【中編】バイデン大統領でどう変わる?image_maidoya3
来たる1月20日、米ワシントンD.C.の議会議事堂前で第46代大統領ジョー・バイデン氏の就任式が行われる。お祭り騒ぎで有名な同式典だが、今回はコロナ対策のため参列者を限定し、テレビ中継やオンラインでの「参加」が呼びかけられている。当日正午で任期切れとなるトランプ大統領の出席は未定。「平和な権力移譲」にさっそくケチが付くなか、バイデン政権はスタートを切ることになりそうだ。11月の勝利宣言で語ったテーマは「分断から結束へ」。目下のコロナ対策に加えて、中間層の暮らしの立て直し、人種差別の根絶、気候変動問題など、問題山積のアメリカをバイデン氏はどう導いていくのか? そして外交路線はどう変化するのか? 中編では、発足間近のバイデン政権について聞いた。

中編
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視線は早くも2024年に向けられている
●「バイデンには時間がない」
 
  ――続いて、この1月に誕生するバイデン政権の見通しをうかがいます。
 
   バイデンについて、まず押さえておきたいのは「持ち時間が非常に限られた大統領である」ということです。
   彼は2021年で79歳になります。法律上はともかく現実的には1期4年しかできないでしょう。
   しかも、その4年間という時間をすべて使えるわけではない。1月20日に就任しても最初の1年くらいはコロナ対策で潰れる。そして2022年になると中間選挙がある。この中間選挙がバイデンにとっての最後の選挙になり、22年は別の大統領候補が戦うことになる。22年11月の中間選挙が終わると、政治のプロたちは次の大統領選挙の話、次の大統領候補の話を始める。ということはバイデンは急速にレームダック化する。22年11月以降、バイデンは影響力が落ちていくのです。
   すると、ただでさえ持ち時間は4年なのに最初の1年がコロナ対策で潰れ、22年11月以降は影響力が急速に低下していくとすると、バイデンの持ち時間は実際1年くらいしかない。
 
  ――対中関係など、限られた時間で外交のリーダーシップをとることはできるのでしょうか。
 
   中国に対して、トランプは貿易問題で戦う姿勢を示して、さらには選挙対策でもあるけれど、コロナの責任をすべて中国に押し付けてバッシングを重ねました。これに対して、バイデン政権は「中国に融和的なのではないか」「トランプに比べれば次の政権は中国に軟弱な態度をとるのでは?」と予測する人もいるようです。
   しかし、バイデン政権になっても中国に対して基本的には厳しい態度をとることは間違いないでしょう。
   コロナが相当アメリカの世論を変えてしまったからです。各種の世論調査で7割くらいの人が「中国は信じられない」「中国は危険だ」と答えていて、「中国は信じられる」「友好的だ」と答える人は2割もいない。
   こういった世論に照らすと、民主主義の国であるアメリカでは、中国に対して軟弱とみられる態度をとることは、もはや政治的には自殺行為であると言えます。誰が大統領であっても、民主党であろうと共和党であろうと。
 
  ●入り混じる外交スタンス
 
  ――それでも、バイデン政権の外交スタンスはつかみにくい印象です。
 
   外交問題に対して、バイデン政権は基本的に3つのグループで対応していくと見られます。
   第一のグループは「従来の外交安全保障の専門家」です。
   彼らは、日米同盟の重要性、言い換えれば、日本列島に米軍基地を維持していることがアメリカのアジア戦略にとっていかに死活的に重要であるか、ということをよくわかっている。専門家であれば共和・民主の党派を問わず、日米が協力して中国に対処しなければならないことは承知しています。
   続いての第二・第三のグループは共和党にはあまりいないタイプですが――。
   第二のグループは「民主党左派の人権派」です。
   彼らは、ウイグルやチベットなどで中国が行っている人権弾圧が許せない。あるいは香港での民主化の弾圧も座視できないと考えている。民主党だから中国に甘いと考えがちですが、民主党左派は人権問題で中国に対してきわめて厳しい姿勢で臨んでいるのです。
   そして、第三グループが「地球環境問題重視派」です。
   彼らは、アメリカが抱えている重要な課題、グローバルアジェンダは地球温暖化の問題だと捉えていて、対処するためにはアメリカと中国が協力するしかないと考えている。つまり――、
  ①日米機軸で中国に当たるべきだというグループ
  ②人権の観点から中国に厳しい態度をとるべきだというグループ
  ③地球環境問題から中国との協力が必要だというグループ
   この3つに分かれている。彼らの合従連衡によって今後のバイデン政権が運営されていくことになるでしょう。
 
  ――日本はこれら3つのグループと協調していけるのでしょうか。
 
   まず、①の「日米同盟重視派」は日本の友人と言えます。
   ③の「地球環境重視派」の人たちとも協力し合えるでしょう。ご承知のように菅総理は所信表明演説で2050年にはカーボンフリーを実現すると言っている。あの段階では大統領選の結果ははっきりしていなかったけれど、明らかに菅政権はバイデン氏を前提にして、政策アジェンダを寄せていったという印象です。地球温暖化の問題で、バイデン政権と菅政権とは協力し合えるでしょう。
   さらに中国ですら、2060年をめどにカーボンフリーと言いだしている。日本としては、米中の間で板挟みになるよりみんなで協力してやっていけるほうがいい。そういうアジェンダにしたいと日本も思っているわけです。
   さて、問題は②の「民主党左派・人権派」の人々です。
   日本にもこういった人たちがいるのか、ウイグルやチベットの人権問題が許せない、香港の民主派弾圧が許せないと思っている人がたくさんいるのかというと、疑問です。
   日本でそういう議論をする人たちは、中国をバッシングするためにしているのであって、本来の人権問題としてウイグルやチベットの人々に同情したり、香港の将来を憂いているのではない。中国批判の口実に使っている。本当に人権の価値共有をしているかというと、私は怪しいと思っています。
   そういう意味では、日米同盟の将来にとっての意外と大きなアキレス腱として「人権問題についての日米の温度差」というのがあるのではないか。
 
  ●これからの民主党と共和党
 
  ――先ほど、本当の勝負は2024年の大統領選だという話がありました。両党にとって、どんなことが今後4年の課題となるのでしょう?
 
