愛知県の豊橋市から長野県の諏訪地域へと向かうJR飯田線--。この路線は一部の鉄道ファンのあいだで「秘境駅の巣」と呼ばれている。秘境駅訪問家の牛山隆信氏による2022年度版「秘境駅ランキング」で、飯田線の駅はベスト10中になんと4つもランクイン。北海道の室蘭本線や宗谷本線を超える活躍ぶりを見せている。そんな人気(?)もあって、JR東海は2010年から、期間限定の急行「飯田線秘境駅号」の運行をスタート。このチケットは発売後すぐ売り切れとなることで有名だ。しかし--と編集長は思う。豊橋と諏訪である。どちらも交通の便がよくそこそこの規模のある街。その両地点をつなぐ路線が秘境駅だらけとは、感覚的になかなか理解できない。うーん、どうなんだろう、ほんまかいな、と。ならば飛び込んでみるしかないじゃないか。秘境駅の巣、飯田線に!
田本駅
雪の金野駅に降り立つ
日当たりのいい田本駅
●豊橋から始発で
午前5時40分の豊橋駅は、意外にも賑やかだった。さすがJR東海道線に新幹線、名鉄名古屋本線、そして今から乗るJR飯田線と4つの路線が乗り入れる交通の要衝である。すでに売店も開いており、スタッフのおばちゃんたちが品出しの作業に追われている。長旅に備えてホットコーヒーを買ってガラガラの列車に乗り込んだ。クロスシートの車内にはトイレもある。同じ秘境駅めぐりの列車でも手動ドアの大井川鉄道・井川線とは大違いだ。
普通列車、天竜峡行きは豊橋駅を6時に発車。この飯田線の始発列車に乗り込むために、昨夜は宿に着くや大急ぎで寝たのだった。そして5時過ぎ起床して着替えて荷作りし、逃げるようにホテルを出た。無料朝食も放棄したから、昨夜、コンビニで買っておいたおにぎりを車内で食べる。
と、走り出して1時間ほどであたり一面の雪景色となった。もう少し若ければテンションが上がるのだろうが、中年男の脳裏には「クソ寒そう」という言葉しか浮かばない。下車はまだまだ先だけれど、あらかじめバックパックから手袋とネックウォーマーを取り出しておく。きょうは寒さとの闘いになりそうだ。
飯田線はまず北西に向かい、天竜川とぶつかったあたりで左にカーブし北上していく。最初の目的地、金野駅は県境を越えた先の長野県飯田市である。川沿いに進むと聞けば、のどかな観光列車のようなものをイメージするかもしれないが、北に進む区間はトンネルだらけ。なんだか地下鉄に乗っているような気がしてくる。ときおり見える天竜川も雪がすごくて地形がよくわからない。とにかく人里からガッツリ離れていくことだけは確かだ。これが飯田線か、やべぇ……、と今さら戦慄を覚えた。
定刻通り、9時過ぎに金野駅に着いた。ここから豊橋方面に列車を乗り降りしつつ、いくつかの秘境駅をめぐるというのが今回のプランである。豊橋のみどりの窓口で買った乗車券は乗り放題きっぷではないので、乗れるのは豊橋方面行きの列車だけ。フリーきっぷなら、あえて天竜峡行きの列車に乗って駅での待ち時間を短縮するといった手が使えるが、今回はストイックに次の列車を待つしかない。
●雪の金野駅
金野はランキング6位の秘境駅である。このクラスになると、もちろん駅の周辺にはなにもない。ただ、集落に続く道路はあるから、徒歩やクルマでの来訪は可能だろう。が、歩きまわって調べようにも雪が深すぎる。スニーカーを雪で濡らすと余計に寒くなるので探索は諦めた。雪で見えない穴にハマったり天竜川に滑落したりすれば一巻の終わり。つまり、冬の秘境駅めぐりは足元も雪国装備で行く必要がある。恥ずかしながら、寒さの心配はしても雪のことはまったく考えていなかった。うわあああ、雪が靴底に固着してめっちゃ冷てぇ……。
とはいえ金野の滞在時間はわずか15分だった。天竜峡行きと豊橋行きとの間隔は短いのだ。これは金野を折返し地点に選んだからであって、次からはそんな都合のいい話は一切ない。金野で列車に乗り込むといきなり滑ってコケそうになった。靴底の雪を落とさないまま車内に入ると、こうなる。
