【やなか】「この道40年」熟練の技を学べ!image_maidoya3
年が明けてもう2月。すっかり正月気分もなくなったところで考えたい、次の年越しを。昔の人は、気持ちいい正月を迎えるために、家の片づけや掃除、障子・ふすまの張り替えをはじめ、正月飾りや新しい着物、食材の手配など、すべて逆算してスケジュールを組んでいたという。現代人のように年末になってあたふた大掃除をしたり年賀状の作業に追われたりするのではなく、すべて年内に余裕をもって済むようにしておいたのだ。こうすることで、元日をもって家も服もすべてを刷新し、まっさらな気持ちで正月を迎えることができる。まさに「一年の計は元旦にあり」なのだ。では、今から何を準備しておくべきなのか? 月刊まいど屋では、次の年越しへの準備として「そば打ち」をおすすめしたい。まず、習得しておけば年越しそばを自分で作ることができる。友人やご近所にふるまうのもいいだろう。さらに休日に自宅でそばを打てばちょっとした家族サービスにもなる。そばが嫌いな人はあまりいないから、手土産にしても喜んでもらえる。健康的なイメージがあるから女性ウケもバツグンだ。さらには、会社や地域の懇親会で披露すれば、好感度もアップし上司の覚えもめでたくなることまちがいない。つまり、そば打ちを学べば「モテる・儲かる・もてはやされる」の「3M」が手に入るのである! ただし、当然ながらそば打ちには技術がいる。年末になって学び始めるのでは遅すぎるのだ。そこで編集長は未経験者の代表として「そば打ち修行」に出かけることにした。

やなか
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落ち着いた雰囲気の「やなか」
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坂井さんの鮮やかな水回し
●これが職人の「水回し」だ
 
  東京・上野駅から不忍池の近くを通って「谷根千」と呼ばれる地域に入った。下町の雰囲気が残る街並みでも有名なこのエリアに「手打ち蕎麦・やなか」はある。接待なんかでも使えそうな上品な雰囲気のお店だ。ここでは営業時間のあいだを使って「そば打ち体験」を行っている。
 
  店の入り口には石臼、そして鉢、ふるい、のし棒、包丁といったそば打ち道具が並んでおり、製粉から生そばの作業をガラス越しに見ることができる。手打ちの店に行ったことはあっても、ソバの実から作る店に入ったのは初めてかもしれない。
 
  着替えて手を洗い、作業台の前に立つと店主の坂井薫司さんが登場した。和食の料理人らしい白衣姿だ。最近は和のイメージで作務衣姿の店も増えているが、坂井さんは修行時代からこのスタイル。色付きだと粉の汚れが目立つので白衣がいちばんという。
 
  坂井さんは広島県出身。実家が製麺業を営んでいたため、子供のころはそばに特に思い入れはなかった。ところが、東京に出てきて本格的なそばを食べてみたところ、そのおいしさに衝撃を受ける。「パンチの効いたカツオ出汁で食べる東京のそばは格別だった」。この体験をきっかけに浅草で修行に入り、自分の店を開いた。そば職人としてのキャリアは40年以上。その下町っぽい口調から佇まいまで「東京のそば職人」のイメージそのままだ。
 
  そば打ちは、そば粉と小麦粉を混ぜるところから始まる。ふるいにかけてダマをなくしたそば粉と小麦粉を手でざっと混ぜ合わせる。いわゆる「二八そば」だが、割合はそば粉10に対して小麦粉2で、「外二(そとに)」というらしい。そば粉8と小麦粉2の「内二(うちに)」より、そば粉の割合が多い。
 
  坂井さんの奥さんがサポートについてくれた。「水回しはちょっと難しいから」と粉の上にちょうどいい分量の水を注いでくれる。
 
  「はい、じゃあ粉が手に付かないように混ぜてみてください」
 
  なるほど、手が水に触れると粉がくっついて無様なことになるわけだな……。頭の中でシミュレーションをして粉に水にかけるようにして混ぜ始める――と、2、3回ほど混ぜただけで、粉がベットリと付いて指が3倍くらいになってしまった。考えるのと実際にやるのとでは大違いである。
 
