北の大地へimage_maidoya3
丸一日ピッキングの仕事をした後は、そのまま三条市のホテルに宿泊し、久々のゆったりした朝を迎えた。カネが入ったのはうれしいけれど、ほとんど北上できていない事実に苛立ちも感じる。さらに恐ろしいことに、この先、新潟を過ぎた東北で仕事にありつける可能性は限りなく低く(そもそも求人がなさそう)、駅前のネットカフェといった避難所もなさそうなのだ。家から持ってきた補給食のビスケットをかじって空腹を誤魔化しながら、コンビニではイートインスペースがないかチェックし(あればカップ麺が食える)、スーパーでは血眼で格安弁当や半額シールを探し続けるこんな悲惨な状況で、東北に分け入っていくなんてとんでもないのではないか、という気もする。収入の見込みがなければ出費を減らすしかないわけだが、日程が増えればまちがいなく出費は増えていく。つまり、最大の節約法はこの企画を早く終わらせることなのだ。自分で自分を零落させるこの変態行為を、誰か止めてくれ!

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バナナで空腹をしのぎつつ18きっぷ大移動
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硫黄漬けになれる「さんない温泉」
●疲弊・耐乏・自暴自棄
 
  現在7時45分、JR羽越本線・新発田発酒田行きの電車で北へ向かっている。ちょうど新潟県を脱出して山形県に入ったあたりで、進行方向の左側には日本海が見える。ここしばらく梅雨の終わりのような雨が続いているせいか、海は茶色く濁っている。村上で学生たちが降りて、ガラガラのワンマン運行になった車内はひじょうに快適だ。
 
  しかし正直、疲れた。生活リズムの乱れと寝不足、栄養バランスの悪い食事、収入がなくて何もできないストレスで心身ともに参っている。今朝は「ボトルに給水してから宿を出る」という旅人の基本ですら頭から飛んでしまった。それでも旅日記だけは歯を食いしばって書かねばならない。
 
  昨日は悪夢のような一日だった。まず2駅先にある200円の市民プールで夕方まで過ごそうと考えて北三条駅前の公民館をスタート。で、強い雨のなか北三条の駅に着いたら、なんと電車が2時間待ちだった。駅前にある郷土史博物館をのぞいていなかったら(休館だった)、2分前に発車した電車に乗れていたわけで、開いた口が塞がらない。それにしてもこんなに本数が少ないとは……。“田舎感”がなかったので、完全に油断していた。
 
  バスも何もないので歩く。大雨なので靴をレジ袋に入れてサンダルでちんたら行くしかなく、これが進まない。1時間で音を上げ、スーパーの軒先で食事しながら経路を調べ直すと、燕市のコミュニティバスがあるのを発見した。急ぎ足でバス停にたどりつくと、すでにバスは終了。グーグルマップの経路案内で出てきた時刻表は旧バージョンだったようだ。しかたないので、さっき2時間待ちだからやめた電車で行こうと思って、燕三条駅の待合室で時間を潰すことにした。その間、プール施設について疑問が出てきたので電話をかけたものの、誰も出ない。コール音はしばらくしてFAXの「ピーヒョロロロ」に切り替わった。こ、これはッ!
 
  そう、休館日である。グーグルマップは「営業中」と自信満々で表示しているので、毛の先ほども疑わなかった。三連休のアオリで通常パターン外の休館日が発生しているのだ。これが「営業日は変わっている可能性があります。お確かめください」とか表示されていたら、絶対に出発前に電話で確認していたんだけど。旅人はグーグルマップを盲信してはいけない。
 
  というわけで、旅の貴重な一日が「200円の市民プール」という幻影に振り回されて終わりつつあった。しかし、400円の弁当(高いけれど選択の余地がなかった)を買って食べた以外にカネは使っておらず、金銭的ダメージは少ない。訪れる予定のなかった燕三条駅は上越新幹線の駅だから、快適な待合所があちこちにある。次の電車で新潟に行くと、また時間調整のために余計なカネがかかるので、燕三条の駅でパソコン作業や荷物の整理をすることに決めた。
 
