【寅壱】「他人のやらないことをやる」image_maidoya3
「出たよ! 新商品が! 寅壱から2年ぶりに鳶服のカタログが出た! だから今回は鳶特集にしようよ!」
 
  まいど屋の田中氏から興奮気味の電話がかかってきたのは8月末のことだった。
 
  過去の「月刊まいど屋」でもおなじみの寅壱。「作業服のアルマーニ」の異名は、業界外にも鳴り響いている。ぜひ行ってみたい……が、即答をためらう理由が編集部にはあった。
 
  あの「鳶服」つーのは、一体なんなの?
 
  正直に言えばこんな感覚である。いや、ダボっとしてた方がしゃがんだりしやすいとか、火の粉が飛んでもヤケドしにくいとか、そういうのはわかる。伝統的な背景があって鳶職人のアイデンティティーになっているというのもわかる。だが、あの威圧的なルックスはあまりに世界が違うし、「超超超ナントカ」みたいな符丁めいた用語もわけがわからない。そんな自分に鳶服の良さが理解できるのか……。
 
  いや、だからこそ――と即座に頭を切りかえる。とにかく行ってこの目で確かめよう。ナンバーワンメーカーで鳶服の話を聞いて、新商品を見せてもらうのだ。その上でもし鳶服の魅力がわからないなら、それはもう仕方ないじゃないか。うだうだ考えるより、まず行こう!
 
  そんなわけで、ジーンズの街・児島にやってきたのだった。
 
  台風21号の上陸が迫り、穏やかな児島の海が時化の表情を見せるなか、タクシーで寅壱へ。入口に駆け込み「こんな大変な日にスイマセン!」といった面持ちで受付に行くと、案外、社内の雰囲気は平常運転だった。
 

寅壱
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台風の中、寅壱を訪ねる
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営業部の川脇さん
●特別な仕事のコスチューム
 
  話を聞かせてくれたのは川脇佳範さん。営業マンとして関東・九州エリアを担当している。高級で高品質な作業服、という寅壱のイメージにどこか重なるイケメンだ。
 
  それにしても鳶服って独特ですよね……と言ったわけではない。けれど、そんなこちらの気持ちを汲んでくれたのかさっそく「鳶服とは何か」をレクチャーしてくれた。
 
  「鳶服って何かと言えば作業服なんですけど、じつは『衣装』的な考え方もかなり入ってます。寅壱ではふつうの作業服も作っているんですが、そちらに対して鳶カテゴリの商品は『装束もの』と呼んだりする。つまりは、機能性やカッコよさに加えて、『鳶と言えばコレ』というコスチューム機能があるわけですね。鳶という仕事の代名詞というか」
 
  なるほど、いきなり疑問が氷解してしまった。建設系の職人の中でも、高所作業という特殊な仕事を受け持つのが鳶。特別な仕事には特別なコスチュームが必要、ということだ。命の危険がともなう分野だけに「ほかの職人とは違う!」という意識もあるだろうし、単純に「目立ちたい」「一目置かれたい」というのもあるだろう。鳶服とは、きっとそういう気持ちが混ざり合った一種の自己表現なのである。
 
  さて、そんな鳶服界のトップメーカーが寅壱である。世間では「高級」とか「高品質」とか言われている同社の鳶服だが、作っている側としては、寅壱の持ち味をどんなふうに見ているのだろうか。
 
  「寅壱の鳶服が目指しているのは、まず職人がカッコよく見えることですね。そして作業服としての機能がしっかりあること。つまり、カッコよさと機能美です。この2点を求めていくと自動的に高くなってしまうというか……。結果として『寅壱は高級品』というイメージになっているわけです」
 
  「作業服」と「高級」は普通なら結びつかない概念だろう。ドロドロになる現場作業の服はすぐ買い替えられる安いヤツでいい、というのが世間の感覚だ。一方で、ウェアを「仕事道具」と捉えれば、少しでも高品質なものを着たいという考え方もあるだろう。鳶のような危険のともなう仕事ならなおさらだ。いい仕事をして自分の力量を示し、認められる。それは単に注目を浴びて気持ちいい、という話ではなく稼ぎにもつながってくる。寅壱の高級イメージはこのような職人の気質とも合致しているという。
 
  「優越感も大事ですね。ほかの作業服と違って、いいもの・高級品であることによって『寅壱着てるぞ』という気持ちを持ってもらえる」
 
  高いから売れないのではなく、高いからファンが付く。これこそ寅壱がブランドとして成立している証だろう。では「高級」以外での寅壱イズムというのは、どんなところにあるのだろう?
 