15分ほど豊橋方面に向かう列車に揺られ、9時35分、田本駅で下車。コンクリートで固めた崖に言いわけ程度のホームがくっついた狭い駅だ。目の前にはコンクリがあるだけで不安に襲われたので、車掌に「ここ田本駅ですよね?」と確認する。「そうですよ」と答えると、車掌はバタンとドアを閉じ、豊橋方面へと消えていった。
言うまでもなくホームには自分だけ。そして、次の列車が来るのは13時10分。つまり「3時間35分待ち」である。東京-大阪間を移動できる以上の時間を、この崖の上でたったひとり過ごさねばならない。ちょっと信じがたいというか、脳がついていかない。現実を受け入れられない……。魔法瓶で淹れたコーヒーをゆっくり飲んで、ようやく覚悟を決めた。
きょうはこの駅で生活するのだ。
●イントゥ・ザ・ワイルド
待合室にバックパックを置きっぱなしにして、周辺の探索をスタート。金野と違って雪が少ないからじゅうぶん歩ける。ホームの端まで行ってコンクリの階段を上がると、山肌沿いの道が出てきた。もちろん舗装道ではない。じゃあ登山道かというとそうでもなく、けもの道と言ったほうがいいかもしれない。人がぎりぎりすれ違える程度の幅しかなく、残雪による滑落が心配だ。いっぽう斜面に張り付くのも落石ゴロゴロで非常にデンジャラス。こういう超マイナーな場所で怪我したりすると、何日も人が通りがからず救助が来ないといったリスクがある。ある意味で険しい山より危険なのだ。「駅前遭難」という言葉が脳裏に浮かぶ。
データによれば、この駅は尾盛駅のような「列車でしかたどり着けない駅」ではない。クルマを駐めてハイキングで到達したという記録がネット上にはちらほらある。どうやらこの道は集落へと続いているようだ。しかし、徐々に雪が深くなってなかなか進めない。天竜川を渡る吊り橋の上で、人間の足跡を発見した。その横には小動物の足跡が並行している。犬の散歩だ。駅の利用者はいなくても、このあたりには間違いなく人が住んでいる。
それにしても橋の上からの雪景色はなかなかのもので、水墨画の世界に入りこんだようだ。
天竜川の西側を行く道をたどると舗装道路に出たので、引き返してこんどは川の東側を探索する。先ほどと打って変わってこちらはかなり急な登り。道幅はどんどん狭くなるうえ地面はフローズン状態なので、滑るのが怖い。いっぽいっぽ足元を確かめながら登る。崖下に田本駅が見えた。ほんとうに、まったく、マジで、なんで、こんなところに駅を作ったのだろう?
汗をだらだら流しながら登り続ける。雪が行く手を阻む。滑落と落石を恐れながら、全神経を研ぎ澄まして進んでいく。お気楽な鉄道旅行のはずだった秘境駅めぐりは、いつの間にか「秘境探検」になっていた。
●駅の生活
このまま行けば集落に出ることが確実になったので、田本駅に引き返した。この探索に費やした時間は1時間。豊橋方面行きの列車が来るまで、あと2時間半もある。ここは崖に張り付いたような駅だけれど、そのぶん日当たりはよくて暖かく、天竜川のせせらぎと野鳥のさえずりが耳に心地よく響く。金野とは二駅しか離れていないのに、環境は大違いだ。
とりあえず日常生活を立て直すことにする。今日は5時起きで、そのまま必死で豊橋発の始発列車に乗りこんだので、自分の世話が何もできていないのだ。じつは編集長は毎日やることが決まっていて、盆や正月でも欠かさない。核戦争が勃発してもやり続けると決めている。
まずはラジオ体操。これは毎朝の習慣である。ユーチューブ動画をダウンロード保存していつでもスマホで再生できるようにしている。旅行中はだいたいホテルの部屋でやるが、うっかり忘れたときは公園を探してそこで済ませる。日本人なら誰でも知っている動作なので、ひとりでやっていても不審に思われる心配はない。もっとも、この田本駅なら全裸で暗黒舞踏をしていても通報されることはないだろう。
続いては筋トレだ。スクワット・腕立て・上体起こし・プランクなどを組み合わせた10分程度のメニューで、こちらも毎日、保存した動画を見ながらやっている。昨年末に行った東海道の徒歩旅行ではスクワットの腰がぜんぜん落とせなくなったものの、一日も欠かさず続けた。ずっと外出しているときなど、なかなか難しいときもあるけれど、平らな場所であれば外でも可能な運動である。
