデニムの上下で街を闊歩していたのだった。対して今回は、表紙にも顔がないし、中身も広げたままのブルゾンやパンツが写っているだけ。同じメーカーとは思えないほどの変わりようだ。
 
  「こういう見せ方をする意図としては、差別化も大きいです。ファッション界では『テックウェア』といって、技術や機能性を詰め込んだ服がひとつのトレンドになっています。寅壱もこのようなストリートアパレルの要素を取り入れつつ、ワークウェアの機能と品質をもっと前面に出していきたい。そのことが、他社との差別化にもなると考えています」
 
  ●ハイテク素材で体温調節
 
  こう語る内藤さんが「テックウェア」を意識したアイテムとして最初に挙げるのは、2021年春夏モデルの新作「8830シリーズ」。細身シルエットのストレッチデニムは以前からあったが、この商品は画期的な機能がプラスされている。なんと「体感温度調整機能付き」という、SFのような謳い文句の商品なのだ。ざっくり説明すると、繊維に埋め込まれた粒子が体から出る水蒸気をコントロールすることで、熱を閉じ込めたり、放出したり、ちょうどいい湿度をキープしたりするらしい。
 
  「さすがに暑さ寒さを感じないとまではいかないですけど、この生地によってかなり快適にはなりますよ。冷えを感じる時は湿気を蓄えて保温し、暑い時は湿気を逃して温度を下げる。あくまで体感レベルではあるものの、長時間での体への負担は相当違ってきます。企画の始まりは『炎天下で過酷な作業をする人がバテないようなウェアはできないか』という問題意識です。空調服もあるけれど、寅壱は作業着メーカーなのだから、特別なハイテク素材を使ってこの課題にチャレンジしてみよう、と」
 
  デザインも「テックウェア」を意識している。複雑なステッチワークに肘には立体のヒゲ加工。アシンメトリーな胸ポケットはものが落ちにくいフラップ付き。ファスナーテープや袖口にはグリーン系の生地を使ってアクセントにした。凝りに凝ったルックスには寅壱らしさを感じる。
 
  パンツは「カーゴ」と「トラスタイル」の2タイプ。ヒップから太ももに余裕を持たせた寅壱だけのトラスタイルも、もはや定番の感がある。
 
  「トラスタイルは発表から3年くらい経って、かなり浸透してきました。乗馬ズボンのようでもあり、ファッション界の定番『テーパードパンツ』の変則シルエットでもある。この「デニムトラスタイルパンツ(型番8830)」はスポーティな印象のウェビングベルト仕様で、ベルトループには迷彩色のアクセントも入っている。動きやすくて快適なだけでなく、ファッション性も高いアイテムです」
 
  ●空調服にも「寅壱らしさ」を
 
  続いて、空調服に話を移そう。寅壱は(株)空調服のデバイスに対応したウェアを展開している。はじめのうちは「私たちは服のメーカーですから」とやや距離をおいた回答の内藤さんだったが、編集部が新作の「エアーベスト(型番1074-662)」に驚嘆の声をあげると、熱の入った解説を聞かせてくれた。
 
  「空調服ベストってシンプルなものが多いんですけど、この商品はアウターらしい複雑なルックスに仕上げました。テーマは『ミリタリー+テックウェア』。実用的な機能にくわえて、デザイン上の工夫もてんこ盛りです。たとえば、正面のポケットは何に使うかわからないけれど、雰囲気を出すために付けました。こんなふうにいろいろやったぶん価格も張りますが、そもそも少数のユーザーに向けたアイテムとして企画していますから」
 
  この言葉通り、機能については正直「やりすぎでは?」と感じるほどだ。たとえばファンの取り付け穴には、落下防止のメッシュに加えて収納式の「フタ」までついている。この構造によって、左右のファンを外した場合には普通のアウターとして使える。さらに、対応するデュアルエアーパンツ(型番1074-200)も空調服デバイスの取り付けが可能で、同様にメッシュとフタ付き。裾ファスナーを取り外すとハーフパンツにもなる。
 
  つまり、この「1074シリーズ」で上下そろえれば、多機能ポケットに4つのファンを取り付けた“最強装備”となる。また、休憩時にはファンを外して普通の上着にしたり、裾を外してハーフパンツ化してくつろいだりもできる。なんつーか、サイボーグや変身ヒーローみたいだ。
 
  このような尖った商品があるかと思えば、「エアーベスト(型番1075)」のような比較的シンプルな空調服もある。形状こそオーソドックスだが、派手なプリント柄にはしっかりとした主張がある。
 
  「他社がやらない色使いや柄は、差別化だけでなく、売り場を活気づけたいという意図もあります。よくある無地の空調服では物足りない職人さんに加えて一般人のユーザーまで、寅壱らしさを出しつつ、しっかり訴求していきたいですね」
 
  原点回帰した寅壱に、これからも注目だ。
 
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機能性にとことん注力
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本社の寅壱ロゴ前で

    

ハイテク生地が温度を調節! オールシーズンずっと快適な「8830シリーズ」

寅壱らしいデザインに高機能をプラスしたデニム作業服。ストレッチの生地はウェア内の湿度や体感温度をコントロールするため、動きやすくいつでもサラサラな着心地。襟や袖口からちらりと見える迷彩も個性たっぷり。パンツはカーゴとトラスタイルの2タイプ。ともにニーパッド(別売り)の挿入可能。


定番感の中に光る寅壱らしさ! ユニフォームでもイケる「9334シリーズ」

360°ストレッチ生地を使ったライトな着心地の作業服。脇はメッシュ仕様なので真夏のムレ対策にもおすすめ。パンツも定番のカーゴに加えてジョガー、トラスタイル、ハーフと選択肢が多く、さまざまなコーディネイトが楽しめる。インパクト大の迷彩に加えて紺やカーキなど、制服に使えそうな定番カラーもうれしい。