【ディッキーズ】進化し続けるザ・レジェンドimage_maidoya3
で、いよいよ問題のディッキーズだ。月刊まいど屋において、こうしてツナギ服特集をやるからにはディッキーズは外せない。もしこのブランドについての言及がないならば、それはご飯を盛り忘れたカレーライスのような、または桜井のいないミスチルのような、まるでトンチンカンな代物へとなり果ててしまうだろう。だから編集部がいくら頭を抱えてしまっても、原稿が出来上がるまでの間に大変な苦労をすることが目に見えていても、とにもかくにも作業に取り掛からないわけにはいかないのだ。
  読者の皆さんは、おやと思ったであろうが、このレポートは、「で、」から始まった。「で」とは何か。今月の特集期間が終わり、後からたまたま単独でこのレポートを目にしたひとには意味が通りにくいにもかかわらず、それでも敢えて「で」としたのは、この企画で同時に取材した他の2メーカーのレポートがほぼ片付き、残るはこのディッキーズだけとなっている編集部のささやかな安堵感を、ひとまずこうして文字の上でも示しておかなければ、この先必要な闘争心を回復することができそうにないからだ。そしてそれでも気持ちの収まりがつかず、読者の皆さんの混乱は承知の上で、続けて「問題の」とやったのだ。
  何が問題なのか。それはこのブランドが揺るぎない個性を持っており、本質的には以前と全く変わらない姿をしていることだ。もちろん、それゆえにこそディッキーズはディッキーズであり、多くの人びとから圧倒的な支持を得るカリスマブランドであり続けているのだけれど、一度(といってももう5年も前のことであるのだが)取材をしたことのある編集部にとっては、その回で書くべきことはもう書き尽くした感があり、どうしても意気地がなくなって関わりあうことに尻込みをしてしまうのだ。まるでサングラスをかけたモデル級の美女から、本能的に目をそらしてしまうみたいに。
  そうした編集部固有の事情があり、このレポートのオープニングはいつになく本題を巧みに逸らした、字数を稼いで体裁を整えただけのものになりそうなのだが(いや、もう既になっている)、その辺はどうかご容赦いただきたい。きっと以下の本文に入れば、多少はまともな内容になるだろう。何しろあれから5年も経って、そのコレクションには本欄で未紹介のものが数多く加わっているのだから。いくら本質は変わらないと言っても、何がしかは書くことがあるだろう。そしてうまくいけば、このようにあまりに有名なメジャーブランドに対処するコツのようなものをつかんで、闊達に筆を運ぶことだってできるようになるかもしれない。自信はないが、やってみる。まいど屋の苦労も知らない皆さんに、ディッキーズのないツナギ服特集なんてねなどと当たり前のように軽々と言われてしまわないように。
 

ディッキーズ
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島部さんが一番カッコいいと断言する『21-711』
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後染めストライプの『21-1601』(グリーン)
「本心をいうと、ディッキーズにはあまりのめり込まないようにしたいんだけどね」。そう話すのは、5年前にも登場してもらった製造企画部の島部達也さん。「ディッキーズを入口にして、自社ブランド『オートバイ』に来てくれたらいいな・・・と思って始めたんだけど、これが馬鹿にできへんくらい売れてもうた(笑)。だから、今はオートバイ印とのバランスを取りながら進めていこうと思っています」(*編集部注:ディッキーズのツナギ服は、「オートバイブランド」で知られるツナギ服メーカー、山田辰が日本でのプロデュースを担当している)。
  島部さんが言うとおり、ディッキーズはそのデビュー時からほぼ現在と変わらないほどの過熱ぶりでツナギユーザーに支持されてきた。それは、リリースされてからブランドが認知されるまでのしばらくの間、ユーザー獲得にてこずることが常識のこの業界においては極めて異例のことだった。いきなりトップギアに入るF1マシンのように、ディッキーズには助走というものがなく、初めから本命ブランドとしての存在感を纏って私たちの前に出現したのだ。そう、ディッキーズのコレクションは誕生時から完成されていた。それが証拠に、ディッキーズのツナギの中で圧倒的に評判がいいのが、織りで表現した細ストライプの『21-703、713』。2007年デビューの10年選手だが、今もコンスタントによく出ているという。また、島部さんが個人的に一番カッコいいと主張する、薄手の無地にカラーステッチを効かせた『21-711』(半袖)も何年にも渡って人気が衰えないロングセラーだ。古い商品が未だに売れ続けているというこれらの事実から読み取れることは、ディッキーズにはリピートを繰り返すコアなファン層が存在しているということだろう。
