【奮闘編】サドルの上で考えたimage_maidoya3
配達員になって一週間が経過した。ランチタイム限定&雨の日はお休み、というゆるゆる稼働だが、それでも配達件数は20回を突破。売り上げは9000円ほどだから、ウバッグの元は取れた計算になる。仕事のコツもつかんできた。ただ一方、次第に感動が薄れてきたのも事実だ。当初は「おっ、スシローか。寿司を倒さないように気をつけないと」とか、「へー、このお好み焼き屋は始めてだな」とか、リクエストを受けるたびにいろいろ思うところがあったけれど、配達をこなすうちに何も感じなくなってきた。マクドナルド、吉野家、モスバーガー、すき家、また吉野家、またモス……。注文はチェーン店が多いので、やはり繰り返しが多くなってくる。マクドナルドを届け終わったら、さっきピックしたマクドナルドに向かって自転車をゆっくり走らせる――と、またマクドナルドの配達リクエストが鳴って……。つまり、アプリが鳴るまでチェーン店の店先で待つ「マック地蔵」のスタイルに自然と近づいてくるのである。働きたいときいつでも稼働でき、疲れたらいつでも切り上げられる「自由な働き方」。とはいうものの、現実にはそれほど都合のいい話ではないこともわかってきた。

奮闘編
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少し薄着くらいがちょうどいい
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報酬が見えるとやる気が出る
●待つのが仕事
 
  具体的に配達員はどんな一日を送っているのか? まったく予備知識のない人に説明するなら、編集長は次のように言う。
 
  「Uber Eats配達員とは、客待ちのタクシーみたいなものだ」
 
  要は、駅前のロータリーに並んだりあちこちを走り回ったりしながら、お客さんの声がかかるのを待つ、と。週末の繁華街では一杯やった人がたくさん利用してくれるし、自分のエリアでスポーツや音楽なんかの大規模なイベントがあれば、そこに「特需」が生まれる。同じように、Uber Eatsも、昼と夜の食事の時間帯が注文のピークであり、雨や雪、猛暑に寒波といった「人が外に出たくなくなる条件」が重なると、配達リクエストは増える。編集長もあえて小雨がパラつく寒い日に稼働したことがあったが、15時頃まで「数珠鳴り」が止まらなかった。そしてタクシーの「駅前」に相当するのが、マクドナルドや吉野家というわけだ。
 
  タクシーと大きく違うのは、客の姿が見えないことだ。冷えが厳しい日でも快晴だったら「鳴り」が悪かったりする。おそらく人が外に出たくなるからだろう。さらに「待ち」の状態においても、ピック先に最も近い配達員にリクエストが入るとは限らない(UberのAIが効率的な配車を考えていると思われる)。とはいえ、さすがに10分かかる配達員より、近くにいる方が優先的に選ばれるはずだし、実際にUber Eatsだけで生活している人は朝から晩まで繁華街のマクドナルドに張り付いている。つまりチェーン店での「地蔵」は、稼げる蓋然性が高いスタイルとは言える。
 
  「待つのが仕事」とはいうものの、いくら待っていても鳴らないときは鳴らない。AI時代の「お茶を挽く」である。家で鳴らないならまだいいけれど、ウバッグを担いで稼働中のとき、まったく鳴らなくなるとけっこうつらい。もちろんリクエストが来ないと1円にもならないわけだから、ランチタイムの2、3時間稼働でも稼ぎは日によって1000円~3000円くらいの開きが生じる。小遣い稼ぎならいいけれど、生活費を賄おうというのはかなり無理があることがわかる。
 
  とくに「時給」を意識しはじめると、どうしても心の余裕がなくなってくる。信号が赤になるとイライラするし、ピック先の弁当屋が料理を準備していないと「段取りが悪い」といいたくなる。ドロップ先のマンションにエレベーターがないとため息が出る。こうなってくると、苦痛が報酬を上回ってしまい「自由な働き方」どころか「スマホ奴隷」になってしまう。心が乱れると交通事故のリスクも高まるので、「稼ぎ」ばかり気にするのはおすすめできない。
 
