【特集1】悪夢のクーデターimage_maidoya3
7月23日、史上初の無観客開催となった東京五輪の開会式で、ちょっとした異変があった--。コロナ禍におけるアスリートたちの葛藤や「江戸」を表現したパフォーマンスが終わってスタートした選手団の入場行進。ゲーム音楽のオーケストラバージョンに乗せ、207の国と地域の選手たちが、国名を記したプラカードとともに次々と国立競技場のグラウンドに登場する。50音順の入場は、21時過ぎにはマ行にさしかかり、マレーシア、南アフリカ、南スーダンとアナウンスが流れる。そしてNHKの実況が「ミャンマー」を読み上げた瞬間、カメラが不自然に行進からレンズをそらしたのだ。一瞬だけ映った「ミャンマー選手団」は旗手ひとりだった。異常を察知したカメラマンが咄嗟に機転を利かせ「祝祭」の雰囲気を壊さぬよう配慮したのかもしれないが、見ている側には、後ろめたい気分が残った。そう、ミャンマーは今年2月のクーデターにより軍事政権が復活したばかり。国軍は民主化の継続を求める市民を激しく弾圧し、武力行使で死者は800人を超えた。ミャンマーの人々は「平和の祭典」どころではないのである。ごぞんじの通り、同国は民主化の流れを受けて日系企業の進出が盛んになり、今や作業服の海外生産地としてもおなじみ。まいど屋としてもお世話になっているミャンマーの人々を放っておけない! というわけで、今回は渦中のミャンマーについてお伝えしよう。

特集1
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ヤンゴンの街並み
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内戦化を危惧する報道も
●5分でわかるミャンマー危機
 
  ミャンマーで何が起きているのか? ただ「軍のクーデター」と言われても、背景を知らないとその意味もわからないだろう。だから次のように「これまでの流れ」を3行でまとめてみた。
 
  ①ミャンマーは1962年以降ずっと軍政。政権を握る国軍が民主化勢力を弾圧していた
  ②2011年に民政移管。半世紀ぶりに議会が開かれ、国軍の指導下での「民主化」が始まった
  ③2015年の総選挙でNLD(国民民主連盟)が勝利しアウンサンスーチー政権が誕生した
 
  そして、2020年11月の総選挙では再び与党が圧勝。今年2月からアウンサンスーチー政権の2期目がスタートする--はずだったのに、軍がクーデターで政権を奪ってしまった。民主化の流れの加速とともに国はさらに発展する、明るい未来は目前だ、とミャンマー国民は思っていたわけで、メガトン級の“ちゃぶ台返し”である。しかも、国軍は与党NLDをはじめ軍事政権に反抗する人々を片っぱしから逮捕・拘束するわ抗議デモに発砲して市民を殺害するわで、もうめちゃくちゃである。要するに①の時代に戻ってしまったのだ。
 
  いったい国軍は何がしたいんだ? と誰もが思うだろう。自ら「民主化を進めたい」と選挙をしておき、国軍系の党が連敗したらいきなり武力で政権を奪ってしまう。将棋や囲碁で負けそうになった人が対戦相手に殴りかかるのに似ている(実際に見たことはないが)。軍の立場で言えば、国内世論や国際社会の圧力に負けて民政移管したものの思惑通りにならなかったから元に戻すことにした、といったところだろう。しかし、国民はたまったものではない。豊かな暮らしや経済成長が遠のいたことより、国家としての将来ビジョンが描けなくなったことが大きい。自由で活力のある東南アジアの中で、ミャンマーだけ時が止まったまま取り残されてしまうのだ。かつての半世紀に及んだ軍政期のように。
 
  今年5月に来日したサッカーのミャンマー代表、ピエリアンアウン選手は試合前に3本の指を立てて国軍クーデターに抗議した。彼は6月16日、関西空港の出国ロビーで帰国を拒否。チームメイトと別れて日本政府に難民申請した。彼はNHKの取材に対して「軍が私の実家まで調査にやってきた」とコメントしておりミャンマーに帰れば逮捕される可能性が高い。
 
