新潟という底無し沼image_maidoya3
大阪をスタートし、金沢・富山を経て、ついに新潟県入りすることができた。しかし、3連休&県民割の人出に翻弄されて仕事にありつけなかった結果、当面の目的地である新潟市には近づくことすらできない。足止めされた直江津で190円の激安弁当を2食に分けて食べ、360円の風呂施設でゴロゴロするうちに時間だけが過ぎ去っていく。当初に抱いていた「働けないときは移動する。働けるときは留まって遊ぶ」との目論見は、いつの間にか「働けない・移動できない・遊べない」という三重苦に変わっていた。スーパーとネットカフェ、そして風呂を結ぶ長くて死ぬほどつまらない道を歩く足取りは、もはや数日前のそれとは別物である。おかしい、こんなはずじゃなかった、まさかこんなことになるとは……。どこに行って何をするか、なんてことを考える余裕はもはやない。頭にあるのは今夜の宿とそれまで過ごす場所、それに半額シールを貼った弁当や惣菜の入手法だけだ。

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春日山は上杉謙信の居城
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「義の塩」ならぬ「義の土」を運ぶ
●謙信公に会いに行く
 
  旅に出て4日目、昨夜はネットカフェではなくまともな宿に泊まった。といっても風呂トイレ共同の安宿だけど。疲れがたまっていたのか、部屋でテレビを見ているうちに気絶するように寝てしまった。昨夜にスーパーで買った198円の弁当の残りを食べて出発する。ちなみにこの弁当、売り場で見たときは何かの冗談かと思ったけれど、意外とおいしかった。昨日の温泉施設といい、つくづく直江津は金のかからない場所だ。
 
  今日も仕事がないので、昨日に続いて「市民いこいの家」の大広間でこの日記を書いている。え? また風呂に入ってゴロゴロしてるのかよって? 違うね! 今日は朝から立派に働いたのだ。
 
  順を追って説明しよう。そもそも今日は移動せず直江津で過ごす必要があった。明日の仕事が北にある三条市の近くで決まり、迂闊に動けなくなったからだ。9時に宿を出発したときは、市営のプールに行こうと思った。屋外プールと温水レジャープールで600円は破格だ。こんなこともあろうかと水着は持ってきている。毎日かなりの距離を歩いているものの、やはり全身運動といえばスイミングだと思ったのだ。それにリフレッシュにもなる。しかし、しばらく歩いているうちに考えが変わった。やっぱり観光がしたい!
 
  じつはここ直江津には上杉謙信の居城、「春日山城」の跡がある。荷物が荷物なので山城に登るのはやめておこうと思っていたのだけれど、そのふもとにある「埋蔵文化財センター」が無料見学できることをネットで知って、がぜん興味が出てきた。プールの前に歴史を学ぶのも悪くない。
 
  徒歩30分で到着。ちょうどよく上杉謙信の特別展が開かれていた。謙信の次の当主、上杉景勝のコスプレをしたスタッフが出迎えてくれたのもあってテンションが上がり、カプセルトイの武将バッジ(200円)を衝動ガチャしてしまった。上杉謙信のバッジお願いします! と言いながらガチャガチャを回すと、足軽組頭「十吾郎」が出てきて泣きそうになる。
 
  ロッカーに入らないので事務所でバックパックを預かってもらう。と、職員の人が「もう登った? これから?」と聞いてきた。
 
  「いや、登らないです。暑いし」
  「え? 登らないの? せっかくここまで来たのに」
  「うーん、(登った先にある)謙信公の像は見たいんですけどね、どれくらいかかるんですか?」
  「歩いて15分くらいかな」
  「え、そんなレベルなんすか! ……じゃあ荷物ここに置いていっても?」
  「いいよ、行っといで!」
 
  春日山に登るついでに「義の土」運動に参加することにした。長年の風雨による土砂流出から春日山城を守るため、頂上まで修復に使う土を運ぶボランティアである。謙信公の銅像(ここまではクルマでも行ける)から、さらに先に進んだ三の丸の指定場所に行ってショベルで土を袋詰めしていると、ハイカーのおっさんに出会った。
 
  「それ(空調服のこと)涼しい?」
  「まあ、着てるとバテない感じです」
  「うち建設系の会社なんだけど、職人みんなそれ着てるよ」
  「命に関わりますからね」
  「あっ、土はそれくらいにしとかないと重いよ!」
 
