【前編】トランプ政権とは何だったのか?image_maidoya3
2020年は歴史の転換点として記憶されるだろう。年初に始まった新型コロナウイルスの感染拡大により、12月末までの世界の死者数は170万人を記録。景気後退による貧困層の拡大も深刻で、20年の世界経済の成長率はマイナス4.4%と見込まれている(国際通貨基金10月の予測)。そして何より恐ろしいのは、現下のパンデミックの先行きがまったく見通せないことだ。このような恐慌や戦争にも例えられる状況で、11月に行われたアメリカ大統領選挙では現職のドナルド・トランプ大統領が敗北。コロナの禍中で超大国は大きく舵を切ることになる。トランプ政権とは何だったのか? また「アメリカ・ファースト」や既存政治の否定に代表される「トランプ主義」の行方は? アメリカ政治や日米外交を専門とする国際政治学者、同志社大学教授の村田晃嗣氏に聞いた。

前編
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トランプ大統領について語る村田氏
●現代史の中のトランプ
 
  ――まずトランプ政権の総括からお願いします。現代でトランプほど物議をかもしたアメリカ大統領はいなかった気がしますが、やはり彼は特殊な政治家だったのでしょうか。
 
   トランプ政権については、私は今までにない新しいものが出てきたわけではないと思っています。
   移民排斥にしても、アメリカの歴史をたどれば過去には中国移民の排斥があったし、さらに昔にはアイルランド系移民の排斥もあった。移民の国でありながら――、だからこそ移民排斥の動きは何度もあったわけです。
   手法についても同じことが言えます。議会が言うことを聞いてくれないから大統領令を出しまくるといったやり方は、オバマ前大統領がやってきたことです。
   アメリカの歴史を振り返れば、人種差別主義者の政治家はいっぱいいたし、大衆迎合的な政治家(ポピュリスト)もいっぱいいた。ただ、人種差別的で大衆迎合的な人物が大統領にまでなることはこれまでなかった。そしてその姿勢をここまで過激に表現する大統領もいなかった。
 
  ――そういう人物が、なぜ大統領になれたのでしょう?
 
   背景にはここ20年のアメリカ社会の動揺があります。
   2001年の同時多発テロ以降、ブッシュ政権のもとでアフガニスタンとイラクという二つの大きな戦争があって、アメリカはもう世界の警察であることに疲れてしまった。そんな思いを一般の人々が持つようになった。
   そこに2008年のリーマンショックが追い打ちをかけて、アメリカ経済に対する悲観論が広がり、貧富の格差が拡大した。
   さらに社会がどんどん多様化しました。白人の人口はどんどん減っていってヒスパニックやアジア系が増えていく。LGBTと言われる性的マイノリティの発言も増えてきました。
   アメリカの人々は戦争に倦み疲れ、経済に混迷し、社会の多様化に当惑していた。
   こういったものがぜんぶ組み合わさったところに、新しいメディアとしてSNSが登場し、さまざまな意見が容易に拡散していくようになった。
   このような事情がトランプ大統領の登場につながったと思います。
 
  ――そんなトランプの政権運営はうまくいったと言えるのでしょうか。
 
   ほとんど行政経験のないトランプ大統領がこの4年間やってこれたのには、次の理由があります。
   第一に「景気が良かったから」。公共事業への投資や減税が効いて豊かだった。
   第二に「失業率が低かったから」。失業率は過去50年間でもっとも低水準でした。
   第三に「岩盤支持層がいたから」。何があってもトランプを支持する4割があるので、あと数%上積みできればだいたい過半数の支持をキープできた。
   そして、最後が「トランプは戦争を始めていないから」です。
   トランプの命令によって戦死した人はほとんどいなかった。アフガンとイラクで5万人が戦死して、PTSDで帰国後に5万人以上自殺している。これを考えるとトランプが大きな戦争を始めなかったのはプラス材料なわけです。
 