  東京五輪では、7月25日に行われたバドミントン女子1次リーグにミャンマー代表、テッタートゥーザー選手が出場した。共同通信によると、試合後に《政治的な発言はできないと複雑な事情をうかがわせながらも「ビルマ(ミャンマー)初のバドミントン五輪代表となり誇りに思う」と述べ、応援する国民に感謝した》とのこと。「不当な政府から派遣された選手」という立場に置かれた苦悩をにじませた。
 
  クーデターから8月で半年になる。このまま誰も望まない軍事政権が復活してしまうのだろうか。それとも、市民と国際社会が支持する与党NLDが政権を取り戻すのか。先行きはまったく見通せない。
 
  ●国会でも非難決議
 
  国軍のクーデターに国際社会はどう反応したのか。
 
  民主化を支援してきたアメリカでは、ホワイトハウスのサキ報道官がクーデター直後に声明を発表。国軍に拘束されたアウンサンスーチー氏の解放を求め、「選挙結果の変更や民主化移行を妨害する試みに反対する」「これらの措置が取り消されなければ、責任者に対し行動を起こす」と明言した。
 
  国連のグテレス事務総長も「(アウンサンスーチー氏らの)拘束を強く非難する」とした上で、国軍への全権移管は「ミャンマーの民主的改革に深刻な打撃を与える」と指摘。国軍の指導部に対し、2020年11月の総選挙で示されたミャンマー国民の意思を尊重するように求めた。さらに6月18日の国連総会では「平和的なデモに対する暴力の停止」「拘束されている人々の解放」「ミャンマーへの武器流入の阻止」などを呼びかける決議案が119か国の賛成多数で採択されている。決議に拘束力はないものの、軍による市民への弾圧に多くの国が懸念を示した形だ。一方、中国やロシアをはじめ、ASEAN(東南アジア諸国連合)のタイやブルネイなど、圧力をかけることへ慎重姿勢を見せる36か国が棄権している。
 
  日本も基本的には同じ姿勢だ。国会では6月、ミャンマー国軍を非難し、民主的体制への早期回復を求める決議案を両院で可決。衆議院では《民主化への努力と期待を踏みにじるものであり、クーデターを引き起こした国軍による現体制の正当性は全く認められない》《(民間人への暴力行為について) 本院は、こうした状況を強く非難し、自らの自由と人権、民主主義を取り戻すために声を上げ行動を続けているミャンマー国民と共にある》と表明した。ただし、日本政府は経済制裁などの「圧力」には慎重だ。その理由としては「国軍の中国への接近を招きそうだから」とか「日本の政財界は国軍に影響力があるから」とか「これまで重ねてきた円借款が回収できなくなっては困るから」とか諸説あるが、とにかくハッキリしない。また、仮に経済制裁をかけたとしてどれだけ効果が見込めるのかといった疑問もある。「国軍は国際社会での孤立などなんとも思わない」「経済成長なしでも天然資源と米があれば充分やっていける」という見方もある。
 
  一方、ミャンマー人が日本政府をはじめ国際社会に求めているのは「NUG(国民統一政府)を正式な政府と認めること」だ。
 
  NUGとは国軍クーデターを受け、4月に発足した「臨時政府」。昨年の総選挙で選ばれたミャンマー連邦議会の議員や少数民族グループの代表が中心となっており、国軍に拘束されているアウンサンスーチー氏をはじめNLD幹部も含まれている。つまり「2月のクーデターがなかったら今ごろ国家の舵取りをしていたはずの政府」である。当然ながら国軍のロジックでは「違法団体」であり、表に出れば逮捕されるのでメンバーは国軍の目が届かない地域に潜伏している。
 
  日本が「ミャンマーの正式な政府はNUGであり、国軍ではない」と承認すれば、NUGは力を得て必ず政権を取り戻す--。NUGの代表は7月6日に行われたZOOMセッション(主催:日本ミャンマー友好協会)でこう明言した。
 
  ●「NUGを認めてほしい」
 
  同ZOOMセッションは前述の「国軍のクーデターを非難する国会決議」をテーマに開催。ミャンマーからはNUGのリーダーたち、日本からは国会決議の実現に尽力した衆議院議員の逢沢一郎氏、参議院議員の石橋通宏氏も参加し、統治の既成事実化を進める国軍にどう立ち向かうべきかを話し合った。
 
