【後編】米中のはざまで日本は?image_maidoya3
トランプ政権の4年間で深まった米中対立――。貿易収支の問題に始まった軋轢は、為替操作疑惑や知的財産問題にも波及し、2018年には「貿易戦争」と呼ばれる事態に。さらには技術流出や安全保障の面でも中国排除論が噴出。対立は20年1月の米中貿易交渉による「第一段階の合意」でひとまず収まったものの、新型コロナ・パンデミックの責任論をめぐって再び激化しつつある。このような「冷戦」に例えられる状況を生んだのが、めざましい中国の発展だ。経済的にも軍事的にも力をつける中国に、アメリカと同盟国はどう対峙していくのか? そして東アジアで大国化する中国と向き合う日本の課題とは? 最後となる後編では、米中対立の見通しと日米関係の将来について聞いた。

後編
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同志社大学・今出川キャンパスで
●米中が直面する「人口問題」
 
  ――最後のトピックは「日本の立ち位置」です。もちろんアメリカは最大の同盟国ですが、日本としては大国化する中国からも目が離せません。
 
   米中関係において重要なのは「2030年ごろには中国のGDPはアメリカを抜く」ということです。
   少し前まで、アメリカは「中国はアジア太平洋で大国になろうとしているけれど、グローバルにアメリカに挑戦することはないだろう」と思っていた。ところが、最近の中国は明らかに地域覇権だけじゃなくてグローバルな覇権を賭けてアメリカに挑もうとしている。この事実を受けて、アメリカ人は「非常に長期的な戦いになる」と思うようになってきています。
   ただ、ここに「人口の問題」が絡んできます。
   中国のGDPは2030年ごろにアメリカを抜くくらいの勢いだけれど、ちょうどそのあたりから人口は急速に減っていく。しかも高齢化が急速に進む。そこで、中国政府はいま、そんな急速な少子高齢化をITやAI、オートメーション化などで乗り切ろうとしている。これが中国の課題です。
   一方でアメリカはというと、実はトランプのように移民規制をしなければ人口が増え続けるのです。
   今の3億3000万人の人口が2050年には4億人と、どんどん増えていく。しかも今後は、世界中から優秀な人材がアメリカに教育や仕事の機会を求めてやってくる。つまり、アメリカは非常に活力のある社会になる。
 
  ――うらやましい話のように聞こえますが。
 
   問題は、人口が増え続ける結果、アメリカの人口構成が変わっていくことです。
   いま人口の6割程度を占めている白人は、2045年には過半数を切るようになって、2060年には4割くらいになる。白人はどんどん減っていって、ヒスパニックやアジア系、ムスリムといった人口は増えていく。
   そうすると、新たな人口構成の変化にアメリカの社会や経済の仕組みが対応できるのか。多様な人口構成に呼応したアイデンティティを構築できるかどうか。これがアメリカの課題です。
   こういう文脈で捉えれば、トランプ大統領とは白人男性を中心とする社会の断末魔と言えるでしょう。今はまだマジョリティだけれどマイノリティになることが必定である人々の最後の叫びです。
   中国は人口減少が問題で、それを科学技術で乗り越えられるかどうか。
   アメリカは人口増加するんだけれど、人口構成の変化に社会やアイデンティティが対応できるか。
   米中の競争は、ともに人口に関わる問題を抱えながら、これからどんどん熾烈になっていきます。
 
  ●真価を問われる日米同盟
 
  ――米中対立は最近よく「冷戦」に例えられます。
 
   中国が台頭してくる中で、アメリカの基本的態度は、米国に日本・オーストラリア・インドを加えた4カ国が協力して中国と向き合っていこうということなんですね。
   さっき言ったように2030年ごろには中国のGDPはアメリカを抜く。同じころにはインドの人口が中国を抜く。こういう将来を見越して、アメリカはこの「日米豪印」で中国に対抗していこうというわけです。
 
  ――日米安保の重要性はより高まることになりますね。
 
   日本では「民主党政権のアメリカは中国に対して軟弱になるのでは」といった声もありますが、むしろ問題は、「私たちが長期的なアメリカの対中政策にどこまでついていけるのか」ではないでしょうか。
   それだけの防衛費を支出しアメリカの同盟国としてやっていくだけの覚悟があるのか。日本の方が先に腰が引けてしまうのでは? アメリカはこのように危惧しているのではないでしょうか。
 