今回はキャンプ用の断熱マットを短くカットしたものを持参しているので、まったくストレスなくトレーングができた。日差しが気持ちいいので入念にストレッチもやる。これまでも遊園地のベンチや山頂の展望台、市役所のロビーなど、さまざまな場所で筋トレを敢行してきたが、駅のホームでやるのは初めてだった。今後の人生でもおそらくないだろう。秘境駅ならではの思い出である。
●秘境駅で昼食を
めでたくルーティンをこなしたのでメシにする。メニューはアルファ化米の五目ごはんと味噌汁だ。カップ麺などもっと簡単に作れるものもあるが、時間を持て余すこの状況では、調理に手間のかかるほうが望ましい。
非常時に備えてバーナーと鍋を持参している。どこか安全な場所でお湯を沸かそうと思ったものの、尾盛駅と違って崖なので、駅のホーム以外に平坦な場所がない。「駅前」にも平らな場所はないので、魔法瓶のお湯で作ることにした。まずごはんに熱湯を注いで封を閉じ15分待つ。その必要はないけれど、熱々を食べたいので保温シートで包んでおく。上級者になると休憩地点に着く直前にアルファ化米にお湯を注ぎ、懐に入れて温まりながら移動すると聞いたこともある。合理的ではあるが、万が一のお湯漏れを考えると試す気にはならない。
アルファ化米のでき上がりに合わせて、シェラカップでインスタント味噌汁を作る。こちらは家でいつも食べているものを持ってきた。栄養面だけを考えればべつにお吸い物などなくてもいいのだが、あるのとないのとでは「まともな食事をした」という心の充実度がまるで違う。ご飯だけでは、かきこんで終わりになりがちなのだ。また「カレーメシ」なんかは朝に食べると脂っこくて気持ち悪くなることがあるけれど、この「マジックライス」のシリーズは全体的に薄味で、食べるシーンを選ばない点も気に入っている。
待合室で優雅なランチタイムを過ごしていると、天竜峡行きの列車が通過していった。豊橋行きの列車が来るまでは、あと1時間以上ある。あまりにやることがないので、いつもはしない食後の歯磨きをする。ちなみに田本駅にはトイレも水道もない。あれば生活が豊かになるのに、という気もするものの、掃除やメンテナンスを考えればないほうがいいのだろう。
歯磨きを終えて食器やマットを片付け、荷物をまとめると完全にやることがなくなってしまった。待合室の裏に竹のホウキがあったので、掃除をする。といっても狭いからすぐ終わってしまった。
ホームに立ち尽くし、トンネル越しに天竜峡方面を見る。まだ列車の音は聞こえない。
午前5時40分の豊橋駅は、意外にも賑やかだった。さすがJR東海道線に新幹線、名鉄名古屋本線、そして今から乗るJR飯田線と4つの路線が乗り入れる交通の要衝である。すでに売店も開いており、スタッフのおばちゃんたちが品出しの作業に追われている。長旅に備えてホットコーヒーを買ってガラガラの列車に乗り込んだ。クロスシートの車内にはトイレもある。同じ秘境駅めぐりの列車でも手動ドアの大井川鉄道・井川線とは大違いだ。
普通列車、天竜峡行きは豊橋駅を6時に発車。この飯田線の始発列車に乗り込むために、昨夜は宿に着くや大急ぎで寝たのだった。そして5時過ぎ起床して着替えて荷作りし、逃げるようにホテルを出た。無料朝食も放棄したから、昨夜、コンビニで買っておいたおにぎりを車内で食べる。
と、走り出して1時間ほどであたり一面の雪景色となった。もう少し若ければテンションが上がるのだろうが、中年男の脳裏には「クソ寒そう」という言葉しか浮かばない。下車はまだまだ先だけれど、あらかじめバックパックから手袋とネックウォーマーを取り出しておく。きょうは寒さとの闘いになりそうだ。
飯田線はまず北西に向かい、天竜川とぶつかったあたりで左にカーブし北上していく。最初の目的地、金野駅は県境を越えた先の長野県飯田市である。川沿いに進むと聞けば、のどかな観光列車のようなものをイメージするかもしれないが、北に進む区間はトンネルだらけ。なんだか地下鉄に乗っているような気がしてくる。ときおり見える天竜川も雪がすごくて地形がよくわからない。とにかく人里からガッツリ離れていくことだけは確かだ。これが飯田線か、やべぇ……、と今さら戦慄を覚えた。
