まいど通信


        

まいど! 編集長の奥野です。今月号は毎年恒例の秋冬ワークウェア特集をお届けしました。なんつーか、早いですねー。一年経つのが恐ろしく早い。オッサンになるとよく言うんですけど、今年は20年や21年と比べて倍速みたいな感じです。ウクライナ侵攻の報道に狼狽したりコロナ感染で自宅軟禁になったりと、いろんなことに振り回されっぱなしだったせいでしょうか。願わくは年末年始くらい穏やかな気持ちで過ごしたいものですが、この物価高では無理かも……。

●デニムに惹かれて

今回の出張では、取材の合間に児島のジーンズストリートに行ってきました。数年前、まだ本誌の仕事をはじめたときに観光目的で行って以来です。当時はジーンズにほとんど興味がなくて「なんでこんなに高いの!?」以外の感想が出てきませんでした。ジーンズ3万円にデニムのジャケット5万円とか、そういう価格帯ですから。ふだんユニクロで買い物している人間には理解不能な世界でした。

しかし、ワークウェアの取材を通じて、私にもだんだん「いい服」というものがわかってきました。高価格な商品は生地もしっかりしていて肌触りもいい、色味や柄も安っぽくないし、縫製やボタンまで低価格なものとはまるで違う、といったことが理解できてきた。また、児島や井原、福山といったデニム産業の街のメーカーから話を聞くことで、おのずとジーンズの知識もついてきました。「×オンスの糸を使っているから肉厚でハリがある」「こういう色落ち加工はあの工場じゃないとできない」「ここはステッチの入れ方が特殊ですごい技術」と。今やどのメーカーでもデニムの作業服を出しているので、作業服の取材のはずがほとんどデニムの話ばかりになったりするわけです(今月号がまさにそうですね)。

その結果、さらに認識が変わりました。単純に「いいものは高い」ということです。妥協せずにちゃんといい素材を使って、考え抜かれたデザインを高い技術力で実現した一品ならば、大量消費される商品とは段違いの高価格になるのは仕方ない、と。たとえば海外の高級ブランドみたいなものですね。数年前まで、ルイ・ヴィトンやロレックスといったアイテムは「みんな何のために買うんだろう?」「時計なんて1万円くらいのやつで充分なのに」といった感覚だったのですが、今なら理解できる。やはり「安くていいもの」は基本的にないのです。いいものは高い。自分はバッグや時計にそこまでの品質は求めていないので買わないけれど、世の中にはそこまでの品質やデザイン性、所有感を求める人もいる。そんなわけで、改めて児島でジーンズをじっくり見たいと思ったのです。

●本当に穿くの?

数年ぶりのジーンズストリートは新鮮でした。前に行ったときは価格の衝撃がデカすぎて、ほとんど何も目に入ってこなかったけれど、今回はじっくり商品を味わうことができる。とはいうものの、メイン通りはシャッターが閉まっているジーンズ店も多い。コロナで外国人が来なくなったので休廃業が増えたのでしょう。考えてみれば、こんな狭いエリアにジーンズショップが40も50もあるなんて、観光客の爆買いなしに成立するわけがない。バブル期に日本人が海外ブランドを買い漁ったのと逆パターンで、外国人が来てくれないとダメなのです。

まずは、お店をいくつかのぞいてみることにします。……うっ高い、高すぎる、という気持ちをぐっと堪えて見ると、たしかにモノは極上です。生地は何十年も着られるほどしっかりしていて、デザインや縫製の細かさなんか明らかに普通のジーンズとは格が違う。欲しがる人の気持ちが少しわかります。もしボーナス的に数十万くらい入ってきたら買っちゃおうかな……、と思うと同時に、「大枚をはたく1本」を絞り込むのは死ぬほど大変だろう、とも感じる。

小さい店は入りにくいので、ビッグジョンの本店をゆっくり見ることにしました。ここは店内で職人がデニムの縫製作業をしているのを見学できます。またジーンズだけでなく小物やお土産もたくさん売っているので服好き以外にもおすすめ。あと、なんというか「こだわってます」って印象が控えめで、普通のアパレルショップらしいところもいい。ジーンズ最高、ジーンズに命かけてます! って感じの人がやってる個人店って、なんか気後れするんですよね。買う側にも何か覚悟みたいなものが求められる感じがするというか。でも、こういう店ならリラックスして見ることができます。

ところが、店内を歩き回っているうちに気づいてしまいました。ジーンズを買うのはいいとして、果たして自分はストレッチのないものを本当に穿くのだろうか? と。うちにはストレッチデニムの上下作業着があって、デザインや着心地も気に入っている。もしストレッチ仕様のジーンズと普通のジーンズがあったら、前者ばかり穿いてしまうことになるかもしれない。どちらがラクかと考えれば間違いなくそうなる。ということは、せっかく児島ジーンズを買ってもタンスの肥やしになってしまうのではないか……。

●オシャレと痩せ我慢

調べてみると児島ジーンズにもストレッチのものはあるようです。しかし、わざわざこの街で正統派のジーンズを買わずに、ストレッチデニムを買うというのは……。うーん、なんか本末転倒というか、有名なトンカツ屋に入って唐揚げ定食を食べるみたいな感じがする。やっぱトンカツ食べなきゃダメでしょ!? そもそも楽で動きやすいジーンズがよければ、作業服ブランドならいくらでも選び放題だし価格も数千円で済む。その場合、仮にポリウレタンが劣化しても何回でもリピート購入できるわけで。……って、じゃあアンタなんで児島ジーンズを見に来たの? 「まいど屋」があるじゃない! みたいな話になってしまう。

整理するとこういうことです。--欲しいのは児島の高級ジーンズだが、着たいのは作業服のストレッチジーンズである、と。

これって、ファッションの本質に迫る問題かもしれません。以前ある雑誌で「俳優の××は真夏でも革ジャンを着ている」との話を読んだことがあります。つまり、オシャレとは痩せ我慢なんですね。美やカッコよさを求めるときに快適やラクを考慮するのはそもそも間違っているのです。ネクタイは窮屈だしドレスは動きにくい。着物は着るのも脱ぐのも大変。へそ出しコーデが快適なわけがない。それでも美意識の高い人は甘んじて受け入れるのだ、というわけです。

ひるがえって自分はどうか。「伸びないジーンズはちょっと」「ラクじゃないと着なくなる」とか言ってる時点で、ファッション意識のカケラもないのかもしれない……。

そんなわけで、当面は作業着ブランドのストレッチジーンズを愛用し続けることにしました。「そこそこカッコよくてラクなのがいい」という中途半端な自分には、これぐらいがちょうどいいのかもしれません。この作業着ジーンズを穿き潰したら、またオシャレを取るかラクを取るかの問題を考えることにしましょう。いつの日か、私も「ラクじゃないけどカッコいいから穿くんだ!」と言っているかもしれません。

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というわけで、今月も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。次回も『月刊まいど屋』をお楽しみに!