  「リズムが大事。こんなふうに!」
 
  坂井さんが鉢を混ぜる。は、速い、そして美しい! 右手と左手が流れる水のように滞りなく回転し続ける。ただ粉に水を回すだけでも、素人とは雲泥の差である。
 
  「わー、動きすごいっすね! プロっぽい!」
 
  「プロだよ!」
 
  手の動きだけでなくツッコミのキレもすばらしい坂井さんだった。
 
  ●知識ではなく体で覚える
 
  「水回し」はやや難しかったものの、坂井さんと奥さんが粉の状態をチェックしながら水を足してくれたおかげで、おから状にまとまってきた。それらをまとめて大きな塊にしたら「練り」の作業に入る。
 
  奥から手前に生地を持ち上げ、軽く押しつぶしながら掌底を使って奥に転がす。横長になってきたら90度回転させて、また奥から練っていく。
 
  見た目は粘土細工とおなじようみえるものの、「潰しつつ転がす」のに微妙な力加減が要求される。「力加減がどう」などと考えるより、何度もやってみて体で覚えるものなのだろうけれど、どうしても細かい理屈を考えてしまうのである。知識やマニュアルに偏重しがちな現代人にとって、そば打ちはいいレクリエーションかもしれない。なんでも女性の方が感覚的に手早くコツをつかんでしまうことが多いんだそうだ。
 
  生地は練り終わったら饅頭状にし、空気を抜いて円錐状にかたちを整える。まとまった生地は赤ん坊の肌のようにしっとりとしていて、水回しが終わったときのぼそぼそしたものとはまるで別物だ。
 
  次の作業は「のばし」である。掌で生地を均一に押しつぶしたら、いよいよ「のし棒」が登場。生地を傷つけないように手は猫のように丸め、腕を開閉させることで棒を前後に動かしていく。坂井さんのアドバイスが飛ぶ。
 
  「厚みを見ながら均等になるように」
 
  とはいうものの横から見ても厚みがわからない、触ってみるとやや差があるような気もするけど……。
 
  「ここもリズムだよ、さっさとやっていこう!」
 
  そういうと坂井さんは機械のような正確さで棒を走らせ、伸ばしていく。職人は見ただけでミリ単位以下の生地の厚さがわかるという。生地はみるみるうちに数ミリのシート状になった。
 
  「慣れてくるとこういうこともできるよ」
 
  と、坂井さんは棒を持ち上げるときにクイッとスナップを効かせ、手を使わずに生地を回転させた。まるで手品みたいだ。
 
  「はい、やってみて」と、のし棒を任される。上半分を伸ばしたら、生地を少し回転させて、また伸ばす。「何度くらい回したらいいんですか?」と言いそうになったが堪えた。そういうジャンルじゃないのだ。「体で覚える」ということが少しずつわかってきた。
 
  ●「江戸打ち」の技が炸裂!
 
  普通に棒で伸ばしていくと生地は円形のままだが、「江戸打ち」では、最終的に生地が四角くなるようにする。四角い方が限られたスペースでも作業がしやすく、包丁で切ったときに麺の長さがそろうからだ。
 
  円を四角にするには、まず「×」の字状にのしをかける。こうすると徐々に四隅が突き出してやや角ばってくる。
 
  「はい、次は思い切っていくよ」
 
  と言うやいなや、坂井さんは生地を棒にくるくると巻き取り、前方に勢いよく転がした。3、4回転したあと、伸びた生地の端がスパーンと台に叩きつけられ回転は止まる。な、なんだこの技は?
 
