【特集1】働くひとのマスクを作れ!image_maidoya3
小池都知事が発した「ウィズ・コロナ」宣言――。それは、緊急事態宣言より前の暮らしを取り戻そうとするのではなく「新型コロナありきの日常」を新たに作り上げていこう、との呼びかけだった。7月の猛暑日、埼玉県川口市のまいど屋でも、都知事のメッセージを受け、作業服ショップとしての社会的責任についての激しい議論が行われていた。「コロナ禍でも現場で働く人のために何かできないか?」「セールだけじゃなくお店として新たな提案をしなくてはいけないのでは……」「大打撃を受けたサービス業のひとたちを応援したい!」。三密を避けるため会議室の窓は開け放たれ、もちろんエアコンもOFF。テーブルの間にはアクリル板のパーティションが取り付けられている。熱弁をふるう参加者のフェイスシールドは蒸気で真っ白に曇り、その表情をうかがい知ることは難しい。すでに議論は8時間も続いており、床には汗の水たまりができている。30分おきに机やイスをアルコール消毒してくれていたバイト君は、1時間ほど前からイスにもたれかかって目を半開きにしたまま動かなくなってしまった。――もはやこれまでか、作業服の店が未曾有のパンデミックに立ち向かおうなんて、思い上がりに過ぎないのか……? そんなあきらめムードが漂いかけたとき、それまで一言も発しなかった社長の田中氏が口を開いた。「マスクは?」。今さら何を言い出すんだ? スタッフの戸惑いの視線が注がれるなか彼は続けた。「働く人のための『まいどノマスク』を作ろう!」

特集1
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「一億総マスク」の夏が始まった
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マスクの企画に追われるスタッフ
●浮上した計画
 
  「マスクって――」と、長い沈黙を破ったのは、営業スタッフのK主任である。
 
  「実際どうなんですかね? ユニクロが『エアリズム』のマスクを売り出して行列ができたり、ミズノが開発したスポーツウェア素材のマスクがオンラインで速攻売り切れたりしているみたいですけど。やっぱり絶大な知名度を誇る大手だから売れてるんじゃないかと思うんです。正直、ウチのような無名のショップがやっても。それに某大手作業服メーカーも、2009年に新型インフルエンザのときに作ったマスクが大量に売れ残って大変だったから、今回は『マスクはやらない』って言ってましたよ。いまや使い捨てのマスクも市中にダブついてる状況ですし、もし売れずに在庫になってしまったら……」
 
  もっともな見解だった。ところが、会議室の中にはこの発言に続いて意見を述べるメンバーは出てこない。もしマスクがダメだという話になれば、この会議は結論が出るまでさらに続行されるだろう。すでに日没を迎え気温は下がってきているものの、長時間続く重苦しい雰囲気のミーティングは、肉体面だけでなく精神的にも苦行そのものである。たまらず同じ部署の同僚に視線を送るK主任だったが、フェイスシールド越しに見える仲間のまなざしは、募金活動をする高校生の前を通り過ぎるサラリーマンのようによそよそしかった。
 
  もうどうでもいいから早く決めてくれ――。そんな会議室の空気を感じ取って声を上げたのは、まいど屋ウェブサイトを手掛ける派遣スタッフのSさんだった。数年前からまいど屋オフィスで働きながら、処理能力を超える業務量に疲弊していく現場の姿を目にしてきた。まいど屋の社員ではない彼が、わざわざ火中の栗を拾うかのような発言をするのは、「超ブラックなハードワーク」(まいど屋トップページ動画より)から従業員を救いたいといった一種の義侠心だったのかもしれない。
 
  「私はいいんじゃないかと思います。まいど屋は『働くひとのネットストア』じゃないですか。きっと作業服を注文するお客さんの中にも『現場で使える夏用マスクはないかな……』って心のどこかで思っている人もいると思うんです。いちいちスポーツ系メーカーのネットショップに会員登録して買うのってすごい手間だし、人気マスクの抽選販売に応募したりするのもバカらしいでしょ? まいど屋トップページで『マスクあります!』って表示しておけば親切だし、お客さんも手間が省けて喜ぶんじゃないかな、と」
 