  ●「戦時大統領」への評価
 
  ――再選に向けて、トランプにはいい材料がそろっていたわけですね。
 
   はい。ところが、いま挙げた4つの要素が新型コロナで一気になくなってしまったわけです。
   景気は世界的に見てGDP前年比で5~6%のマイナスという事態になった。失業率もコロナが本格化する前の1月は3.6%だったのが、コロナ蔓延の4月には約15%になって、世界恐慌後でいちばん高い数値を出した。いま(20年12月時点)少し落ち着いたとは言っても9%近いわけで、ものすごく高い。
   今回の選挙を見れば明らかですが、岩盤支持層も一部が崩れ落ち、離反しました。おもに白人の高齢者です。ふつう老人というのは頑固で考え方をあまり変えないものなのに、彼らは「コロナ対策の遅れで自分たちの命が脅かされている」と感じたのです。こうして白人高齢者の支持が崩れていった。
   もうひとつ崩れたのは、白人の女性で子供を持っている人たちです。「学校はいつ再開されるのか」とか、「安全に学校に通えるのか」といった、子供の健康や教育に対する不安によって、トランプ支持から離れていった。
 
  ――景気の悪化・失業率の急上・岩盤支持層の崩れといったマイナスはあっても、まだ「戦争を始めていない」というプラス材料は残っているのでは?
 
  「トランプの命令で戦死した人がいなかった」という理論もコロナ対策で消えました。
   トランプは当初、コロナを軽視していて「こんなものは風邪と同じだ。インフルエンザより軽い」「4月のイースター(復活祭)のころまでには収束している」といっていた。それが今や28万人(20年12月時点)の死者を出してしまっている。
   そして、途中からトランプは「コロナとの闘いは戦争だ」「自分は戦争を指揮している戦時大統領だ」と言い出した。もしトランプの言う通り、コロナ対策が戦争だとするなら28万人の戦死者を出したことになる。すべてがトランプの責任とは言わないけれど、トランプ政権の対応がもっと素早くてもっと効果的だったなら、話は違った。トランプのせいで死ななくて済んだ何万人かのアメリカ人が死んだことは間違いない。
   言い換えれば、トランプのために死んだ人が出てきた。28万人という数字は、ベトナム戦争以降でアメリカがやったすべての戦争の死者数を上回る途方もない数です。
   つまり、コロナによってトランプ政権を支えてきた条件がぜんぶ崩れ落ちた。消えてなくなったのです。
 
  ●"現職トランプ"が受けた逆風
 
  ――「現職の大統領」というのはプラスに働かなかったのでしょうか。
 
   もしコロナがなければ今回はトランプが勝っている選挙です。景気が良くて、失業率が低くて、支持層が安定していて、戦争をしていない。普通に考えれば現職の大統領が再選します。だから選挙戦の不利が伝えられても、日本人の中には「今回もトランプが逆転勝利するのでは?」という声があった。
   ところが、4年前と今では状況が大きく違います。
   ひとつ目は、4年前は「隠れトランプ派」と呼ばれる人がけっこういたこと。トランプのように行政経験のない、言動が不安定な人物を支持しているというのは知性が問われる。そう考えて表立って支持しているとは言わないけれど、じつはトランプを支持していた人々です。
   しかし、4年前のドナルド・トランプは何度も破産を繰り返したニューヨークの不動産王だったのに対して、今回のトランプはアメリカ合衆国の第45代大統領です。現職の大統領を応援するのに隠れる必要はない。今回も「隠れトランプ」はいたかもしれないが、前回にくらべれば圧倒的に少なかったはずです。
   二つ目は、4年前にトランプに投票した人たちは「期待」で投票したこと。
   トランプは未知数だけれど、トランプならアメリカの政治を変えてくれるかもしれない、ブッシュ親子やクリントン夫婦といった型にはまったしがらみだらけの政治を一変させてくれるかもしれない、という思いがあった。いうなれば「未来への期待」「これから4年間への期待」でトランプに投票した。
   対して今回の選挙でトランプに投票するかどうかを決めるのは「過去4年間にトランプが何をしたか」の評価です。
  「まだ起こっていない未来への期待」と「すでに起こった過去4年間への評価」で、トランプに対する投票行動が変わるのは当然のことです。
 
