【froh工房】すごいぞ、酵母菌パワー!image_maidoya3
欧米諸国を除けば日本人ほどパン好きな国民も珍しい。「朝食はきまってパン」という人は多いし、美味しいパンを求めて全国を旅する人も珍しくない。どんな小さな田舎町にもパン屋のひとつや二つは必ずある。総務省の調査でも2014年以降、1世帯あたりの支出額でパンがご飯をずっと上回っている。もはやパンは日本の国民食といっても過言ではないのだ。老若男女だれもがパンをよく食べ、買っている――。しかし、パンと親しんでいるわりには何かが欠けているのではないだろうか? そう「作る」である。小麦粉を練って焼く。この有史以来、繰り返されている営みが、日本ではまだまだ日常的な行為ではない。米を炊いたことがない人はまずいないのに、パンを焼いたことがない人はゴロゴロいる。これってけっこうヘンな状況じゃないだろうか……と言いつつも実を言えば編集長もそのひとり。パンはよく食べるのに「自分で焼こう」とは考えたこともない。だが、それでいいのだろうか? 大の大人がパンひとつ焼けないなんて、すごく情けないことのような気もする。世が世なら「あいつパンも焼けないんだぜ(笑)」と蔑まれ、石を投げられてもおかしくないのではないか。そしてなによりワーキング界のクオリティーマガジン『月刊まいど屋』の発信者として、「パン作り? わかんねっス」ではさすがにマズいのではないか? そこで、編集長はパン作りのプロを訪ねることにした。

froh工房
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ここからパンが生まれる!
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成形は細かい神経の要る作業
●「こね&たたき」にハマる
 
  訪れたのは大阪市内のパン教室「froh工房」。雑穀アドバイザーと野菜ソムリエでもあるkiyomi先生による人気のパン教室だ。今回は1日体験レッスンとして、ふかふかパンと雑穀パンの作り方をレクチャーしてもらうことにした。
 
  教室に入ると、すでにいくらかパンの経験を積んだ3人の生徒さんが、シナモンロールやあんこ入り食パンなど、高度なパン作りに挑んでいた。女性同士で和気あいあいとやってたらどうしよう? とちょっと心配していたのだが、そんなことはなく教室はストイックな心地よい緊張感に包まれている。エプロンを着けると、さっそくkiyomi先生の指示が飛んできた。
 
  「はい、まず材料を混ぜてもらいます。小麦粉に加えるものは、こんなふうに離して入れるのがコツです」
 
  と、先生はボウルに入った強力粉の上に、砂糖・塩・イーストなどを、それぞれ定位置に固めて入れる。いきなり謎の作法である。どうせすぐ混ぜ合わせるのに、いったい何の意味があるのだろう?
 
  「ああ、これは混乱しないようにしてるの。ボウルに材料を合わせているとき、電話がかかってきたりインターフォンが鳴ったりと邪魔が入ることはけっこうあって、何を入れたかわからなくなっちゃう。それでもこうして固めておけば、何をすでに入れた・入れてないかが一目瞭然というわけ」
 
  なるほど、普段でも家族としゃべりながら炊飯器に米をセットしていると「あれ、いま何合いれたっけ?」となることはよくある。froh工房では、材料を量って入れる行為ひとつでも、自宅でパンを焼く人のことを考えた実践的なノウハウを伝授してくれるのだ。
 
  水を加えて粉っぽさがなくなるまで材料を混ぜたら、続いて「こね」「たたき」に入る。ダイナミックな作業が好きな編集長にとって待望の時間である。待ってました! とばかりに、両足を肩幅に開き、生地を押し潰しながらV字を描くように転がしていく。
 
  「おっ、パワーあっていいですね。『こね』と『たたき』は、男性の力が生かせるところですから、がんばってください」
 
  先生の声を受けてさらに力が入る。よく考えれば、こんなふうにシンプルに褒められることは普段の生活ではなかなかない。けっこう新鮮な体験だ。バンダナに汗がにじんでくるが、それすら本職に近いことができているようで、いい気分だ。
 
  バターを加えてさらにこねたら、次は「たたき」。生地の端をつかんでバシーン! とテーブルに叩きつける。これも男の腕力が活かせる局面だ!
 
