こうして、ついにまいど屋トップページ用の動画が出来上がった。写真のスライドショーに400字超のテキストが流れる約1分半のムービーである。完成版の動画ファイルとともに届いたメールには「想像以上」と絶賛する田中氏のコメントが書かれている。「オリジナルのロゴマークとか、すごいアイデアだね。これでまいど屋トップページの印象もより強くなる。好評だったら第二弾を作ってもいいなぁ……」。制作者が「社長の求めているものはわかっていますから」と語っていた通り、まさに"まいど屋テイスト"満載の仕上がりとなったわけだ。発案者も制作者も大満足――。ここで「めでたし、めでたし」としてもいいのだが、作業服業界のクオリティ・ペーパーを自認する「月刊まいど屋」としては、動画の完成をもって終わりにせずに、さらに一歩を踏み出してみたい。そう、試写会である。まいど屋をまったく知らない人に、この動画を観てもらって感想を聞くのだ。かといって、道ゆくワーカーに声をかけて、こんな動画を見せていったら5分もしないうちに警察を呼ばれてしまうだろう。仕事とはいえ、年末年始の「警視庁24時」に登場するのは避けたい……。こう考えていたとき、編集長のスマホにメッセージが届いた。学生時代からの友人、K君がたまに送ってくる「つぶやき」である。あ、いたよ! ちょうどいい人が! 編集部はさっそく東京駅八重洲口のインド料理屋にK君を呼び出した。
特集3
動画を観て思わず頭を抱える
上映を繰り返すうち何かを悟った様子
●逸材登場!
「どうしたんです。今日はなんか急じゃないですかァ、へっへっへ」
妖怪研究家でありイラストやマンガも書いたりして生活しているK君の肩書は、今風に言えば「マルチクリエイター」だろうか。さまざまな勢力から追われる人たちが一時的に潜伏したりする浅草のシェアハウスで、もう10年近くも暮らしている猛者である。
そして――ここからが重要なのだが、彼は大のワークウェア愛好家でもある。昔はアメ横で買った軍用バッグやカーキ色のジャケットなどを好んで着ており、こちらが「普通にカジュアルウェア買った方が安いでしょ?」と言っても、かたくなにポケットがたくさんついたベストなんか着てポケットをパンパンにさせていたのだった。そんな彼が作業服に流れ着いたのは、当然の帰結と言えなくもない。
この日の彼の格好は、紺色の上下……いやツナギである。もちろん彼は自動車整備士でも船の機関士でもない。それなのになぜツナギなのか、せっかくの機会なので、いちおう聞いてみると予想の斜め上を行く回答が返ってきた。
「上下が別れてると風が入ってくるじゃないですか? だから冬はツナギじゃないとダメなんです、やっぱり。ほら、しかもこれ中綿入りの裏アルミ仕様だからめちゃくちゃ暖かいんですよ。よく、裏アルミのジャケットなんか売ってますけど、アレはダメですね。裾から熱が逃げる。ツナギなら輻射熱を服の中に閉じ込められるから、布団に入ってるみたいですよ。もう冬はこれ以外着る気がしないですねェ……」
「裏アルミ」や「輻射熱」というワードを日常会話に滑り込ませてくるあたり、さすがである。と言いつつ、東京の冬がそんな寒いか? 暑くても脱げないから不便ではないのか……と訝しんでいると、さらに違和感に気づいた。なんと、彼のツナギの胸ポケット部には「××工業(株)」というネーム刺繍が入っているのだ。こ、これはいったい!?