  クーデター前までコロナ対策の責任者を務めていたNUG連邦大臣(教育省・保健省)の医師・ゾーウェイショー氏は、国民の失望と危機感を次のように語る。
 
  「ミャンマーの明るい未来を目指していたから、政治家ではない私も政府で仕事をしていた。ところが、2月のクーデターで先行きが真っ暗になった。医者や学生、教師まで国軍に殺害され、多くが拘束された。私にも逮捕状が出ている。今は政府としての活動はできないので、3月ごろからは慈善行為として市民に医療を提供している。しかし、国軍はボランティアの医療行為まで妨害してくるので、オンラインや僻地での活動を続けていくつもりだ。コロナ対策に関しても、アウンサンスーチー政権は第1波・第2波を抑え込むことに成功したのに、国軍が第3波への対応に失敗したので、国内で感染が拡大している」
 
  同じくNUG連邦大臣(国際協力省)でネット世代に影響力を持つササ氏は、「ミャンマーの問題はミャンマー人が自ら解決しなければならない」としながらも、日本とミャンマーの友好関係を踏まえ、協力して国軍に対抗していくべきだと語った。
 
  「日本の国会が国軍クーデターに対して非難決議をしてくれたことに心からお礼を言いたい。ただ、ミャンマーの将来にとって日本は大事な国だからこそ、もうひとつ問題提起をさせてほしい。それは『日本政府はNUGを正式な政府として承認するべきではないか』ということ。NUGはミャンマー国民が国民のために作った政府であり、昨年の総選挙で勝利している。日本政府がNUGを支持することは民主主義を支持することであり『ミャンマー国民の気持ちに同意する』というメッセージとなる。これは国軍政権を倒すための大きな力になるだろう。つまり日本政府のNUG承認こそ、軍の圧政から市民を解放する近道だ」
 
  これを受けて、衆議院議員の逢沢一郎氏は次のように述べた。
 
  「国会の非難決議は『国軍統治には正当性がない』と断言したものであり、自由・人権・民主主義を重んじるミャンマー人と日本人はともにあるという表明だ。そしてミャンマー人を代表するのは選挙で選ばれた連邦議会の議員であって、与党NLDが中核となって少数民族の代表も加わっているNUGが正当な政府なのは当然だ」
 
  セッションはその後、ODAの停止や人道支援をめぐる議論に。いくら不当な政府による統治であってもミャンマー人の生活は続いていくわけで、圧政だからこそなお支援が必要になってくる。どんな悪い政府だろうと、市民生活に道路や学校などのインフラは必要だし、人々はメシを食って子供を育てていかねばならないのだ。どのように国軍の利益にならないように国民を助けるか。非常に難しい問題である。
 
  クーデター直後は抗議の職場放棄など、社会がまわらなくなった時期もあった。日系企業のビジネスについても「国軍の利益になるからダメだ」との意見もある。現地とのビジネスはこれからどうすればいいのか。
 
  ヤンゴンの協力工場に縫製を委託している作業服メーカー、バートルの大崎諭一社長は、クーデター後の混乱をこう振り返る。
 
  「びっくりした。いきなり電話がつながらなくなって、何があったの? って聞いたら『クーデターです』って。その後、工場の人も『民主化前に戻るのはイヤだ!』と抗議デモに行ったりしていたけど、ちゃんと8割くらいは稼働していた。でも、貿易がストップして製品が入ってこない。結局、6月中旬に予定していた夏物の最終入荷は8月半ばになってしまった(※まいど屋でもバートルの一部商品は8月末以降の発送になる見通し)」
 
  ビジネスに打撃があったのは間違いない。しかし、大崎氏が残念がるのは物流の遅れだけではない。
 
  「これから発展していくところだったのに! 本当に残念。7、8年前、初めてミャンマーに行ったときはボロボロのホテルしかなかった。そこから成長していくところを見てきたから……。今後、会社としては、リスク分散のためベトナムやバングラデシュの工場も含めて生産の割り振りを見直すことになるけれど、ヤンゴンの人々の雇用も守らなくてはいけない。とにかく今はウチの仕事に関わる人たちをはじめミャンマー市民の安全を願っている」
 
  ミャンマーの人々をどう支援するか。仕事を通じて、私たちができることも小さくはない。
 
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首謀者のミンアウンフライン
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zoomセッションでも軍に抗議