【米市農園】憧れの「手回し」に挑戦image_maidoya3
日本人に「好きなパンはなに?」と質問したらどんな答えが返ってくるだろうか。食パン、カレーパン、フランスパン、アンパン……と意見は分かれるに違いない。では「好きなパン料理は?」と言えば、答えはひとつだろう。ピザである。2位はハンバーガー、ホットドッグあたりだろうか。まあ、とにかくピザが圧倒的な強さを誇るのは間違いない。具だくさんでバラエティーに富んでいる点も、幕の内弁当を好む日本人の心性に合っている。さらに美味しさに加えて言えば、ピザ作りのカッコよさも「まいど屋」としては注目したいところだ。遠心力を使った手回しで生地を伸ばし、石窯にくべるピザ職人の姿はとても絵になる。だからパン修行するならピザは絶対に外せない! そう考えた編集部であったが、なかなか本格イタリアンなピザを体験させてくれるところはないらしい。とくに石窯付きの厨房なんて街中にはほとんどない。うーん、これはもうオーブン焼きで妥協したほうがいいかな……、と考えながらインターネット地図をスクロールさせていたとき、大阪と和歌山を隔てる山中に「ピザ」を示すマークがあるのに気が付いた。住所は和歌山県紀の川市。レストランではなく農園併設の施設のようだ。本当にこんなところで石窯ピザをやってるの? 不安を感じつつ編集部は和歌山に向かった。

米市農園
image_maidoya4
高橋さん手作りの米市農園カフェ
image_maidoya5
手回しピザの技を見せる高橋さん
●無農薬野菜を採りに畑へ
 
  JR和歌山線、打田駅。ここから紀ノ川を背にして北方向にタクシーを走らせると、あたりは一気にのどかな田園風景となる。12月末のわりには暖かく、田畑の脇ではポカポカ陽気を受けたみかんがたわわに実っている。白浜や串本といった景勝地ではないけれど、大阪から来た編集部にとってはじゅうぶん別世界だ。
 
  「地図によるとこのへんなんですが……」。タクシーの運転手が言う。クルマがギリギリ通れる幅しかない農業通路に入っていこうとするので「あとは自分で探すからいいですよ!」と制止しようとすると、目の前にファンキーとしか言いようのないログハウス風の建物が現れた。木の板に「米市農園にようこそ」の文字。ここか!
 
  しばらく焚き火に当たったり、手作りのブランコに坐ったりしていると、店の奥から今回、ピザづくりを指導してくれる高橋洋平さんが現れた。農作業で鍛えられた体に、腰のエプロンにデニムのシャツ、青のハットがキマっている。カフェ店員とファーマーとミュージシャンが混ざったような個性的なスタイルだ。
 
  「じゃあ、さっそく野菜を採りに行きましょう。このへん全部うちの畑なんですよ」
 
  高橋さんに従って、アシスタントのM君と店を出る。目と鼻の先の畑に向かう途中にも、放し飼いにしているニワトリやカモとすれ違う。「アルプスの少女ハイジ」とか「大草原の小さな家」の日本版みたいな光景を目の当たりにして、思わず「うわー、なんだこれ」と声が漏れる。
 
  「はい、じゃあ食べる分だけ収穫していきましょう」
 
  畑に植えられている野菜は、ニンジン・大根・小松菜・ホウレンソウ・菜の花など。すべて無農薬栽培だ。どれも小ぶりでピザの具にするにはちょうどいい。ニンジンやダイコンはよく育ったものを、葉物野菜は花を摘むように美味しそうなところだけ集めていくと、すぐに山盛りの野菜が収穫できた。これだけ野菜を使ったピザならば、体にいいこと間違いなしだ。
 
  ピザと農園――。最初は「それってどうなの?」と思った組み合わせだったが、意外といいかもしれない!
 
  ●手回しの技が炸裂!
 