  「こうすると遠心力で端っこが伸びるわけ。さあ、思い切ってやって!」
 
  転がしすぎて台から落ちないように奥さんがスタンバイしてくれている。とにかく言われた通りバーンと転がしてみる。と、空中で生地が伸びるのが確かにわかった。
 
  江戸の職人がはじめたやり方とのことだけれど、よくまあこんなことを考えつくものだ。この「角出し」の、アクロバティックな動きと音は、きっと派手好きな江戸っ子の心をつかんだことだろう。
 
  こうして四角くなった生地は四隅だけが薄くなっているので、のし棒で厚みのある部分から肉を寄せて、均一にする。わずかな厚みの違いでも茹であがりに差が出てしまうので、細やかな精神の要る作業だ。単にそば粉を料理して食べるだけならもっと簡単な方法があるだろう。先人たちは面倒な作業を厭わないほど「おいしいそば」を求めていたのだ。
 
  ●食べればわかる「差」
 
  あとは包丁で切って完成である。畳んだ生地の上に板を載せて麺にしていく。同じ太さで切るには、包丁を入れ、包丁を傾げて「こま板」を押し、包丁を入れ……と一定のペースで繰り返すことが肝心だ。
 
  「確認しながらゆっくり切ってちゃダメ。リズムよくやれば自然と太さはそろう」
 
  とのことだが、つい「あ、今ミスった」「太すぎた」などと考えてしまってペースが崩れてしまう。心の乱れが「切り」の乱れにつながるのがよくわかる。深呼吸して持ち直そうとしたけれど、もう精神力の限界だ。撮影アシスタントのI君に代わってもらってなんとかフィニッシュした。
 
     ☆
 
  もりそばを頼んで実食する。左右に分かれたせいろには編集部が打ったそばと「やなか」のそばがある。前者は明らかに太さが不ぞろいで平麺みたいなヤツまでいる。アシスタントのI君に、店で編集部のそばが出てきたらどう思うか聞いてみた。
 
  「うーん、二度と行かないかと……」
 
  「おれも……」
 
  ただ、いざ食べてみると編集部のそばも悪くない。強いコシに加え鼻に抜ける香りも普段のそばより数段上。なによりのど越しがいい。初めて打ったにしては上出来だ。坂井さんと奥さんのサポートの賜物だろう。
 
  じゃあ次は、と「やなか」のそばを観察してみる。当たり前だが整っている。端正。精悍。見ているだけで気持ちが晴れる。カネを払いたくなる。そばというのは「見た目」が非常に大事であることがしみじみわかった。だからあれほど神経を注いで打たねばならないのだ。
 
  お店のそばは、太さが一定だからつゆもまんべんなく絡む。味においても編集部のそばとは格が違うのだった。「これからの季節は鴨もオススメですよ」と奥さん。想像しただけで喉が鳴るじゃないか。
 
  食べ終わって店を出た。上野公園を通り抜けながら、Iくんと感想を語り合う。
 
  「やっぱり餅は餅屋、蕎麦は蕎麦屋だな」
 
  ということで意見は一致した。
 
 
  【店舗情報】
  店舗名:手打ち蕎麦 やなか
  住所:〒110-0001 東京都台東区谷中1-1-18
  電話:03-3828-5333
  営業時間:11:30~15:00(14:30ラストオーダー)/17:30~20:00(19:30ラストオーダー) ※売り切れ次第閉店
  定休日:木曜日
  アクセス:
  地下鉄千代田線根津駅1番出口から徒歩4分
  JR上野・鶯谷・日暮里駅からも散歩ついでに
 
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厚みが均等になるようにのしをかける
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手前が編集部で打ったそば

    

「そば屋」といったらコレでしょ! 正統派にキメたい職人に贈る”王道の白衣”

伝統的な「和」の料理人スタイルにデザイン性をプラスした調理用白衣。ツイル素材は耐久性に加え、適度なハリとコシで気品ある雰囲気。七分袖で手さばきもよく、そば打ちから調理、接客といった所作までスマートに決まる。オードドックスな「1-851」に対して、襟のタイプが違う「1-861」はやや柔らかい印象。