働きながら旅しよう!image_maidoya3
暑い。今年は6月からとてつもない暑さだ。気温もヤバいが湿気もヒドイ。いまこうしてMacBookに向かっていても、手のひらがジトッとしてタッチパッドはぬるぬる。キーボードのトップは脂ぎって、よく使う母音のキーだけテカテカになっている。額から流れる海水のような汗が目に染みると思えば、背中は汗でびとびとでベルトまでズブ濡れのズボンは太ももからヒザにかけてべっちょりと絡みつき、パンツは蒸れた尻にピッタリ張り付いて、その内部は搗きたての餅のようにネトネト&グチョグチョの様相を呈しており、もう不快指数は限界突破! というわけなのだ。まだ7月前半。こんな状態で夏を乗り越えられるのだろうか? なんとかしなければ、なんとか対策を講じなければ身が持たない。少しでいい、この温度、この湿度から逃れる方法はないのか。電気代も値上がりしておりエアコンにばかり頼ってもいられない。なにか、なにか……。と、呻きながら顔を上げると、眼前の壁には子供が貼った日本地図があった。--そうか、北だ。北へ向かえばいいのだ!

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富山市内のバイト先まで歩いて行く
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スーパーにベンチがあれば食事可能
●思い立ったら金沢
 
  というわけで、編集長は北海道をめざして旅に出ることにした。しかし、“先立つもの”はない。カネがあれば何もこんな時期に旅なんかせずにエアコンの効いた部屋でゴロゴロしていればいいわけであって、カネがないからこそ大阪から本州を縦断して北へ向かうのである。一気に北海道へ飛べないのは残念だが、北へ向かってさえいればだんだん涼しくなってくるのは間違いない。その先には、ひんやり乾いた風の吹く北の大地が待っている--と、このような算段である。
 
  では、旅費はどうするのか。無いなら作るしかない。ここ大阪ではなく「旅の途中」で。そう、今回の旅行は「路銀を稼ぎながら移動する」というかつてない計画なのである。スマホのマッチングアプリで日雇いバイトや農家の手伝いなどをしつつ、そのカネで交通・宿泊・食事などの費用を賄っていくのだ。昔から「季節労働」や「リゾートバイト」といったものがあって、たとえば北海道の缶詰工場や奄美大島の旅館で数カ月、住み込みで働いて、休日に観光したりマリンレジャーを楽しんだり、といったスタイルはあった。しかし、これでは行動範囲が限られる上、拘束期間が長すぎる。
 
  貯金が目的ではないので、収支はトントンになればいい。いや、なればすごい。冒頭からなんだが、正直いって旅費をすべてカバーできる可能性は低いと思っている。時給900円で8時間働けば1日7200円になる。ネットカフェのナイトプランなどがあれば利用するつもりではあるけれど、それができないエリアも多いだろう。そうなると、宿代が2000円~5000円くらいで、食費が1000円~1500円で、電車代が……と、計算すれば破綻は明らかである。仮に3日ほど安宿に連泊してバイトすれば少しは貯金できるかもしれない。ただ、その間はまったく移動できないわけで、まったくゴールに近づけない。ただの地元を離れたネットカフェ難民である。
 
  特急に乗るカネはないので、移動は鈍行列車になる。すると、移動日はずっと電車に乗り続けて収入はゼロになるから、目的地に着いたら何はさておきまず仕事をする必要がある。そんなことが可能なのか、いやそれって観光はおろか、満足にメシを食うことすらできないのでは? まあいい、考えても仕方ない。と、編集長は35リットルのバックパックに生活用具を詰め込み始めた。これはひとつの実験であり、実験に失敗はつきものだ。もし成功すればすごい偉業……なのだろうか。まあいいや、とにかく行こう。
 
  そんなこんなでまったく無計画のまま、昼過ぎに大阪を発った。とにかく本州を北に行けば青森に着くはずで、そのまま向かいの海を渡れば北海道である。最初の目的地は金沢にした。べつに名古屋や長野でもいいのだけれど、何かと通る場所で北に向かう感じがしないので、とりあえず日本海側に出ることにしたのだ。都会の金沢ならネットカフェもあるし、富山・新潟と進んでいけば、宿探しに苦労することはないだろう。
 
  大阪から金沢までの切符は5170円。いきなり多額のマイナスになってしまったけれど、これは仕方ない。京都や福井でチンタラやっていたら永久に北海道にはたどり着けないわけで、今後も移動は刻まずにドーンと進むようにしたい。宿は駅前の「快活クラブ」にしようと思っていたものの、車中で「じゃらん」を見ていたらカプセルホテルの豪華版のような宿が1300円だったので迷わず予約した。怖いほど安い。駅から3kmほど離れているので、バスかシェアサイクルを使う必要がありそうだ。まあ、これくらいなら歩いてもいい。
 