  スマホを見ていると新潟でスイカの箱詰めの求人(日給8000円)が出たので即座に申し込む。「応募あり次第、成立」とあるので、マッチング成立間違いなし。ワクワクしながら農家からの連絡を待っていると、3時間ほどで「キャンセル」の通知が来た。雨のせいだろうか、それとも応募に出遅れた? とにかく徒労感がハンパない。心底バカバカしい。必死で求人をチェックして時間や経路を調べ、申し込みしてメッセージを待つ時間に報酬はないわけで……。とにかく農家の手伝いの仕事は水物すぎる。
 
  酒! 飲まずにはいられないッ! という名台詞がぴったりの心境だ。作業を18時で切り上げると、駅前のイオンに行って半額シールの付いた惣菜と激安ビール「バーリアル」を3本買うと、ものすごい勢いで待合室に戻り、ものすごい勢いで呑み始める。宿は新潟より少し手前の寺尾駅前にある快活クラブの8時間パックに決めた。入店したら即座にシャワーを浴びて寝られるようにしておかねばならない。そして4時30分起床で始発電車に乗り込み新潟をおさらばだッ! --と、このような流れで、現在に至っている。こりゃ疲れるわけだ。
 
  ●ハードコア硫黄泉
 
  いきなりだが、いま新青森の駅にいる。昨日あれからJRの在来線を乗り継ぎ、12時間かけて一気に山形・秋田を突っ切り、青函海峡を望む港町、青森に来たのだ。宿のネットカフェ(4回目の快活クラブ)を早朝5時に出発し、イートインスペースのあるコンビニを求めてさまよい歩き、雨に降られてけっきょく駅にたどり着いた。なぜ駅の周辺にはホームレスがいるのか、極限まで切り詰めた旅をしてみるとよくわかる。
 
  在来線では節約のために「青春18きっぷ」を使った。これは期間限定でJRの在来線が1日乗り放題になるというもの。7/20からこのきっぷが使用可能になるということは頭にあったが、まさか使うことになるとは思いもしなかった。そもそも金沢から直江津までは、旧・JR路線の現・第三セクター運営区間なので18きっぷは使えないし、それ以前に6日もあればさすがに秋田や青森には入っているだろう、いや、さすがに東北入りしてるでしょ? となんとなく思っていたのだ。現実は6日目の終了時点でようやく新潟市。このきっぷがなければ移動コストは数倍になっていたわけで、やはり貧乏旅行に乗り放題きっぷはマストである。5回つづり(5人分あるいは5日分)となっているので、5分の1の2410円を交通費として計上することにする。
 
  昨日はグーグルマップの偽情報に振り回された6日目の傷心を癒やすべく、青森についてすぐ温泉に向かった。快活クラブはホテルと違って「夕方にチェックインしてあとはのんびり」というわけにはいかない(これをやるとものすごく高くつく)。一番オトクなのは2000円以下の「ナイト8時間パック」で、夜明け前に路上に放り出されるのを避けようとすれば、必然的に入店は9時か10時頃となる。それまで時間を潰さなければならない。そこで格安の日帰り温泉といった話になるわけだ。なお、8時間はシャワーや身支度を考えるとギリギリだけれど、寝過ごすと自動的に9時間の通常料金になってしまうので、死にものぐるいで起床することになる。
 
  さて、目的地は三内丸山遺跡のとなりにある「さんない温泉」である。青森には「酸ヶ湯温泉」という湯治で有名なところがあって「一度は行ってみたいなぁ」と数年前から思っていた。今回の旅でも寄り道できないか検索してみたものの、予算と時間の都合で断念。ならばせめて青森でしか味わえない温泉を、といろいろ探した結果、ここが浮上した。駅から徒歩20分は東北にしては近い。
 
