まいど通信


        

まいど! 編集長の奥野です。今月は突然の特集「GoToトラベル」をお届けしました。風情のある街に行って温泉宿に泊まり、美味しいものを食べて……と「日本の旅」を極めたような今回の企画。みなさんも束の間の旅気分を味わっていただけたでしょうか? 本誌はこれからもコロナの影響に苦しむ観光や飲食業を応援していきます!

●価値観が変わる?

今回、各地を回って思ったのは「滞在型の旅って意外と楽しい」ということ。編集長のふだんの旅は、時刻表を睨みながらあちこち歩きまわって、夜になってから宿にチェックイン、といった忙しいものが多いのですが、今回は目的地に着いてすぐ宿入りしました。理由は、第一に旅館の中を見て回ったり、人の方の話を聞いたりしたかったから。あと、天気も悪くて特に行きたい場所もなかったという事情もあります。

16時前くらいに部屋に通され、畳の上で荷物をほどく。そのとき予期せぬ高揚感が湧き上がってきました。その感覚は、ここ数年のあいだ味わっていなかったもので、なぜか社員旅行や学生時代の合宿の思い出がフラッシュバックする。ああ、今日はこれで終わりか、まだ夕方にもなっていないのに。とりあえずお茶でも飲んでそれから風呂かな……。

テレビのチャンネルを回したり冷蔵庫を開けてみたりしているうちに気が付きました。なるほど、自分はこれを欲していたのか、と。休日に家にいても、実家でダラダラしていてもやることはいくらでも思いつく。実際、映画のDVDを見ながら服を畳んだり、本を読んでいる途中で休み明けの「TODOリスト」を作り始めたりしてしまうわけですが、旅館ではそういうことがない。ノートパソコンを広げようなんて思いもしないし、メールを返さないのも当然のような気がする。旅館という空間だけがなせる業といえるでしょう。

「休む」というのは、想像よりずっと難しいことなんだと思います。土日にサイクリングしたり、時間があるときにスーパー銭湯や映画に行ったりするのは気晴らしになるし、もちろん楽しい。けれども「空白」ではない。何もしないのではなく、「自分のメンテナンスをしている」といった感覚があるわけです。時間をやりくりして「やるべきことをやっている」という点では仕事に似ています。ホッとするのは、それらの最中ではなく終わった後ですからね。

ところが、旅館で過ごしているときだけは、「やるべきこと」から解放されるのです。あの民家でもホテルでもない独特のレイアウトの部屋に入って浴衣に着替えると、なかなか困難だった「なにもしない」が、ごく自然に実現できてしまう。病気になっても、いや調子の悪いときほど仕事や家のアレコレのことを考えてしまう現代人にとって、大きな救いです。旅館というのは宿泊所であると同時に、精神の保養所でもあると言えるでしょう。

●宿が作る「空白」

なぜ旅館だけにそんな効果があるのか?

編集長が考えるにキーワードは「切り替え」です。まず、旅館には生産的な設備や空間が一切ない。ホテルには、書きものやパソコン作業ができるライト付きのデスクがあるし、ロビーでは打ち合わせや商談もできるようになっている。それに対して旅館では、お茶を淹れるくらいしかやることがありません。和室はデスクワークには暗すぎるし、座椅子はリラックスし過ぎて仕事には不向き。何もできないからが何もやろうという気がしない。

その結果、「空白の時間」ができるのです。逆に言えば、たとえ仕事が完全オフの日であろうとキッチンや洗濯機がある限り、現代人の気が完全に休まることはないのでしょう。家の中に生ゴミや脱ぎ散らかした服といったものが一切なければ別かもしれませんが(私には想像すらできません)。

旅館という環境が、人に何も要求してこないのは、お分かりいただけたでしょう。

その上で、まいど屋として注目しておきたいのが、浴衣の効果です。部屋に備え付けのアレこそ「切り替え」の肝といえるすごいアイテムなのではないでしょうか。浴衣を着ることによって人は強制的にリラックスタイムに突入させられる、というのが、編集長の説です。

浴衣を着ると走れないのはもちろん、大股で歩くこともできません。着崩れるので腕を上げたりといった大きな動きもできない。ポケットもないので何も持ち歩けません。せいぜい帯に部屋のカギをぶら下げるくらい。食事中も、食べ物に袖が触れないよう気を遣うから、自然とゆっくり味わうことになります。極め付きが寝るときで、浴衣で布団に入ると朝起きたときには100%ハダカになっている(自分だけ?)。

考えてみれば、浴衣はデメリットだらけです。とはいえ、大浴場までパタパタと歩いていってバッ! と帯をほどいて風呂に入るのは最高だし、他の客が浴衣でうろうろしているのも寛ぎを演出してくれる。男は凛々しく女はキレイに見える。こと「リラックス」の点において、最強のウェアでありコスチューム。つまり浴衣とは一種の「制服」なのです。

いやー、温泉旅行って本当にいいものですね。なんとなく「町内会の旅行」みたいなイメージを持っていましたが、今回の旅で見事に覆されました。働き盛りの忙しい人ほど、旅館に行って空白の時間を味わうべきでしょう。編集長も次の温泉旅行に備えて積み立てを始めます!

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というわけで、今月も最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。まだコロナの影響で取材しにくい状況がつづいていますが、次回こそ旬なワークウェア情報をお届けしたいと思います。では、次回の「月刊まいど屋」をお楽しみに!