「盗んだんじゃないかって? へっへへ、違いますよォ、ヤフオクで安く手に入れまして。どこかの会社の制服だったんでしょうねェ……。誰も買い手が付かないから一発で落札できましたよ。えっ? ネーム刺繍がイヤじゃないかって? いやー、一瞬どうかなとは思ったんですけど、よく考えてみたら、これを着てたら逆に警察に呼び止められることも減っていいんじゃないかと、ま、庶民の知恵というヤツですなァ」
なにが「逆に」なのかよくわからないけれど、続いて彼は矢継ぎ早に「職務質問から最短で解放される方法」について語り始める。念を押しておくが、彼は日ごろ、法を犯しているわけでも危険なものを持ち歩いているわけでもない。賞罰なし。一から十まで合法なクリエイターなのだ。
●「脳がヤラれる」
アフターファイブ、東京の飲食店はどこも大変な混雑(地方民から見て)だが、このインド料理屋は我々のほかに男性の一人客がいるのみ。その人もカレーを食べ終わるとさっさと出て行ってしまった。エスニック料理店は職場の飲み会にあまり使われないからきっと空いているはず、という編集部の予想は当たりである。不特定多数の客がいるところでK君をしゃべらせるのは危険すぎるのだ。
――と、危うく本題を忘れるところだった。このワークウェアを愛するK君にまいど屋動画をみてもらい、コメントをもらわなくてはいけない。ウェブの仕事もしている彼なら、きっと的確な指摘をしてくれるだろう。さっそくノートパソコンを取り出し、ムービーの趣旨を説明する。作業服のネットショップのトップページに流れる動画であること、主なユーザーは土木や建設の職人であること、目的は広告ではなくインパクトであること……。シャレの通じるK君ならきっとわかるはず、と期待を込めて再生ボタンを押す。
1分30秒(再生時間)の沈黙を経て、K君は再び口を開いた。
「う、うーん、不安になる……。というか『大丈夫なのか?』って気がしますね。正直、サイトにアクセスしてこれを見せられたら、このショップで買い物していいんだろうか……、という気分になると思います」
マジメか! と言いたくなるのを堪えつつ、目の前のツナギ男からもっとポジティブな言葉を聞くため、質問を誘導尋問に切り替えていく。
「おもしくない? バカやってるなぁー! このショップ遊びすぎ! みたいな?」
「笑えるというか、ちょっと脳がヤラれてくらくらするような感じありますよね。映像を見ているだけで知能指数が20くらい下がりそうな……。頭だけじゃなく心もなんだか乱れてきました。」
「さすがいいこと言う! さあ、もっと呑んで呑んで、あと1回だけ見ようか?」
都会のコンクリートジャングルで、ワイルド&タフな生活を送るK君だけれど、意外と育ちはいい。日ごろから食事は質素で食べ過ぎることなく、適度な運動も心がけているから、中年体形とは無縁だ。ただ酒に関しては呑み始めると止まらないので、ちゃんと手綱を握っておかないといけない。
だが、もう少し記事になるような感想をもらうには、まだまだビールなようだ。
●とにかくスゴイ!
上映すること6回目。テーブルの上には空になったエビスビールの中瓶がどんどん並びんでいくから、店主のインド人もニコニコである。タンドリーチキンの盛り合わせプレートが出来るまでサラダをつまみにしていると「これはサービスでィす」とサモサまで出してくれた。
「どう、ここ! この後半の盛り上がり方みて! ヤバいでしょ?」
「あっ……、なんかいいような気もしてきました。エフェクトがすごく効果的で。とくに終盤、前半に怒涛の如く押し寄せた違和感と不信感が流れ去ったあと、なんとなくクリアな世界が現れた気が……」
もう一押しである。タンドリーチキンを勧めながら、まいど屋の品ぞろえやサービス、それを実現するハードワークについて活動弁士のごとく語ると、すかさずグラスにビールを注いでいく。
「じゃあそのクライマックスへと昇り詰めるところに注目しながら、もう一度通しで見てみようか」
「あっ、全米が……スタンディングオベーションしてる! とにかくスゴイ、とにかくスゴイんですね!」