  施設からすでに硫黄の匂いがする。400円の券を買い、おばちゃんに荷物を預けて服を脱ぎ(鍵付きのロッカーはない)、浴室のドアを開けると、ありえない光景が広がっていた。浴室の壁から床、天井まで温泉の成分が鍾乳洞のように結晶化しているのだ。湯船は緑っぽい乳白色で、3cmも手を入れると見えなくなるほどの濃度。温度も高く塩分バリバリで傷口にしみる。浴槽の底はジャリジャリに固まったミネラル粒子が積もっていて、まるで砂浜を歩いているようだ。そして何よりヤバいのは浴室の床で、まだ固まっていない温泉成分のせいでめちゃくちゃ滑る。どれだけ気をつけていても絶対に滑る。摩擦係数は完全にゼロ。それも地元のおっさんたちがオットセイのように寝そべるもんだから、その間を慎重に通り抜けようとするとほぼ確実に滑って、全裸のおっさんの上に覆いかぶさりそうになる。いろんな意味で危険だ。
 
  このユーラシアプレートをまるごと煮込んだような強烈な温泉に、どういうわけか常連客はずっと浸かっている。こちらは5分も持たないので、すぐ寝そべって休息する。と、自分の心臓がバクバクと脈打つ音が聞こえる。湯あたりというヤツだろうか、温泉に短時間入るだけでこんなことになるなんて不思議だ。いったん寝てしまったら起き上がれない。が、ときどき天井からものすごくしょっぱい温泉の成分が落ちてきて目や口に入ってきて、気付け薬のように意識を取り戻させてくれるのだった。
 
  そんなわけで、一夜明けた今も体が硫黄臭い。この温泉に出会えたのは今回の旅の最大の収穫と言っていいだろう。みなさんも青森市を訪れたときは、必ず「さんない温泉」へ!
 
  ●令和の「青函連絡船」
 
  昨日は新青森の駅で旅日記を書いてから、JRで青森駅に行き、青函連絡船メモリアルシップ「八甲田丸」の見学をした。入館料は510円。今回の旅で初めてとなる観光施設への出費である。本州から北海道へ向かう旅の締めくくりとして、これだけはカネを払ってでも見ておきたかった。
 
  青函連絡船とは、国鉄時代に青森と函館を結んでいた定期航路のこと。1988年に青函トンネルが開通するまで、青森駅についた旅客はこの船に乗り換えて函館に渡っていた。船内には引き込み線が敷かれており、貨物を積んだ鉄道車両はそのまま乗り入れして海を渡り、また函館駅でレールに乗れるようになっていたのである。この効率的で美しい輸送システム、教養と人徳を兼ね備えた本誌の読者なら、きっと心躍るものがあるのではないか。船内では、行商人でにぎわうかつての青森の港の様子や旅客や船員・鉄道員たちの姿が再現されていて、編集長は胸がときめきまくりだった。一度くらい乗ってみたかったなぁ。
 
  見学の後は近くの物産館でデスクワークをして、バスで青函フェリーターミナルへ向かう。現在、青森から北海道に渡るには新幹線で青函トンネルを通るか(在来線なし)、フェリーを使うかしかない。新幹線だと面白くもなんともないので、いちばん安価な青函フェリーにした。運賃は割引クーポン使用で2200円。この航路はトラック輸送の利用がほとんどらしく、ターミナルにはドライバーの姿が目立つ。モータリゼーションに対応した現代の青函連絡船といったところだろうか。
 
  定刻の14時35分に出港。船内はカーペットの共同船室にソファーもある。シャワーも使えるしカップ麺の自販機もあるから、忙しいドライバーにとってはありがたい船だ。それにしても、青森から函館まで4時間もかかるとは意外だった。東北や北海道は関西や瀬戸内とはスケールが違う。あれが北海道かな、と思ったら下北半島だった。陸奥湾を出るだけでも2時間以上かかるのである。海の上は通信が不安定なので文庫本を読んでウトウトしているうちに港に到着。下船して函館駅行きの連絡バスに乗って、19時過ぎ、ついに函館の街を目にした。
 