  「それはもう一貫して『他がやらないことをやる』です。そもそも鳶服だって、他社が力を入れていないからウチがやろう、と始めたことなんですよ。いま展開している鳶の商品でも、生地・デザイン・品質のどれかにおいて、他がやってないことを! と考えて作っています。その結果、独特のデザインだったり、派手で目立つものができるわけです」
 
  さすが鳶メーカー、というべきか。そもそも職人自体が人気ではないが、鳶はその中でもやりたくない分野だろう。きついのはなんとか耐えるにしても、危険は避けられない。いくら自分が安全に気を付けていても、他人に巻き込まれることはある。消防士や警察官も危険な仕事ではあるが、「あっ」と思った瞬間、あの世行きするような仕事となると、鳶以外にはあまり考えられない。
 
  しかし、そういう仕事だからこそ「やろう」と思う人がいる。「他がやらないことをやる」寅壱イズムは、そんな鳶の気質とリンクしているのだろう。
 
  ●トレンドは「細身超超」
 
  話は鳶服のトレンドに移っていく。ごぞんじの通り、鳶服といえば例のダボダボのズボンであり、懐かしの「ボンタン」や「ドカン」をほうふつさせる極太シルエットも人気を集めていた。要は普通の人からすると「うわ、なにこれ?」みたいなのが好まれていたわけだ(このへんが非常に職人らしい)。ところが、近年はそんな流れが変わってきているという。
 
  「これまで関東地方でよく着られていた超超ロングもやや下火になってきて、今は細身超超が主流ですね。サージの人気も伸びてきています」
 
  翻訳しておこう。足さばきがしやすいよう、ひざ下あたりまでをボワンと広げて裾を絞ってあるのが昔ながらの鳶用ズボン。「超超ロング」とは、そのふくらみを長めにして横幅も伸ばしたモデルである。昔ながらの鳶ズボンの形を誇張したもの、と考えればわかりやすい。いま売れているのはその「超超ロング」を細身にしたもの(細身超超)。そして「サージ」というのは、スーツや学生服によく使われる表面の毛羽立ちのない生地のことで、やや上品な印象となる。
 
  このようなトレンドの移り変わりを、乱暴にまとめるとこうだ。「鳶ズボンは太く長くなりすぎたので、じわじわ細身に戻ってきている」。
 
  常識的に考えればわかるが、度を越したダボダボは危ない。足元が見えにくいくらいならまだいいとして、鉄筋に引っかかったりすると事故につながる。じゃあ、なんで今までそんな極太のズボンを履いてたの? というのは野暮な質問だ。鳶職人とメーカーにしかわからない独自の世界。これこそ鳶服の真骨頂なのだから。
 
  さらに、コンプライアンス重視の風潮も、鳶服に影響を与えているという。
 
  「職人の皆さんは、他人と違う服、派手で見栄えのする服を求めているわけです。ところが、大手の建設会社なんかでは嫌われるというか、禁止にしている現場もある。そのせいで今や鳶衣装を作っているメーカーも少なくなってきていますね」
 
  たしかに超超ロングなどのルックスは威圧的に感じる人は多いだろう。足さばきのいいズボンなら他にも選択肢があるわけで……。ということは、鳶服はこれから徐々に大人しくなっていき、そのうち絶滅してしまうのだろうか?
 
  「少なくなっても一定の需要はあるというか、鳶の職人がいる限り鳶服を着る人がゼロになることはないと思っています。これまでのようにたくさん在庫を持って売っていくのが難しくなったとしても、受注生産やウェブ販売などの手はありますし。とくにうちは鳶のイメージが強い会社なので、他社がやめても市場がある限りは続けていきます。ほかのやらないことをやるのが寅壱ですから」
 
  バッチリ決めゼリフが出たところで新商品を見て行こう。
 
  ●ストレッチデニムが初登場
 
  川脇さんが「ようやく、満を持して出ました」と感慨深げに語るのは、「型番8950/ライダースジャケット」「型番8950/デニム細身超超ロング八分」の上下。寅壱初となるストレッチデニム素材を使った鳶服だ。
 