  「もうちょっと力抜いて。生地がちぎれて飛んで行っちゃいますよ」
 
  しっかりと練って叩けば、生地はしだいに弾力を増し、引っ張って伸ばせるようになる。この「自己効力感」というのか、やれば着実に成果に現れる点がものすごく心地いい。鬱屈を抱えた人は特に、やり過ぎ注意だ。
 
  ●酵母菌との協力作業
 
  と、ここで作業はいったん中断。丸めた生地をボウルに戻し、発酵器に入れてしばらく放置する。その間に生徒はkiyomi先生のレシピを読み、実体験で学んだことを付け加えながらメモしていく。料理教室なのに自習室のようでもあるのがまたおもしろい。先生が焼いたシュトーレン(クリスマスの定番パン。美味しかった!)と紅茶を味わいながら、これまでの復習と予習をする。
 
  「じゃあ、発酵が充分かどうか指でテストしてみましょう」
 
  取り出された生地は……え、なにこれ? と言ってしまうくらい膨れ上がっている。容積でいうと2倍近くになったように見える。赤ん坊や子犬のお腹みたいでとってもキュートだ。イーストの健気な働きぶりに、一気に愛着が増してくる。そうか、パン作りって酵母菌との協力作業なんだなぁ。
 
  発酵がうまくいったので「ガス抜き」をする。手のひらでふわふわの生地を押すと「ぷぅ~」と音が漏れた。かわいいのう……とつい手を止めたくなるがそんな暇はない。乾燥を防ぐため、すみやかに生地を分割しなければならないのだ。生地をハカリに載せたら、電卓でひとつ当たりの生地量を割り出し、スケッパー(ボウルに付着した生地をかき出したりするのに使う調理器具)で切り出していく。
 
  分割した生地を丸めなおしてしばらく休憩させたら、いよいよ成形だ。中にチーズやチョコなどの具を入れたり、潰した生地を折りたたんで木の葉のような形にしたり。粘土細工をする子供のように熱中していると、先生が言う。
 
  「意外とおもしろいでしょう? 私はこねる作業が好きでパン作りにハマったんですけど、生徒さんの中にはこの成型の作業が陶芸みたいで楽しいという人もけっこういますよ。女性は菓子パン方面に行く人が多いし、男性は道具に凝ったりする人も多い。ほかにも天然酵母にチャレンジしてみたりするのもオススメですよ。こんなふうにいろんな楽しみ方ができるのがパン作りの魅力ですね」
 
  わかります! とぶんぶんうなずく編集長。先生の言う通り、パン作りは工程ごとの作業バリエーションが非常に豊かなのだ。ぐいぐいと全身の力をこめるところもあれば、指先の繊細な動きを求められるところもある。つくるものによっては具を包んだり、表面に絵を作ったりといった作業も。さらには酵母菌に任せる「待ち」の場面まである。
 
  パン作りは、料理という枠に収まらない裾野の広さがあるのだ。
 
  ●二次発酵でわかる"上手さ"
 
  成型が終わったら、ふたたび発酵の時間だ。先ほど丁寧に形を整えた生地を発酵器から取り出してみると、さらにふっくらと大きく膨らんでいる。本日二度目になるけれど、この発酵ビフォー・アフターは何度見ても「うわっ」と驚嘆の声を上げてしまう。イーストというのは本当に働き者である。
 
  と、注意深く見ると最後に生地をきゅっと結んだところに綻びができているのに気づく。同時に、成形の作業をしているときに先生が「とじ目はしっかりならしておいてください。見てもわからないくらいに」と言っていたのを思い出した。二次発酵による膨張は、生地の内部から外へ向かう圧力も生み出しているのだ。このことで「完璧にとじてないけどこんなもんでいいか」「ちょっと歪んでいるけどまあいいだろう」と妥協した部分が、いかにも「初心者が作りました!」なカ所として現れてしまった。味にはほとんど影響しないとはいえ、やはりパンは見た目が大事だよな……、と今ごろになって思う編集長である。
 