定刻通り、9時過ぎに金野駅に着いた。ここから豊橋方面に列車を乗り降りしつつ、いくつかの秘境駅をめぐるというのが今回のプランである。豊橋のみどりの窓口で買った乗車券は乗り放題きっぷではないので、乗れるのは豊橋方面行きの列車だけ。フリーきっぷなら、あえて天竜峡行きの列車に乗って駅での待ち時間を短縮するといった手が使えるが、今回はストイックに次の列車を待つしかない。
●雪の金野駅
金野はランキング6位の秘境駅である。このクラスになると、もちろん駅の周辺にはなにもない。ただ、集落に続く道路はあるから、徒歩やクルマでの来訪は可能だろう。が、歩きまわって調べようにも雪が深すぎる。スニーカーを雪で濡らすと余計に寒くなるので探索は諦めた。雪で見えない穴にハマったり天竜川に滑落したりすれば一巻の終わり。つまり、冬の秘境駅めぐりは足元も雪国装備で行く必要がある。恥ずかしながら、寒さの心配はしても雪のことはまったく考えていなかった。うわあああ、雪が靴底に固着してめっちゃ冷てぇ……。
とはいえ金野の滞在時間はわずか15分だった。天竜峡行きと豊橋行きとの間隔は短いのだ。これは金野を折返し地点に選んだからであって、次からはそんな都合のいい話は一切ない。金野で列車に乗り込むといきなり滑ってコケそうになった。靴底の雪を落とさないまま車内に入ると、こうなる。
15分ほど豊橋方面に向かう列車に揺られ、9時35分、田本駅で下車。コンクリートで固めた崖に言いわけ程度のホームがくっついた狭い駅だ。目の前にはコンクリがあるだけで不安に襲われたので、車掌に「ここ田本駅ですよね?」と確認する。「そうですよ」と答えると、車掌はバタンとドアを閉じ、豊橋方面へと消えていった。
言うまでもなくホームには自分だけ。そして、次の列車が来るのは13時10分。つまり「3時間35分待ち」である。東京-大阪間を移動できる以上の時間を、この崖の上でたったひとり過ごさねばならない。ちょっと信じがたいというか、脳がついていかない。現実を受け入れられない……。魔法瓶で淹れたコーヒーをゆっくり飲んで、ようやく覚悟を決めた。
きょうはこの駅で生活するのだ。
●イントゥ・ザ・ワイルド
待合室にバックパックを置きっぱなしにして、周辺の探索をスタート。金野と違って雪が少ないからじゅうぶん歩ける。ホームの端まで行ってコンクリの階段を上がると、山肌沿いの道が出てきた。もちろん舗装道ではない。じゃあ登山道かというとそうでもなく、けもの道と言ったほうがいいかもしれない。人がぎりぎりすれ違える程度の幅しかなく、残雪による滑落が心配だ。いっぽう斜面に張り付くのも落石ゴロゴロで非常にデンジャラス。こういう超マイナーな場所で怪我したりすると、何日も人が通りがからず救助が来ないといったリスクがある。ある意味で険しい山より危険なのだ。「駅前遭難」という言葉が脳裏に浮かぶ。
データによれば、この駅は尾盛駅のような「列車でしかたどり着けない駅」ではない。クルマを駐めてハイキングで到達したという記録がネット上にはちらほらある。どうやらこの道は集落へと続いているようだ。しかし、徐々に雪が深くなってなかなか進めない。天竜川を渡る吊り橋の上で、人間の足跡を発見した。その横には小動物の足跡が並行している。犬の散歩だ。駅の利用者はいなくても、このあたりには間違いなく人が住んでいる。
それにしても橋の上からの雪景色はなかなかのもので、水墨画の世界に入りこんだようだ。
天竜川の西側を行く道をたどると舗装道路に出たので、引き返してこんどは川の東側を探索する。先ほどと打って変わってこちらはかなり急な登り。道幅はどんどん狭くなるうえ地面はフローズン状態なので、滑るのが怖い。いっぽいっぽ足元を確かめながら登る。崖下に田本駅が見えた。ほんとうに、まったく、マジで、なんで、こんなところに駅を作ったのだろう?