  「作業服のラインナップでは2年前からストレッチデニムを使った商品がありました。それが人気を集めていたおかげで、ずっと『ストレッチデニムの鳶服は作らないんですか?』という声をいただいていたんです。今回、やっとそのリクエストに応えることができました」
 
  過去にもデニムの鳶服はあったものの(現在は廃番)、ストレッチデニムは初。デニムならではの色落ち感を損なわないようにしつつ、ポリウレタンを2%配合し、ストレッチ機能を追加した。通常のデニムより動きやすいだけでなく、履き心地がいいのもポイントだ。シルエットは細身超超ロングと今のトレンドに合わせている。主に関東で秋冬用として売っていくという。
 
  「鳶のストレッチデニムはややニッチな需要ですが、今までのラインナップになかったという点では意欲作です。今回の新商品は新機軸が多いんですよ」
 
  そう言って川脇さんは、「型番7760/ライダースジャケット」と「型番7760/細身超超ロング八分」の上下を取り出した。
 
  一目見て明らかに“いいもの感”がある。これは鳶服を着ない人間にも有無を言わせない説得力と言える。独特の生地のせいだろうか、机の上に並んだウェアの中でもひときわ存在感を放っている。
 
  「この商品の売りは、この凝った織柄ですね。染め分けた2種類の糸をヘリンボン織りして、他の服とは一線を画すシブさと上品な味わいを出しています。ポリウレタンは入ってませんが、織り方のおかげで少しはストレッチ性があるので着心地もいい。これなら『ほかと違う服が着たい』という人にも満足してもらえるでしょう」
 
  シルエットは細身の超超ロング。形としてはトレンドに合わせながらも、素材や質感の面では「今までにないものをつくる」という寅壱イズムがしっかり息づいているのだ。
 
  ●ワークウェアに「トラスタイル」
 
  鳶服というジャンル自体は縮小する一方で、逆行するような面白い動きもある。鳶服風のワークウェアの人気である。
 
  新商品の「型番7760」は「トラスタイルパンツ」と呼ばれる寅壱独自カテゴリの作業服。庭師や植木屋が昔から履いている乗馬ズボン(鳶衣料のひとつ)を現代的にアレンジし、新しいワークスタイルとして提唱している。
 
  「ファッション業界では『ジョッパーズ型』と呼ばれるズボンで、街中でも近ごろ流行っています。うちではカジュアルなワークウェアとしてこの『トラスタイルパンツ』を提案しているわけですね」
 
  乗馬ズボンとの最大の違いは、足首のファスナーがないこと。「ここにファスナーを付けると完全に乗馬ズボンになってしまう」というからおもしろい。オシャレな作業服とはいうものの足さばきのよさは折り紙付きだ。カジュアルワークウェアで働く関西の鳶にもいいかもしれない。
 
  鳶服は下火と言われながらも、“鳶テイスト”はカジュアルワークに進出しているわけで、鳶服の底力を感じさせる。このように鳶服の持ち味を生かした展開について、川脇さんは次のように語る。
 
  「トレンドを追うんじゃなくて、トレンドに先回りして商品構成を考えていきたいですね。その上で、他がやらない商品を作る。そうしないと値段で比べられて負けちゃいますから」
 
  鳶服の新商品からカジュアル作業服まで。どこを切っても寅壱らしさがあふれ出てくるのだった。
 
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安全靴も意外と人気
 

    

この織柄でこそ際立つ個性がある! 人気上昇中の細身超超モデル

独特の織柄がクールな個性派モデル。染め分けた2種類の糸を織り合わせることで特徴的な風合いを生み出した。日本製生地使用。ストレッチ素材ではないが、ヘリンボン織のおかげで多少は伸縮し、動きやすい。工具袋や安全帯をつけやすいショート丈のライダースに、ズボンは人気の細身超超ロング。カラーはエンジ・コン・茶の3色。


精悍さ+機能性、しかもワイルド! 「寅壱」初のストレッチデニム

寅壱の鳶ラインナップで初となるストレッチデニム採用モデル。生地は綿98%にポリウレタン2%を配合。ほどよい伸びとちょうどいい着心地を生みだした。デニム素材のため、着続けるほどに色落ちや風合いの変化が楽しめるのもポイント。ライダースはシンプルな立襟。ズボンはやや細めの超超ロング。カラーはコンのみ。