  18時半に金沢到着。道中、マッチングアプリ「タイミー」で明日のバイトを探して申し込んだ。富山市内の物流倉庫の軽作業だ。本当は農家の手伝いとか、旅情を味わえるものがよかったのだが、そう都合よく見つかるものではない。それに短時間だから収入も低い。それでも何もしないよりマシだと考えた。「働きながら北をめざす」という生活リズムを自らに叩き込むためにも、まずはとにかく見知らぬ土地で労働してみよう。
 
  ●大雨を切り抜けろ
 
  6時起床。昨夜はセブンイレブンで買ったサンドイッチをつまみにビールを飲んでさっさと寝た。酒は余計な出費と思うかも知れないが、わずか数百円でハッピーな時間が過ごせると考えれば安いものだ。またゆっくり飲み食いしていれば、動かないぶん心身の疲れも癒せる。とにかく旅の高揚感で居酒屋なんかに入らなかった自分を褒めてやりたい。
 
  この旅日記は、金沢から富山に向かう高速バスの中で書いている。いまちょうど北陸高速道路に乗ってシートベルトを締めたところだ。外は大雨。雨の中、金沢駅に戻るのは嫌だな、と思ってルートを探していたら、宿の前の停留所から富山行きの高速バスが出ていることに気づいた。渡りに船とはこのことだ。
 
  10時まで宿のベッドで(というかベッドしかないキャビン形式なんだけど)休憩しつつ、エクセルで「金銭出納表」を作った。普通の旅なら「旅費計算表」なのだろうけれど、この旅は「出金」だけでなく「入金」がある……あると思う。きっとあるはずだ。移動中や宿でちょこちょこ書き込んで正確なデータを残したいと思っている。なんて真面目な旅人なのだろうか。
 
  今朝の朝食は、マクドナルドで200円のセットにした。べつにそこまで倹約しなくてもいい、体を壊しては元も子もないと考えているものの、こうも出金ばかり続くと(2日目にしてすでに7000円以上の“負債”がある)どうしても節約志向になる。あと、久しぶりなので食べたかった。現在、世間では電気やガス、食品などが値上がりする「物価高」が取り沙汰されているのに、朝マックはあいかわらず200円からである。こんなのがいつまで続けられるのだろうか、と考えつつ今日以降のプランを練った。
 
  まず何がなんでも16時には富山市内の物流倉庫に到着する必要がある。タイミーでは直前キャンセルにはペナルティがあり、無断欠勤は「永久追放」である。まあこれは大事を取って午前中のうちに富山入りすることにしたから大丈夫だろう。終了は19時なので、そこから電車で30分ほどの新魚津駅前にある快活クラブを電話で予約した。ナイト8時間パックで1850円である。シャワーは使えるが、寝て起きて6時に出ていく以外のことは何もできないだろう。ああ、想像しただけで気が滅入る!
 
  しかし、昨年末におこなった東海道の徒歩旅行と違って、ちゃんと「仕事ができる時間」が確保されているのはありがたい。あの企画も、当初は「原稿を書きながら旅を進めよう」と目論んでいたものの、その計画は秒速で破綻したのだった。1日10時間ほど歩き続けて宿にたどり着き「本日のルート」の記録を残すと、もう指先ひとつ動かす力は残っていないのだった。それに対して、今回の旅はまとまった移動時間があれば原稿を書くことができる。昨日も金沢までのJRの車中でほとんどの旅日記を完成させてしまったし、今日はこの富山行きのバスで、えーと、もう1164文字も書いている。スゲー! 家や喫茶店での原稿執筆では調子がいいときで1時間800字なのに、30分ちょっとで1000字以上も書いちゃったよ。どうやら、旅すると頭の回転数が上がるようだ。全国のライターたちよ、困ったときは旅に出ろ! と言っておこう。
 
  バスは高速道路を進む。豪雨をもたらした雲を抜け、曇天の富山県に入ろうとしている。あと30分ほどで富山駅前だ。物流倉庫は最寄り駅から徒歩30分もあるので、なんとか降らないでほしい。ちなみに、今回の旅の服装はあらゆる労働に従事できるように、安全靴、上下作業着、空調服と完全ワーキング仕様となっている。これで飲食店での接客とかじゃなければなんでもできるはず。同じことがしてみたい人は雨具や軍手、印鑑も忘れずにね♪ おっ、もう1500字のノルマ達成だ。
 
