【特集3】山城にも行ってみよう!image_maidoya3
編集長はもっと城に行ってみたいと思った。幸いにしてここ関西には有名な城がたくさんある。大阪城をはじめ和歌山城、二条城、姫路城と選び放題だ。ただ、しょっちゅう前を通る大阪城じゃつまらない。姫路城も修理が終わってから家族で見に行ったし、和歌山城は何年か前に花見をしたしなあ……いや正直に言うと、あれだけじっくり彦根城を見た後では、石垣の上に天守のある「いかにもな城」を見たいとはあまり思わないのだ。では、どこかにこれまで訪問したことのあるのとはまったく違う感じの城はないだろうか? できればあまり観光客がいないところで……。ダメもとでグーグル・マップの検索窓に「城」と打ち込んでみる、と奈良県に「高取城」という城があるではないか。場所は明日香村の隣の高取町。このあたりは飛鳥歴史公園と呼ばれる場所で、数々の天皇陵や高松塚古墳、キトラ古墳などの人気スポットも多く、編集長も何度となく訪れている。まさか、あんなところに城があるなんて! しかも高取町観光ガイドのウェブサイトによるとこの城は「日本三大山城」のひとつだというではないか。奈良のローカルな城がそんな大きなこと言っちゃっていいの? と心配しつつも、これはひょっとしたらまだ世の中にあまり知られていない”穴場”かもしれない、と皮算用を始めてしまう。山城なら、彦根城のような平山城(平地にある丘陵に作った城)とは違った面白さがあるはずだ。天気が崩れないうちに行かなくては! さっそく荷物をまとめて高取城の最寄りである近鉄の壺阪山駅に向かった。

特集3
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自然に還りつつある石垣
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修復された太鼓櫓
●明治まで生きた山城
 
  あべの橋から45分ほど近鉄吉野線に乗り、朝7時半に壺阪山駅についた。大阪からアクセス至便である。本当にこんなところにスゴイ山城があるんだろうか……と思いつつ電車を降りて改札を出ると、駅のまわりにたくさん幟(のぼり)が立っているのに気づいた。「日本最強の城 高取城」と書いてある。
 
  ちょ、おま……最強の城って! とツッコみながら詳しく見ると、どうやらNHKスペシャルの城特集で「認定」されたらしい。うん、NHKが認めたなら言いきっちゃっていいだろう。ただ「最強」ということは、要するにアプローチしにくいわけで、軽いハイキング気分で来たのは間違いだったかも、と不安が頭をよぎる。
 
  さっそく駅から高取山に向けてのルート「土佐街道」を登っていく。奈良なのに「土佐」なんて名前が付いているは、6世紀ごろ、大和朝廷の都づくりのため集められた土佐の人が故郷を懐かしんで付けたからだという。中世の城に向かって歩いているのに、なにかと古代史の話が出てくるあたりは、さすが奈良というべきか。
 
  薬屋や豆腐屋、漬物屋、町屋を改装した観光案内所など、意外と活気のある城下町を抜けていくと、ぽつぽつと立派な日本家屋が目につくようになる。お城につきものの武家屋敷だ。いまも人が住んでいるらしく、庭木などの手入れも行き届いている。石垣は築城当時のものかどうかわからないが、歴史的建造物であることは間違いない。この屋敷に住んでいた家臣は、山の上の高取城まで通勤していたのだろうか?
 
  資料によると、高取城の築城が始まったのは南北朝期の1332年。まず南朝方の豪族により原形がつくられた。その後も何度かの改修を経て、1589年からは本多氏による大改修がスタート。天守や櫓を築き、石垣や土塀をめぐらした近世的城郭に強化された。そして江戸時代を経て、最終的に明治2年(1869年)の版籍奉還まで、高取藩主・植村家によって城番が置かれていたという。
 
  南北朝時代の城というと遺跡みたいなイメージを持ってしまうけれど、この城はつい150年前の明治の初めまでちゃんと「稼働」していた。つまり非常に息の長い城なのである。
 
  ●城郭内ハイキング
 
  1時間ほど写真を撮りながらのんびり歩くと、山の入り口に着いた。ここのあたりで舗装路は終わり、あとは城までずっと山道である。傾斜は想像していたより急だが、キツイというほどではない。バテないよう、一定のペースで黙々と歩く。クルマも人もいないので鳥の羽音がやたらと大きく聞こえる。
 
  一見、ごく普通の低山のようだが、山の斜面のいたるところに石垣があって、人の手で作られた地形であることが素人目にもわかる。石垣はコケやツルで覆われ、ところどころ木の根に押されて変形している。土砂ごと崩れたり、石が崩落したりしているものも多いが、原形の3割程度はとどめているように見える。途中、何度か「石垣崩壊につき落石注意」の看板が石垣と一緒に崩れているのを見た。ということは、石垣の崩壊はいまも止まることなく進んでいるのだろう。
 