汗をだらだら流しながら登り続ける。雪が行く手を阻む。滑落と落石を恐れながら、全神経を研ぎ澄まして進んでいく。お気楽な鉄道旅行のはずだった秘境駅めぐりは、いつの間にか「秘境探検」になっていた。
●駅の生活
このまま行けば集落に出ることが確実になったので、田本駅に引き返した。この探索に費やした時間は1時間。豊橋方面行きの列車が来るまで、あと2時間半もある。ここは崖に張り付いたような駅だけれど、そのぶん日当たりはよくて暖かく、天竜川のせせらぎと野鳥のさえずりが耳に心地よく響く。金野とは二駅しか離れていないのに、環境は大違いだ。
とりあえず日常生活を立て直すことにする。今日は5時起きで、そのまま必死で豊橋発の始発列車に乗りこんだので、自分の世話が何もできていないのだ。じつは編集長は毎日やることが決まっていて、盆や正月でも欠かさない。核戦争が勃発してもやり続けると決めている。
まずはラジオ体操。これは毎朝の習慣である。ユーチューブ動画をダウンロード保存していつでもスマホで再生できるようにしている。旅行中はだいたいホテルの部屋でやるが、うっかり忘れたときは公園を探してそこで済ませる。日本人なら誰でも知っている動作なので、ひとりでやっていても不審に思われる心配はない。もっとも、この田本駅なら全裸で暗黒舞踏をしていても通報されることはないだろう。
続いては筋トレだ。スクワット・腕立て・上体起こし・プランクなどを組み合わせた10分程度のメニューで、こちらも毎日、保存した動画を見ながらやっている。昨年末に行った東海道の徒歩旅行ではスクワットの腰がぜんぜん落とせなくなったものの、一日も欠かさず続けた。ずっと外出しているときなど、なかなか難しいときもあるけれど、平らな場所であれば外でも可能な運動である。
今回はキャンプ用の断熱マットを短くカットしたものを持参しているので、まったくストレスなくトレーングができた。日差しが気持ちいいので入念にストレッチもやる。これまでも遊園地のベンチや山頂の展望台、市役所のロビーなど、さまざまな場所で筋トレを敢行してきたが、駅のホームでやるのは初めてだった。今後の人生でもおそらくないだろう。秘境駅ならではの思い出である。
●秘境駅で昼食を
めでたくルーティンをこなしたのでメシにする。メニューはアルファ化米の五目ごはんと味噌汁だ。カップ麺などもっと簡単に作れるものもあるが、時間を持て余すこの状況では、調理に手間のかかるほうが望ましい。
非常時に備えてバーナーと鍋を持参している。どこか安全な場所でお湯を沸かそうと思ったものの、尾盛駅と違って崖なので、駅のホーム以外に平坦な場所がない。「駅前」にも平らな場所はないので、魔法瓶のお湯で作ることにした。まずごはんに熱湯を注いで封を閉じ15分待つ。その必要はないけれど、熱々を食べたいので保温シートで包んでおく。上級者になると休憩地点に着く直前にアルファ化米にお湯を注ぎ、懐に入れて温まりながら移動すると聞いたこともある。合理的ではあるが、万が一のお湯漏れを考えると試す気にはならない。
アルファ化米のでき上がりに合わせて、シェラカップでインスタント味噌汁を作る。こちらは家でいつも食べているものを持ってきた。栄養面だけを考えればべつにお吸い物などなくてもいいのだが、あるのとないのとでは「まともな食事をした」という心の充実度がまるで違う。ご飯だけでは、かきこんで終わりになりがちなのだ。また「カレーメシ」なんかは朝に食べると脂っこくて気持ち悪くなることがあるけれど、この「マジックライス」のシリーズは全体的に薄味で、食べるシーンを選ばない点も気に入っている。
待合室で優雅なランチタイムを過ごしていると、天竜峡行きの列車が通過していった。豊橋行きの列車が来るまでは、あと1時間以上ある。あまりにやることがないので、いつもはしない食後の歯磨きをする。ちなみに田本駅にはトイレも水道もない。あれば生活が豊かになるのに、という気もするものの、掃除やメンテナンスを考えればないほうがいいのだろう。
歯磨きを終えて食器やマットを片付け、荷物をまとめると完全にやることがなくなってしまった。待合室の裏に竹のホウキがあったので、掃除をする。といっても狭いからすぐ終わってしまった。
ホームに立ち尽くし、トンネル越しに天竜峡方面を見る。まだ列車の音は聞こえない。
橋からの景色はすばらしい
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集落へと続く「駅前通り」
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