  オーブンに入れる前には、見た目をよくするためちょっとした加工をする。チーズやチョコを入れたふかふかパンには表面に卵黄を塗ってからハサミで十字に切れ目を入れ、完成時に中身が見えるようにしておく。一方、木の葉形をした雑穀入りパンの方は小麦粉を振りかけてからカミソリで切れ目を付ける。先生のマネをして、おそるおそる刃を当ててみたものの、なかなか切れない。小麦粉を練っただけのふわふわな物体なのに不思議なものだ。
 
  「もっと思い切ってシャッとやってみて」
 
  先生の言う通りにスピーディーに刃を滑らすと、生地の表面がパックリ切れた。と、みるみるうちに切り口の中から柔らかな生地がむくむく盛り上がってくる。まるで生き物の腹にメスを入れたような気分だ。
 
  長かった作業もついに完了。網の上に並べてオーブンに入れたら、あとは焼き具合を見つつ完成を待つだけである。
 
  ●最大のコツは「楽しむこと」
 
  香ばしい匂いとともにパンが焼き上がった。ほかの生徒さんのパンも続々とオーブンから出てきて、キッチンで撮影タイムが始まる。編集部のちょっと不揃いなパンも、しゃれたバスケットに盛り付けてみれば、まるで百貨店のベーカリーさながらに。これならSNS映えもバツグン! である
 
  「パンは作って食べるだけじゃなくて、見る楽しみ、盛り付ける楽しみもありますからねー。生徒さんたちも、自分の焼いたパンだけじゃなくみんなのパンと一緒に撮ってみたりと、いろんなやり方で撮影を楽しんでますよ」
 
  上手く成形できたパンは焼き上がりも美しい。じっくり見ているとだんだん工芸品を眺めているような気分になってくるが、もちろん見るだけでは終わらない。ここからさらに食べる楽しみが待っているのだ!
 
  まずはチーズ入りのふかふかパンから。卵黄の効果でツヤツヤになった切れ目から割ってみると、うっすら蒸気が立ち上る。ああそうか、焼き立てのパンって湯気が出るのか。ベーカリーで「ただいま焼き上がりました」と出ているパンを買うことはよくあるけれど、ここまで熱々だったことはない。焼き上がりからまだ3分くらいしか経っていない自作パンだからこその光景である。
 
  食べてみると……、まず生地の香りがいい。食感もふだん口にするパンよりずっともっちりしている。メインの味を決めているのは普通のプロセスチーズだから「絶品!」というわけではないけれど、香りと食感で「合わせ技一本」といった感じだ。
 
  二つ目の雑穀パンは、先生がソーセージとレタスを挟んでくれた。ただのホットドッグと違って、プチプチと雑穀の食感が混ざるのがおもしろい。食物繊維をたくさん含んだ雑穀を混ぜ込むことで栄養面も強化されている。雑穀の代わりにドライフルーツミックスなんかを混ぜ込んでもよさそうだ。
 
  「そうそう、自分なりのアレンジでオリジナルレシピを考えるのもアリですよ。上達の秘訣はそんなふうに制作を楽しむこと。パン屋さんは世界中どこでもありますから、旅先でもいろいろ買って食べて、その経験をまた自分の作るパンに活かしてみたり、と。こんなふうにするとパン作りの楽しみ方は無限なんです!」
 
  自分自身、パンづくりを楽しんでいるうちに「教える側」になったというkiyomi先生。その姿は酵母菌のように生命力にあふれていた。
 
  【教室情報】
  教室名:大阪手作りパン教室 froh工房
  住所:〒550-0004 大阪市西区靱本町3丁目5-3 OHMILLS靭パーク401
  電話:06-6136-3631
  レッスン時間:朝10時~13時/昼14時~17時/夜18時~21時
  定休日:不定休
  アクセス:大阪メトロ・阿波座駅 9番出入り口より徒歩5分(靭公園の近く)
 
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焼きたての香りにテンションが上がる
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「パン作りを楽しんで」とkiyomi先生