  ●直江津に天国あり
 
  いま、この旅日記は新潟県上越市の直江津駅から歩いて15分ほどの温泉施設で書いている。おい、労働はどうしたんだ? と言われそうなので言い訳させてもらうと、無理なのだ。出発してからずっとこの7/16(土)に農作業か何かをブッキングしようとしていたのだけれど、できなかった。まず、意外とこの地域には日雇いの求人がないのである。また「枝豆の選別」「葉タバコわき芽取り」といったバイトは朝が早いので、どんなに早起きしても間に合わない。また現場も「駅から5分」なんてことはありえないわけで、歩いてたどり着ける範囲で探せることはほとんどないのが現状。さらに言うと、この手の自然を相手にする仕事は想像以上に人気らしく、地元民の応募ですぐ埋まってしまうのだ。
 
  そんなわけで仕事にあぶれたので、今日は潔くのんびりすることにする。1日目の宿はまだマシだったが、2日目の昨日、仕事を終えて向かった快活クラブが仮眠室レベルだったので、じわじわ疲れがたまっている。
 
  昨日は大手物流会社の配送センターで仕分け作業をした。3時間で作業自体は楽だったものの、待ち時間が多くなかなかストレスがたまる現場だった。集荷したトラックがセンターに入ってくると、みんなで段ボール箱を抱えてエリア別のコーナーにそろえていく。この作業はそこそこ楽しいのだけれど、トラックがこないと腕を組んでひたすら前の道をチラチラ見るだけになる。このとき、ほかの作業員と会話するわけでもなく、またしゃべる理由もないので黙っているわけだが、この時間がひじょうに気疲れする。
 
  しかし発見もあった。なんと富山では空調服が普及していないのである。いや、おそらく物流の現場だからであって建設や土木の人は使っているのだろうけれど、この倉庫では誰も使っていなかった。「それ涼しいの?」と聞いてきたり、珍しがって服をツンツンしてきたりする人もいた。大阪では空調服にこんなウブな反応をしてくれる人はもういまい。しかし軽作業とはいっても、20~30kgぐらいの荷物はザラにあって建屋には冷房もない。けっこうハードな肉体労働だ。昨日はそれほど気温が上がらなかったが、猛暑日には絶対に空調服を着たほうがいい仕事だと思う。3時間で3500円を稼いで、電車で魚津に行って快活クラブのナイト8時間パックで寝た。夕食はスーパーの半額惣菜とパン、それにビールだ。
 
  異変に気づいたのは今朝、魚津から直江津に向かう電車の中だった。今日は仕事もないし新潟まで行ってしまおう、と現地のホテルを検索したら5件しか出てこない。しかもエアラインや電鉄系の高級ホテルばかり。あれ、おかしいな、新潟ってあんなに格安ホテルあったのに……と、いろいろ試しているうちに気づいた。世間は今日から3連休だ。みんな「県民割」とか何かを使って新潟の宿をとっているのだ!
 
  このまま新潟に行くと無宿人になってしまう、と気付いた結果、新潟市と富山市の中間地点の直江津で泊まることになった。上杉謙信ゆかりの地ということもあって少しは観光しようと思ったものの、疲れていたのでとりあえず市営の温泉施設で休むことに。午前中から風呂に入って冷房の効いた2階の大広間でゴロゴロする。エクセルの金銭出納帳に昨日の入出金を書き込んで、観光パンフレットに目を通し、明日からの戦略を考える。合間に自由に使えるコンロでお湯を沸かしてお茶を入れ、前のスーパーで買ったシーフードヌードルを食べる。最高のひとときである。
 
  冷静に考えれば、もう無銭旅行の計画は破綻寸前だ。きのう得たばかりの収入3500円でさえ、快活クラブに2000円、魚津から直江津の運賃2000円を支払った結果、消し飛んでしまった。今日、そしておそらく明日も働けないのだから、収支は悪化する一方である。しかし、ここ直江津で新たな光も見えてきた。この入浴施設の料金は360円で、朝9時から夕方18時まで休憩室で快適に過ごせる。そして周辺には、快活クラブや格安ホテルがあり、平日なら2000円から4000円で宿泊可能。ということは、宿に泊まってチェックアウト後、またここに来て宿のチェックイン時間までゆっくりしていれば、ほとんどカネを使わず直江津の滞在を続けられるのだ。共産主義革命に匹敵するインパクトである。
 
  北海道はまだ遠く、新潟にすら届いていないのに、理想郷を見つけてしまったのかもしれない--。天国のような公共施設で喜びに浸る編集長の脳裏に、ある声がこだました。それって……旅なのか?
 
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ネットカフェでプチ宴会
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直江津で発見した最強の日帰り温泉