  ●スポーツ自転車のデメリット
 
  続いて、自転車について考えてみよう。街を駆け抜けるUber Eats配達員を見て、そうとう体力がないとこの仕事はできないのでは? 運動不足の中高年や女性には難しいのではないか? と考えている人は多いだろう。
 
  しかし、体力はそれほど要らない。料理はほとんど1人前で軽いし、距離も前のレポートで書いたように「自分で買いに行けよ」と言いたくなるレベル。日常生活で疲れやすいとかいったことがなければ問題なくこなせるし、体力のない人にとってはちょうどいいトレーニングになるかもしれない。
 
  ひとつの目安は「自転車に30分乗り続けられるか」だろう。普通の人が自転車で移動するのは20分以内がほとんど。30分以上になると距離は6~10km程度になり、電車かバスを使うのが普通だ。このくらいになると自転車に乗り慣れていない人はつらくなってくる。自分がスポーツ自転車に乗り始めたときも、あまりの尻の痛さに「乗るのは30分以内にしよう」と思ったものだ。逆に言えば、30分ペダルを回し続けられるなら、どんな配達リクエストが来てもこなせる。
 
  編集長の愛車は、街乗りタイプのスポーツ自転車。小径車(ミニベロ)なので段差に弱く速度維持が苦手なものの、ストップ&ゴーの多い都市部ではこれくらいがちょうどいい。普段から買い物に遊びにと大活躍しているので、配達にも最適だろうと思っていたのだが、思わぬ誤算もあった。
 
  料理を傾けずに運ぶのが難しいのだ。スポーツ自転車は前傾姿勢で乗るので、どうしてもウバッグが前方向に傾いてしまう。肩紐を緩めれば多少カバーできるけれど、水平のまま運ぶのは不可能。かといって、なるべく腕を伸ばして前傾にならないように運転していると非常に疲れる。結局のところ、傾きはある程度は仕方ないと割り切るしかない。また、スポーツ車は乗るときにもフレームを大きくまたぐ必要があり、ピック後の発車時でも気を使う。こういうのはママチャリなら起きない問題だが、「走り」を考えた場合は、はやりスポーツ自転車に軍配が上がる。
 
  要するに、軽快に自転車を飛ばしたい人は前傾のゆるいタイプのスポーツ自転車がいい。反対に「走り」にこだわりのない人は電動アシスト自転車をオススメする。坂の多い町なら後者の方が早いだろう。ちなみに、配達中は無意識のうちにぐいぐいペダリングするので冬でも汗をかく。防寒はベストなど軽めのものにし「待ち」に備えて薄手の上着を携帯するといいだろう。
 
  ●体力より土地勘!
 
  体力はなくてもいいけれど、土地勘は必要だ。
 
  スマホに届く配達リクエストをみて「あそこの駅前通りにある王将か」「そういえば、あの通りにデニーズあったな」というケースと、いちいち地図を見ながら向かう場合とでは、所要時間がまったく違ってくる。たとえば、目的のお店は幹線道路や線路の右側か、左側か。地図で確認していると時間がかかるし、バッテリーも消費する。一方、立地が頭に入っていれば、あらかじめ道を渡っておくなど、賢いアプローチできる。普段から自転車で走り回って、横断歩道や踏切の場所、公園を突っ切るルートや自転車専用道路などを把握しておくと、圧倒的に有利だ。
 
  この意味でも、電車で「鳴り」の多い繁華街に行くよりも、地元で稼働するのを勧める。金銭面は前者の方がいいけれど、気持ちよく働きたいなら圧倒的に後者だ。見知らぬ街で、配達時間を意識しながら地図だけを頼りに走るのは心細い。交通量に加えて「工事車両が多い」「通学路になっている」といった道路の性格まで把握していないと、交通トラブルを招くだろう。
 
  一部報道では「Uber Eatsの配達をしているとクルマに煽られる」といった話が取り沙汰されている。だが、編集長はほとんど嫌な体験はしなかった。Uber Eatsに限らず、自転車を敵視しているドライバーは一定数いるし、バスやトラックと並走したら危険なのは当たり前だ。趣味のサイクリングと同じように、丁寧に安全確認しながら走っていればどうということはない。歩道をガンガン走る配達員もいるらしいが、まずこれは違反だし、歩道は段差が多くてバッグが揺れるのでわざわざ走る意味もない。キープ・レフトで自転車専用レーンを走るのがいちばんだ。
 