  野菜を洗って食べやすいサイズに切ったら、前もって根菜だけ軽く火を通してもらう。ついでにタマネギやベーコンも刻み終わったら、いよいよピザ生地の作業だ。イースト発酵で丸っこく膨らんでいる生地を、粉を撒いた板の上置き、まずは手のひらでダイナミックに押しつぶす。続いては少々、繊細な手業が求められる。
 
  「はい、生地の伸ばし方はこうです。トントントントン、ハムハムハムハム……」
 
  高橋さんがお手本を見せてくれた。まず指の腹で中心部をすこしずつ押しつぶし、続いて持ち上げた生地の周囲(押しつぶしたぶんだけ厚くなっている)を親指と4本の指でつまんで平らにしていく。
 
  薄く延ばすこと自体は簡単だが、美しいまん丸のシートにするにはなかなか難しい。コツは、焦らずに少しずつ延ばすこと。手ではなく生地を回転させて、軽く押すのを続けていれば、勝手に生地は均一な厚みで延びていく。ある程度まで延びたら、もう端を持って引っ張っても大丈夫だ。
 
  「こういう技もありますよ!」
 
  高橋さんが、回転を加えながら生地を空中に投げてキャッチした。遠心力で生地がさらに大きくなっている。ピザ職人といえばこれ、という技である。読者はもう気づいていると思うが、じつは今回、ピザを選んだのはこれがやりたかったからだ。
 
  よっしゃ、めっちゃ大きくしたる! とばかりに生地を投げる……といっても落とすのが怖いから低空バージョンだ。それでも生地が少しずつ薄くなっていくのは手の感触でわかる。よーし、次はもっと回転をかけて高くッ! と熱くなっていると、アシスタントM君が「あんまり調子に乗ってると落としますよ!」。確かにその通りだ。もうこのへんでやめておくとしよう。
 
  生地が完成したらトッピングに取りかかる。オリーブオイルの上から米市農園の自家製ピザソース(バジルとトマトの2種類)を塗り、刻んだ野菜とベーコンを載せていく。といっても、ただ好みで盛り付けるのではなく、少しは焼くときのことも考えておかねばならない。
 
  「石窯は熱がすごいですから、小松菜やホウレンソウなどの葉っぱものは下に入れてくださいね。根菜の下に入れておかないと焦げちゃいますよ~」
 
  なるほどね、と言いつつもルッコラのごとく余ったホウレンソウをチーズの上から散らしてしまう編集長だった。
 
  ●驚愕の石窯パワー
 
  トッピングが終わったらいよいよ最後の行程「焼き」だ。米市農園の石窯は、なんと高橋さんの自作。いやそれだけではない。このカフェ自体が10年前からコツコツを作り上げてきたDIY建築なのだ。
 
  「ちょっと使い勝手が悪かったり、たまに屋根から雨漏りしたりもしますけどね。でも石窯としての性能はバッチリですよ」
 
  棒の先の薄い鉄板(正式には「ピザピール」という)にピザを載せたら、石窯に向かう。石窯の奥では薪が煌々と燃え上がっている。この火に鉄板ごとピザをくべたらいいのか、と思ったら大間違いである。高橋さんがまたも職人技を見せてくれた。
 
  「まず、火の手前にピザを置いて……奥が焼けてきたら回します。また回して、回して……、はい完成です」
 
  えっ? もうできたの? ちょっと表面を炙っただけなんじゃ? と思ったら、取り出されたピザは香ばしい匂いが立ち昇り、生地にはしっかり焼け目まで付いていた。チーズはもちろん、上に乗った野菜にもしっかり火が通っている。本日二度目の「うわー、なんだこれ」である。
 
  編集長も焼きに取りかかる。まず火の手前にピザを置いて……
 
  「あっ、もう回さないと焦げちゃいますよ」
 
  マジで? 石窯の火力ヤバすぎ! と心の中で叫びながら、持ち上げようとピザピールを生地の下に差し込もうとする。しかし、生地は鉄板に載らないどころか、さらに窯の奥に行ってしまった! また持ち上げようとすればもう火の中にピザが入ってしまう! うわ、詰んだ! 助けて、高橋さん!
 