  「なるほど、マスクで儲けようとするんじゃなくて、お店としてのサービス精神か……」
 
  田中氏が満足げにうなずくのを見て、スタッフの間に安堵の空気が流れた。新たにマスクを扱うくらいなら大した負担にはならない。意外と注文が入るかもしれないし、まったく動かないかもしれない。どちらにしろ通常業務に支障を与えるほどのインパクトはないだろう。肝心のマスクがどんなものになるのかはちょっと心配だけど、そんなことより早く家に帰りたいし――。
 
  「じゃあ、この場でデザインも決めちゃおうか」
 
  田中氏の発言を聞いて意識があるのかわからないバイト君の体がビクンと波打つのを、Sさんはただ見ているしかなかった。
 
  ●デザイン論争!
 
  デザインが決まらない限りこの会議は終わらない……。絶望的な空気が支配する会議室の隅で、ひとり気を吐く若者がいた。昨年入社した新人のN君である。まいど屋の電話オペレーターとして働く傍ら、商品の説明文や特売セールの告知など。ウェブサイトを訪れるユーザーに訴えかけるためのテキスト作りに励んできた。ショップでは数少ない商品開発に関われるチャンスということで、ふだんは自分を出さない彼も意見を言いたくなったようだ。
 
  「立体的な造形とか生地選びなんかはマスクの工場に相談するとして、問題は色やガラですよね……。どうせ作るんだったら、僕はよくある白やベージュじゃなくて、なんか特徴的なデザインをやりたいです。最近よくテレビに都道府県の知事が出ていますけど、それぞれ富士山やお城といった観光地のガラを入れたり、ご当地キャラの顔をワンポイントにしたりと地元PRにつながる工夫をしています。アレにならって、ただのマスクじゃなくて『まいど屋』の知名度アップにつながるようなオリジナル商品を作るべきだと思うんです」
 
  前向きで血気盛んな若手の声に、ボロ雑巾のようになっていたメンバーも思わず姿勢を正した。そうだ、うちには公式キャラ「まいど君」があるじゃないか。マスクの片隅にまいど君と「MAIDOYA.COM」を入れるくらいなら、デザインとしてもそれほどうるさくないし、会社をPRするいいチャンスかもしれない……。ベテランから中堅まで、参加者のほぼ全員がN君に顔を向けて大きくうなずいた。さあ、これで会議はお開きだ。すぐ家に帰ってフロ入って――。
 
  「まいど君かぁ~、なんか当たり前すぎない?」
 
  空気を読まない発言の主は、やはり田中氏だった。従業員から向けられる困惑と不信の目をものともせず、彼は続ける。
 
  「最近はテレビを見てても、外出自粛にテレワーク、ウェブ会議、ソーシャルディスタンスとか、そんなのばっかりでしょ? 感染予防が大事なのはわかるけど、個人的には人間が人間を避けて暮らすような世の中がまともだとは思えないんだよ。そんなことしてちゃあ社会の活力が衰えてくるんじゃないかな。マスクはしてても、人間はしっかり働いて他の人と積極的に関わりながら、楽しくアクティブに生きるんだ、と。まいど屋としてはそういう感じのメッセージを発信したいよね」
 
  建設土木の職人をはじめ飲食店の従業員やメディカル系スタッフなど、日本を支える人々と関わる作業服ショップのメンバーとしては「一理ある」と認めざるを得ない。だが、そんな理念とマスクのデザインとが一体どう結びつくのか? ここが思案のしどころなのはわかっているものの、すでに体力は尽きつつあった。さきほどは意気に燃えていたN君も、この追い込まれた状況でイチからデザインを考えねばならない事態に顔を歪ませている。
 