「ご名答。まいど屋はとにかくスゴイ! これ試験に出るから」
「うへぇ、手に書いておかないと(笑)」
激辛スパイスをたっぷり振りかけたチキンを食べたせいか、いつのまにかK君の瞳孔はネコ科動物のよう拡大している。それを察知し、すかさずパソコン画面の明るさをアップする編集長。その胸中には、シベリアに連行した日本人兵士に思想教育を施すときのような充実感が満ち溢れてきていた。
「ビキビキッときて、ガキーン☆ と出現する、まいど屋ロゴ! 最後にこのシーンをもう一回流すよ!」
「うわぁ……、マジでヤバい! まいど屋ヤバい! まいど屋最高です!」
フロア担当のインド人が、2人だけとなった客の様子を所在なさげに眺めていた。会計を済ませ、夜の銀座にK君を解き放った編集長は、ひとり新幹線で大阪へと戻っていく。これから先、まいど屋ムービーが彼のような人間を生み出していく未来を案じながら……。
「どうしたんです。今日はなんか急じゃないですかァ、へっへっへ」
妖怪研究家でありイラストやマンガも書いたりして生活しているK君の肩書は、今風に言えば「マルチクリエイター」だろうか。さまざまな勢力から追われる人たちが一時的に潜伏したりする浅草のシェアハウスで、もう10年近くも暮らしている猛者である。
そして――ここからが重要なのだが、彼は大のワークウェア愛好家でもある。昔はアメ横で買った軍用バッグやカーキ色のジャケットなどを好んで着ており、こちらが「普通にカジュアルウェア買った方が安いでしょ?」と言っても、かたくなにポケットがたくさんついたベストなんか着てポケットをパンパンにさせていたのだった。そんな彼が作業服に流れ着いたのは、当然の帰結と言えなくもない。
この日の彼の格好は、紺色の上下……いやツナギである。もちろん彼は自動車整備士でも船の機関士でもない。それなのになぜツナギなのか、せっかくの機会なので、いちおう聞いてみると予想の斜め上を行く回答が返ってきた。
「上下が別れてると風が入ってくるじゃないですか? だから冬はツナギじゃないとダメなんです、やっぱり。ほら、しかもこれ中綿入りの裏アルミ仕様だからめちゃくちゃ暖かいんですよ。よく、裏アルミのジャケットなんか売ってますけど、アレはダメですね。裾から熱が逃げる。ツナギなら輻射熱を服の中に閉じ込められるから、布団に入ってるみたいですよ。もう冬はこれ以外着る気がしないですねェ……」
「裏アルミ」や「輻射熱」というワードを日常会話に滑り込ませてくるあたり、さすがである。と言いつつ、東京の冬がそんな寒いか? 暑くても脱げないから不便ではないのか……と訝しんでいると、さらに違和感に気づいた。なんと、彼のツナギの胸ポケット部には「××工業(株)」というネーム刺繍が入っているのだ。こ、これはいったい!?
「盗んだんじゃないかって? へっへへ、違いますよォ、ヤフオクで安く手に入れまして。どこかの会社の制服だったんでしょうねェ……。誰も買い手が付かないから一発で落札できましたよ。えっ? ネーム刺繍がイヤじゃないかって? いやー、一瞬どうかなとは思ったんですけど、よく考えてみたら、これを着てたら逆に警察に呼び止められることも減っていいんじゃないかと、ま、庶民の知恵というヤツですなァ」
なにが「逆に」なのかよくわからないけれど、続いて彼は矢継ぎ早に「職務質問から最短で解放される方法」について語り始める。念を押しておくが、彼は日ごろ、法を犯しているわけでも危険なものを持ち歩いているわけでもない。賞罰なし。一から十まで合法なクリエイターなのだ。
●「脳がヤラれる」
アフターファイブ、東京の飲食店はどこも大変な混雑(地方民から見て)だが、このインド料理屋は我々のほかに男性の一人客がいるのみ。その人もカレーを食べ終わるとさっさと出て行ってしまった。エスニック料理店は職場の飲み会にあまり使われないからきっと空いているはず、という編集部の予想は当たりである。不特定多数の客がいるところでK君をしゃべらせるのは危険すぎるのだ。