  「ちょっと力抜いてくださいねー」
 
  高橋さんに手を添えてもらうと、ピールはするりと生地の下に入り込み、救出成功。そのまま手前に引き寄せると、生地を半分だけ着地させて回転させる。ピザを回しているのは、ピールを操る手の動きだけで、他に道具は使わない。例えるならヘラや菜箸を使わず、フライパンだけを操作してキレイな形のオムレツを焼くようなものである。
 
  もたつきながらも、なんとか少しずつピザを回転させることができた。高橋さんのおかげでなんとか焦げるのは避けられたものの、最後にチーズの上に載せたホウレンソウは完全に消し炭になっている。
 
  何度でも言いたい。石窯の火力すごすぎ!
 
  ●野菜たっぷりで濃くなる?
 
  さて、いよいよ実食である。アシスタントのM君の具の盛り付けが控えめだったので、そのぶん編集長のピザは野菜もチーズもてんこ盛り。高さは3センチくらいに達し、もはやピザというよりグラタンのようだ。
 
  と、ここまで読んで次のような疑問を持つ人も多いだろう。そんなに野菜だらけのピザが美味しいの?
 
  編集部もまったく同じことを思っていた。ピザと言えば動物性の旨味があふれるサラミやアンチョビではないか。タマネギやトマトならまだしも、小松菜や菜の花、大根たっぷりのピザって、精進料理みたいで美味しくないのでは? やはりピザの醍醐味ってジャンクフード的な要素にあるんじゃ? と。
 
  その答えをはっきりさせるためにも、あえて野菜てんこ盛りの部分から口に入れた。想像通りベーコンやチーズより野菜の味がやや上回っている。ピザを食べてるのに口に広がる大根やニンジンの食感に、ちょっと脳が混乱してしまう。
 
  で、結論はというと「うまい」。
 
  単純に「普通のピザよりさっぱりして美味しい」というわけでもない。野菜のうまみやコクがしっかりとあって、なんというか、よく味の染みた煮物とピザを同時に食べているような感覚なのだ。根菜の滋味深さの後からは、旬を迎えた葉物野菜の香りが追いかけてくる。さらにチーズの中に感じる菜の花のほろ苦さが絶妙なアクセントになっている。これまで体験も想像もしていなかった「野菜メインで大満足のピザ」に、もはや唸り声しか出てこない。
 
  「うーん、これはスゴイですね。野菜で味が薄まるんじゃなく、逆に濃くなってる!」
 
  取材前は、「せっかくのピザなのに野菜か」と愚痴っていたM君も、充実の笑みを浮かべている。肉メインのピザのように旨味は強いのに、腹に入ればやはり野菜なのでとても後味がいいのだ。だから食べ続けていても胸やけの気配はみじんもなく、最後までバクバクいける。本当に魔法のようなピザだ。
 
  食べ終わって、腹ごなしに農園を散歩する。と、高橋さんとお店にやってきた仲間が焚き火を囲んでアフリカの民族楽器の演奏を始めた。なんでも近く演奏会があるそうで、農作業やカフェ仕事のかたわらバンドの練習に励んでいるという。エスニックな舞踏のような太鼓の音が鳴り響く周りでは、幼児たちがチャボを捕まえようと走り回っている。
 
  「こんな生活って、本当にあるんですね……」
 
  アシスタントのM君がポツリと言った。彼はアウトドアを愛する編集長と違って街での買物のほうが好きなタイプだ。そんな都会派ですら、この自然に囲まれた農園体験で何か感じ入るところがあったらしい。
 
  「……そりゃそうだろ。人間だって自然の一部なんだから」
 
  いまや何にでも使われている「ナチュラル」という言葉。その真の意味を教えてくれた米市農園だった。
 
  【店舗情報】
  店舗名:米市農園
  住所:〒649-6443 和歌山県紀の川市北中216
  電話:0736-77-3716/080-1483-6320
  営業時間:ピザ&カフェ営業は木金土日祝11:00~17:00
  アクセス:打田駅からタクシーか自家用車で(駐車場あり)
 
image_maidoya6
石窯の中でピザを回そうと苦闘する編集長
image_maidoya7
完成した野菜たっぷりのピザ