  ただし、個人的にはこういうニュースがちらほらある方が安全啓発になっていいのではないかと思っている。自転車に限らず「煽り運転」は違法であり危険行為だ。安全運転はマナーではなく義務だとわかってくれないかな……、と今日も交通トラブルの報道を思い出しながら走っていたら、背後から「あっ、ウーバーイーツや!」と子供の声が聞こえた。ニュースのネタになるのもまんざら悪くない。
 
  ●「ロングドロップ」で思うこと
 
  意外と堪えるのは、ピックした料理を5km以上先に届けるケースだ。配達員の間では「ロングドロップ」と呼ばれている。ほとんどのドロップは15分程度だが、この距離になると20~30分ほどかかる。
 
  はじめてロングドロップに遭遇したのは、モスバーガーだった。ハンバーガーとドリンクを受け取って、保温と保冷に分けてパッキングし「受取完了」を押す。すると、めったにお目にかからない住所が出てきた。「マジで?」と思ったけれど、料理を受け取ってしまったらもう届けるしかない(ピック前ならキャンセルできる)。
 
  ひたすらペダルを回して25分後、配達先の団地に着いた。ただ、部屋番号と名字はスマホに出ているけれど、どの棟なのかわからない。こういうときは郵便受けをチェックして名字を照合。確認ができたら、階段を上がって指示されたとおり「置き配」する。ドリンクは問題なかったが、ハンバーガーの方は紙袋に脂がにじんでいた。これだけ時間が経てばコンディションの悪化は避けられない。
 
  一体なぜ、こんな遠くからわざわざモスバーガーを頼むのだろう? 通常料金+配達手数料まで払って、30分も前にできたハンバーガーを食べるなんてバカバカしいとは思わないのだろうか。もし自分がモスを食べたかったら、また近くに行ったとき立ち寄ることにして、とりあえず他のもので済ますけどなぁ。いまどき冷凍食品とか、うまいものはいくらでもあるだろうに……。
 
  階段を降りる前に振り返ると、紙袋はまだドアの前で寒空に吹かれていた。
 
  ●何のために配達する?
 
  ロングドロップのあとは「鳴り」がなくなる。たいてい近くに飲食店がないからだ。
 
  もう15時だし、どこか暖かい場所でコーヒーでも飲みたい。しかし、配達で500円稼いだあと休憩に300円使っては、何をやっているのかわからない。そこで、火気が使える公園で缶コーヒーを買って、自転車に常備してある固形燃料バーナーで熱々にして飲むことにした。ついでに、家から持ってきた米を飯盒で炊く。Uber Eatsの配達をやっていると、何度も飲食店に入って料理の匂いを嗅ぐせいか、不思議と外食したくなくなる。飽きるというより満足してしまうのだ。
 
  揺らめく火を眺めながら考える――。自分はこれからも配達員をやるのか?
 
  答えはイエスだ。ただし、カネだけが目的ではない。原稿が進まなかったりアイデアに行き詰まったりと机に向かうのが耐えられないとき、あるいは週末に少し体を動かしたくなったときなどに、ランチタイム稼働をしよう。その報酬で鰻や鮨を食べたり、少し上等な酒を買って帰ったり……。こういうのが一番いいような気がする。
 
  とはいうものの、実はまだ2週間分の売り上げが振り込まれていない。おそらく登録した銀行口座の情報に不備があったのだろう。Uberサイトでは住所などを英語表記で記入しなければならず、カンマやハイフンひとつでも抜けていたら入金は見送り。そんな場合でも、Uber事務局はいちいち「ここが間違ってますよ」なんて教えてくれないし、問い合わせにもほぼ応じてくれない。すべては自己責任である。
 
  この原稿がアップされるころには、入金があるのだろうか? ひょっとしたら全部タダ働きになったりして……。不安を禁じ得ないけれど、このあたりで筆をおくことにしよう。
 
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休憩中に公園でアウトドア
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ランチは「ふりかけご飯」