【特集3】肉体労働で恩返し!image_maidoya3
「楽園のような環境との格闘」という倒錯したシチュエーションを乗り越え、なんとか内地から持ってきた仕事を終わらせた編集長。そのまま父島での休暇に入っても、業務上のメールだけは地元にいるかのように返信し続けている。しかし、面会やアポを求める内容だけはどうしようもない。突然届いた某大手経済紙からのメールに「船がなくて2月まで戻れないんです」と正直にお詫びを書いて送信すると、そのまま返事が来なくなった。生き馬の目を抜く競争社会でしのぎを削るビジネスパーソンにとって、「小笠原にいます」が逆鱗に触れるひとことであるのは想像に難くない。ただ、こちらずいぶん島民マインドを身に着けてきているから、今さら「仕事が減ってしまった」なんて思うわけもない。さあ、そんなことより今日の夕日はどこで見ようかな? 山の上でクジラを探しながらでもいいし、砂浜に座ってオレンジや紫色に染まる海をずっと眺めるのもいいなぁ……と、展望台で朝日を浴びながら思いめぐらす始末である。ただ、このような心豊かな生活を送り続ける一方で、体が新たな刺激を欲し始めているのにも気づく。お気楽なトレッキングや海水浴ではなく、ガッツリ負荷を感じるハードな活動、いや肉体労働を――。その望みは意外と早く叶うことになった。

特集3
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作業服が買える島で唯一の雑貨店
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「手足モノ」の品揃えは非常にいい
●父島は道路がすごい!
 
  これまで自然の魅力についてさんざん語ってきたが、じつは小笠原にはまだ触れていないオンリーワンの特徴がある。それはインフラの充実度である。港湾やダムなどはよくわからないけれど、道路はとにかく素晴らしく、文句のつけようがない。内地の郊外で見かけるようなアスファルトのひび割れやブロックの隙間に育った雑草には、ここではまったくお目にかからない。同じ島でも九州や四国の離島とは大違いだ。島を一周する二車線の道路は快適そのものである。原付バイクを借りたときは「山道でのスリップが怖いな」と思っていたものの、そんな心配は無用。むしろ最高のツーリングコースだった(といっても30分足らずで1周してしまうが)。
 
  登山道や遊歩道もパーフェクトである。腐食した丸太階段や剥がれた石畳、ガタつく一本橋といった内地でおなじみのものが、この島にはまったくない。ジャンプで通り抜けられそうな湿地にも「やり過ぎだろ」と言いたくなるほどしっかりした橋がかけられ、急斜面にはいかにも予算のかかっていそうな階段が設置されている。トレッキングというよりレッドカーペットを歩いているような気分だ。島のいたるところにある展望台でも、傾いた杭や荒れた法面が放置されていることはなく、補修が必要(?)なところは、すべてカラーコーンで囲って修繕スケジュールに組み込んでいた。
 
  なんでこんなに恵まれているの? というのが素直な感想である。離島といえば風化してジャリジャリでガタガタになった道路に傾いた看板、標識を覆いつくす木々、というのが通り相場なのに、これでは内地よりずっと贅沢ではないか――と、首をひねりながら宿に戻ってふと外を眺めれば、メイン通りの植栽を4、5人の作業員が刈っていのだ。そ、そんなに伸びてる?
 
  地元ガイドの説明は「公共事業です。もうすぐ年度末ですから」というもの。政治的な意味に受け取られないよう、言葉を選んで質問していくと、小笠原の充実したインフラはさまざまな要素が絡み合った結果のようだった。まず明治時代の入植以来、日本の領土としてのアピールが必要だったこと。そして戦後、1968年に米国から返還されると国や都による振興開発計画が始まり、延長が繰り返されたこと。その上、2011年にはユネスコの世界自然遺産に登録されたこと。つまり、小笠原には領土保全・都市開発・観光振興・自然保護など、さまざまな方向性で予算が付けられているのだ。
 
  ●ワークウェア天国!?
 
  そんな公共事業の島だから、街は土木や建築の作業員ばかりである。島民が出払って観光客もいないドック期間のせいかもしれないが、5人に1人はワークウェアを着こんだガテン系。工事を請け負っているのは島の会社だけれど、働いているスタッフの中には内地から来た人も多い。仕事は日没で終わるし、休日には山や海で遊べる。島内の店や「おがさわら丸」で何度も再会するから、自然と友達ができる。都内でバイトしようという人がいたら、ぜひ小笠原をおすすめしたい。
 
  冬の父島ワーカーの服装は、基本的に内地の夏ウェアである。よく動く人はコンプレッションウェアが基本。15℃ぐらいの日もあるから、長袖も用意しておかねばならないものの、ダウンは要らない。冷たい風が吹く日はみんなネックウォーマーなんかで凌いでいる。内地から来ているのだからあたりまえだが、今風のカジュアルワークウェアにスポーツメーカーの安全靴を履いた人も多い。
 
  驚くべきことに、作業服は島内でも買える。島に一軒の生活雑貨店では、土木建築用だけでなく、安全靴や長靴、電気工事や飲食店やメディカル用のウェアまで揃っているから、急に働くことになっても安心だ。やや型番が古い気もするものの、売り場ではバートルやクロダルマといったおなじみのメーカーの上下が多サイズで展開されている。カジュアルウェアやスーツは手に入らない島でも作業服だけは売ってるんだから、つくづくワーキングは偉大である。
 
