まいど通信


        

●そば屋のススメ

まいど! 編集長の奥野です。今月の特集「そば打ち修行」はいかがだったでしょうか?

取材していて思ったのは、そば屋って案外コストパフォーマンスがいいな、ということです。以前はソバなんてあっさりしすぎでボリュームも足りないし……という印象だったのですが、「そば屋で酒を呑むのは意外とアリかもしれない」と。

たとえば、ずっと抱えていた仕事が片付いたり、小金が入ったりして「何かうまいものでも食べて帰りたいなー」というケースってありますよね? そういうとき、チェーンの居酒屋で289円の焼き鳥と発泡酒を呑んだり、格安イタリアンで299円のチキンをつまみに100円のグラスワインを傾けてもじゅうぶん楽しいけれど、なんとなく薄ら寒い気分が残ってしまう。かといって、回らない寿司屋や割烹、ホテルの最上階なんかのイイ感じの店に行くほどの余裕は……。

こういうときこそ「そば屋」がいいと思うのです。そばは大衆的な食べ物なので、格調ある店でも1000円前後。カップルや会社員のグループなんかも少なく客層も落ち着いているから、ひとりの時間を存分に楽しめます。

喧騒から離れた和の空間で、カウンターの向こうをぼんやり眺めたりしつつ、板わさや玉子焼きなんかを肴にゆっくり酒を味わう。呑んでいるうちに気が大きくなって天ぷらを頼んだりしちゃったりして……。そして最後はもりそばで締める。

どうですかコレ!

そんなにお金もかからない(たぶん3000円から5000円もあれば大丈夫)のに、気持ちもパリッと晴れてしかもヘルシー。最高でしょ?

この「そば屋呑み」、編集長もぜひ近所でやってみるつもりです。まずは、おいしいそば屋を探すことから始めないと!

●自宅で「手打ちそば」を

さて、今回の「手打ちそば」体験から何がわかったのか?

結論から言いましょう。

「簡単ではないけれど、めちゃくちゃ難しいわけでもない」

ということです。そば屋を開業するなら何年も修行しなければならない。しかし、家庭料理としての「手打ちそば」なら5回ほど打ってみれば何とかギリギリものになる。

もし、「打てる人」がいて横で指導してもらえるなら未経験でも上手くいくし、今回の取材のようにプロに付いてもらえばさらに万全です。最初から美味しいそばができるでしょう。

「だれでもできる」とはいっても、いきなりは無理なので、やはりまずは丁寧に教えてもらい、復習も兼ねて自宅で打ってみるのが一番いいと思います。

編集長も学んだことを確認するため家で打ってみました。材料は、そば粉100g・強力粉20g。道具は大きいボウル・ふるい・まな板・のし棒・普通の包丁です。打ち粉には強力粉を使います。

水は慎重すぎるくらい少しずつ入れていきます。水回しをしてまとめ、練り上げると取材で教えてもらった通りの生地ができました。少量なので「角出し」はせず、円形のまま伸ばして「切り」に入る。

「なんだ、意外と楽勝だな」

と、鼻歌交じりで包丁を入れ始めた瞬間、恐ろしいことに気づきました。切りあがった麺がほぐれないのです。畳んで切った生地がミルフィーユのように重なったまま、バラけない……。

畳むときの打ち粉が少なすぎたのです。

「さけるチーズ」のように麺を一本一本はがしてみたりしたものの、時すでに遅し。極太麺の混じる見事な「失敗そば」が出来上がりました。娘が「おいしい」とパクパク食べてくれたのがせめてもの救いです。

さて、ではなぜ今回、打ち粉をミスってしまったのでしょうか?

勘のいい人ならもうおわかりですね。

答は「部屋に粉が飛び散るのを恐れたから」です。

いちおう新聞紙を敷いたりしていたものの、あまり粉を使いたくないという意識は確かにあった(子供もいたし)。本当は躊躇せず、もっとバサバサと撒くべきだったのです。

わずかな慢心、ささいな油断、気付かないような環境の影響……。このような「心の乱れ」は、手から生地へと伝わり、最終的にそばの出来としてはっきり現れてしまう。

なんと厳しく深遠な世界でしょうか。

恐るべし、蕎麦道!

●暖かな信州

今月号で訪れた場所のうちで、とくに印象に残っているのが長野県です。訪問した塩尻市は、ちょうど長野県の真ん中。名古屋から2時間で行けるのはちょっと驚きでした。長野ってこんなにアクセスよかったんですね。

塩尻駅で降りるともっと驚きました。暖かい! さすがに大阪よりは冷えるものの、雪もなく天気も良く快適そのもの。たくさん持ってきた貼るカイロはまったく使わず、取材先でも「寒いのは嫌いだけど、これくらいなら住んでもいい」なんてことを話したりしていました(ただ一番寒いときは-10℃くらいになるとのこと)。

取材の翌日は、朝から自転車を借りて諏訪湖を1周してみることにしました。諏訪湖は1周16㎞と気軽に楽しめる距離。周遊路は歩行者(ランナー含む)と自転車が分けられており双方にとって安心です。

凍てつく風に耐えつつ、残雪を踏まないように気をつけながら自然の中を――なんてこともありませんでした。手袋も要らないくらいの暖かさで、道も「ケーズデンキ」や「しまむら」などが次々と現れる典型的な郊外です。

名物の「間欠泉」には「もう自然には噴出しなくなったので、地上からガスを送り込んで噴出させている」という趣旨の解説がありました。噴出を見て、それなりに興奮したものの「やっぱり天然がいいよな……」という気持ちは否めません。

物足りなさを感じつつ諏訪湖を左に見ながら進んでいくと、だんだんのどかな雰囲気になってきました。湖の北西岸、岡谷湖畔公園のエリアです。

「い、いたぁー!」

と声をあげてしまったのはハクチョウを見つけたからです。10~20羽ほどのハクチョウがカモなどに混ざってのんびり過ごしている。自然公園やお城の堀なんかでよく飼われているハクチョウですが、やはり天然ものをみるとテンションが上がります。

河原に座ってじっくり観察し、

「白鳥の湖だな……」

と百人中百人が思うセリフを言ったあと、サイクリングを再開。13時ごろには1周して出発地点に戻ってきました。自転車を返して駅に向かうと、電車が来るまでけっこう時間があることが判明。……こうなったら行くしかない、信州そばの名店へ!

検索して出た評判のそば屋の暖簾をくぐると、店主が言いました。

「あ、もうソバないんすよー、すみません」

そうきたか! 「なくなり次第終了」とハッタリをかます店はよくあるけど本当にそばが尽きるとは、さすが人気店です。

こうなるとますますそばを食べないと気が済まない。そのままさらに離れた名店に向かいます。次は家族経営の昔ながらのそば屋です。

カウンターに座ると、配膳係のおばあちゃんが

「あの、もうソバが……」

こっちもダメか、と思ったら、3種類あるそばのうちひとつがなくなったとのこと。そうこう言ってる間にも新たな客が入って来ているので、即座に一番高い「十割」のもりそばを注文します。

ほどなくして出てきたのは、信州そばの「理想」そのもの。ごく普通のもりそばですが、何の過不足もなく、ただ「おいしい」というのがどれだけハードルが高いか、そば打ちをやった今ならよくわかります。

こんなにうまいなら大盛にしとけばよかった……。

わずか一軒だけで、信州そばのレベルの高さを思い知らされたのでした。

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というわけで、今月も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
来月の「月刊まいど屋」も、お楽しみに!