  建設会社という言葉が出たとき「働かせてください!」と喉まで出かかったけれど、ギリギリのところで堪えた。常識を覆すチャレンジングな旅をしていると、社会常識まで失いそうになる。
 
  おっさんが教えてくれた道は快適なハイキングルートだった。水場もあって、この水がまた冷たくておいしい。顔を洗って歯も磨いてリフレッシュ。そして、さらに登っていくと目的地の本丸に着いた。土を指定場所に積んで(予想より重かった)、ふと見回すと、直江津の海から平野全体を見下ろせる絶景が広がっていた。軍神・上杉謙信が見たものと同じ景色である。
 
  こうして“謙信公詣で”は終了。プールはヤメにした。スーパーで買物してから風呂に入り、お湯を沸かして大広間でカップヌードルを食べる。上杉謙信の愛した直江津は、旅人にとってもすばらしい街だった。
 
  ●アスパラの悲劇!
 
  いま朝7時ちょうど。長岡方面行き電車の中でこの旅日記を書いている。車中には部活動の学生がちらほら。進行方向の右手に穏やかな日本海が見えて気持ちいいものの、少し寝不足だ。春日山の近くにある快活クラブから30分も歩いたので、疲れてアイスコーヒーを買ってしまった。今日はまちがいなく暑くなる。
 
  ついに直江津を脱出した。今日はこれから長岡経由で三条市方面に向かって、途中の帯織駅で降りる。そこから徒歩20分ほどの物流センターでバイトだ。就労時間は9時から17時までのフルタイムで報酬は6600円。パソコンを開いている時間はなさそうなので今のうちにたくさん書いておこう。
 
  現在の収支はだいたい2万円の赤字である。ぜんぜん無銭旅行になっていないわけだが、これは遊んだり飲み食いしたりしたせいではない。たしかに風呂に行ったりビールを飲んだりしているけれど、その金額は微々たるもの。出費の大半は交通費と宿賃であって、どこの誰が挑戦しても収支をプラスにすることは不可能だ。たとえ野宿やヒッチハイクをしても黒字にはなるまい。眠れなければ働けなくなるし、おしゃべりしていてはスマホで仕事が探せないからだ。
 
  「カネを使わずに過ごす一日」の例を挙げれば、昨日の直江津である。労働も移動もなく、なんでも安かったので滞在が可能だった。出費は宿(ネットカフェ)が2000円に、風呂360円、あとは食費が1000円程度。3500円以下で衣食住をまかなった。ただ、こんな芸当ができるのは、ネットカフェと市営温泉、激安スーパーがそろった(といっても、ものすごい距離を歩くことになるが)直江津だからであって、ほかの街ではこの金額で一日を過ごすことはできない。河原にダンボールとブルーシートで小屋を建てて、毎日空き缶を集めれば話は別かもしれないけれど。
 
  あっ、いま明日の仕事が先方都合でキャンセルされてしまった。きのう決まったアスパラ収穫の手伝いで「都合が悪くなった」とのこと。「じゃあ明後日よろしくおねがいします」という具合に丁寧なメッセージまでやり取りしてたから大ショックだ。そもそも、この現場に朝6時に行くために近くのホテルを予約したわけで。この仕事がなかったら三条なんかすっ飛ばしてもっと安い宿のある新潟まで行けたのに……。はぁーっ、すべてがバカバカしくなってきた。もうすべてを投げ出して家に--おっとヤバイ、正気に返ってしまうところだった。
 
  話を戻そう。そう、最低でも1日あたり3500円はかかるわけだ。ではこれに移動が絡むとどうなるか。次の大きな街に行くには2000円はかかる。そこにネットカフェがなければホテルを探すしかなくて宿泊費は5000円に跳ね上がる。つまり1日8500円までイッてしまう! ……とか言ったものの同様の計算は出発前にもやっていたはずだけれど「なんとかなる」という謎の自信の前に無視されてしまったのだった。今なら言える。無理なものは無理だ、数字を直視しろ、と。
 