  ――日中間には、尖閣諸島などの領土問題も影を落としています。
 
   ここにきて多くの外交や安保の専門家が中国への危機感を口にしています。台湾をめぐって、中国は本格的に力による現状変更をしようとしているのでは、ということです。
   もし台湾有事という事態になったら、いったい日本は何ができるのか。後方支援だけなのか、それ以上のことができるのか。
   さらに言うなら、台湾有事となれば相当な確率で尖閣諸島が狙われるでしょう。
   というのも、台湾は「尖閣は台湾の一部だ」と言っている。そして中国は「台湾は中国のものだ」と言っているのだから、尖閣が攻撃される可能性は相当ある。
   台湾有事とは別にしても、いま日中の海軍力の差がどんどん開いてきていて、もう海上保安庁では尖閣を守り切れない、海上自衛隊が出ていっても守り切れないという状況になっています。
   中国側が尖閣に上陸して領有権を主張する、既成事実を作る、といった事態になった場合、いったい私たちは何ができるのか。
   もし中国が尖閣を手に入れたら、石油の輸入を含めて海上輸送路の死活的に重要なところを抑えられてしまう。また話はそれで終わりません。尖閣諸島は沖縄県の中です。あれだけ米軍が沖縄に駐留していながら尖閣も守れないとなると、日米同盟に対する信用性が大きく傷ついてしまう。
   日中関係だけでなく、東アジアや西太平洋での米中の力関係にも影響を及ぼす――。このようなかなり具体的な危機のようなものが我々の目の前に迫っているのではないか。
   私はこういう現状認識を持っています。
 
  ●「強硬論」の矛盾
 
  ――日本の中では、中国への牽制という意味でトランプ政権を評価する声もありました。
 
   日本人でトランプ人気が高かったのは、安倍・トランプが良好な関係を維持していて、韓国のようにアメリカに小突き回されなかったからです。
   安倍総理ですら、コロナ前の2020年春には習近平を国賓として招こうとするくらい中国に融和的でした。そんな状況で、日本人の中で反中感情を持っている人たちは、日本より中国に強硬に出てくれるトランプ政権にある種の留飲を下げていたわけです。
 
  ――トランプ政権では、ポンペオ国務長官による中国の体制批判(20年7月の演説)も衝撃的でした。
 
   ポンペオのような議論は危険だと思います。
   今後もアメリカは中国に対して強硬な態度をとり続けるわけですが、ただ強硬であれば中国に勝てる、ゲームに勝てるというものではありません。アメリカが中国と向き合うとき、アメリカの最終目標は何なんだということを考えて、その目標が達成されるかが大事なわけです。
   ポンペオのような発言をしてしまうと、中国共産党が倒れて中国の独裁体制が変わらなきゃならないんだ、という話になる。それならばアメリカは中国と戦争をする気か。中国共産党が倒れるまで戦うのか。それがアメリカの本当の目的なのか――。途方もない目標設定だと言わざるを得ません。
   北朝鮮のレジームでさえ変えられないのに、中華人民共和国のレジームチェンジができるのか、という話です。
   目標設定によって中国への向き合い方はぜんぜん変わります。
  中国の国内体制は中国自身が選ぶことであって、自分たちに害がない限りは目をつぶる。中国が国際的ルールを守って軍拡をしない、貿易や知的所有権のルールを守ってくれればいい。そして、大国間のゲームでアメリカが優位に立てればいい。こう考えるのか。それとも中国共産党は本質的に悪いもので、邪悪な体制を倒さないといけないという目標を持つのか。
   戦争でもしない限り、体制を変えるなんてできるわけがない。
   それに発言そのものがおかしい。ポンペオが仕えているトランプ政権自体が、そもそも国内で自由も民主主義も人権も大事にしてこなかったわけでね。
 
  ●覇権国をめぐるビジョン
 
  ――米中対立を通じて世界はどんな未来に行きつくのでしょう?
 