  出発から7日目にして、ついにゴールの北海道に降り立った。やはり北海道は涼しい、というか青森くらいからずっと肌寒いくらいだった。それは北国だからではなく、おそらく天気が悪くて日照がないからだろう。今回の旅はほとんどが雨で、傘を一度も取り出さない日はなかった。観測史上もっとも早い梅雨明けからこんな空模様が続くんだから2022年の夏はわけがわからない。
 
  なお、昨日の7/21は東京都の新型コロナウイルスの新規感染者が過去最多とかなんとかで、世の中は大騒ぎになっている。3年目のパンデミックのなかロシアが核ミサイルで脅しながら征服戦争を仕掛けて、国内では平成令和の大宰相が暗殺されるといっためちゃくちゃな世相にもかかわらず、こういう暢気な旅をしていられる幸福に心から感謝したい。
 
     ☆
 
  さて、最後に「無銭旅行」について総括しておこう。結論から言うと不可能だ。旅の収支は、函館のフェリーターミナル到着時点で、36,537円の赤字に終わった。7日間の旅費としてはよく抑えたと思うけれど。
 
  まず宿泊費と交通費がデカすぎた。収支トントンにするのは仮に2000円以下のネットカフェに泊まって、食費を1日600円程度までカットしたとしても無理だと思う。このレベルまでいくと体力は低下する一方で、遭難は時間の問題だろう。じつは新潟でのピッキング作業中、低血糖でフラフラになってしまった。過度な節約は危険だ。また、野宿は体力を大きく失い、それをまかなうためのカネがいるようになる。トラブル発生による予想外の出費も増えるだろうし。
 
  交通費は「青春18きっぷ」やバイク旅にすれば抑えられる。原付二種やスーパーカブのキャンプ旅にすればいい、と思うかもしれないけれど、キャンプ場は意外とカネがかかるし、充分な休息が取れないまま運転するのはリスキーだ。やはり、追い詰められた編集長がすがったように「18きっぷ」に頼るしかないだろう。雨が降ったら移動日、晴れたら観光日と計画を立てずに放浪するのがいい。
 
  続いて収入について。現時点ではスマホによる旅先での日雇い労働は課題が多い。前日に仕事を決めて、翌朝、働きに行ってまたどこかに泊まる、といった「仕事と移動の両立」が成功したのは2回しかなかった。基本的にマッチングサービスは「少ない求人に多数の応募者」という構図になっており、地方に行けば行くほどこの傾向がひどくなる。さらに、農家の手伝いはそもそも人気があるのに加えて、「××市在住者限定」などの条件が付くケースも多い。その上、天候や作業の進捗による「先方からのキャンセル」が頻発するので、まったく当てにならない。こういった「農」のマッチングは時間を持て余す地元民のためのレクリエーションと捉えたほうがいいだろう。
 
  さらに言えば、地方は最低賃金が低いので、残念ながら旅先で働くのは徒労でしかない。たとえば、物流拠点での九時五時のピッキング作業の報酬は新潟では6600円だったのに対し、編集長の住む大阪だと8000円近くになる。これは最低時給に130円以上の差があるからで、3時間働けば1食くらいまかなえる。つまり、身も蓋もないことを言うけれど、本当に「無銭旅行」がしたければ、大阪や東京で10日くらいバイトしてからスタートするのが一番いい。1日1万円の予算があれば、格安ビジネスホテルに泊まって朝ものんびりできる。なお、最低賃金が最も高いのは東京都と神奈川県なので、もし旅先で働きたいのなら、東京都の離島や鎌倉などがいいかもしれない。
 
  もう一度、言っておく「旅には金がいる」。カネがないと観光はもちろん地域住民やほかの旅人との交流もできず、ただの惨めな流民と化す--。以上、無銭旅行ならぬ貧乏旅行のレポートでした。
 
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最後の青函連絡船「八甲田丸」
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ついに北海道の大地が見えた