  ――それでも、日本のメディアではトランプ再選の予測をよく耳にしました。
 
   三点目として忘れてはいけないのが、4年前は偶然の勝利だったことです。
   前回たしかにトランプはヒラリー・クリントンに勝ったが、一般の得票数はヒラリーの方が300万票近く多かった。じつは多くの激戦区でトランプは誤差の範囲で勝っています。
   私たちは前回の結果があまりにも意外だったので、トランプの当選があたかも必然であったかのように思い込むようになった。けれども、じつはトランプは2016年、たまたま勝ったに過ぎない。偶然勝った人が、偶然負けてもおかしくない。
   大統領投票人の獲得数が、トランプ232・バイデン306というのは前回のトランプ・ヒラリーの数を逆にした数値です。今回の結果は、前回僅差で勝った人が今回僅差で負けたということに過ぎない。前回の体験から「トランプが勝つのは必定」と思い込んでいると、今回の結果が意外に思えるわけです。
 
  ――選挙結果には「バイデンが勝った」というより「トランプが負けた」という印象を受けます。
 
   よく言われるのは「なぜ民主党はバイデンのような高齢者を候補にしたのか?」ということです。もし勝って大統領になっても、78歳では1期4年しかできない可能性が高い。
   その理由は、さっき言ったように「普通に考えてトランプが勝つ選挙だったから」です。民主党からすると、今回の大統領選で負けるのはわかっている。けれども誰も立候補しないわけにはいかないから、仕方なく戦う。言ってしまえば消化試合です。だから本当に優秀な人たちは、今回は見送って次の2024年の大統領選を待つことにした。
   そういう意味では、バイデンは負けても構わない旧世代のリーダーだったわけです。ところが、コロナによって意外な勝利が転がり込んできた。
 
  ●「アメリカ・ファースト」の行方
 
  ――この4年間、トランプが繰り返し唱えてきた「アメリカ・ファースト」、自国第一主義はこれからどうなるのでしょう?
 
  「アメリカ・ファースト」は1930年代に言われていたキャッチフレーズであって、今回が最初ではありません。これからも、アメリカが戦争はイヤだと思う時期にはこの「自国第一」の議論は出てきます。
   また「自国の立て直し」という意味ではバイデン政権になっても続いていくでしょう。
   バイデン氏は経済対策として大規模な公共事業をやると言っています。いまアメリカでは、インフラの立ち遅れが目立ってきているし、教育分野にもテコ入れが必要です。高等教育はハーバードとかすごいところがいっぱいあるけれど、初等中等教育にも投資しないと、中国との長期的な競争に勝てるのかという話になる。
   だから、トランプほど露骨に「アメリカ・ファースト」とは言わないまでも、アメリカが対外的な関与をものすごく選択的にして、「まずは自国の立て直しに専念する時期である」と。こういう傾向は続いていくと思います。
 
  ――トランプとその支持者による「既存政治の否定」は、今後も影響しますか。
 
   既存政治の打破というのも、やはりアメリカの政治では繰り返し言われることで、新しい話ではありません。
   1972年のウォーターゲート事件の後には、カーターという全国的にはほとんど無名な人が大統領になったり、1980年代には映画俳優出身のレーガンに人々が期待を寄せたり……。既得権益とか既存政治に対する危機感、日本でいう「永田町政治」に対する反発のようなものは絶えず起こるし、これからも繰り返されていくでしょう。
 
  ――俳優出身のレーガンと言えば、トランプも「トランプ役」を演じていたように感じます。
 
   俳優というより、トランプがやっていたのはプロレスのヒール(悪役)ですね。
   レーガンは、実態はどうあれ、国民を包み込む役割を演じようとしていました。異なる人々を笑顔で抱きかかえる父親のような役割を演じようとしていた。一方、トランプは国民を分断し対立させる役割を演じてきたわけで、方向性がぜんぜん違う。しかも、SNSの書き込みで怒りを掻き立てるとか、これまでにないやり方を使って。
   つまり、白人男性中心の古い価値観を新しい手法で展開した――。
   トランプとはそんな大統領でした。