   まず共和党からお話しすると、共和党はこの4年間でトランプ派になってしまいました。しかし、白人の人口はどんどん減っていくわけだから、このまま白人男性中心の価値観でやっていくとどんどんマイナー化していくことは目に見えています。
   そこで、支持を広げて2024年の候補者となる次世代のリーダーを育てていくために「脱トランプ」が必要となります。今はまだマイノリティーだけど、これから力を増してくる勢力を支持者に取り込めるか。ヒスパニックやアジア系・黒人といった人たちをどれだけ支持者に取り込んで共和党を多様化できるか。そういった層を取り込むことで白人男性中心の共和党から脱却できるかどうか。これが共和党の課題です。
   実際、今回の議会選挙で共和党は善戦しています。その理由の一つは、女性とか黒人の候補者を意図的にたくさん立てて、そこでちゃんと勝ったからです。
   トランプ自体も乗り越えるべき壁となります。トランプは大統領をやめた後にもツイッターで発信したり、テレビで発言したり、自分に敵対的な人を攻撃したりし続けるでしょう。あと4年かけて、どれだけトランプの影響力を薄めていけるか。これも大きな課題です。
   よく人類は新型コロナウイルスとしばらく共存していかなければならないという意味で、「ウィズ・コロナ」という人がいますけれど、同じようにアメリカも「ウィズ・トランプ」の時代が続くのです。トランプが去ったとは言ってもトランプは発言し続ける。これを乗り越えられるかどうか、です。
 
  ――マイノリティーの支持を得ている民主党は一歩リードしていると言えますか。
 
   民主党も油断はできません。女性や黒人、ヒスパニックといった人々が民主党を応援してくれるのは当たり前だと思っていると、共和党の選挙戦略に負けてしまうでしょう。
   本来の支持者をもう一回しっかりつかみ直して、党内の左派とバイデンに代表される穏健派とをどうやって橋渡しするか。そのことに成功しないと、民主党の中が2つに分かれてしまって弱体化しかねない。
 
  ●驚嘆すべき「民主主義の復元力」
 
  ――コロナ以外にも格差の固定化、人種間対立など、アメリカは深い傷を負っているように見えます。この状況から回復できるのでしょうか。
 
   これからのアメリカ社会がどうなるかは、はっきり言ってわかりません。しかし、今回の選挙の結果を受け止めて単純に言うなら、勝利したのはアメリカの民主主義だと思います。
   アメリカの民主主義は復元力を持っていたということです。いったんはトランプ的なものに身をゆだねたけれど、それでも4年後には7800万人の人がトランプにNOを言って軌道修正しようとした。選挙前にはトランプ支持者もバイデン支持者も銃を買いこんでいるとか暴動がおこるとか言われたけれど、そんなことはなかった。
   選挙の前にトランプが最高裁の判事を指名したことで、保守派が多数になったから最高裁に持っていけばトランプは必ず勝てる、とかいう説もあったけれど、最高裁はトランプの訴えを棄却した。
   そういう意味では、アメリカの民主主義がフェアに機能したし、アメリカの司法もまっとうに機能して大統領選挙人を確定することができた。
   バイデンに入れた人とトランプに入れた人、合わせて1億5000万人もの人が投票したわけで、このことでもアメリカの民主主義は活力を持っていることを示した。
   アメリカが復元していく可能性は充分にあると思います。
 
  ――異文化への不寛容や国際合意の否定など、「自由と民主主義の国」といった日本人のアメリカ観も大きく揺らいだように感じます。
 
   アメリカというのは、そのときどきで非常に大きく変わる国なのです。トランプみたいな人が登場したと思えば、今度はそれとはぜんぜん違うことを言う人が出てくる。そのときどきの短期の振れ幅というのは、非常に大きいものがある。
   しかし、長期的に見るとけっこうコンスタントだと思います。
  「アメリカは歴史も文化もない」なんてことを言う人もいるけれど、アメリカ合衆国憲法が制定されたのは1788年です。当時の日本といえば田沼意次が失脚して、松平定信の寛政の改革がはじまったころ。アメリカはそのころからずっと同じ憲法で、同じ政治体制を続けているわけです。
   日本はその後に江戸幕府が倒れて、明治維新があって、大日本帝国も滅びて今に至っているわけで、それに比べるとアメリカの政治体制の方がはるかにコンスタントといえる。
   アメリカ政治を理解するには「短期的な振れ幅」と「長期的な一貫した流れ」。この二つを同時に見る必要があると思います。
 
  ――問題は山積みでも日本社会のような閉塞感は少ないように感じます。ポジティブな空気というか。
 
   自分たちで自分たちの社会や歴史を築ける、変えられる――。そう信じているからでしょうね。
   もちろん、格差がどんどん広がって次世代に受け継がれると、だんだんそう思えなくなってくるという面はあるけれど。
   それでも、アメリカは恐ろしいポテンシャルを持った国だと思います。
   もちろん人種差別もあるし犯罪も多い。でも、いろいろな問題を抱えながら、あれだけ多様な人々を受け入れて、かつ人口が増え続けている。女性の政治参加も多いしマイノリティーも活発に発言している。
   そういうアメリカの活力だけは、決して過小評価していけない。軽んじてはいけないと思うのです。