  汗をかきながらさらに1時間ほど登ると、ついに高取城の入り口「二の門」である。ここには明日香村から持ってきたと考えられる石像「猿石」が置いてある。おそらくルートや地点を説明するときに便利だから設置したのだろう。休憩所があったのでカバンを下ろし、あたりを散策すると、石垣の下に池があるのを見つけた。台風か何かでたまたま水が溜まったのだろうか? と思ったら、高取城の「堀」らしい。案内板によると、山城に水堀が作られるのは珍しいとのこと。そりゃそうだろう、山の斜面にそんなもの作ろうなんて誰も思わんよ……と古人の築城にかける執念に感服しつつ、さらに上へと登っていく。
 
  二の門、三の門、矢場門、松の門、千早門、と次々に門の跡が現れ、単調になりがちな低山歩きにはちょうどいいアクセントになる。だが、この城を攻める側になってみれば、武器を構えたまま息を切らせて山を登り切ったと思ったら、水堀をたたえた石垣と幾重もの城門に阻まれ、そうこうするうちに上から攻撃されるわけで、とんでもない城だろう。「難攻不落にもほどがある」と泣きたくなった人も多いのではないか。
 
  ひとりで山を歩いていると、息切れや足の痛さに意識が集中して余計につらくなってくることがある。ところが山城の場合、石垣だの門だのといった遺構におのずと関心が向かうし、「昔の人はどうしていたかな?」といった具合に、長時間ぼーっと思いを巡らせることができる。結果的に、体調がどうだのペースがどうだのと悩まないで自然と山歩きを満喫できる。山城はハイキングコースとしても非常に魅力的だと思う。
 
  ●そして本丸へ!
 
  壺阪山駅から歩くこと2時間半、ついに二の丸に続く大手門に到着した。ここまでくると苔むした石垣もピシッと整っていて、完全に「お城」という雰囲気だ。さっきまでトレッキングしていたのに突然、大阪城や姫路城と同じカテゴリのものが目の前に現れたことに困惑する。わかっていたとはいえ、山のてっぺんにこんなものがある事実が信じがたい。
 
  天守や御殿(住居)といった建物は何も残っていない。それなのに、この高い石垣に囲まれた本丸があるだけで「城」に見えるものなのだな、と感心してしまった。本丸の手前には昭和47年に修復された太鼓櫓があり、石階段で登れるようになっていた。上がって西を向くと奈良盆地の向こう側に特徴的なシルエットの二上山が見える。この日はモヤがかかっていたが、条件が良いときには大阪市内のビルも見えるという。写真を撮って石段を下りると足元の石がゴトリと動いて冷や汗が出た。
 
  虎口を抜けていよいよ最終地点、本丸に入った。繰り返しになるが建物はすでになく、ただの平地である。本丸に着いたら時間をかけてじっくり見ようと思っていたものの、ただ広い本丸の中で、もはや観察の対象になるものは天守台の石垣くらいしかない。その天守台の上も建物はなく、文字通り「台」である。
 
  せっかくここまで登ったのに、すぐ帰るのはもったいない気がする。でも特にこの本丸の上でやることもない。まるで家に帰る前に目的もなく繁華街をぶらつく会社員のようだ。手持ちぶさたで歩き回っていると、年配ハイカーの率いるグループがインスタントラーメンを作っていた、まだ10時台なのに。あ、そうか、こちらも彼らのように何か頂上で行うイベントを用意しておけばよかったのだ。コーヒーを淹れるとか、カップ麺を作るとか、せっかく広い平地があるんだから……。仕方なく行動食のビスコをつまみながら、セルフタイマーによる「自撮り」にチャレンジしてみたが、あっさりと成功してまたやることがなくなってしまった。
 
  登りが終わったことに加えて、風を遮るものもないので急速に体が冷えてくる。ふもとまでトイレもないので、本丸の下をぐるりと回ってから下山することにした。
 
  本丸を支える石垣の下。これが高取城でいちばんの見所かもしれない。石垣全体をみると整っているが石はバキッと割っただけで、整然の中に荒々しさがある。石垣の隙間に草が生えて、ところどころこんもりと藪になっているのが、いかにも忘れられた史跡の風情というか、秘境のようなロマンを感じる。まるでインカやアステカといった古代都市の遺跡を見ているようだ。
 
  やや名残惜しさを残しつつもトイレに行きたくなったので、さっさと下山する。下りでは、5組ほどのハイカーとすれ違った。4、5時間もあれば充分往復できる山だから、午後から登るのにもちょうどいいのだろう。
 
     ☆
 
  城下町に戻って観光案内所で休憩する。名産品やお土産物も売っているなかで、メインは高取城グッズである。お店の人が「縄張り図は持ってますか?」と、これから上ると思しきハイカーたちに声をかけている。そうか、ここで縄張り図をもらってから登ればよかったのか……でも、午前中に行ったおかげで誰もいない城をあじわえたのだからよしとしよう。
 
  コーヒーを注文すると、高取城の解説DVDを上映してくれた。
 
  「こんな城があるなんてちっとも知らなかったです」
 
  「そりゃそうでしょう、地元の人ですら行ってなかったような場所ですから。急に有名になってみんな驚いていますよ」
 
  日本には、まだまだ自分の知らないユニークな史跡や心を動かされる景観があるのだろう。「山城」は、そんな新しい扉を開くためのキーワードに違いない。
 
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本丸にもう建物はない
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本丸にも「日本最強の城」の幟が