――と、危うく本題を忘れるところだった。このワークウェアを愛するK君にまいど屋動画をみてもらい、コメントをもらわなくてはいけない。ウェブの仕事もしている彼なら、きっと的確な指摘をしてくれるだろう。さっそくノートパソコンを取り出し、ムービーの趣旨を説明する。作業服のネットショップのトップページに流れる動画であること、主なユーザーは土木や建設の職人であること、目的は広告ではなくインパクトであること……。シャレの通じるK君ならきっとわかるはず、と期待を込めて再生ボタンを押す。
1分30秒(再生時間)の沈黙を経て、K君は再び口を開いた。
「う、うーん、不安になる……。というか『大丈夫なのか?』って気がしますね。正直、サイトにアクセスしてこれを見せられたら、このショップで買い物していいんだろうか……、という気分になると思います」
マジメか! と言いたくなるのを堪えつつ、目の前のツナギ男からもっとポジティブな言葉を聞くため、質問を誘導尋問に切り替えていく。
「おもしくない? バカやってるなぁー! このショップ遊びすぎ! みたいな?」
「笑えるというか、ちょっと脳がヤラれてくらくらするような感じありますよね。映像を見ているだけで知能指数が20くらい下がりそうな……。頭だけじゃなく心もなんだか乱れてきました。」
「さすがいいこと言う! さあ、もっと呑んで呑んで、あと1回だけ見ようか?」
都会のコンクリートジャングルで、ワイルド&タフな生活を送るK君だけれど、意外と育ちはいい。日ごろから食事は質素で食べ過ぎることなく、適度な運動も心がけているから、中年体形とは無縁だ。ただ酒に関しては呑み始めると止まらないので、ちゃんと手綱を握っておかないといけない。
だが、もう少し記事になるような感想をもらうには、まだまだビールなようだ。
●とにかくスゴイ!
上映すること6回目。テーブルの上には空になったエビスビールの中瓶がどんどん並びんでいくから、店主のインド人もニコニコである。タンドリーチキンの盛り合わせプレートが出来るまでサラダをつまみにしていると「これはサービスでィす」とサモサまで出してくれた。
「どう、ここ! この後半の盛り上がり方みて! ヤバいでしょ?」
「あっ……、なんかいいような気もしてきました。エフェクトがすごく効果的で。とくに終盤、前半に怒涛の如く押し寄せた違和感と不信感が流れ去ったあと、なんとなくクリアな世界が現れた気が……」
もう一押しである。タンドリーチキンを勧めながら、まいど屋の品ぞろえやサービス、それを実現するハードワークについて活動弁士のごとく語ると、すかさずグラスにビールを注いでいく。
「じゃあそのクライマックスへと昇り詰めるところに注目しながら、もう一度通しで見てみようか」
「あっ、全米が……スタンディングオベーションしてる! とにかくスゴイ、とにかくスゴイんですね!」
「ご名答。まいど屋はとにかくスゴイ! これ試験に出るから」
「うへぇ、手に書いておかないと(笑)」
激辛スパイスをたっぷり振りかけたチキンを食べたせいか、いつのまにかK君の瞳孔はネコ科動物のよう拡大している。それを察知し、すかさずパソコン画面の明るさをアップする編集長。その胸中には、シベリアに連行した日本人兵士に思想教育を施すときのような充実感が満ち溢れてきていた。
「ビキビキッときて、ガキーン☆ と出現する、まいど屋ロゴ! 最後にこのシーンをもう一回流すよ!」
「うわぁ……、マジでヤバい! まいど屋ヤバい! まいど屋最高です!」
フロア担当のインド人が、2人だけとなった客の様子を所在なさげに眺めていた。会計を済ませ、夜の銀座にK君を解き放った編集長は、ひとり新幹線で大阪へと戻っていく。これから先、まいど屋ムービーが彼のような人間を生み出していく未来を案じながら……。
「とにかくスゴイ!」に思わず平服
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観る者を圧倒する「まいど屋ロゴ」
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