  そうした強固なレガシーがある一方で、ブランドを進化させるためのチャレンジ精神も旺盛だ。「変わらないためには変わり続けなければならない、という言葉があるじゃないですか」と島部さんはいたずら好きの少年のように笑う。例えばそんな挑戦の1つが、鮮やかなストライプが斬新な『21-1601』(長袖)なのだそうだ。「ヒッコリー(21-801、811)のように、糸の段階で染めて織り上げるストライプと違って、これは後染め。綿だけが染まる染料と、ポリエステルだけが染まる染料で染め分けてカラーストライプを出しています」。素材はポリエステル80%、綿20%。カラーはネイビーブルー、レッド、グリーンの3色。「1色1色こだわって選んだけど、2色合わさると全く別物になる。え?こんな色になるんや!って、ね。これがなかなか面白い」。
  ネイビーブルーとレッドは同系色の濃淡によるストライプ。が、なぜかグリーンはイエローと組み合わせている。「濃いグリーンと薄いグリーンでやってみたけど、ダメだったのでイエローにしました。初めはえっ?と思ったけど、着てみるとなかなかいい」。
  このストライプ生地の誕生には、こんなエピソードがある。「娘が高校生だった頃、サロペットが流行っていたんです。娘が着たいというので、たまたま会社にあった細ストライプのサロペット『21-723』を家に持ち帰って見せたところ、“なんや、中途半端なストライプ!あかん!!”とバッサリ。このことを生地屋さんに伝えたら、“ほな、その娘を満足させたろうやないか”と」。
  ちなみに、娘さんが却下したサロペットは、ディッキーズ一番人気の『21-703、713』と同シリーズで、遠目では無地に見える控えめなストライプ。これに対し、彼女仕様に開発した『21-1601』のストライプは太くてメリハリがある(写真2)。
  さて、ストライプの『21-1601』と並んで目を引くのは、鳥カモフラをアクセントにした新商品『21-1602』(長袖)と『21-1612』(半袖)。渋いストライプ地に、胸ポケットとパンツのサイドポケットの変わりカモフラが華やかさを添え、渋カワイイ印象がある。「今、シャツでも胸ポケットだけニットとか、素材が違うのがあるでしょ。そういった異素材使いをやってみたかった。これは、ごくごく普通の転写プリントですけどね」。
  それにしても、柄のモチーフが鳥や葉とは、ユニークというか、大胆というか・・・「ディッキーズのカジュアルウェアで展開しているカモフラ柄です。モチーフはディッキーズ本社のあるテキサス州の州鳥『モッキンバード』。ディッキーズでは一般的なカモフラ柄は、戦争をイメージさせるという理由でNGです。とはいってもカモフラは流行でもあり、商品企画の側からすると何とか使いたい。そこで、鳥とか牛、葉っぱをモチーフにした柄でカモフラを表現することにしたんです」。
  生地は綿65%、ポリエステル35%で帯電防止機能付き。カラーは、ネイビーブルー、オーディ、チャコールグレー、ブラックの4色。
  「ポケットに柄がちょこっとあるのと、これみたいに大きなのがバーンとあるのとでは印象がずいぶん違うな、とあらためて思いました。あ、なんか、ちゃうやん!迫力あるやん!って」。島部さんの話しぶりからは、企画というモノづくりの仕事を楽しんでいるのが伝わってくる。「ディッキーズはこういうトライが許されるブランドです。あまり、こーしろ、あーしろと言わないから、自由にやらせてもらっています。こういうこともできるんですよ!とお客さんに見せられるし、何よりやっていて楽しいんです」。
  のめり込まないようにしたいなどと言いながら、島部さんたち製造企画部の面々はディッキーズの商品づくりに心底熱中しているようだ。そしてそんな風に肩の力を抜いた態度で仕事に取り組んできた彼らの歴史が、ディッキーズの鮮度を今も瑞々しく保ち、その魅力をますます高めているのだろう。以下は彼らが夢中になって生み出してきた歴代ディッキーズのコレクションである。商品企画に興味のあるひとは、ディッキーズの企画開発部に参加したつもりで一つひとつの商品を吟味し、その背景にあるいたずら心に思いを巡らしてみよう。ああ、こういう企みなんだねと思わずニヤリとする発見がきっとたくさんあると思うから。
 
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『21-1601』(左)と一番人気の『21-713』(右)
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鳥カモフラの新商品『21-1602』