   いろいろなシナリオが考えられますけれど、可能性としては、さっき言った「日米豪印と中国」という構図が今世紀の半ばまで続くと見られます。
   たとえば、経済でいったん中国に逆転されても、軍事・外交・科学技術とか総合的に見れば、依然としてアメリカは中国に匹敵する力を持ち続ける。やがて人口減少その他で中国が力を失っていく。その結果、中国が退けられ、日米豪印を中心とした自由で民主主義的な価値観を共有した連合が国際秩序を維持する――。まあ、これはかなり楽観的なシナリオですが。
   あるいは、中国が勝利して中国主導の世界になるか。
   ひょっとしたら、4カ国の協力で中国の挑戦を退けたアメリカが、非常に強くなって、そのうち身勝手で傲慢な大国となり、国際ルールを守らなくなるかもしれない。
 
  ――米中の勢力争いの山場になるのが2030年に起きるGDPの逆転。そう考えれば、今はものすごく大事な時期ということに……。
 
   2024年が大きな転換点になりそうです。
   前述したように、バイデンは1期だけですから2024年にアメリカの大統領が交代します。
   日本も、コロナ禍の展開やスキャンダルの有無といったことの先行き次第ですが、21年9月の自民党総裁選に菅総理が再選して衆議院選挙も乗り越えれば、総裁の任期は3年。21年9月の3年後は24年の9月。つまり、バイデン政権と菅政権とはほぼ重なることになる。
   ということは24年になると、日米でもう一回、双方のリーダーが交代するという事態が起きる。そこから先はGDPで中国がアメリカを抜くという非常に厳しい状況を迎える。
 
  ――リーダー交代と勢力拮抗のタイミングが重なってくるわけですね。
 
   2024年のアメリカ大統領選挙と日本の自民党総裁選。これが日米関係だけでなく、この地域の将来にとってかなり重要です。それまでに日米双方はどれだけ次世代のリーダーを育てていけるか。
   日本の場合、2020年の自民党総裁選に立候補した人々が、24年にまた戦うのかというと、なかなか厳しい。前の世代になってしまうのではないか。これから3、4年のあいだに次の世代のリーダーをどうやって育てるのか。日本にとって大きな課題です。
 
  ●理想を掲げて立ち上がる
 
  ――次世代と言えば「ミレニアム」「Z世代」と呼ばれる米国の若年層が、「BLM」などの運動に参加したり積極的に発言したりするのには感心します。
 
   BLMは、アメリカの社会の持つ活力やポテンシャルを表していると思います。
   他方で気になるのは、とくに左派の人たちが自分と違う考え方を受け入れられなくなっていることです。日本でも憲法論争などでよく見られるけれど、自分は必ず正しくて自分と意見の違うものは受け入れないといった人がいる。すぐに「反知性主義だ」などと決めつけてしまう狭量さは乗り越えなくてはなりません。
 
  ――「社会的分断」の問題は日米で共通していますね。
 
   アメリカが社会的な亀裂をどう克服するか。日本人はしっかり見ておくべきでしょう。
   日本人の中には、アメリカで貧富の格差が広がって人種間対立が深刻化し、価値観の相違が出て、このまま分断の政治から回復できないのでは? という悲観的な見方をする人もいる。
   しかし、これは他人事ではないのです。今この段階で日本の人口に占める外国人は2%ですが、このままのペースで労働者として外国人を受け入れ続けていくと、2050年には日本の人口の1割が外国人になる。今のアメリカは人口の11%が外国人です。
   もし、アメリカが社会的亀裂を解消できないとするなら、将来の日本もそうなることになる。
   私たちがアメリカについてそういう将来像を描くということは、私たち自身が日本の将来を投げているといことになるのではないか。
 
  ――自分たちの将来を信じないといけない、と。
 
   古い映画ですが『カサブランカ』という作品があります。第二次世界大戦中を舞台にした話です。
   パリで失恋した男がモロッコのカサブランカで酒場をやっている。恋に破れたせいで、彼はもう経営にしか興味がないシニカルな人間になっている。そこに偶然、別れた彼女がやって来る。彼女の再婚相手は反ナチス抵抗運動の指導者でした。
   彼らを助けるために、男は再び立ち上がる。かつての自分が大切に思っていた自由や民主主義のために闘うのです。
   これは、1930年代の孤立主義から世界のために戦うことを決めたアメリカの姿と重なります。そして今まさに、アメリカはカサブランカの主人公のように、失意の中でかつての理想に立ち返ろうと足掻いている。
   シニシズムを捨て、再び信じるもののために立ち上がれるか――。
   それがいま問われているのです。
 
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  村田 晃嗣(むらた こうじ)
  同志社大学法学部教授、第32代学長(2013年4月~2016年3月31日)。
  専攻はアメリカ外交、安全保障政策に関する研究。
  NHK経営委員会委員長代行、防衛省参与。
  朝日放送番組審議会委員、京都経済同友会特別会員、衆参両院の憲法調査会参考人を
  歴任。