  「うーん、さすがに会議も長くなったし……」
 
  田中氏がこう切り出すと、呻吟していた参加者たちは一斉に顔を上げる。そして蜘蛛の糸を見つけた亡者のように、アゴを突き出して爛々とした目を向けた。
 
  「10分休憩。ちょっとタバコ喫ってくるわ」
 
  ●ついにGOサイン
 
  コンビニでエナジードリンクを買いこんで、一番乗りで会議室に戻ったN君が発見したのは、消毒担当バイト君の異様な姿だった。先ほどまでちゃんと座っていた足は前に投げ出され、右足のスニーカーは脱げてなくなっている。パイプ椅子の背もたれに預けた上半身にはすでに力がなく、首は後ろに折れ曲がっていて表情も見えない。
 
  「だ……、大丈夫?」
 
  N君が駆け寄って肩に触れると、首がガクリと真横に倒れた。かろうじて意識を取り戻したものの、目はうつろで半開きの口から舌がこぼれている。「大変です! 誰か、早く来てください!」。N君の声がまいど屋オフィスに響き渡った。
 
  階段を駆けあがる音がする。――と、一番早く会議室に入ってきたのは意外にも田中氏だった。
 
  「ああ、これはヤバそうだ、しばらく隣の部屋で休ませよう。……うん? それより彼、マスクしてないじゃん」
 
  「そんなこと言ってる場合ですか、舌出して失神しそうだったんですよ!」
 
  「でも、飛沫が……」
 
  マスク警察――。若者の脳裏に浮かんだのは、最近ニュースで取りざたされている困った人々だった。自分自身が感染予防に熱心に取り組むあまり、街ですれ違う若者や公園をジョギングする人を批判し、SNS上で叩いたりする心の狭い人たち。おおらかな性格と軽いトークで職場を和ませてきた社長も、コロナ禍のせいでついに変心してしまったのか? ひょっとしてマスクを作りたいと言い出したのも、ただ単に自分が心配だからなんじゃ……。
 
  苦虫を噛んだような顔でN君は社長の方へ向き直った。すると、田中氏はわなわな震えながら消え入りそうな声で何かつぶやいているではないか。情けなくて涙がこみ上げる。この会社ヤベーよ! くそっ、こんなことならamazonの倉庫で働いておけばよかった……。
 
  ――その時だった。涙を浮かべるN君の肩に田中氏の力強い手が置かれたのは。
 
  「これだ、これだよ!」
 
  「はぁ!?」
 
  「マスクをつけるのは、唾が飛ばないようにするため。つまりマスク着用の逆は、大口を開けてしゃべることだ……」
 
  「ああ? アンタなにいってんの?」
 
  「デザインだよ、まいど屋マスクのデザインの話!」
 
  あっけにとられるN君の前で、田中氏はホワイトボードに真っ赤な舌のラクガキを描いた。伝説的な英ロックバンドのロゴを想起させる、今にも唾が飛んできそうな肉感的な舌だった。続いて少し迷ったあと、彼は口を描き加えた。どこかで見たことがあるかわいい口元……そう、まいど君の口である。
 
  「マスクにはこういうプリントをしよう! いまの世の中、外出自粛や接触削減で活気が失われつつあるけれど、元気を出していこう、マスクはしていても気持ちはこうありたいってね。暗い時代に負けない反骨精神を示すわけ。まいど屋はこれからも、明るく楽しくユーモラスに、働く人を応援します、というわけだ!」
 
  そう言い終えると田中氏は、ホワイドボードに製造枚数と予算、発売までのおおまかな日程を書き加えた。
 
  「じゃ、もう遅いから帰る。あとは頼んだ」
 
  深夜の会議室には、うめき声を上げる消毒担当のバイト君と、脱出のタイミングを逃したN君だけが残されていた。
 
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出荷チームもスタンバイを進める
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デザインの決定に満足げな田中氏

    

働くひとのオリジナルマスク爆誕!

自粛や中止、暗いムードが漂う日本社会に、まいど屋からの恩返し!今この時も現場で戦う"働くひと"のためのオリジナルマスクを新発売。ひんやり接触冷感と肌触りの良いメッシュ生地による高い機能性に、自粛が続いて忘れがちなユーモラスをブレンドしたまいど屋渾身の逸品。3密を避けるメッセージ入り。