  あ、帯織駅に着いた。ここから現場まで徒歩20分。そして着いてからピッキングでめちゃくちゃ歩くことになる。こんな生活をしていれば食べないと体が持たないはずなのに、忙し過ぎるのか不思議とハラは減らない。ベルトの穴がひとつ詰まった。体重が落ちすぎるとアレだが、旅さえ終われば簡単に取り戻せるので気にしないことにする。
 
  ●ピッキングトラベル
 
  今日は、北三条の宿を出てすぐにある公民館の休憩スペースでこの原稿を書いている。宿は4900円もするわりにとんでもないボロさで閉口したけれど、ぐっすり眠れたのはよかった。それに昨夜はいいものを食べた。富山くらいからずっと食べたかった刺し身だ。閉店1時間前のスーパーでヒラメの刺身が半額の200円になっていたので衝動買いしてしまった。解凍ものなので、はたして日本海の幸なのかはわからない。カネの心配ばかりしていると心が荒んできて、産地や味といったことを考える心の余裕がない。
 
  さて、きのう書いたとおりアスパラ農家からキャンセルされた結果、本日7/19は職にあぶれてしまった。だが、そのぶん朝寝坊できたし(当初の予定は5時起きだった)、チェックアウトの10時までのんびりできた。涼しい公民館で無料Wi-Fiを使いながらこうして快適に仕事ができるのだから、よかった面もある。外は雨。予定通り早朝から仕事があったら大変だっただろう。
 
  昨日の職場はラクだった。キャンプ用品メーカーの物流拠点で、渡された紙に書いてある商品を棚から探し、台車で運んでパレットに乗せるだけ。典型的なピッキング作業で、力作業はほとんどない。現場で一緒になった人は普通の会社員で、今年の冬から小遣い稼ぎにちょくちょく来ているらしい。「この現場はいいよ。楽だしカネもいい。入れてラッキーだね」とのこと。
 
  そんなもんか、と思っていたけれど、作業を続けているうちにわかった。意外と体を動かさないのである。紙には「型番×× BBQ用焼き網 8枚」「型番×× BBQ用着火剤 40」とか書いてあって、その商品があるはずの棚にいって取り出すわけだが、けっこうな頻度で見つからない。と両隣の棚を見て歩いたり、近くにあるダンボールを片っ端からチェックしなければならず、この“捜索”にかなりの時間が食われる。結果的に歩き回る時間は少なくて、ほとんどは「あれー、ないなぁ。どこだろう?」と言ってウロウロしているだけ。同じピッキングでもアマゾンの倉庫のようなハードなものとは大違いである。ただし、昼休みに「あっちに行ったらすぐだよ」と教えてくれたコンビニが徒歩20分くらいかかるところで、往復するだけでほぼ休み時間がなくなったときはさすがにキツイと思った。新潟県は超クルマ社会で、「道を歩く人間などいるはずがない」という世界観ですべてが回っているのだ。
 
  作業中、現場の責任者に「家はどこですか?」と聞かれた。「大阪です」と答えると「はぁああああ?」というすばらしいリアクションが返ってきた。これだけでもこの現場に来た価値があるといってもいい。といっても旅の途中でカネを作っていると話すとすぐ納得してくれたし、日雇いワーカーにも優しい善良な人だった。「どこまで行くの」と聞かれて「いちおう北海道です」と答える。本当に行けるのか、自分でも相当あやしく思いながら。
 
  帰りの電車で、最初に現場のことを教えてくれた会社員の人に会った。どこに行くのかと聞くと「新潟駅まで」という。え、近所の人じゃなかったの? 新潟はおれの(当面の)目的地ですよ、それにけっこう遠いんじゃ……。
 
  「まあ、休日に家にいてもネット見てゴロゴロしてるだけでしょ? それだったらカラダ動かしてお金になる方がいいよね。あの会社の物流拠点はもっと新潟に近いところにもあるんだけど、そっちはなんだか雰囲気が悪くて。家から遠くてものんびりしてるあの現場のほうがいいってわけ。冬は死ぬほど寒いけど」。
 
  働き方改革などと役所が旗を振らなくても、賢い人は勝手にやっている。最新のマッチングサービスを使いこなし、自らの足で条件のいい職場を探して、自分だけの「新しい働き方」を作っているのだ。
 
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今日も風呂施設の大広間でごはん
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昼休みは空調服を充電しながら