  かくいう編集長も、冷え込む日には長袖の作業服を着ていた。じつは家を出発するとき、向こうでどんな活動をするかわからないから、なんでも対応できる恰好で行かなくちゃ……と考えて、薄手で着心地もいいワークウェアを羽織って出かけたのだ。この選択は予想以上に正解だった。丈夫だから山でも安心だし、ポケットがいっぱいあるからスマホやカメラ、双眼鏡、ヘッドライトなどを上着に入れて、手ぶらで山を散策することができる。クジラは出るし防空壕などの戦跡も多い父島では、持ち歩くものが多くなってしまうのである。
 
  ●登山道を修繕しに行く
 
  このように旅にも便利な作業服が一番役に立ったのは、ボランティア活動だった。
 
  旅行者仲間から「登山道の補修を手伝ってくれる人を探している。丸太20kgを運ぶ仕事です」とLINEが来たので、なんとなく手を挙げてみたのである。4,5人で運べばひとり5kg未満。どうせヒマだし旅も終わりに近づいている。少しくらい筋肉痛になってもいいだろう、との判断だ。
 
  翌朝、指定された宿の前にメンバーが集合すると、挨拶も早々にハイエースで島の南部へ向かう。現場に続く登山口に着くと、日本中で登山道を直しているという親方とスタッフが、チェーンソーにバールといった仕事道具を並べて、ガチャガチャとカゴに詰み込み始める。続いて林業などで使う背負子(しょいこ)がボランティアの人数分、並べられたかと思うと、どこからともなく数本の丸太が出てきた。
 
  あっ、これマジなやつだ――と思ったときにはもう遅かった。丸太は「合わせて20㎏」ではなく「ひとつ20㎏」。これを数人のボランティアがそれぞれ背負子に縛り付け、登山道の途中にある現場まで担いで荷上げするのである。
 
  ここまで来たら覚悟を決めるしかない。親方の助けを借りて、丸太とバックパックを載せた背負子を担ぐ。
 
  「イイねー、写真撮っといてあげるよ」
 
  丸太経験者の島民が場を和ませてくれる。が、返事をすることすら難しい。重い荷物には慣れているので20kgくらいなら何とかなると思ったのだが、ベルトで体に密着させることができるバックパックと、長くて太い重量物をくくり付けた背負子とでは大違いだ。38歳にして新たな発見をした。丸太は、すごく、重い!
 
  山を登り始める。視線は足元だけに注ぐ。ちょっと足を滑らすだけで大怪我するのは間違いない。丸太さえなければきっと鼻歌交じりのハイキングコースなんだろうが、景色なんかより安全が優先だ。ところどころ足元にゴロゴロと、こぶし大の石があってイライラする。跨いで越えようにもなかなか足が上がらない。それでもなんとか前の人に付いて一定のペースで進む。
 
  ようやく足運びにも慣れてきた、と思ったら飛び石の要領で谷を越える難所が出てきた。立ち止まるとかえって危険だから、深呼吸して一気に渡る。ここが山でなければ「無理っす」とリタイヤしていただろう。人間、追い詰められればなんだってやれるものである。
 
  ●小笠原よ、ありがとう!
 
  ハードな丸太運びだったが、距離が短いのは幸いだった。現場に着くと、親方が丸太をひょいと担ぎ上げ、スタッフと取り付け方を相談し始めた。さっきまでボランティアを苦しめていた丸太がボストンバッグのように取り回されている光景に、目を疑ってしまう。
 
  「えーと、じゃあこのへんで切って、この岩と木の根っこに噛ませて……」
 
  親方は保護ズボンを身に着けると、目印も付けずにチェーンソー作業を開始。その間にスタッフは古くなった丸太や邪魔な岩を取り外したり、固定用の石を集めたり、と一糸乱れぬチームプレイが繰り広げられる。結果、傷んだ登山道(素人目にはよくわからない)は、コンクリートも釘も使わず、ガッチリ修繕されたのだった。うっとり見とれてしまうほどの職人技である。
 
  作業が終わると、親方がねぎらいの言葉をかけてくれた。
  「ごめんねー、重かったでしょ。来るんじゃなかったって思った?」
  「とんでもない、いいもの見せてもらいましたよ!」
 
  帰り道は丸太なしの楽々ハイキングである。40km向こうの母島が見える絶景ポイント、千尋岩の景観をたっぷり味わってから、戦跡などを見学しつつ遠回りで下山する。帰り道に見た数時間前の「難所」は、せせらぎの音に小鳥の声が混じる桃源郷のような場所だった。
 
  宿に戻ると18時を過ぎていた。さすがに疲れがたまっている。しかし、少しだけ小笠原に恩返しができた。そう思うと汗や筋肉痛も心地よい。そうだ、いつかまたあの登山道を歩いて、仲間と担いだ丸太を見に行こう――。
 
  ひょっとしたら、また新たな旅が始まったのかもしれない。
 
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作業現場までチームで荷揚げ
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今回、補修が終わった登山道